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放課後TwilightZone 作者:水夜ちはる

1. セーラー服の復讐者

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第10話:「軋轢」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベルです。
 裕也はそれを目を見開いて凝視した。いや、彼だけではない。沢渡も千明も同じような瞳でそれを見つめていた。
 恵理が斬ったそれは、まるで海岸の砂のように細かく、細かく砕けて風に舞って跡形もなく消えた。飛び散った血も、恵理が刺して切り裂いたその背中もすべて何もなかったかのように消えた。

 三人は時間が止まったかのように固まっていた。
 風が彼らを撫でて行かなければ、本当に時間は止まってしまっていたように見えた。
 その中で一人、恵理はゆっくりと歩き裕也の前で立ち止まった。

「肩、大丈夫?」

 恵理が心配そうな声で言った。

「そ、それよりも、森川さん……」

 裕也は狼狽していた。恵理はまだその右手に刀ともナイフともいないそれを持っていた。裕也の右肩の痛みがあの男を斬ったことは幻ではないことを訴える。

「うん……そうね、いろいろ話さないと、ね……とりあえず手当てしないと」

 そう言った恵理は視線を逸らした。
 彼女は虚空を見上げて唇を引き締めた。のんびりとしている暇がない。この街には「異常」なものが増えている。吸血鬼を殺すことを急がねばならない状況になっていた。



 恵理のマンションは公園近くにある高級マンションの八階だった。
 間取りは1LDKで寝室が奥にあり、裕也たちは広いLDKへと通された。白い無機質な壁と飾り気のない照明、必要最低限しかない家具がこの部屋の広さを際立たせていた。 その部屋のテーブルに裕也と恵理が二人でいた。沢渡と千明は手当ての間、下のコンビニで飲み物を買出しに出ていた。恵理の話は長くなりそうだったからだ。

 裕也は上半身裸でフローリングの上に座っていた。恵理は手当てのために彼のすぐ脇にいる。消毒液の無粋な匂いに混じってなおかかる恵理の吐息が肌に触れるたびに裕也は胸が高鳴った。

「緊張してる?」
「え? うん、まあ……」

 裕也は心の内を見透かされたと思った。恵理にそんな意図はなかったのだが、裕也は驚いて彼女を見た。
 裕也の視界に恵理の綺麗な顔が広がる。草薙も十分に綺麗な顔立ちだし、沢渡も男勝りだが実は男子に人気が高い。だが、恵理のそれは別格だと裕也は思った。

「人殺しと二人きりだもの。普通怖いよね?」
「いや……そう言うわけじゃ」

 恵理の声は抑揚がなくて、聞き方によっては怖い。だが、この時彼女の声は微妙に困惑しているようだった。
 彼女の言うとおり、彼女は人を刺した。いや、人の形をした何かであったかもしれないが、たしかにそれを「殺した」ことには間違いない。

 裕也は思う。たとえば、「それは人間ではない」と知っていても、人の形をしていたものを殺すことができるだろうか? おそらく躊躇するだろう。それが「まとも」だと裕也は信じたかった。逆に言えば、恵理はそれが出来る。そして彼女の凶器は彼女の手の届く範囲にあり、極端なことを言えばいつでも裕也を殺すことだってできるのだ。
 裕也はそこまで理解できていた。理解しながらも、彼女を「怖い」とは思わなかった。

「いや、怖くはないな。森川さんは俺たちを守ってくれたんだ……それにあれはなんだったんだ? あれは人じゃないんだろう?」

 裕也は暗に恵理が「人殺し」であることを否定したい、そんな言葉を紡いだ。
 恵理は手際よく裕也の肩の包帯を巻き終わり、最後に口で包帯を固く結んだ。裕也は迂闊にもそのしぐさに見とれた。

「これで大丈夫。こう言うのはあまり得意じゃないけどね。感染もしてないみたいだし……もし何か異常があったらすぐに知らせて」
「感染?」
「あれは人じゃないって言ったよね? そう、あれは人じゃないわ。言わば……かつて人だったモノ。感染すれば春日井君も、あの男のようになってしまう」

 恵理は少し厳しい表情になって言った。
 裕也は背筋が寒くなる思いがした。肩の傷をもう一度見る。あの男は確かに人間ではない。自分が人間ではなくなる。言い様の知れない恐怖に裕也は身震いした。
 裕也がそんな想像をしているうちに玄関のチャイムが鳴った。
 沢渡たちが帰ってきたのだ。



「さて……何から話したらいいのかな」

 恵理は少し戸惑った口調で話し始めた。彼女たちは部屋にあるやや大きめのテーブルの四辺に座り、恵理以外の三人の視線は彼女に集中していた。
 視線を浴びることに動揺しているわけではなく、彼女はただ話さねばならない事の多さに戸惑っているようだった。
 すると、沢渡が手を上げた。

「じゃあ、こっちから質問するね。まず、あの男。あいつは何なの?」

 自分たちが疑問に思っていることを質問し、恵理が答える。その明瞭なやり方は沢渡らしい選択だった。

「そうね、あれを私たちは『グール』と呼んでるわ」
「グール?」
「あれは人のようであって人ではない。いえ……正確にはかつて人だったモノ。不幸にも吸血鬼に殺された人間はその魂を吸血鬼に奪われ、肉体だけこの世に残る。そして吸血鬼に仮の命を与えられて、彼らの下僕として働く……」
「吸血鬼とは違うんだ?」

 裕也の質問に、恵理は頷いた。

「吸血鬼は自分の意思がある。グールにはそれがないわ。でもどういう仕組かは私も知らない」
「草薙も、そうなのか?」

 裕也が続けて質問した。
 テーブルで激しく手を打つ音がした。沢渡だった。大きな瞳をさらに大きくして裕也を見ていた。表情は驚愕そのもの。

「悪い沢渡。俺、昨日草薙に会ったんだ。あいつは……自分のことを吸血鬼だと言ってた……」
 沢渡は信じられないと言う顔をして裕也を見た。

「なあ、森川さん、どうなんだ? そもそも吸血鬼なんてものが……」
「いるわ」

 恵理は裕也の言葉を遮って明確に言った。裕也たちはその鋭さに驚く。

「世界中、どの地方でもどの文化、宗教でも吸血種の逸話は存在し、恐れられてきた。吸血鬼と言う名前ではないにしろ、そう言った種はこの地上に存在し……いえ、この街にいるわ」
「そんな……そんなことありえない!」

 沢渡が否定した。今日の出来事を振り払うかのような叫びだった。
 裕也は沢渡に同調したかった。今日の出来事と昨日の草薙の姿をその声に乗せて否定できればどれほど楽だったか。

「そう、あなたたちにはありえないように、私たちは努力を重ねてる。けれど今回のように普通の人たちを巻き込んでしまうこともある」

 そして、恵理は自分のことを、強いては彼女の一族のことを語り始めた。



 要約すると恵理の話はこうである。

 この世の中には裕也たちには信じられないことだが、さっきの吸血鬼の話を含めて様々な魔物が存在する。それらの一部はこの街で起こっている連続殺人事件のように人間を捕食している。しかしそのような超常的な現象を公開してしまえば世の中に混乱を招きかねない。そこでそれらを秘密裏に解決する組織が必要になる。そこで財界、政界ともにつながりの深い、森川家がその総元締めを行い、その超常的な事件を一般人の目をそらしながら解決してきたのだ。森川恵理はその当主でありながら、前線でも戦っている。組織の人材はそれほど厚いものではない現状を表していた。

 彼女はあの短刀とも刀とも言えないあの刃で、いくつの魔物を葬ってきたのだろう? 裕也は恵理のバッグを見て思った。もちろん危険な目にも何度も遭っただろう。彼女は淡々とそのことを話したが、裕也は背は高いが華奢な彼女を見て、どうして彼女が戦いに身を置かねばならないのか理不尽に思った。先ほども刀の裁き方はともかく、その運動能力は決して特別なものではなかった。

「私たち一族の血には、吸血鬼の因子が混ざっているのよ。ほら、さっきのグールもそうだけど、彼らは人間を超えた身体能力を持っているわ。それに対抗するには一族の血を解放しなければならない時がある……」

 恵理は自らが戦わなければならない訳を話した。

「じゃあ、森川先輩って……人間じゃ、ない?」

 千明が恐る恐る言った。不安と疑惑が入り混じった不安定な表情。できれば千明はその質問を恵理に否定してもらいたかった。

「そうね。今は『ヒト』だけど……そう草薙さんのように『ヒト』でいられなくなるかも知れない」

 恵理は極めて冷静に言った。ヒトでいられなくなること、それは彼女にとっても恐怖だった。だからこそ彼女はポーカーフェイスを保って言った。
 千明はその答えに肩を落とした。

「草薙は『ヒト』じゃなくなってしまったわけか?」
「その可能性が高いわ。それもグールではなく『吸血鬼』に。そういう潜在的にそう言った因子が潜んでいる人は結構いるものなの。ただ、それが発現する確率はごく稀なんだけど、彼女の場合はほかの吸血鬼に噛まれたのをきっかけに目覚めてしまったようね」
「じゃあ、吸血鬼になってしまった真奈美を殺しにきたわけね?」

 暗い瞳の沢渡が恵理を睨みつけて言った。

「森川さん、あんたの立場はわかったと思う。けどね、真奈美は私らの友達なんだ。それを勝手に殺す、だなんて許すと思う?」
「許されようなんて思ってないわ」

 沢渡が罪のないテーブルを拳で叩いた。千明は驚いて沢渡を見た。沢渡の瞳から怒りが溢れている。その怒りを向けられた恵理はそれでも平静を保っていた。

「お願いが二つあるわ。ひとつは今日のことを誰にも話さないこと。もうひとつは草薙さんに会おうとしないこと……」

 恵理は三人の視線を受けて少しだけ悲しそうに眉をひそめた。

「一度始まった吸血衝動は精神力で抑えきれるものではないわ。そんな吸血鬼にもし襲われたら……今日のグールなんて問題にならないから」



 そのあと、裕也たちは恵理の部屋を去った。裕也と千明は沢渡を家まで送った。その間、沢渡は一言も発しなかった。表情はいたって平然としていたが、常に多弁な彼女が押し黙っていることが、彼女が平静ではないことを表していた。
 沢渡を送った後、千明は心配そうにつぶやいた。

「お兄ちゃん、草薙さんって人ともう一度会おうなんて思ってるでしょ?」

 裕也はぎくりとして千明を見た。千明は不安そうな表情で兄を見つめていた。

「わかるよ。お兄ちゃんだもん」

 図星だった。裕也は苦虫を噛み潰したような顔をして千明を見た。千明は続けた。

「もしその人がただの友達とか、クラスメイトとかそれだけだったら、私は止めたと思う。でもさ、その人、お兄ちゃんのこと好きだと言ったんだよね? もしかしたら恋人同士になったのかもしれないんだよね」

 千明の声は少し甲高くなって悲しく痛い。

「……私はお兄ちゃんを失いたくないよ」

 千明は肝心なことを言わなかった。だが、それ故に裕也は千明の心情を理解できた。先ほど裕也の心を千明が読んだように、兄もこの時妹の心を察するに十分だった。
 言葉を濁らせていたが千明は「会うな」とは言えなかった。兄の性格を一番よく知っている、だからこそ。
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