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放課後TwilightZone 作者:水夜ちはる

1. セーラー服の復讐者

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第11話:「黒い吸血鬼」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベルです。
 ずきりとした胸の奥に痛みを感じた。
 裕也は立ち止まり胸を押さえた。軽い嘔吐感とめまい。そして自分でも感じる流れる汗。喉は何時の間にかカラカラに乾いていた。足を進めることができず、彼は公園の途中で歩みを止めた。

「お兄ちゃん?」

 半歩先にいた千明が気配に気付いて振り返った。
 だが、裕也はそれに応えることが出来なかった。視界は急速に狭まり、意識が遠く逃げていく。裕也はそれを必死に捕まえようとしたが、半分悲鳴のような千明の兄を呼ぶ声が遠く遠く聞こえる。
 そんな意識が混濁した中、裕也は重いものが地面に落ちる音を聞いた。
 それを見た千明が全身を硬直させた。小さく悲鳴を上げていた。裕也も彼女に続いて重い首をもたげてそれを見た。

 裕也は愕然とした。見慣れた制服。見慣れた髪型、顔。それが全身血塗れであること意外は彼が今まで日常的に見てきたクラスメイト。
 それはゆっくりと仰向けに転がった。ボロボロになったセーターベストに包まれた胸が激しく上下している。息はぜいぜいと二人の耳にまで届いていた。

「草薙!」

 裕也が叫んだ。
 千明ははじかれたように兄を見た。その一瞬後に草薙を見る。
 草薙は苦しそうに裕也を見た。その視線は少し悲しそうだった。彼は駆け寄ろうとしたが、その視線にさえぎられた。

 砂を踏む音がさらに奥から聞こえた。

 暗く沈んだ公園の置くに誰かがいる。裕也たちは目を凝らした。
 暗闇の中に白い首が浮かんでいる。ぞくりとする感覚が二人の背中を舐めた。それは黒いコートに身を包んだ線は細いが背の高い男だった。その赤い目が二人を捕えた。二人の身体は一瞬にして硬直する。金縛りだった。裕也たちは直感した。それが草薙と同じように、人間ではないことを。
 草薙はよろめきながら立ち上がった。肩で息をしながら二人に近寄る。

「春日井君。逃げて。早く」

 彼女はかすれた声で言った。綺麗な顔は泥と血でまみれて今は見る影もない。
 草薙が踵を返す。裕也の目にはそれが酷くスローモーションに映った。彼は手を伸ばそうとした。だが、手は重い枷がかけられたように動かない。声すらあがらない。彼は彼女を止めたかった。何かかけがえのないものを失う。未来視のビジョンではなかったが、そんな予感が裕也の脳裏をかすめた。

 草薙が駆けた。それは常識を疑う運動能力で。

「私の囮だということも気付かぬか。主人に歯向かうとは……まあいい」

 男は低い声でつぶやいた。草薙は男に飛びかかった。男はコートからやはり白い左の腕を露にすると、軽いしぐさで草薙を捉えた。
 細身の男が、左手一本で少女の体を空中で支える。草薙もそう体重がある方ではなかったが、恐るべき膂力である。
 細く長い指が、やわらかい草薙の首元へ食い込んでいく。

「かっ……はぁっ」

 気道を締められた草薙から絶望的な声が漏れた。空気を求めて喉が鳴る。

 傷だらけの草薙はこの男と戦っていた。

 そしてのその力の差は今の光景を見ればわかる。尋常じゃない戦いだとしても。

 男の指が食い込んでいく。
 草薙はもがくように両手を男の手にかけた。だがびくともしない。両足から力が抜けてだらりと下がる。絶望的な力の差に、草薙の意識は飛び飛びになっていた。

「お前たちはこの女の知り合いか」

 男は裕也に視線を向けた。その時裕也の金縛りが少しだけゆるむ。裕也は大きく息をついた。

「その子はクラスメイトだ」

 裕也は男を油断なく睨みつけた。

「草薙を離せ」

 裕也は体が少し動く感触を確かめた。

「ふっ」

 だが、男は口の端で笑うとさらに左腕に力をこめた。
 壊れたような声で草薙が鳴く。

「これは罰だ。主人に逆らったな」
「主人?」
「知らないか? 吸血鬼に血を吸われたものはその下僕になるという話を」

 そんな話を恵理がしていたような、と裕也は思ったが思考は中断された。
 草薙が悲鳴を上げ、彼女の口から大量の血液が吐き出された。

 鈍い音が夜の公園に響いた。裕也と千明は目を見開いてその光景を見た。草薙の首があらぬ方向へ曲がっていた。かろうじて抵抗していた腕がだらりと下がる。男はそれを二人に向って投げ飛ばした。

 コンクリートの冷たい公園の地面に草薙の体が力なく落ちた。その勢いで支えを失った彼女の顔がこちらを向いた。

「ひ……」

 千明が恐怖に悲鳴を上げようとした。だが体の自由がきかないためひきつったような声が漏れただけだった。そしてあまりのことに意識を失おうとする。
 裕也は金縛りを解いた。彼自身、どうやって金縛りを解いたかわからなかったが、妹を支えるために体を動かそうとした時にはもう金縛りから抜けていた。

「こいつを追っている女を知っているか?」

 男は感情のない声で言った。裕也たちから視線を外している。裕也の金縛りが解けたのもそのせいだ。裕也は千明を支えながら、その男を睨んだ。彼の言葉から察するに、森川恵理のことだと判断した。だが、答えるべきではないと思った。

 無言でいた裕也を見て男は笑った。そして踵を返す。

「おまえ達の命は今夜は見逃してやろう。その代わり、その女を二日後の夜、この場所この時間に連れて来い……でなければ、わかるな?」

 男は闇に去っていく。裕也のひざの力が抜けた。裕也は千明をかばうようにして地面に座り込んだ。
 大きく息をつく。目の前の脅威はとりあえず去ったことを彼は本能的に悟った。
 裕也の視界に草薙の姿が映った。彼女は力なく横たわっていた。

「……草薙」

 裕也の目から涙がこぼれた。あの日、彼は彼女から告白された。その時どんな言葉を返しておけばよかっただろう。突然告白されて、何も返せなかった。そのことを裕也は公開した。目の前で彼女を失って彼は涙を止めることが出来なかった。

 裕也はひとしきり泣いた。後悔だけが彼を責めた。

 裕也はその後、千明を抱えて立ち上がった。ひとまず妹のことが心配になったからだ。
 彼はそのまま帰宅し、千明をベッドに寝かせた。そして携帯電話を取り出して先ほど交換した恵理の番号をコールした。

 時間はもう午前に入っていたが、裕也に時間にかまっていられる心理的余裕はなかった。幸い恵理もまだ起きていて、すぐに電話に応えた。裕也は状況を伝えたが、恵理はしばらく無言でいた。電話の向こうの無言は彼の不安感をさらに掻き立てた。

「森川さん」

 苛立って裕也は声をかけた。

「あ、ごめんなさい……遅い時間で申し訳ないけど、ひとまず私の部屋にに来てもらえるかしら?」
「わかった、すぐ行くよ」

 裕也は電話を切ると部屋にカギをかけ、恵理のマンションへと向った。
 公園を突っ切れば近道になるが、彼は避けた。
 草薙はまだそこにいる。そう彼は思ったからだ。

 裕也は部屋から出ると恵理の部屋まで全力疾走に近いスピードで駆けた。公園を迂回すると距離は二キロはあるだろうか。だが、裕也は恐怖に押されて目一杯の力で駆けた。

 チャイムを押す。
 裕也の膝ががくがくと笑った。この寒空の中で彼は汗だくだった。次々と浮かんだ汗が流れて行く。
 ドアがわずかにも軋む音なく扉が開き、室内の明かりがこぼれた。

「春日井君?」
「森川……さん」

 裕也は彼女の姿を見ると、ためらいなく抱きついていた。裕也自身、驚きの行動だった。恐怖が彼を狂わせていた。

「ちょ、ちょっと?」

 狼狽や焦り、普段冷静でそんな感情などどこかに捨ててきたような恵理が狼狽えていた。裕也は細いその体を抱きしめた。その細さは頼りないと裕也は思ったが、それでもすがるのは彼女しかいなかった。

「落ち着いて、春日井君。お願いだから」

 一呼吸置いたあと、落ち着いた声で恵理が言った。
 裕也はその声に、はっとなった。今度は彼が狼狽えて彼女から離れた。
 裕也は落ち着きを取り戻すと共に、恥ずかしさがこみ上げた。まともに彼女の顔を見れなかった。心臓は激しい運動の後か、緊張かわからなかったが、痛いくらい鼓動を早くしていた。

 恵理はひとつため息をつくと、彼を部屋に招き入れた。
 清潔なタオルとミネラルウォーターを用意し、彼に差し出す。
 裕也は落ち着くためにも、汗を拭いてミネラルウォーターを飲み干した。

 その間、恵理は裕也の様子をずっと見つめていた。
 その視線を感じた裕也は気まずそうに頭を掻いた。

「さっきはごめん。気が動転してて」

 目が合うと、恵理は裕也から視線を外した。

「気にしないことにする。それより、詳しく聞かせてくれるかしら?」
「ああ」

 裕也はまだあの光景の恐怖に縛られていた。だがそれでも公園での状況、あの男のことを話し始めた。そしてその男が草薙を殺したことも。それを話す時、裕也は吐気のような得も知れぬ不快感に襲われた。草薙の表情、音、叫びが脳内で再生される。

 恵理は黙って裕也の話を聞いた。

「その男、森川さんのこと知っていた」

 裕也はかすれる声で言った。水がもう一杯欲しかった。
 彼の言葉に、恵理は僅かに体を硬直させた。
 それをごまかすかのように彼女は硬い表情のまま、席を立った。冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、裕也のコップに注いだ。

「ありがとう」

 裕也は一口水を含んだ。心が幾分か落ち着く。意を決して言った。

「あいつは俺に森川さんを連れて来い、と言った。二日後の夜の同じ場所、同じ時間で。さもなくば俺と千明を殺す……ってね」

 恵理は硬い表情のまま、それを聞いた。ミネラルウォーターの水面がわずかに波打つ。

「黒崎竜将……やはり彼が……」

 唇が揺れて声がこぼれた。きわめて感情を押し殺した声だったが、かすかに震えていた。恐怖や嫌悪ではない。その声にはわずかに悦びが混じっていた。それを明敏に感じ取った裕也は眉をひそめた。

「森川さん?」
「安心して春日井君。その男、いえ……その吸血鬼は私の兄の仇です。言われなくても、会いに行くわ」
「どういうことだ?」

 恵理は少しだけ笑った。何か吹っ切れたような、何か覚悟を決めたような表情だった。裕也はその表情に違和感を覚え、じっと見つめた。恵理は仕方ないという表情で一つ息をついた。

「黒崎竜将と言う吸血鬼は、私たち兄妹には深い因縁を持つ吸血鬼なのよ。私には一人の兄がいた。私と同じ血を持つ兄で、本当の森川の当主の座は兄の物だった」

 恵理は語り始めた。

 四つ上の恵理の兄は、正孝と言った。森川の家は代々財閥の当主を務めるとともに、その裏で退魔の一族という側面を持っていた。長子が財閥の当主を、次子以降が魔物の討伐を、と言うのがしきたりだった。恵理と正孝は二人の兄妹だったから、正孝が当主を継ぎ、恵理が魔物の討伐を受け持った。そこに男女の差別はなく、身体的にも特別優れてはいなかった恵理にとって、過酷な宿命を背負っていたと言ってもいい。

 彼女は中学生になるころにはその仕事を始めていた。
 恵理は戦いのたびに傷ついた。
 正孝はそれを黙って見ていられる兄ではなかった。
 優しい兄だった。正孝は恵理を愛していた。傷つく妹を彼はずっと見守っていた。だが、いつしか彼は妹を守るため、一族の禁忌を破って魔物と戦う道を選んだ。当主である以上、彼は血を残さなければならないという役割があったのにだ。

「私たちの一族は血を残すことに執着していた。何故だと思う?」

 恵理は裕也を見て言った。

「春日井君には信じられないかもしれないけど、さっき言ったように私たちの一族には吸血鬼の血が混じっているのよ。吸血鬼はあなたも見たと思うけど強い。その血は強い吸血鬼と戦うときの切り札になる」

 だが、正孝は死ぬ。
 吸血鬼との戦いで。その吸血鬼の名は黒崎竜将。

 その名前を調べ上げ、この土地に現れたのを追うまで二年。恵理は正孝の後を継ぐのと共に、魔物と戦いながら彼を追い続けたのだ。兄の敵を討つために。

「だから私はここに来た。彼を殺すために。草薙さんには悪いけど、彼女が彼の下僕であるのなら、私は彼女も滅ぼさねばならない」

 恵理はやはりいつものように抑揚のない声で言った。
 決意を揺るがせないそのために感情を殺しているのだ、と裕也は感じた。
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