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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち― 作者:安里優

第三部:人界侵攻・龍玉編

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第34回:反攻(中)

「神族が出張って来ただと!」

 次代の長たるツェン=ディーの側近ラー=イェンの報告は、真龍の長老たちのみならず、玉座の間に居並ぶ者全てを動揺させるに足るものであった。

 そう、普段ならば長老たちしかいないその場所に、その時ばかりは真龍たちがずらりと並んでいたのだ。
 年老いた龍身の巨体がいくつもあってもずいぶんと余裕のあるそこに、いまは若い人身の者たちが数多く集まり、窮屈なほどだ。

 その日その場所に数多くの真龍が集っていたのには、二つ理由があった。
 出撃のための儀礼が進み、戦へと出る兵たちが集められていたからというのが表向きの者であり、最大の理由である。
 だが、そこにもう一つ隠れた理由があった。その時、アウストラシアに時ならぬ嵐が発生していたためである。

 空に生きる真龍は、天候については皆詳しい。生きるために必要でもあり、空というものに親しみと畏敬を持っているからでもある。
 彼らは、当然のように季節毎の変動を知っているし、急な転変の予兆を感じ取ることも出来る。
 だが、今回の大規模な嵐は彼らにとってすら予想外であった。

 彼らの住まう島に及ぼす影響は少ないにしても、兆しすら感じ取れないその現象に、皆不安を覚えいた。誰もが、他の者たちと意見を交わし、安心したがっていた。
 そんな時に長老たちから出陣の儀礼のために集まれという命が下る。これ幸いと多くの者たちが集まったのも、自然の成り行きであった。

 そこへラー=イェンの報告である。

 たしかに、嵐の原因は判明したものの、まさかそれを引き起こしたのが神族であったとは。

「神族で間違いないのだな?」

 長老の一人が慎重な声で尋ねる。誰もが固唾を飲んでその問いを投げかけられるラー=イェンのことを見つめた。

「はい」

 彼女の答えは明確である。

迦楼羅かるら倶利摩ぐりま。いずれも神族の主要な兵装です。見間違えようがありません」

 幾十幾百の注目を浴びても、彼女は落ち着き払っている。その冷静さに、かえって周囲の者たちはどよめいた。

「あの臆病者どもが空を汚したと!」
「なにを考えているのだ。しかも、大兵力というわけでもないのだろう!?」
「あの詐欺師どもは臆病で愚かではあるが、まるきりの馬鹿ではない。出てくるに足る存在と考えたのだろう」
「人界のことを忘れているわけではないという言い訳作りではないか?」
「大軍をもってするほどではないと判断したか……。しかし、地上を攻撃するにしてももっと使い勝手のいい兵器があったろうに!」
「派手好みなのだろうよ」

 さすがにこんな風に好き勝手に口にしているのは長老たちだけだ。若い者たちは言葉にならぬざわめきでその動揺を示している。
 いずれにしても、その場で落ち着きを示しているのは報告をした当人であるラー=イェンと、先にそれを聞いていたのであろうツェン=ディーくらいのものだった。

 いや、もう一人いる。

「みな、おちつきたまえ」

 長老の一人であり、雪のような髪を抱く男、白翁。

「皆が感じている通り、これは由々しき事態だ。だからこそ、不規則な発言は慎むべきだろう。まずは、我らが長たちの言をいただこうではないか」

 長老たちの中でも特に尊敬を集める彼の言葉に、広間の者たちは納得し――あるいはその提案にすがりつくように――口を閉ざした。
 しんと静まりかえる広間の中で、二人の人物に視線が集中する。

 すなわち、当代の長とその甥である次代の長に。

 その視線を、一人の男は顔を青くした後で真っ赤に染め、もう一人はそれまで通り落ち着き払った様子で受け止めた。
 周囲の者からはツェン=ディー、そして当人は自らを『ディー』であると認識している人身の男は叔父の様子をちらりと見て、先に口を開いた。

「神族の来襲そのものについては、来るべきものが来たというまでのことでしょう。驚くほどのことではありません」

 そのあまりにあっさりとした物言いに、ざわりと場が揺れる。

「そもそも、魔族と神族の戦は終わりがあるようなものではありません。彼らは欲望や憎悪といったもので戦っているのではないのですから」
「いや、それは……」

 長老の一人が顔をしかめて口を挟むのに、ディーは自らの掌を差し出して、彼を押しとどめた。

「もちろん、過去の因縁や感情のもつれはあります。しかしながら、本質的には彼らは……いえ、我らも含め、かつて神としてこの地に降り立った者の子孫全ては、それぞれの信念を抱いて戦っている。それは、人界の戦とは本質を異にします」

 戦争は手段である、とディーは続ける。
 人界においては、人々は国を富ませるために領土を欲し、あるいは生産力を求め、経済的な優位性を保つことを望む。
 時に外交的な圧力でそれを為し、時には戦をする。
 目的を達成するための大がかりな手段の一つが戦であると。

 それは、居並ぶ誰もがわかっていることではあったろうが、あえて口にする彼に、全員が静かに耳を傾けていた。

「故に、彼らの戦は終わりがあります。目的が達成できたか否かに関わらず、彼らは誰が何を手に入れ、何を失ったか、確定させる必要がある。条約といったかっちりした形であるか、なんとなしの現状の追認であるか、そのあたりは問わず、終わりはあります」

 ところが、と彼は続ける。

「魔族も神族も、そして我らも、求めているものは物質的な利益ではありません。欲するのは、自らの信念を相手に受け入れさせること。つまり、大義と大義のぶつかりあいです。その終着点は、神族がその虚飾を捨て去るか、魔族が現状の是正を諦めるか、あるいは、どちらかの勢力が滅び去るか、いずれかしかない」

 いずれにしても、それは滅亡を意味する、とディーは言った。
 神が神であることをやめるか、魔が魔であることをやめるか。あるいはその最後の一人まで死に絶えるか。
 形態がどうなるにせよ、彼らはお互いを滅ぼすまで戦うしかない。

 そういう大義を彼らは抱いてしまった。

「故に、戦は終わりません。いまあるのはどこまでいっても一時的な休戦状態に過ぎない」
「だからといって……。彼らはもう何百年も」
「ええ」

 ディーは微笑みを見せて肩をすくめた。

「なにもしていなかった。魔族が人界に侵入したとしても、なにも。だからといって、驚くほどのことではありませんよ。言ったでしょう。来るべきものが来たと」

 笑みを深くして彼は言い放つ。

「所詮は神魔大戦が再開するだけのことです」
「再開するだけなどと!」

 たまらず立ち上がったのは、真龍の長である男。彼の背後では、その半身たる巨大な龍が首をもたげ、いらだたしげに鼻を鳴らしている。

「それがどれだけのことか、わかっておるのか!」
「わかっておりますよ、叔父上。かつてあったことが再び……いや、四度あるということです」

 叔父の怒声を、ディーは軽く受け流した。
 だが、その言葉に深く考え込む者たちがいた。

 たしかに衝撃的なことである。
 まさか、自らの世代で起きるなどとは思ってもみなかった事態でもある。
 だが、彼らとて過去を知らぬわけがない。
 それは、本当に、起こりえない出来事なのか?

「我らはそのために爪牙を研ぎ続けて参りました。喜ばしいではありませんか。ついに我らのための戦いが始まるのですから」
「それは……!」

 淡々と語る甥の声に、長は声をうわずらせるものの、反論を唱えることは出来ない。
 魔族が神族を不倶戴天の敵とみなしているように、真龍たちも神界のありかたには不満と疑問を持っている。
 ディーの言う通り、彼らと戦うことは、いずれ予定されている事であった。

『だが、なにもいまでなくてもいいではないか』

 反駁として声には出ないまでも、あるいは長はそう思っているのかもしれない。
広間にいる者たちの何割かも、そんな気分に同調することだろう。
 彼らにとっては、神魔の大戦などあくまで歴史の中の出来事でしかなかった。

「幸いにも、こうして兵は揃っております。私としては、今後の情勢を観察し、最も効果的な参戦の時期をはかるというのが今後為すべきことだと考えます」

 甥の意見に、真龍を代表すべき男は――人身も龍身も――不機嫌そうに唸るだけだった。

「たしかに……そうだな。そう慌てることではないのかもしれぬ。とはいえ」

 しばらく間を置いて、長はゆっくりと言葉を選びながら話し始めた。

「神魔の直接の対決が無かった時代は、我らにとってすら長い。ほとんどの者にとっては、驚きと共に迎えられ、そして、いまだなかなかに受け入れがたいことでもあろう。さらに言えば、神族との戦ともなれば、考え得る被害も生半なものではない」

 彼はそこで言葉を切って、皆の中に自分の言葉が浸透するのを待った。

「ここは軽々に事を進めるべきではなかろう。まずは神族の動向も含め、全天に物見を送ろうではないか」
「なるほど。拙速に事を進めるべきではないというわけですな」

 彼の言に深く頷いてみせたのは、白翁であった。
 一族の実力者でありながら、自分にべったりというわけでもないその男の支持するような物言いに、真龍の長はずいぶんと勇気づけられた。
 次いで、白翁はディーのほうに顔を向けた。

「若長はどうお考えでしょうかな? 最前述べられた考えに基づくにしても、情報は必要かと思われますが」
「ええ。叔父上の見識、感服しました。実に冷静な判断かと」

 自らの意見に同意するディーの表情を探るように見つめ、なにか言いたげな顔をした長であったが、結局なにも言わず手を振った。

「では、細かい部分はお前に任せる。そのように進めよ、ディー」
「わかりました。ところで、叔父上。他の兵はいかがします?」
「なに?」

 聞き返す叔父に、ディーはわざとらしい仕草で肩をすくめ、笑みを見せた。

「まさか、この段になっても魔族を襲おうとは言いますまい? 我らが人界を守る誓いは貴いものですが、神族が出てきた以上、真龍そのものの根幹に関わる信義のほうが優先されましょう」
「……いまは、そのようなことを言うべき時ではなかろう」

 一瞬言葉に詰まり、しかし、族長たる男は低い声でそう応じた。

「……まずは情報を得ることだ。兵たちは……解散させるわけにもいかぬ。訓練を進めておけ」
「そうですな。なにがあっても……対処できるように」

 次代の長がにこやかにそう告げることで、その日の会合は終わりとなったのだった。


                    †


「得点一、というところだな」

 広間から出たディーの後を追いかけてきた真っ白な頭の男が、前置きもせずにそう言った。共に歩いていた腹心たる女性はその様子にびっくりしていたが、ディー自身は驚いた風も無く応じた。

「褒め言葉と受けとってよろしいのでしょうかな?」
「もちろんだとも」

 それだけ告げて白翁は去って行く。その背中にディーは優雅な仕草で一礼した。

「……どういうことでしょうか?」

 白翁の姿が消えてからしばらく歩いたところで、ラー=イェンの人身たる女性はようやくのように尋ねかけた。ディーはその問いに複雑な表情を見せる。

「白翁殿は、僕が叔父上をやりこめたと言っているんだよ」
「やりこめた……。今日のやりとりでですか」
「そう」

 彼女はその答えに、鼻に皺を寄せて考え込んだ。おそらくはディーとその叔父とのやりとりを思い返しているのだろう。

「私には……いつも通りのようにも見えましたが。結局は、ディー様に全て押しつけているだけではありませんか」
「まあ、そうとも言える」

 からからと笑って、ディーは歩を進める。

「とはいえ、大事なのはみんなの前であったことだ。これまでは、僕らだけの場でしかなかったから。それに、兵の訓練の継続も認めさせたしね。魔族とのじゃれ合いではなく、神族との来たるべき戦いのために」
「魔族相手はじゃれ合いですか」

 思わず苦笑する彼女だったが、ディーの言いたいことはわかっていた。真龍にとって、魔族は時に敵であり時に味方でもある『隣人』だ。しかも、その祖先を同じくする。

 だが、神族は違う。
 神族とは、許されない存在なのだ。敵である以前に、わかり合えない。
 故に、彼らと対することは、じゃれ合いではすまされないのだと。

「しかし……不思議でした」
「ん?」

 改めて玉座の間でのやりとりを思い出し、彼女は気に掛かっていたことを口にした。

「お二人の、対処の方法についてです。てっきり、あの方は戦いたがっているものかと思っておりましたのに」
「んん?……ああ、なるほどね」

 ディーは彼女の言葉に少し考えるようにしていたが、うんうんと頷いて納得の様子を見せた。

「確かにあの人は戦いたがっていたよ。色々と裏で動くくらいにね。でも、その相手はあくまでも魔族……それも、本国からの支援を受けずに人界に入り込んできたはぐれ魔族たちだ」

 そこで彼は足を止め、同じように歩みを止めた腹心の女性に尋ねかけた。

「考えてご覧。叔父上は、地位も権力も富も得た。そんな人が望むことはなんだと思う?」
「……そうですね。名声ですかね」
「そう。栄誉と名声だよ。あの人はそれを欲した」

 再び歩き出した彼は、そんな風に続けた。

「自らの長としての経歴の最後に、こう刻みたかったのさ。『二百年ぶりの魔族による人界侵攻をはねのけた』ってね」
「はあ」

 よくわかっていないという風情で斜め後ろを歩く彼女に、ディーは笑いかけた。

「誰しも出来ることなら勝ち逃げしたいものだろ? 長としての統治の最後が戦勝で飾られていたら、それはなかなかの栄誉だからね。三千にも満たない魔族たち相手の戦なら、そう長くもかからない。もちろん、勝利も期待出来る。これはあの人の望むものだった」
「ふむふむ」
「ところが、神族相手となれば、そうはいかない。どれだけの時間がかかるか、勝利に近い形までもっていけるかもわからない。下手をしたら大損害が出るかもしれないし、うまく行っても戦争終結の頃には僕が長になってるかもしれない。これは、どう考えても分の良い賭けじゃない」
「……なるほど。そうした心根に対する評価は口にしないことにいたします」
「あははは」

 侮蔑をあからさまに口にしているにも等しいその言葉に、ディーは笑う。だが、すぐにその表情を引き締めた。

「とはいえ、笑ってばかりもいられないね」
「ディー様」
「魔族が人界に侵入し、神族がそれに応じて攻撃をしかけた。神魔大戦が実際に起きるかどうかはともかくとして、世の中は確実に動きを早めている」

 その声に宿る切迫感は、これまであったのよりもさらに強い。そのことに、腹心である彼女は冷や汗の出る思いであった。

「そんな時に、一族のではなく、自らの栄誉だけを重んじる人を長に抱いていて……僕らは本当に真龍としての務めを果たすことが出来るだろうか」
「ディー様……」
「考えないといけない時なのかもしれないね」

 彼女は彼の横顔を見つめる。
 その顔は、悲壮な決意と覚悟に満ちていながらも、彼女を惹きつけて止まない希望の色が確かに含まれていたのだった。
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