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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち― 作者:安里優

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真龍内乱(上)

 一人の女性兵士が、小脇に木箱を抱えて、廊下を歩く。
 選び抜かれた木材をふんだんに用いて彫刻や装飾の施された廊下を、気後れもせず、かといって礼儀を忘れもせず、軽やかな足取りで進む。
 彼女の名は、キリ。
 カノコの部下で、憲兵を務める。そして、ショーンベルガー城に常駐している数少ない兵士の一人でもあった。

 当たり前のことだが、ショーンベルガー周辺にいるカラク=イオ軍の兵士のほとんどは陣城にいる。ショーンベルガーの都市内はともかく、城の内部に詰める必要は特にない。
 だが、連絡の便などを考えれば、数人の駐留要員はいても邪魔にはならないのであった。
 キリはそんな任を帯びた一人である。

 彼女はその任務に従って、廊下を進み、突き当たりの金属の扉の前に出た。その扉の脇に備えられた小窓に手に持っていた木箱を置く。
 しばらく待っていると、木箱がすっと部屋の中に引きずり込まれ、すぐに再び出てくる。

 いや、違う。

 彼女が持ってきたのは白木の木箱であったが、こちらは赤く表面が塗られている。同じ大きさと形に作られてはいるが、別の木箱なのだ。
 彼女は扉の向こうに一礼するとその出てきた赤い木箱を受け取って、踵を返す。
 キリはそのままつかつかと扉を離れていった。

 彼女はけして振り返らないし、扉の向こうにいるであろう人物を想像したりもしない。ましてや、木箱の中身を詮索することもない。
 せいぜいが、赤だから四日前に扉の向こうに消えたものかと思うくらいだ。
 彼女が命じられているのは、ショーンベルガー城に常駐し、カラク=イオとショーンベルガーの間の友好を保つこと。

 そのためならば、おおよそ三日に一度の頻度でエリから届く書簡を木箱に詰めるのも、一度扉の向こうに届けたものを回収して城の役人に渡すのも、お安いご用というものだ。
 ましてや、それが出立前にエリから直々に頼まれたこととなれば、その行為の意味など考えるまでも無く従うべきことだろう。
 なにしろ、彼女たちはスオウ直々にショーンベルガー公爵家の便宜を図れと言われているくらいなのだから。

 そして、憲兵という立場にある彼女は、高度に政治的な問題に首を突っ込まない賢明さを持っていた。
 扉の向こうにいるのがエリの意を受けている者だろうことくらいはわかっているし、彼女の報告と指示がその人物を通過してから役人たちに向かうことの重要性も理解している。
 だからこそ、彼女はしっかりと木箱を運びはしても、その内容にも扉の向こうにも意識を及ばさないのだ。

 そうして、彼女はいつも通りに木箱を届ける。
 それを受け取る人物が、彼女の知る『エルザマリア・ショーンベルガー』にそっくりなことなど知りもせず、興味も持たずに。

「らーらー、ユエおばさんからのー、おーてーがーみー♪」

 一方、室内では白木の箱を振り回しながら、くるくる廻る少女がいた。節も調子も滅茶苦茶ではあるものの、実に楽しそうに歌いながら。
 スオウの側にいるエリとそっくりな顔をしたその少女こそ、真のエルザマリア。ショーンベルガー公の一人娘である。

「こーれでー、おそとのー様子がーわかりまーすぅ。ありがとう、おばさん!」

 そこで彼女は唐突に動きを止め、真顔になって続けた。

「まあ、あの人、ここ何年かおばさんっていうと怒っちゃうんだけどさ。そりゃあ、外見がほとんど変わらないのにそう呼ばれるのも変な気分だろうとは思うけどね」

 言いながら、彼女は部屋の中の大きな机に向かう。広い机上にはいくつもの書類や書籍が乱雑に広げられていて、手に持った木箱を置くには、それらを無理矢理どけなければいけなかった。

「でもなー、こればっかりは種族の問題だし」

 彼女は十六歳。その外見も、人間としてその年齢にふさわしいものだ。
 しかしながら、彼女の叔母であるユエリ・ショーンベルガー――あるいはエリ――はもう何年も前からいまの彼女とほとんど変わらない姿をしていた。

 おそらくあと数年してエルザマリアが大人の女に相応しい容姿を手に入れても、ユエリはまだ幼さを残した少女の姿をしていることだろう。
 それは長い寿命を持つ真龍の血を引く以上変えようのないことだ。

「身長もそろそろ追い抜いちゃうだろうしなあ。種族の差異、恐るべし!」

 おどけた調子で言ってはいるものの、実際の所、幼い時から知る年長の親戚より育ってしまうことに関して、なにも感じていないわけでもないだろう。
 影武者を頼みにくくなるという現実的な問題もある。

 とはいえ、先のことを気にしてもどうしようもない。いまはいまで様々な問題があるのだから。
 そんなわけで、部屋に引き籠もり、外界の情報を遮断しているエルザマリアはいそいそと叔母からの手紙を読み始めるのだった。

 そうして、一通り読み終えた彼女は小さく呟く。

「ふうん。神界が人界をねえ……。でも、そこまでいくと、ショーンベルガー(うち)の出来ることじゃなあ……」

 ユエリは抑制した筆致で書いてきているものの、とんでもない事態が生じていることは伝わってきていた。
 しかし、エルザマリアはショーンベルガーという一都市国家の姫に過ぎない。出来ることには限界があるのだ。

「うちが焼かれるとかないよねえ? あるのかな? あると困るなあ」

 彼女は腕を組んで考え込む。さすがに街丸ごと焼かれるというのは話が大きすぎて、彼女の中でもあまり実感が持てないでいる。
 それでも、けしてあり得ないことでは無い。彼女とユエリの働きで、それをなんとか避けなければならないのだ。

「いまさらカラク=イオとの関係を絶とうとしても逆効果になるだけだろうし、神界がそれに構うとも限らない。だから、協力は続けていくにしても……」

 彼女はそこで小首を傾げ、頬に手を当てた。

「安全策は考えておかないとなあ」

 難しい顔で彼女はゆらゆらと体を揺らした。

「うーん。うーん」

 誰も聞くことのないうなりを漏らしながら、彼女は体を前後に揺らし、苦悩する。

「敵と通じるのは論外。そもそも相手にしてくれるはずが無い。となれば他の勢力って事になるけど……」

 彼女は小さくため息を吐いた。そのあてがないというように。

「うちの家系のことを考えると、真龍なんだよね。でもなあ……」

 ショーンベルガー公爵家の血脈には、何度か真龍の血が入っている。ユエリほど濃厚にではなくとも、エルザマリア自身も幾分かは真龍の血を引いているのだ。
 そして、公的には失われたはずの真龍とのつながりを、彼女の家は確保している。
 ショーンベルガーと真龍という勢力同士のつながりでは無く、一族と一族とのつながりとして。

 ただし。

「あてになるかなあ……」

 エルザマリアは暗い表情でそう呟かざるを得ない。
 彼女はわかっているのだ。
 神界が介入してくるという事態にあるいま、真龍たちがショーンベルガー公爵家との関係など気にしていられるわけもないことを。


                    †


「……きちんとお考えいただきたい!」

 先ほどまで熱弁を振るっていた一団の中にいた一人の男が、だんっと足を踏みならす。
 その途端、周囲の者たちが、彼を注意するように肘や手でつついた。
 さすがにはっとした顔で黙り込む男性。

「うん。まあ、落ち着いて」

 そんな男たちに柔らかな声をかけたのは、ディー。真龍の次期族長であるツェン=ディーの片割れにして、人身の持ち主だ。
 彼の半身たるツェンはいまここにはいない。そもそも龍身の者が入ることの出来る大きさの部屋では無い。
 だが、人身であれば狭くは感じないはずの部屋だ。

 だというのに、いま、その部屋はむっとするような熱気に満ちている。
 それを発しているのはディーではなく、彼に対している一団であるようだ。

「君たちの意見は理解した。その全てがかなえられるわけではないが、君たちに不満があるということは、しっかりと伝えるよ」
「それでは……!」
「生ぬるいと言うんだろう? それはわかっているさ。だが、いまはまずそれをやるしかない。段々とわかってもらうしかないことだよ」

 なだめるような声に男たちは顔を見合わせる。中には明らかに不満げな者もいたが、それでも結局は呑み込むことにしたようだった。

「……若長だけではなく、長老方にもおわかりいただけることを願います」
「努力するよ」

 最後に念を押すように言う男たちに苦笑を向けるディー。
 男たちは興奮した面持ちのまま、がやがやと部屋を出て行った。

「はあ……」

 彼らが出て行った後、一人ため息を吐いていたディーの下に現れたのは、ラー=イェン。彼の腹心である女性、その人身であった

「どういたしました? 先ほどの者たちは?」
「ああ。すれちがったのか」

 心配そうに尋ねかける腹心に対して、真龍の若長は小さく肩をすくめて見せた。

「陳情だよ」
「陳情ですか?」
「ああ。叔父上たちに自分たちの思いを伝えてくれっていうね」

 その言葉を聞いたラー=イェンは不快そうに顔を歪めた。

「自分たちの上長に報告するのではいけない内容なのですか?」
「んー……。まあ、それじゃ遅いと思ったんだろうね。そもそも、対応が遅いってのが要旨だから」
「それにしても……」

 ディーを煩わせたというのがひっかかっているのだろう。彼女は不愉快そうな顔をひっこめなかった。

「いや、まあ、僕も話を聞けたのはよかったと思ってるよ」
「それなら……いいのですが……」

 ディーがいいと言うなら、それ以上彼女がどうこう言うべきことではない。彼女はようやくのように表情を和らげた。

「ところで、どのような話だったのですか? 廊下で見た限り、ずいぶんと意気盛んな様子でしたが」
「うん、それがね」

 思い出したように尋ねるラー=イェンに対して、ディーは苦笑して、こう答えたのだった。

「いまこそ神界に対して立ち上がるべき時だろうってさ」

 と。


                    †


 ヴェスブールを消失せしめた攻撃は、当然のように真龍たちの度肝を抜くものであった。
 魔族及び神族の動きに対する警戒と調査に乗り出したところであった彼らは、あっという間に事態を把握した。

 その過程で、彼らは困惑し、驚愕し、そして、最終的に激怒した。

 人界の守護者を自認する真龍にとって、封印兵器を用いた人界への攻撃など、許すなどという選択が脳裏に浮かばないほど言語道断な行為であった。

『神族討つべし!』

 そうした意見が出てくるのは当然といえば当然の成り行きであったろう。
 しかしながら、戦争とは勢いだけで出来るものではない。
 いや、古今の例で見れば勢いだけで戦争に突入することのほうが多いくらいかもしれないが、少なくとも真龍の上層部はそうではなかった。

 そう易々と戦を仕掛けられるほど与しやすい相手ではないのだ。

「そりゃあそうだよね。戦をするとなれば、遠路はるばる神界にまで遠征しなきゃいけなくなる。空は繋がっているとはいえ、距離がありすぎるし、補給はどうするんだって話にもなる」

 ディーは、彼には珍しく渋い顔で続けた。

「まして、彼らは人界に対して封印兵器を用いた。魔族や真龍相手に使わないというのはこちらの希望に過ぎない。そりゃあ、叔父上たちが踏み出せないってのも頷ける」
「ですが、そうは思わない者も多くいます」
「そうだね」

 ラー=イェンが硬い調子で言うのに、ディーは素直に頷く。
 まさに彼女の言う通り、そう思わない者もいるのが問題なのだ。

 空は繋がっている。だから、自分たちはどこにでもいけるはずだ。
 そう単純に考え、神族との闘争を望む者たちが、確実にいる。
 先ほどディーに対して気炎を上げていたのも、そうした一団だ。

「長老方を臆病だと言う者たちもいる。さっきもはっきりそう言われたからね」
「さすがに口が過ぎますね」

 眉を顰めるラー=イェン。そんな彼女の様子を好ましげに見ながら、ディーは続けた。

「でも、しかたないさ。彼らは自分たちの過ちを知っている。人間たちに利用され、人界の争いに引っ張り出された過去を抱えている。軽々に判断できるはずがない」

 真龍たちが人界との関わりを断って、八十年。
 その年月は人界では人の一生を超えるほどのものであり、真龍たちにとっても短いものでは無い。
 だが、それでも当時のことを経験している真龍の長老たちがいるのは確かなのだ。

 むしろ、当時、人界との関わりを断つことを主導した実務層が、いま指導者層になっているのが実状だ。
 故に彼らは自らの失敗を意識せざるを得ない。
 かつて犯した失敗も、今後犯すかもしれない失敗も。

「しかし……」
「うん。言いたいことはわかるよ」

 深刻な表情で言葉を濁す腹心に、ディーは安心させるように言った。
 一般の真龍たちがどれほど憤激し、指導者たちの腰の重さにどれほど苛立っているか、彼とて理解しているのだ。

「若い層の不満ははちきれんばかりだからね。ツェンも昨日突き上げられてたからね」
「龍身の者たちにですか?」
「ああ」

 龍身といえどもその仕草や吠え声で意思を疎通することは出来る。だが、言葉を操る人身の者に比べれば、複雑な内容を語り合うのは非常に難しい。
 政治的な話題を龍身で行うのは通常あり得ないことなのだ。
 それなのに、龍身のツェンが、同じ龍身の者に詰め寄られたという。

 よほど、強い憤懣が溜まっているとみて良いだろう。

「僕だって、正直、神族たちには憤っているし、なによりも、魔族と戦えと言われるよりやつら卑怯者たちと戦えというほうが、よほどしっくりくる」
「それは……そうですね」

 真龍という一族の成り立ちや歴史を考えても、魔族を討つよりは、神族を相手取って戦うほうが相応しい。
 彼らが抱える一族の信念は、そう告げている。

 そして、それこそが、若年層の不満をさらに強めているのだった。

「どうにかなるものでしょうか?」
「どうにかするしかないね。暴発したらたまったもんじゃないからね」

 頭を振りながら、ディーは言う。その様子を、ラー=イェンは心配そうに見つめることしか出来ない。

「私に出来ることがありましたら……」
「じゃあ、いくつか頼みたいことがあるけど、いいかな?」
「もちろんですとも!」

 嬉しそうに胸を張るラー=イェン。彼女のそんな様子に、ディーは元気づけられたかのように微笑んだ。
 それから、彼は、口の中だけで呟いた。

「事態が動くのは期待していたけど、こんな形じゃなかったんだけどなあ……」

 腹心にすら聞こえない声で、彼はそう愚痴をこぼすのだった。
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