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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち― 作者:安里優

第一部:人界侵攻・開戦編

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第8回:服喪(下)

「それにしても」

 スオウは脳裏に浮かんだ魔界の構造的な問題をいまは置き、努めて明るい声を出した。

「ある意味で、我々は切り取り放題の土地を目の前にしていることになるな」
「……その手になさいますか?」

 ソウライという国が滅び、残った都市がそれぞれに国家としてやりくりしているいまの状況ならば、スオウの軍でさえ、いくつもの都市国家を手中にする事が可能だ。
 まして、魔界から援軍を出せるなら、もっと簡単に。
 だからこそ、エリの問いかけはまるで腫れ物に触るかのごときものであった。

「どうかな」

 スオウはエリとまっすぐ目を合わせた後で、ぐいと竜血酒を飲み干し、そんな風に呟いた。
 その視線はエリを捉えながら、はるかに彼女を通り越して、どこかそこにないものを見ているようであった。

「人界にちょっかいを出して貢ぎ物を分捕ったり、真龍と力試しをするのと、領地を経営するというのはまるで違うことだ。征服し、その土地を我がものとしたなら、その地に住まう者は我が民となる。そんな大事なことをろくな準備もせずに始めたくはないよ」

 言ってひょいと肩をすくめるスオウ。エリはその言葉になにを思うのか、感情をそのおもてから一切消して、じっと彼のことを見つめていた。
 その顔が、わずかに歪み、ある表情を形作る。
 すなわち、呆れたような笑みを。

「スオウ様はまっすぐな方ですね。少し心配になるくらいです」
「な、なに?」

 思ってもみなかった評に、スオウは目を見張る。

「実際には、行き当たりばったりの行動のほうが歴史上は多いくらいなんですよ。勢いとか、目先の欲とか。言い訳なんて後からいくらでもきくんですから」

 エリはそう言ってから、わざとらしいほどのため息を吐いて、肩をすくめた。先ほどの彼と鏡写しのように。

「それを、責任が取れないからやらないって馬鹿正直に言うなんて。しかも、人界側の私に」

 彼女はそこで疑わしげに目を細めた。

「そんなことで大丈夫なんですか? それとも、魔界は清廉な方ばかりなんですか?」
「う……。え、エリ、お前は俺になにをそそのかしたいんだ」
「いえ、別になにかしろと言ってるわけじゃないんですよ。ただ……そんなに素直でいいのかなって……」

 まるで心配するかのような彼女の言動に、スオウが顔を引きつらせる。彼は、なぜか校尉学校の教官に面接を受けているかのような気分になってきていた。

「お、お前だからいいんだ。お前は利害が絡まない相手だろう?」
「……なるほど。それはそうかも。いまのところはそうですものね」

 なんとかひねり出した回答は、エリのお気に召したようだ。そのことにほっと胸をなで下ろしつつ、なにか理不尽だと感じてもいるスオウ。

「ところで、他になにかお話しましょうか?」

 そこで一転調子を変えるエリ。スオウは空になった杯をもてあそびながら、首を横に振った。

「いや、いい。今日は少し一人で考えたいことがあるんだ」
「ご機嫌を損ねてしまいましたか?」
「いや、そうじゃない。ちょっと今日は特別でね」
「……わかりました」

 スオウの言葉に有無を言わせぬ響きがあると気づいたのだろう。エリは表情を硬くしながら、天幕を辞した。
 彼女が出て行った後も天幕の出入り口をじっと見ていたスオウは、ふっと小さく笑う。

「まっすぐ、か」

 それから、彼は、空中に向けて語りかける。

「サラ……君と同じ事を言われちまったよ」

 竜血酒の入った瓶をつかみ、それを自ら注いだ。杯の中で、泡がぱちぱちとはじける音が心地よい。
 酸味の強い酒を一気に呷り、彼は続けた。

「それにしても、よりによって、今日か」

 あえぐようなその呟きを聞く者は誰もいない。


                    †


 太子の天幕を出たエリは、天幕から少し離れたところで、後ろから声をかけられた。

「エリちゃん」
「あ、シランさん」

 振り向いて足を止めると、隻眼の女性が彼女の後ろに立っていた。
 大隊長の一人、シラン。情報を扱う責任者であるため、エリと最も接触時間が長い女性でもある。

「太子の天幕にいたの?」

 彼女が出てきたのを見ていたのか、あるいは歩いていた場所からの推測か。そう尋ねるのにエリは素直に頷いた。

「ええ。少しお話をしていました」
「え? 話したの?」
「ええ」

 シランが驚いたように目を細めるのに、エリは不思議そうな顔をする。侍女のまねごとをしていることくらい、彼女も知っているはずなのに。

「すぐ追い出されたんじゃなくぅ?」

 そんな確認をしてくるのに、こくこくと頷く。

「ええ。真龍と人との接触が無くなった顛末を……」
「……そう。なるほどね。でも、珍しいわねぇ……」
「え?」

 エリの答えに納得したように頷きながらも、シランの表情は驚きのままで固定されている。彼女はスオウの天幕のほうを見て、それから小さく首を振った。

「今日はね、思宮おもいのみや……サラ皇女殿下の命日なのよ」

 その声はずいぶんと小さい。けれど、そこに込められた感情を示すのか、わずかに震えていた。
 一方で、エリはそれに気づかずに、聞き慣れない名前に興味を奪われていた。

「サラ皇女殿下、ですか?」

 シランはそこでエリを見つめ、一度視線を外して、もう一度それをエリの顔に戻してから、こう言った。

「彼の妻だった人」

 それに対して口を開こうとするエリを身振りで制し、彼女はエリについてくるように示した。
 その様子の真剣さに、エリは言葉を呑み込むしかなかった。

「サラ皇女はね、今上陛下のご息女で、彼女との婚姻がスオウ皇子を太子に押し上げる決定打となったのだけど……」

 旅団全てを収容するためもあり、北西に移動して築き直された陣は、ずいぶんと大きなものになっている。空堀も土塁も備えており、陣城と言っていいだろう。
 その外縁、ほとんど人が寄りつかないようなところに、もの問いたげなエリを連れ出してから、シランはそんな風に語り出した。

「でも、それだけじゃない」

 そこでシランは口を閉じ、しばし開かなかった。ゆっくりと歩く彼女に歩調を合わせながら、エリは辛抱強く続きを待つ。

「幼なじみだったの。私も、スオウも、サラも」

 そこで、シランの口調ががらりと変わる。スオウたちの呼び方もそうだが、声自体がずいぶんと優しい響きを帯びていた。

「私はスオウの母方の従姉、サラはスオウの父方の従姉。私がスオウの一つ上で、サラが私の二つ上。まとめて遊ばせておくにはちょうどよかったんだと思うの。きっと」

 エリは口を挟まないほうがいいと判断したのか、黙ったまま彼女の言葉を聞いていた。

「最初の頃は、これにスオウの腹違いのお兄さんも加わっていたのだけど、抜けちゃった。彼の両親が、色々と偏見を持ってて、私たちと遊ばせたくなかったみたい。実に下らない話よねぇ」

 エリはそこで眉を顰める。スオウの腹違いの兄に言及されたときに、ぴりぴりと膚がひきつるような感触を覚えたためだ。
 声音は変わっていないというのに、そこに潜むものは尖りきっている。

「幼子と言っていい時期が過ぎ、少年少女の季節が過ぎて……。その間に私の目をスオウが潰すなんてこともあったけど、まあ、それなりに仲良くやってきたわ」
「え……」

 思わず足を止めるエリ。しかし、シランは明るい顔で片目をくりくりと回してみせた。

「目のことぉ? 気にしなくていいのよ。もう慣れちゃったから。たまにスオウをからかうタネにはするけど」

 こんこんと左眼の眼帯――あるいは小ぶりな仮面――を叩くシラン。その眼帯は、シランが獣化した時の甲殻がはがれたものを削り出して作っているのだという。

「事故だもの」

 彼女はそれだけ言って、さらに先に歩いて行こうとする。エリは慌てて駆け出し、再び彼女に並んだ。

「サラは私たちにとって、あこがれの存在だった。あの時分の二、三歳の差は大きいけれど、それだけじゃなく、本当になんでも出来る人だったから。彼女が男であったなら、と思っていたのはけして父親の皇帝陛下だけではなかったと思うわ」

 そこでシランは自分の言葉にひっかかりを覚えたかのように頬に指を当て、首をかしげた。

「……あら? この言い方だとなんだかサラが完璧なみたいに思えるわね。そうでもなかったんだけどぉ……。どじだし、すぐ調子にのるし、やりすぎるし、いたずら好きだし……」

 エリの顔が困惑に揺れる。シランはそれを見て、小さく微笑むと、それまで以上に優しい声で、言った。

「でも、そんなことよりも、なによりも……。彼女は未来を見ている人だったわ」
「未来」
「ええ、未来を」

 鸚鵡返しにするエリの言葉をさらに強めて返すシラン。

「でも、そんなサラが認めたのがスオウ。いえ……認識を改めたというべきね。彼女は、彼のことを長い間見抜けていなかったと私に打ち明けたことがあったのよ。半分のろけだとは思うけれど」

 そのときの様子を思い出したのか、シランは暖かな笑みを浮かべる。しかし、すぐに彼女は疑わしげに目を細めた。

「……けれど、彼は実際にはサラの後を追っているだけ。サラが逝ってしまってから、彼は……」

 そこで、シランはずっと遠くを見た。
 真龍の舞わない空を。

「サラ、あなたはなにを彼に見たの?」
「……シランさん」

 エリが声をかけたのは、シランが黙ってから、数十歩も進んだところでだ。これ以上進むと、陣よりずっと離れたところへ行ってしまう。

「あら、ごめんなさい」

 シランは素直に方向を変える。ゆったりと弧を描いて、陣の北側から陣内に戻るような経路をとるつもりのようだった。

「ともあれ、サラ皇女は三年前にこの世を去ってしまった」

 普段の調子に戻ったシランは、それでも厳粛な調子を込めて、そんな風に言う。

「突然のことだったこともあって、私はもちろん、皇子や陛下の悲しみはとっても深かったわ。なにしろ、皇子なんて、それ以来喪に服し続けてるんだから」

 そこで彼女は肩をすくめる。

「おかげで、黒太子なんてあだ名までつけられて」
「いつも黒い服なのは……喪服だったんですか?」
「ええ。悪趣味でしょ?」

 軽い調子で言うシランであるが、その横を歩く少女はあからさまに顔を青ざめさせて、うつむいた。

「……私、邪魔をしてしまったんですね。奥様を悼んでいらしたのに……」
「追い出されなかったんでしょ? それならいいのよ。それに、人と話すのも大事よ。こういうことは、ね」

 落ち込むエリの肩がぽんぽんと叩かれる。

「ただ……」

 そこでシランは言葉を切った。その途切れ方に違和感を覚えたか顔を上げて、エリも同じ方向に視線を向ける。
 最初の内、エリにはなにも見えなかった。だが、徐々に、草原を疾駆する騎兵の姿が浮かび上がってくる。

「あれは……フウロ?」

 エリには見分けのつかない顔を見分けたか。シランが一団の先頭を走る騎竜の乗り手の名を呟いた。
 そして、エリにもわかることがあった。
 その集団が、単なる偵察や巡回の帰りなどという様子とはほど遠く、必死で竜を駆けさせているということが。
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