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鏡に映る顔

作者:O馬鹿者
 鏡に向かって、ハッ、と人を小馬鹿にするような笑い方をしてみる。この部屋には、隣で寝ている母以外に人はいないから怒られる心配はない。だから、思いっきり表情を醜く歪めて、思いっきり小馬鹿にした声で、イヤな奴を演じることができる。穏やかで真面目、という自分の性格を脱ぎ捨てて、いつも僕を馬鹿にしてくる奴らの真似をしていると何故かすっきりした気分になる。自分の中に溜まっていたものを吐き出すような、そんな感じ。いつもこんな風に生活していたら、何も溜まるものなんてないだろう。鬱憤は他人にぶつければいいわけだから、心はいつだって空っぽなはずだ。
 鏡に映っているのは、とても性格が悪そうな人間。僕が嫌っているイジワルな人間。だけれど、僕はそれを喜んでいる。嬉しいと感じている。表情を作れば、僕は全くの別人になれる。学校の人たちが怖がっているような、おっかなくて、意地悪で、強い立場の人間になることができる。そのことが喜ばしい。僕だってやればできる人間なのだ、と自覚できる。そのことが嬉しい。僕は自分の性格を気に入っているけど、性格の悪い奴らのように振る舞ってみたくなることも、たまにあるのだ。大声を上げて、威張り散らしてみたくなることもあるのだ。
 もしかしたら僕の心の中には、粗暴な性格をしたもう一人の自分がいるのかもしれない。中学校の頃、僕は卓球部に所属していて、その部活の練習をしている時に後輩を殴ったことがある。僕のことをやたらと馬鹿にしてくる奴で、下手くそだとか、雑魚だとか、顔を合わせるたびにそういう小学生レベルの悪口を言ってきた。僕よりも背が小さく、ギョロっとまん丸いおっきな目をしていて、その容姿と、騒々しい性格から、僕は無意識に彼のことを見下していたのだけど、でも卓球は彼のほうが上手かった。練習をしていれば僕が多くミスをし、試合をすれば負けた。差はだんだんと広がっていき、それと比例するように彼の僕に対する態度もひどくなっていった。呼び捨ては当たり前、四六時中悪口を言われ、終いには蹴りを入れてくるようになった。もう我慢ならんと、僕がとっさに彼を殴って蹴ったのは果たして間違っていたのかどうか。二人揃って先生に怒られ、特に僕の場合は練習が終わった後も残され、「お前は自分で気づかないうちに鬱憤を溜めこんでいて、それを後輩にぶつけたんだよ」と言われ、それなりに反省はしたが、正直やってやったという気持ちがないわけでもなかった。彼の僕への態度がその後も変わることがなかったことを考えると、それは無駄だったような気がするし、無駄じゃなかった気もする。あそこで殴っておかなきゃ彼の態度はどんどんエスカレートしていったような気がするし、殴っても解決しないのだから耐えていればよかったという気もする。自分より弱い人間に対して行ったこの僕の行動は、他人からしたら間違いなく非難の対象になるだろう。大人しそうな人間から粗暴な人間へと、他人の認識が変わる。それでも僕は殴ってしまったわけで、鬱憤を晴らしたかったわけで、我慢ができなかったわけで、一瞬だけ粗暴な人間になってしまった。元々暴力的な性的趣向を持っていた僕。女性の苦しんでいる姿に興奮するという、ノーマルな人間から見たら大変危ない男。僕はいったいどっち側の人間なんだろう?
 普通の顔をしてみる。鏡に映るのは、良く言えば穏やかそうな、悪く言えばマヌケそうな顔。僕はこの顔が嫌いじゃない。この顔は人を馬鹿にすることはせず、威張ることもせず、人から悪口を言われても文句一つ言わず、黙って物事を見つめている。何も考えていないわけではなく、常に自分の考えを持っていて、ただそれを公表したりはせずに、自分の中で秘めている。隠している。本心を隠す、それはとてもかっこいいことで、誇らしいことで、この顔を維持していけば、僕はきっと自分の理想の人間になれるだろう、と確証もなく思った。

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