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ファンタジー落語「居残り勇者」

作者:財前烈
時期的に、「昭和元禄落語心中」で与太さんがやってたあれでやんす
しかしなんでこうなったのかは、書いた当人が一番よくわからねえw
 
 えー……なんですか、巷では「異世界召喚」だの「異世界転生」なんていうものが流行っているそうでございまして。
 ひらったく言えばなんですな、こっちの世界からあっちの世界に行ってしまったり、こっちで不慮の事故なんてのにあっておっ死んじまったと思ったら、あっちの世界でもう一度赤ん坊からやり直す、けど前の記憶や経験は引き継いだまま、なんていうまことに都合のよろしいお話だそうでございます。

 しかし異世界異世界と申しましても、こっちからすりゃああっちはたしかに「異世界」なんでございますが、あっちから見れば逆にこっちが「異世界」てえことになりますんで、どうにもその辺はややこしいものでございますな。

「おう、お前さんどっから来たんだい」
「俺ぁお前、異世界から転生して来たのよ」
「ほう、異世界てえのはぜんたいどういうとこなんだい」
「ええっ? そりゃあおめえ、すごいとこだよ、ここいらのしけた世界たぁ訳が違う」
「どう違う」
「えぇとな、そうさな虎がいるな」
「そりゃあおっかねえ、ぼちぼち歩いてられねえな」
「まあ、ふらふら足元がおぼつかなくて、ときどき電柱によっかかってゲロ吐く程度だからたいして怖くもねえ」
「そりゃ大トラってんだよ」

 なんていいかげんなヤツもあったもんで、しかしよくよく考えてみりゃあ、「おいらぁ異世界から転生したんでい」なんてのはいわゆる自己申告なわけでありやして、その確たる証拠ってえモノがあるわけじゃない。
 よりどころは本人の記憶だけってんだからこれを信じるも信じないも周りの人間次第というわけでございます。

「おめえ、なんでも異世界からの転生者だって言うじゃねえか。向こうじゃどんなヤツだったんだい」
「俺ぁあれだな、エリートビジネスマンだな」
「ほう、偉かったんだ、さぞ勤め先も大きいとこだったとか」
「まあな、今はこうして貧乏長屋住まいだが、向こうじゃあばりばりやってたもんだ。しかし少々傲慢が過ぎちまったか、あるとき恨みを買って駅のホームから突き落ちされちまってねえ。ところがおっ死ぬ前に、なんだか偉そうなやつにお前は信心が足りねえとか勝手なことを言われてこの有様よ」
「なあるほど、それで転生してこっちに来たと……おめさん、言いたかねえがそりゃあふかしだろう」
「な、なんでそういえるんだい」
「だっておめさん、幼女じゃねえじゃねえか」

 えー……このネタもいつまで通用するもんでしょうか、世の移り変わりてえのは油断のならねえもんでございます。

「おうっ、俺は正真正銘の転生者だよ、なんでも聞いちくんない」
「ほう、むこうじゃなにしてた」
「俺ぁな、謎の運転手だな」
「お、おれはあれだ、ニヒルな渡り鳥を少々」
「おいらぁアラブの大富豪だったな」
「あいつはあいつは大変装~」
「イマドキ、ピ○クレディーなんて誰もわかんねえよ!」

「おめえも転生者なのかい、むこうじゃどうだった」
「俺は……あんまり言いたくねえ」
「そんなつれねえこと言うない、聞かせてくんねえ」
「…………ビーバー」
「ビーバー?」
「ビーバー」
「おい聞いたかい。お前さんたちが好き勝手駄ボラ吹いてる中、この人ときたら転生する前は人間どころかビーバーだって言うじゃないか。こういう奥ゆかしいところに、逆にリアリティを感じるてえもんだよ、お前さんたちも見習いな。で、どんなビーバーだったんだい」
「へえ、ジャ○ティン・ビーバーと申しまして」
「…………なにがジャス○ィン・ビーバーだい、ロッキーチャッ○みてえなツラしやがって。だいたい、ジャ○ティン・ビーバーはまだ死んじゃいねえよ」
「やけに異世界事情に詳しいね、あんた」

 こうなるともう言った者勝ちと言いますか、しかし中には本物の転生者と言うのももちろんございまして、異世界の知識だの、チート能力だのを身につけておりまして、それなりに活躍したり中には魔王を倒したなんてえたいそうな御仁も出てめえります。
 しかし転生者のみんながみんなそういうチート能力に恵まれるわけでもありませんでして、まあ大した力ももたず、ただ前世の記憶経験だけを持て余した揚句、結局のところ平平凡凡と生きるだけの転生者も大勢いたようでございます。

・・・・・・・・・・。

「おう、いるかいっ」
「なんでえ、サベージの兄貴じゃねえか」
「なんでえなんでえ、いい若いもんが昼間っからしけた顔突き合わせて、景気の悪い事夥しいねまったく」
「しょうがねえよ、せんからの仕事が終わっちまって、みんなすることがねえんだよ」
「先からのってえのはあれか、王城の修復工事けえ」
「ああ。なんでもどこぞの転生者が勇者を名乗って魔王に戦いを挑んだんだけどね、これがとんだ腰ぬけでさぁ。魔王を倒すどころか返り討ちにあいそうになって、王城までっ返してきたんだよ」
「その戦いに巻き込まれてお城は滅茶苦茶、どうにかこうにか城の兵士も加勢して魔王は倒したんだけど、まあてえへんな騒ぎだったそうだ」
「その修復工事においらたちも駆りだされて、全修復までかれこれ5年跨ぎか、稼ぎも悪くなかったんだけどねえ」
「城が直っちまったらあたいらもう用済みってやつさね」

「うーん……しかしよぉ、こうして陰気な顔並べたくったところで、どうなるもんでもあるめえよ。ここは一つ、景気づけにパァッとみんなで遊びに行かねえかい」
「ええっ? けど、行くにしてもどこに行くんだい兄貴」

 さて、このサベージなる男、定職にもつかず普段はのらりくらりとその日暮らしをしております長屋の若い衆でございますが、実は異世界転生者でございます。
 しかしながらチート能力なんぞは持ち合わせておらず、取り柄と言えば口八丁手八丁、その場限りの舌先三寸でうまい事世渡りをしてるってえ、きわめていい加減な男でございます。そんな男の提案に、みなそうそう乗ってくるものでもございません。

「なぁにしけたこと言ってんでえ。いいからおめえら100ゴールドずつ出しな。そいであすこだ、SAGに繰り出そうじゃねえか」
「そりゃ100ゴールドくらいなら出せなくもねえけど……SAGってあのSAGかい?」
「悪い冗談だぜ、サベージの。SAG、SHINE・A・GAWAてったら、この大陸でも名だたる一大歓楽街じゃあねえか」
「おう、よく知ってるじゃねえかおめえら。先の勇者に倒された魔王、その後を継いだのが今の魔王ガゥアさまだ。この魔王さま、本人はちっとも強くねえそうなんだがな、降魔相って力を持ってると聞く」
「なんだい、その『こうまそう』てえのは」
「うむ、いろんな世界から魔女だの竜だのモンスターだのを降臨させて意のままに従えるってえ力らしい。しかしこの魔王さま、それを使って世界征服なんてぇ野暮なことには乗り出さなかった」
「ああ、おいらぁ知ってるよ、GDLだろう。おいらガキんときにおとっさんに連れてってもらったよ」

 さてサベージの言うことによると、魔王ガゥアなる人物、経営手腕にも長けていたようで、自ら呼び出した魔物魔族などを率いまして、まず建設いたしましたのがGDL、ガゥア・ディスティニー・ランドでございます。
 そびえたつ魔王城を中心に様々なアトラクションが配されまして、お客さまを出迎えるのは巨大なドラゴンに魔女にサキュバス、狼男にリザードマンと多種多彩。キャストの教育は徹底されておりまして、常にお客さまに快適な時間を過ごしていただけるようになっております。
 夜ともなれば異世界から召喚された魔物たちが行うパラドキシカル・パレードが注目の的となっているとか。

 GDLの成功に気を良くした魔王ガゥアは、さらにGDSガゥア・ディスティニー・シーGDRガゥア・ディスティニー・リゾートの建設にも着手し、そのどれもが大当たり。
 さらに客層の拡大を図って建設されたのがSAG……シャイン・ア・ガゥアなのでございます。
 ほかのテーマパークは子ども、あるいは家族連れ、カップルなどを主力客層としているのですが、SAGはちと違う。当て込んでいるのは成人男性、すなわち大人の男の夢の楽園、夜の歓楽街こそがSAGなのでございます。

「で、いまじゃあすべてのテーマパークを仕切ってるのがその魔王ガゥア様だって話だ。降魔相もちで本人の人柄も穏やかだって評判で、巷じゃあ「こうまそう」をもじって『ゴマシオの旦那』って呼ばれてるそうだ」
「シャイン・ア・ガゥアかぁ……そりゃ一度は行ってみてえとは思ってたんだが、俺らの手の届くとこじゃねえんじゃねえか?」
「なに言ってやんでえ、男ってのはな、使うときゃ尻ごみするもんじゃねえんだよ。まあ俺に任せときゃ万事丸く収まるから、お前ら黙って100ゴールドずつ出しな」

 てな感じでサベージの口車に乗せられた長屋の貧乏連中が四人、勢い勇んでシャイン・ア・ガゥアへと繰り出します。
 中門をくぐりますとそこはまさに別世界、大胆に肌を露出した魔女にラミア、ケンタウロス娘などがちらちらと色っぽい視線を投げかけてきます。

「話にゃ聞いてたけど、魔物娘ってのも悪くねえな。いやむしろいい!」
「あのラミアのパイオツ見たかい、みんな美形ぞろいであのくねくねした尻尾がたまらないねえ」
「あの爬虫類の尻尾の生えた角付きのメイド娘はなんなんだろうね、リザードウーマン?」
「いや、女にばかり色目使ってるから、ありゃあメイドラ○ンだろう」

 なんてすぐに風化しそうな話ばかりしておりますと、お目当ての店に到着いたします。
 身なりこそただの平民にしか見えませんが、サベージ以下五人そろっての団体さん、座敷に通されるや否や酒に料理に芸者を呼べと景気のいいことを申しますので、こりゃひょっとしてどこぞの若旦那がお忍びでこられたのではと、店の方も優先して綺麗どころを呼びつけます。

「あ~らこちらお見かけしない旦那衆、あちきはサキュバスのお咲と申します、どうぞ今後ともごひいきにしておくんなさいな」
「おう、こちとら今夜は夜っぴて楽しむ算段だ、遠慮なく催淫しちってくんねえ」
「こりゃあ見事な舟盛りだぁ、さすがに海が近いだけはあるねえ」
「ええっ、これサハギンの生け作りってかい? でえじょうぶなのかな……」

 そうこうするうちに芸者衆が楽器を鳴らし小歌を歌い出すと、座はますます盛り上がります。最初は及び腰だった長屋の連中も、酒がまわってきますといい塩梅になって来て、それぞれお目当ての芸者を口説きにかかったりなんぞし始める次第で。

「ほう、こちらの姐さんは首が二つの四本腕ときたかね。なに、あちきは由緒正しいフランケンステエン博士の手になる人造人間でありんすと、へぇ~っ」

 ダブルネックの三味を器用にかき鳴らしながら、二つの首がデュエットするさまに、一同手拍子なんぞを打ちならし、宴もたけなわ、夜もようよう更けて参りますてえと、そろそろ店も終いの時間。芸者衆も引き上げて、泊りのお客はそれぞれ部屋に分かれて就寝と相成ります。

 え~、こういうお遊びの店ではいちおうそれなりの仕来たりてえものがございます。
 初見でいきなり花魁といいことに及ぼうったってそうはいかねえ。
 最初は様子見、二度目に来店することを「裏を返す」と申しまして、三度目からようやく「馴染み」として認められるてえ、そういう遊びのルールを心得てるのが、いわゆる「粋」な客と言われていたんですな。
 ただ飲み食いできればいい、女と遊べればいいなんてえのは野暮と言われていた、そういう時代でございます。

「あぁ~、呑んだも飲んだり、食ったも食ったりだねえ兄貴」
「うっひひ、あの猫耳フレ○ズの娘かわいかったなぁ。おいらぁ思わずケモナーに目覚めちまいそうだったぜ」
「みんな、今日は満足してくれたみてえだな。たまにゃあこうやってパァッと英気を養うのもでえじだってこった。ところでな、みんな床に行く前にちょいと話がある」
「なんでえ、サベージの兄貴」
「これだよこれ、一人頭100ゴールド」
「あー……なんだかすっかり酔いが覚めちまったね。いや、そりゃ出すよだしますよ。しかしサベージの、言いたかねえが一人頭100ゴールドぽっちで今夜の払いは賄いきれねえだろ」

 なにしろ異世界の事でございますので、100ゴールドがこちらの世界のいくらに相当するかは定かじゃあございません。
 しかし新鮮な海の幸に徳利が数十本は下らない、おまけに芸者をあげてのどんちゃん騒ぎとくれば、これは相当な金額になることは疑いようもないでしょう。

「まあまあ、そこは俺に任せとけっていったろう。そうそう、一人100ゴールドでこれで400ゴールドだ。おめえら悪ぃけどな、今夜は早く寝ちまって、明日ぁ早くに店を出ちゃくれねえか」
「ええっ、兄貴はどうすんだい。400ゴールドぽっちじゃ」
「そんでな、この400ゴールドはうちのばばあんとこに届けてやっちゃくんねえか。俺が帰るまでそれだけありゃあ、まあ余裕で食いつなげるだろ」
「そ、そいじゃおめさんは文なしになっちまうよ?」

 まあまあでえじょうぶだっていうサベージに急かされるように、みな床に入ると一夜明けて早朝。まだお天道さんが昇ったばかし、一番カラスが明けにカーッて鳴くような時分に、サベージ以外の四人は人目を避けるようにこっそり店を後にしやした。

・・・・・・・・・・。

「えー……おはようございます。当店の番頭をさせていただいております、悪魔のデビ衛門と申します。昨晩はゆっくりお休みいただきましたでしょうか」
「おう、今朝も目覚めはお目々パッチリ……と言いたいところだが、まだすこぅしゆんべの酒が残ってるかもしれねえな。こういうときはあれだ、迎え酒ってのが欲しくなるね」
「へ、さようでございますか。そりゃすぐにご用意いたしますが、あの、お連れの方たちがお見えにならないようでございますが」
「あぁ、あいつらはな、ちっと野暮用で先に帰っちまったんだ。大きな声じゃ言えねえ、ここだけの話なんだがな」
「はい」
「あいつらはじつぁ勇者パーティーなんだよ」

 サベージの言葉に番頭驚きます。
 そりゃあそうです、なにしろここは遊郭「シャイン・ア・ガゥア」、現魔王であるところのガゥアが店の大旦那をつとめております店なわけですから。

「あ、あのう、勇者さまでらっしゃいますか、ゆんべの方々が? ひょっとしてあなたさまもその、異世界転生者ってやつでございますか」
「まあそう目ん玉ひんむいて驚かなくてもでえじょうぶだよ。なに転生者だ勇者つっても別にここの御大将を討伐に来たとか、そういう物騒な話じゃあねえ。勇者てえのは常日頃戦いに明け暮れるもの、たまにゃあ羽を伸ばしてえと、そういうわけさね」
「はあ、それはけっこうでございますが、あのうわたくし次の引き継ぎがございまして」
「おう、遠慮なく引き継いでくんな。ああそれとな、燗酒と漬物に、刺身もちょいと付けてくれるとありがたいんだが」
「へえ、そりゃ承知いたしました。おぉい誰か、厨房はもう開いてるだろ、用使っておくれでないかい。で、お客さま、昨夜のお勘定と合わせて一区切り払っていただければと存じますが……」

「ああ、それなんだがな番頭さん。いやさデビさん」
「で、デビさん?」
「あいつらもこの店の料理や芸者衆がずいぶん気に入ったと見える。まず今夜も遊びに来るこたぁ間違いねえが、ゆんべの間は外の眺めが最高だったろう? 中店通りは賑やかで、遠くからぁ波の音がざざ~っ、空にゃお月さまがぺっかぺかてなもんよ。この間をどうしても押さえておきたいってんで、俺が居残ったとそう言うわけなのさ」
「へえ、勇者パーティーさまに気に入っていただけて、誠にありがたいことでございますが、手前も勘定の区切りをつけませんと引き継ぎができないものでございまして、そのぅ」
「まあまあまあ、夜になりゃああいつらがどっさりご祝儀持って、裏ぁ返しに来るからしんぺえすんなって。おっと酒が来たね。おめさんも景気づけにぐっといきねえ。いいお燗だね、人肌ってヤツだね。この漬物はへえマタンゴかい、乙だねこりゃ、うんうん……ぷっはぁ~」

 てな具合に番頭をうまいこと煙に巻いてしまったサベージ、いい調子で朝っぱらから徳利を二本に漬物にお刺身まで平らげちまって、機嫌良く二度寝をする始末。
 昼を過ぎても鼻ちょうちんで、店の若い衆も「昨晩の団体さまがまたいらっしゃる」といわれちゃそう無下にも扱えない。
 そうこうするうち夕方近くになるとむっくら起きてまいります。

「ふぁ~あ、朝酒はさすがに効くねえ、もうこんな時間。どれちょっと湯でも使わせてもらうよ」
「あの、お連れ様はまだお見えにならないようですが……」
「日が暮れて涼しくなった時分にひょっこり顔ぉ出すだろうさ、それよか腹が減っちまったから湯上りにすぐいっぱいできるように膳の用意を頼むよ」

 てなことを何の悪気もない顔で言って湯殿に向かうものですから、よもやこのサベージが文なしだなどとは夢にも思いません。
 昨晩同様人肌の燗酒に海の幸山の幸、さすがに芸者衆はお仲間が見えてからでよろしかろうと膳をしつらえておりますところに、さっぱり汗を流したサベージが浴衣姿で戻って参ります。

「えー、勇者パーティーの方々はまだお見えに」
「しょうがないねえ、戦闘が長引くこともあらぁな、なにしろ勇者だからなぁ。まあここは腰を落ち着けて待つとしようや。どうでい、おめさんも一杯」
「へえ、ご相伴にあずかりやす」

 なんてはぐらかされているうちに店の方もぼつぼつと客足が増えてまいります。
 そうなるとサベージ一人をかまっている余裕もなく、しかもなんだか今夜に限って客がひっきりなし。板場も若い衆も芸者も幇間もきりきり舞い。そんな中でサベージ一人悠然と徳利を傾け、肴に舌鼓を打っております。

「ゆんベも思ったが、さすがはシャイン・ア・ガゥア、お造りだけじゃなくてこの煮物も絶品だねえ。あ、ちょいとそこの兄さん。酒ぇ切れちまったんでもう二、三本つけておくれ」
「へ~い~」

 店の者はとにかく大忙しなもんで、サベージの注文もてきぱき勢いでこなしてしまいます。
 番頭が顔を出す間もないのに付け込むように、その日も深夜半まで酒も料理もたらふく頂き、いい機嫌で床に入ってしまいました。

「はぁ~っ、今ので最後のお客さんかい、今夜はことのほか大入りだったね。みんなごくろうさん、明日に備えて早く休んどくれ。えぇっ、あすこの間のお客さん、もう床ぃ入っちまったのかい? それでお連れの方は、はあお見えでない。弱りましたねどうも……」
「番頭さん、あっしゃあ思うんですが、やっこさんハナから居残りするつもりだったんじゃねえのかと」
「最初の四人だって金持ちの身なりにゃあ見えませんでしたよ。あっしらがちょいと締め上げてきやしょうか」
「乱暴はおよしなさい、店の看板てえものもあるからね。よござんす、明日の朝はきっちりあたしが話しつけてきますから、お前たちもう休みなさい」

 なにしろ魔王さまが大旦那を務める老舗遊郭のこと、悪評判は何より怖い。下手におん出して暴力廓ぼうりょくくるわだぼったくりだと悪い噂を広められてはたまったものじゃありません。
 翌朝早く、番頭さんサベージの元を訪れます。

・・・・・・・・・・。

「え~おはようございます、お目覚めでございましょうか」
「よぅ、今朝もいい天気だねえ、あすこでぽつぽつ咲き始めてるヒュドラ草てのは、魔界の花だそうだねえ。なるほどヒュドラの首みてえににょろにょろ伸びた先に花がついてて、花見酒なんてのも乙じゃねえかい」
「へ、それはまことに結構でございますが、昨晩はお連れ様も結局お見えにならなかったようで、え~、最初の飲食代芸者代に宿泊代、昨晩のと合わせまして、いちどすっぱり勘定の方を払っていただき、あらためてお直しいただけるとありがたいのですが……」

 え~、「お直し」てえのは廓用語でございまして、客が店に居続けてなお遊興に耽ることを意味するそうで。さすがに二日続けてのお直しとなると店の者にも示しがつかない。ところがサベージ、涼しい顔で、金はねえとつるりと言うもんだから番頭さんも仰天いたします。

「えぇっ、金はないってそりゃいったいどういうことでございますか」
「言ったとおりだ、懐にゃただの1ゴールドもねえ! しょうがねえからしばらく居残りさせてもらうよ」
「いえいえ、そんなふうにそっくり返られても手前どもも困るんですが……」
「まあまあ、俺のことなら心配無用。目立たねえとこ、隠しダンジョンにでも潜り込んでおとなしくしてるから」
「遊郭に隠しダンジョンなんざありゃしませんよ。あ、これこれ、そこは布団部屋ですよ」
「あぁ~、ここなら籠城するにゃあもってこいだ、そいじゃちょいと二度寝といこうかね」

 ずうずうしいやつもあったもので、やっこさん1ゴールドも払わねえまま布団部屋に潜り込んで高いびきを始めます。
 引っ張り出そうにも番頭一人じゃあとても無理、しかしこんなことに人手を割いている暇は廓にはありません。夜の営業に向けて掃除に仕入れに帳簿づけ、上客の予約に芸者衆や幇間たいこもちのスケジュール管理と、仕事は山のようにあるのでございます。
 まあおとなしくしてるならひとまず様子を見ようと思った番頭さん、サベージのことはひとまず置いておいて、自分の仕事に戻ります。

 そしてまた夜が来るてえと客がお目当ての芸者目当てにやってくる。
 居残りなんぞがいついちまったら店の運気も下がるかと思いきや、昨夜にも増して客が押すな押すなの大繁盛。そりゃあもう若い衆も厨房もてんてこ舞いとはこのことで。

「これ、誰かおらぬか。ええ、さっきから呼んでおるのに誰もこんとは。せっかくの毒サソリのたたきも、毒消しのタレがないと食えぬではないか。これ、誰ぞおらぬか」
「へ~い、こんちまたご立派なお身なりで。お武家さまでございやすか」
「うむ、それがし暗黒大元帥という、魔界では少し知られた剣客。そこもとは店の者か」
「いえ、店の者だなんて立派なもんじゃないんですけどね。お料理のタレが届いてないてんで、厨房で都合していただき、お持ちしました次第で」
「おお、それは気がきくな、名はなんと申す」
「へい、サベージと申しやす」

 呆れたことに布団部屋に籠城していたはずのサベージ、いつの間にやら店ん中をうろうろ歩きまわり、たまさかここの間から呼ばわる声に気を効かせ、おまけに酌までし始めます。

「どうも今夜は事のほか店が込み合っておりますようで、こちらアラクネの阿国姐さんがまだお見えになっておりません。ひとまず無粋ながら、野郎の酌で失礼いたしやす」
「うむ、あれの人気も上がっておるようだしな、それがしひとりの芸妓と言うわけでもない」
「なにを仰いますやら、暗黒大元帥、魔界の元さんといやあ芸者衆の間でも有名なお方でございますよ。金払いはいい、無理難題も言わないうえに酒品がいい、おまけにいくら飲んでもみっともなく乱れたことなど一度もないってんで、まことにご立派な旦那だと阿国姐さんも仰っておられますよ」
「うむ、某も廓遊びの作法程度は心得ておる」
「旦那がいらっしゃるてえ前の晩になると、旦那が待ち遠しくて眠れねえ、夜通しくりから糸を繰って寂しさを紛らすってえ話ですよ」
「む、ああ見えて健気なところもある女よの、ふふふふ」

 とまあ、これが本職の幇間に勝るとも劣らない褒め殺しってやつで、鎧の旦那、元さんなんて呼ばれてすっかりご満悦でございます。

「そこもとはなかなか愉快な御仁だのう、サベージとやら。それもう一杯飲むがよい」
「こいつぁありがたく頂戴いたしやす、おっとっと……」
「どうも、お待たせして申し訳……あら、あんたこんなとこでなにしてんだい」

 そこへやってきたのがアラクネ、つまり蜘蛛女の阿国姐さん。蜘蛛だけにお女郎姿が板について、近ごろ人気の花魁でございます。

「おお、阿国か遅かったではないか」
「ごめんなさいねえ、今夜はやけにお客がひっきりなしで、ご新規さんも多いもんだから新造もてんてこ舞いさ。で、そっちのあんたはたしか」
「へい、ちょいと居残りをさせていただいておりやす、サベージと申しやす。僭越ながら旦那が退屈そうにしておられたようですんで、姐さんがいらっしゃるまでの繋ぎで、ちょいとお相手を。ではあとは阿国姐さんが元さんのお相手を」
「なに、よいではないか。そこもとは色々面白い話を知っていそうだ」

 てな具合にすっかり暗黒大元帥に気に入られたサベージ、酒も肴もたっぷりいただき、上機嫌の鎧武者に最後は小遣い銭までもらっちまいました。
 その後もサベージ、くるくると店ん中を徘徊し、芸妓げいぎや幇間の手が足りない間を見つけては「こんちまたまた」なんて当然のような顔で上がり込み、得意の口八丁手八丁で客の機嫌を伺うようになりました。

「なんだいあいつぁ? 居残りの分際で客に媚びへつらってやがるよ、おかしな野郎だねえ」
「居残りなんざどうだっていいよ、さっさとそっちの料理をもってっておくれ」
「へ~い~」

 最初は店の忙しさにかまけて黙認されておりました「居残り」サベージでございましたが、これがまあ細かいところに目端が利く。
 箸が足りねえ、食器が足りねえ、熱いお茶を所望する客がいるってえと厨房をコマネズミのようにちょろちょろ動き、言っちゃなんだがたいそう役に立つことがわかって参ります。

「ちょいと居残りさん。いのさんはいるかえ。あたしのかんざしが修理から上がってきてると思うんだけど」
「へいッ、こちらに届いておりやす」
「おいいの公、ご新規さんがお見えだ、誰ぞ芸妓の空きはないかい」
「へっ、ミュータントの美田姐さんが今日から復帰いたしておりやす」

 と、店の者が把握してないような事細かなことまで気が回りますもんで、店の者も芸者衆もつい「いのさん、いのさん」とサベージを使い走りにしてしまいます。
 しかもいやな顔一つ見せず、何でもそつなくこなすものですから、芸妓衆の評判もいい。たまに客から頂いた菓子の一つ二つ、小遣い銭もやろうてえ気になります。いやいや、芸者衆ばかりじゃあない。

「あ~、あいつぁいねえのかい」
「へい、どの芸妓をご指名で」
「ちげえよ、居残りだよ居残り。俺ぁあのひょうきんなツラぁ拝みながらいっぺえやるのが、最近楽しみでねえ」

 なんて遊郭に来て幇間も芸者もいらねえ、居残りを呼べって客まで出る始末。

・・・・・・・・・・。

 まあしかし、そうなるてえと面白くないのは店の若い衆や幇間でございます。自分たちを差し置いて客の御贔屓になってるわけで、本来なら自分たちの懐に入るはずの心付け、祝儀、まあ要するにチップですな、それがみんなサベージの懐に入っちまうわけですから。

「おれぁもう我慢できねえよ、なあ」
「もともと金も払わねえで飲み食いしてた、ふてえやろうじゃねえか」
「いっそふんじばって簀巻きにして、川に流しちまうか」
「これこれ、何を剣呑なことを言ってるんだい、お前さんたち」
「こ、こりゃ大旦那さま。いらしてたんで」

 みなでサベージを追い出そうと盛り上がっているところにひょいと顔を出したのは、店の大旦那であり経営者、「ゴマシオの旦那」こと魔王ガゥアでございます。魔王と言ってもまことに恰幅が良く福相の旦那で、一見して穏やかな人柄が偲ばれます。
 この大旦那、他の遊興施設の経営もありますのでそうしょっちゅう遊郭に顔を出すこたぁできませんが、たまにこうして、まあ視察に来るわけですな。
 接客のレベルは落ちていないか、経営状態はどうか、ご近所づきあいは順調かなど、さすがに上に立つお方てえのはそう言うところに気がつく。
 当然ながら「居残り」のこともすっかり聞かされた大旦那、しかし若い衆のようにふんじばれ簀巻きにしろなどと物騒なことは申しませんが、サベージを呼ぶように言いつけます。

「ほう、お前さんが例の居残りさんかい。あたしがこの店の責任者のガゥアてえもんです」
「へいサベージと申します、どうも皆さまにはたいそう世話になっております」
「話は聞かせてもらいました、お前さんもどうも……困ったお人のようだねえ。しかし払う銭がねえってんじゃそりゃしょうがない。なんですか、お客さまのお相手やら使い走りもしてくれてたようだし、ようございます。今回のあなたの支払いは待ってあげよう。何年かかったってかまやしない、銭がたまったらいつでもおいでなさい、それまで待っててあげようじゃないか。どうですかなサベージさん」

 大旦那の話を聞いたサベージ、なにやら神妙な顔になったかと思うと、思いつめた目で遠くを見つめ、ぽつりぽつりと語り出します。

「大旦那さんのご厚意、ありがたくて思わず目元が熱くなってめえりやす。しかしちょいとあっしの身の上話を聞いてはいただけやせんか……」
「というと?」
「あっしが連れてきた四人、番頭さんには勇者パーティーだと申し上げました。勇者といやあ魔物魔族と敵対するもの、正義を標榜する団体と知られておりやすが、実際のところは表も裏も清廉潔白てえわけには参りやせん。勇者を名乗ってはおりやすが、ゴマシオの旦那のようなご立派な業績を上げるどころか、法の目をかいくぐったことも数知れず……」
「おいなんだか物騒な話になってきたね」
「さすがに人ぉ殺めたことこそありやせんが、それ以外ならまず大抵のことには手を染めて参りやした。買った恨みも数知れず、挙句にあっしは胸を患っておりやして、この先どうにも長生きする見込みがないんでございます」

 思いもかけないヘビーな告白に、大旦那もどう反応していいか困惑しきり。

「あっしが出るとこぃ出りゃあまず手が後ろに回りましょう。事によったらあっしらに恨みを持つ連中にでも見つかって、その場でぐさり、なんてことがないとも限りません。殺伐とした娑婆に比べりゃあ、このお店は天国のように居心地がよく、いけないことと知りながら、ついつい居残り続けてめえりやした、申し開きもございません」
「おいおいよしとくれ、頭をおあげなさい。そうかい、そういう事情があったとはねえ。しかしおまいさん、ここで居残りなんかしてて、もし万一客の中におまいさんの顔を見知ったのがいたら面倒なんじゃありませんか」
「へえ、そうなったときは潔く、凶刃にかかって命を落とすのもいたしかたないと……」
「冗談じゃありませんよ、店ん中で刃傷沙汰なんてされた日にゃあ、シャイン・ア・ガゥアの看板に傷がつく。おおおおまいさん、勘定なんてもういいよ、チャラにしといたげるから、早く出てっておくれでないかえ」

 さんざ飲み食いした代金をチャラにしてくれるってんですから、これほどうまい話はありません。しかしサベージ、首を縦に振りません。

「もちろん、こちらにご迷惑をかけたくはないのですが、店を出たところで行くあてもなく、いっそ遠方に高跳びしようとも思ったのですが、そうなるとこう、えー、先立つものが……」
「出しましょう。ええ、幾らいるんだい、2万ゴールド? おいちょいと誰か、あたしの部屋のね、行李に提げ金庫が入ってるでしょう、あれ持ってきなさい、早く早く。ああこれだ、ええとね、2万と言わず5万ゴールドあります、これ持っていきなさい」
「えー、しかし遠方に旅立つとなると、この擦り切れた装備じゃあちょいと」
「しょうがないねえ、番頭さんが闇司祭の装備一式持ってたから、あれを……なに? あたしが先日新調したミスリル鎧がいい? よく知ってるねそんなことまで……しかしサイズが合うかねえ?」
「へえ、一度試着しておりますんで、そこは大丈夫かと」
「え? 試着、しちゃったの? あー、そう……じゃあまあしょうがない、そいつを着ていきなさい。さあさあそうとなったら善は急げだ、なに、腰が軽くて歩きづらい? ああ、オリハルコンの剣ですか、ホントによく知ってるね、あたしだって忘れてましたよそんなの。ええ、もうついでだからそいつも持ってきなさい」

 てな感じでちゃっかり大旦那から路銀に鎧、剣までせしめたサベージ、意気揚々と正面玄関から店を後に致します。

「大旦那さま、よろしいんでございますか。これじゃあ盗人に追い銭もいいところですよ。せめて裏口から返した方が」
「そりゃ談志のサゲだね。いいんだよ、あたしゃ本来魔王にしては戦いに向いてない、降魔相のガゥアなんですから。居残りのことなんかきれいすっぱり忘れて、新しい従業員をせっせと召喚して、店の繁盛を考えたいんだよ」
「いいや、大旦那がどう言おうと、あっしゃあ我慢ならねえ! あの野郎、追いかけて行って背中からぐっさり……」

 血の気の多い若い衆が腕まくりをするってえと、ゴマシオの旦那、慌ててひきとめます。

「よしとくれよ、あの男は異世界転生者だっていうじゃないか。転生したのをあたしがうっかり召喚しちまったら、今度こそうちの身代がつぶれちまう」

 お後がよろしいようで……
 
えー、いろいろ強引なところもあるんでございますが、
シャイン・ア・ガゥア=SHINE・A・GAWA、で「シナガワ」てぇことでひとつ……
ゴマシオの旦那てえのも原典へのリスペクトですが、なんだか付け足りになっちまいましたかね
下げに関しちゃ「裏を返す」が収まりがいいとも思ったんですが、
どうせ異世界転生なんてわけのわかんねえもんにしちまった以上、
それなりのオリジナリティを出すべきかと思いまして、こうなりました。
少しでも楽しんで頂けると幸いに存じます、へい。

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