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放課後TwilightZone 作者:水夜ちはる

1. セーラー服の復讐者

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第12話:「未来視の少年と退魔の少女」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベルです。
「春日井君、千明ちゃんのところに帰ったほうがいいわ。目が覚めて一人だったら、きっと怖いと思う。それに草薙さんも首を折られたくらいで死んだとは思えない。彼女も吸血鬼なんだから」

 恵理が立ち上がって言った。

「……ヒトには、もう戻れないけどね」

 その刹那、裕也は恵理の全身が紅に塗れているのが見えた。未来視だ。今来ている黒いセーターではなく彼女は白いセーラー服を着ている。そのセーラー服は真っ赤に染まり、白い肌もまた紅い。それは、血の紅さだ。

「な!」

 裕也は驚愕して彼女を見つめた。彼女も彼の異変に気付いたらしく、驚いた顔で見返した。

「春日井君?」

 そのビジョンは一瞬にして消える。裕也はそれが幻かかと思った。だが彼が見るものは未来の映像だ。つまりそれは彼女の未来だった。
 裕也は全身を血に染めた恵理の未来を見てしまった。

「春日井君、あなた未来が見えるんじゃ……?」

 裕也は恵理の声にぞくりとした。裕也は即答できなかった。

「そう、やっぱり……」

 裕也の反応を見て、恵理はつぶやいた。
 彼女は腕を組み、小さくため息をついた。少し苛ついているようにも見えた。
 裕也は彼女を見つめた。

 彼女はサッカーグラウンドでのことを覚えていた。その時、彼女は彼の不可解な行動に気が付いていた。彼女は超常的な世界に身を置いている。予知が出来る人間はそうそういるものではないが普通の人より理解が出来た。

「何を、見たの?」

 彼女の声色が低くなる。裕也が不吉な顔をしていたからだ。裕也は恵理から視線を逸らした。それは失敗だった。裕也はごまかすタイミングを失った。

「教えて」

 感情のこもらないその声に、裕也は覚悟すら感じた。裕也は息苦しさを覚えた。
 裕也は覚悟を決めて話すことにした。彼女は一族の事を、自らに流れる血のことを言った。ここで隠し立てするのは卑怯だと彼は思った。

「血塗れの森川さんが見えた。そう、森川さんが言うように俺は未来が見える時がある……」

 恵理は表情も替えず黙ってそれを聞いた。視線だけが裕也を突き刺していた。裕也もそれ以上のことを言えず、押し黙ってしまった。

「そう」

 しばらくの時が経って、彼女が言った。彼女はそう言うとクローゼットへ向った。引き出しをいくつか開けてすぐに戻った。

「心配しないで。私は行くわ」
「え?」

 彼女は静かに言った。その声は鋭利で裕也をぞくりとさせた。

「私が行かなきゃ、春日井君と千明ちゃんが殺される。それに、私は逃げる気なんてさらさらないわ」
「仇、とか言ってたよな。でも、森川さん、死ににいくつもりかよ?」
「あなた達を死なすよりはいいわ」
「なんでだよ? 俺、森川さんに会ってそう日にちも経ってない。そんな義理されるいわれもない。何でそんなことができるんだ。それにあいつは普通じゃない。その……草薙は吸血鬼なって、すごい力をもっていたんだ。それでも、全然敵わなかったんだぞ」

 裕也は必死になって恵理を止めようと説得した。当然と言えば当然だ。自殺をしに行くようなものだった。たとえ格闘技の世界チャンピオンでも人間では勝てない。

「そうね、私も良くわからない。でも、一族以外で……いえ、一族も含んでこんなに自然におしゃべりができたのは初めてだわ。そんな人を護れるなら……」

 彼女は小さく微笑んで裕也を見た。正面から綺麗な彼女の顔を見て裕也は思わず赤面し、視線を逸らしてしまった。どくん、と裕也の胸が一つ鳴った。

「勝算はあるのか?」
「……切り札はあるわ」

 一呼吸置き、彼女は答えた。白い手のひらを開く。一つのカプセルがあった。

「薬?」
「正確には毒薬。これを飲めば二、三日で確実に死ねる。たとえ吸血鬼でもね」
 不思議と彼女の顔は穏やかだった。教室やさっきまでとは明らかに雰囲気が違った。
「それを奴に飲ませるのか? でもどうやって?」
「ちがうわ、私が飲むの」
「え?」
「それでお願いがあるの。二日後、黒崎に会う時……春日井君の血を飲ませて」

 恵理が裕也の顔に近づけて言った。髪が揺れてその奥にある黒い瞳が裕也を捕えて離さなかった。

「森川さんも吸血鬼なのか?」
「さっき言ったでしょう? 私は魔物の遺伝子を含んでるって。森川家は、吸血鬼の因子を含んだ一族なの。その力は切り札だと。人の血を飲めば、封印された吸血鬼の力が解放される……ただ、一度吸血鬼になってしまえば、その吸血衝動は押さえられるものではない。つまり……人間には戻れない」

 恵理は裕也の目を見ながら語った。だが、その先の言葉は続かなかった。
 それでも裕也には理解ができた。吸血鬼になった場合、草薙と同じように人を襲わねば生きていけなくなる。それは吸血鬼狩りを行う森川の一族にとってみれば、吸血鬼を狩るために吸血鬼を生み出しては意味がない。つまり吸血鬼になった森川の一族を自らの手でまた狩らねばならない。その手間を省くのがこの薬というわけだ。

 人間の手に負えない吸血鬼が現れた場合、自らも吸血鬼となり、敵を滅ぼしたあと、自らも死ぬ。

「兄は黒崎に挑んで死んだ。本来なら、その時に私がこの薬を使い、吸血鬼となって黒崎を仕留める手はずだったの。兄は……それを認めなかった。兄は独断で黒崎に挑み、そして嬲り殺された。私が駆けつけた時にはもう虫の息だった……」

 恵理の手が裕也の腕をつかんだ。セーター越しに、裕也は彼女の震えを感じ取った。彼女は感情のない人間ではない。感情をほとんど出さないようにしているだけだった。

「結局、黒崎には逃げられ、兄は死んだ……私に代わって。二年前の、これくらいの季節のことよ。私は事件の調査からこの街に吸血鬼が現れた可能性があること知って、この街にきた。吸血鬼を倒す事は私の一族の仕事だけど、もう一つ私には理由がある。そうやって吸血鬼を追っていればいつか黒崎に行きあたる。ようやく見つけたわ。奴はいつもこの手を使う。草薙さんのような下僕を作って、囮にして……」

 恵理は視線を足元へ落とした。長い黒髪が流れて裕也からは表情が見えなくなる。両肩が震える。
 彼女はこれまでその心の内を話すことはなかった。何故裕也にそれを打ち明けたか。彼女自身にもわからなかった。懺悔のような言葉。彼女は兄の死を自分が殺したも同然に考えている。言いようによっては彼女が殺したとも言える。だから、彼女は相打ちになろうとも黒崎を殺すことで贖罪しようとしているのだ。

 裕也はそれ感じ取って彼女を受け止めた。震える彼女を前にして、彼は何もできなかった。抱きしめればよかったのだろうか。だが、彼には彼女の考えを肯定することはできなかった。

「なんて言っていいかわからない……けど、他に方法はないのか? 俺はこのまま森川さんがいなくなっちまうなんて……」

 恵理は一瞬顔を上げた。その瞳は潤んでいた。彼女はそれを隠すように彼に背を向けた。裕也には細い肩が必要以上に頼りなく見える。このまま彼女は二日後に――と思うと切なくなった。

「ありがとう……春日井君。このことを部外者に話したのは初めてだったし、一族のものにとってはそれが当たり前だった。でも、いいの。本来なら二年前に私は死んでいるはずだった。兄が私の代わりに犠牲になって、二年間生き延びただけ。でも、あなた達の命を助けるために生き延びたと思うなら、何も悔いはないわ」

 彼女はどこかふっきれたような声で言った。裕也からは表情が見えない。だが、声が妙に明るいのは無理をしているからだと彼は感じた。

「ねえ……」

 恵理は背を向けたまま、言った。

「もう少し出会うのが早かったら、友達になれたかな?」
「俺……森川さんを死なせたくない」

 裕也は心に浮かんだ言葉を素直に言った。こんな切ない彼女をこのまま死なせるわけには行かない。

「俺は、君を守りたい。俺なんかじゃ何の力にもならないかもしれないが、俺はこのまま君を死なせたくない」
「ありがとう。でも、同情ならいらないわ」
「同情なんかじゃない! 俺は森川さんを守りたいんだ!」

 裕也は声を大きくして言った。
 恵理は驚いて振り向いた。
 その表情のまま裕也を見る。彼の表情は真剣そのものだった。その中に優しさを見つけて、彼女は頬を熱いものが流れていくことに気が付いた。

「あ……」

 彼女は無意識に涙を流していた。彼女はそれを慌てて手で拭った。

「俺はどんな理由があっても森川に傷ついてほしくない。死んでほしくないよ」

 裕也は今度はゆっくりと静かな声で言った。
 優しい人だ。恵理は思った。人の優しさなどどれくらいぶりに感じただろう。彼女は涙を止めることが出来なかった。



 息が白い。今夜は空が高く、凍りつくような冷気が降り注いでいる。

 裕也と恵理は公園を訪れていた。例の草薙と黒崎に遭遇した場所だ。その場所はコンクリート舗装の上に血痕が残っている。だが、首を折られた草薙の姿はない。発見者が通報したなら今ごろ騒ぎになっているはずだった。つまり、草薙は生きていて、自力でこの場から移動したのだ。

「吸血鬼は月の夜の下なら、無限に近い治癒能力を持つわ。文字通り、『懲らしめられた』のね、草薙さんは」

 恵理は血痕を確かめながら言った。

「そんな奴相手にどうするつもりだよ?」
「この刀、小月は対吸血鬼用に清められた刀なの。これで斬れば吸血鬼と言えど、確実に仕留めることができる……ホラー映画とかにもあるでしょ。吸血鬼には銀の弾丸なら効く、とか」

 恵理はバッグに忍ばせた鞘に収まった刀を見せた。霊刀「小月」は彼女の言うとおり、退魔の力を秘めている。裕也も恵理の一太刀でグールが灰塵になったところを見ていた。

「そろそろ戻りましょう。春日井君も戻ったほうがいいわ。千明ちゃん、大事にしてあげて」
「ああ、そうだな」

 裕也はこの間、夜中に千明が泣き出したことを思い出した。

「また、明日会いましょう」

 裕也は恵理の視線に気が付く。彼女は裕也をずっと見つめていた。

「どうした?」
「え? ううん、なんでもない」

 二人はそこで別れた。裕也は気付かなかったが、恵理は彼の姿が見えなくなるまで、その姿を見つめていた。



 裕也は急いで部屋に戻った。明かりはついておらず、千明は眠っているものと裕也は思ってほっとした。一つため息をついてリビングの明かりをつける。視界が明るくなるとソファで丸くなっている千明の姿が見えた。

 裕也が千明を寝かせたのはベッドのはずだった。
 千明は丸くなって裕也に背を向けていた。

「千明?」

 千明は動かない。クッションを膝で抱えたまま、ぴくりとも動かない。

「ばか」
「……え?」
「ばか。何処行ってたのよ」

 声が上ずっている。裕也はソファにゆっくりと近寄った。手の届く範囲に入ると飛び跳ねるように千明が振り向いた。
 顔がぐしゃぐしゃだった。泣きはらしたのだろう、目は真っ赤ではれ上がっていた。涙で荒れた頬もそのままだ。

 裕也がいなくなって千明はすぐに目が覚めた。千明は兄の姿を探したが、当然見つからない。あのような恐怖を味わった後だ、彼女の心細さは常の夜とは比べ物にならない。ひどく恐ろしかったし、それ以上に兄の心配をしていた。ただでさえ、彼女は「失う事」に人一倍敏感なのである。

「千明……ごめん」

 裕也は千明の頭を抱いた。ソファに座った千明の頭はちょうど裕也の胸のあたりに来る。千明は兄の胸に顔を擦り付けていた。
 そのままの格好で裕也はこの部屋から出た後のことをすべて話した。
 それは簡単に離すようなことではないと裕也は思ったが、千明も吸血鬼に襲われた当事者であるし、何より彼の妹だった。

「へー、お兄ちゃんって森川先輩好きだったんだ」
「なっ……そんなことは一言も言ってない!」
「だって、先輩の事守りたいんでしょ」
「そ、そうだけど……」

 裕也は千明に言われてしどろもどろになった。だが、そう言われて裕也も自分の心が整理されたような気がした。

 俺は彼女が好きなのだろうか?

 裕也はそう考えて頭を振った。今、それは考えるべきことではない、と。

「茶化すなよ」
「でもさ」

 千明の声のトーンが落ちる。

「このまま、森川先輩死なせるの?」

 千明は死と言うものがリアルだ。通常裕也たちの世代では死と言うものにあまりリアリティがない。ほとんどその場面に出くわすことがないからだ。だが、千明は親友を死という形で失っている。その傷はまだ癒えていない。いや、親友が抜けた穴はずっとふさがらないだろう。

「そんなことさせたくない。あたりまえだろ。でも、どうすればいいか……」
「逃げ出せば?」

 千明は簡単に過激なことを言った。

「逃げ出せばいいじゃない。この街から、その黒崎って奴から。そうすれば、先輩死ななくてすむ」
「千明……簡単に言うなよ。森川さんは兄の仇を追って奴を探しているんだ。だから逃げ出すなんて事は……」
「とめて! やめさせて!」

 千明は叫んだ。

「失うのは嫌だよ。もう誰も失いたくないよ。お兄ちゃんも、先輩も……みんな。そんなの失うくらいなら、他の全部捨てても私はかまわない!」
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