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観測者の夕べ

作者: 佐藤コウキ


 男は核シェルターのハッチを開けて外に出た。

 一面が荒涼たる砂漠。何も言えず立ちすくむ男。そのシェルターは孤島の地下に建設されていたが、視界に入る風景は茶褐色の荒野だけで水のひとかけらも見当たらない。


 世界大戦が起こり、人類は核攻撃によってほとんど死滅した。残ったのは核シェルターに避難した数人の人間だけ。しかし、それらも絶望による自殺や病死などによって最後に残ったのは、たった一人の男だけだった。


 男は歩きだす。

 見えるのは黄色い太陽に照らされた赤茶色の風景。全ての方角が荒廃した地平線だった。

 いくら歩いても殺伐とした景色は変わらない。男は地面に座り込んだ。伸び放題の髪とひげ。よれよれになったカーキ色の服。

「もう生きていてもしょうがない。死んでしまおうか」

 胸ポケットから小瓶を取りだした。それはシェルターに保存されていた自殺用の薬剤。

 男は栓を開けて一気に飲み干した。

 しばらくすると胸を押さえて苦しみだす。しかし、呼吸が激しくなったのは一時的で、すぐに収まった。

「あれ、どうしたんだろう。薬を間違えたかな」

 男は深呼吸すると立ちあがり、近くのクレパスに歩いていった。

 地面の裂け目は限りなく深く、底が見えない。

 男は意を決して飛び込んだ。

 これですべてが終わる。男はそう思ったが、落下せずに体がふわりと宙に浮かんだ。そして、ゆっくりと地面に移動して行った。

「なんなんだこれは」

 クレパスの近くで唖然とする男。風が吹いて砂埃を巻き上げた。

「お前を死なすわけにはいかない」

 急に声が聞こえたので男はあたりを見た。しかし誰もいない。

「我はお前の心に直接語りかけている。我は物体ではない」

「誰だ、あんたは!」

「我は宇宙意思だ。お前の概念では神と言った方が近いだろう」

 男は大きなため息をついた。世界の終末になって、とうとう神様が登場したか。

「それで、宇宙意思さんとやらが俺に何の用だ」

 ふてくされたように聞く。

「お前は自分の生命活動を停止させたいようだが、それは困る」

「どうして?」

「観測者がいなくなるからだ」

「観測者?」

「そうだ。この宇宙は観測する者がいて、初めて存在することができる。お前が見たり聞いたり感じたりすることができなくなれば、この宇宙は消滅する」

「そんなバカな」

 男は口の端を曲げて笑った。

「事実だ。だから、お前の思考活動を停止させるわけにはいかないのだ」

「でも、それっておかしいじゃないか。だって、宇宙は人間が誕生する以前から存在していたんだろう」

「我が発生したとき、宇宙は単独で存在することができた。しかし、地球で生命が誕生したときに宇宙の構造が変化したのだ。生命という観測者ができたために観測者が観測することによってのみ存在が許されるようになったのだ」

「つまり、それって自分のセックスを他人から見てもらわないと興奮しない体になったということか」

 男は下卑た笑いを浮かべる。

「曲解だが、お前の思考レベルの理解としては間違いではない」

「あんたは神様なんだろう。だったら自分で生き物を作ればいいんじゃないか?」

「生命の誕生は予期せぬ偶然だった。我では創造することができない」

「だからと言って俺は生き延びる気はない。だって俺一人の世界でどうしろって言うんだ……」

 男は弱弱しく首を振る。

 しばらく宇宙意思は黙り込んだ。そして言った。

「では仕方がない」

 ザーという音がしたので男が後ろを振り向く。そこには砂山が存在していた。

 公園の砂場で子どもが作ったような砂山。その頂上には金属の棒が刺してある。

「何これ?」

「新しい観測者だ」

 男の頭に直接的に宇宙意思が説明した。

「観測者? 新しい人類ということか?」

「疑似的な観測者だ。金属のアンテナで感知した電磁波により、結晶シリコンに微量の渦電流が発生する。それを観測によって生じた感情と定義する」

 男は砂山に近づく。

「これが新人類か……」

 いじめっ子のように、そのアンテナを引っこ抜いて砂山を足で踏みつけてやりたい衝動にかられた。しかし、どうしてそんなことをしたのかを合理的に説明できなくて悔しいと感じるだろうと思ったので、その行為をやめた。

「もうお前は死んでも良いぞ」

 そうかよと言って男は息を吐き出す。

 しばらく無言で座り込んでいたが、やがて力なく立ちあがってクレパスに近づいた。

 自分の体を地面の裂け目に放り込む。男は物理法則に従って加速しながら落下して行った。


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