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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち― 作者:安里優

第三部:人界侵攻・龍玉編

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第31回:吶喊

 喊声かんせいは聞こえなかった。
 全ては雨の幕に吸収され、消えてしまった。
 それでも、男たちは腹の底から叫び、突撃を敢行していた。
 滝のように降る雨が口に入るのを飲み込んで、また叫び、足を前に出し、剣を振るい、また叫ぶ。

 彼らは夢中で叫び、走り、しゃにむに武器を振るった。
 そうしなければ、倒れてしまいそうだったから。
 そう、彼らはへとへとに疲れていた。

 夕刻から、戦闘の準備をさせられたのは、特に問題のない日常だ。
 出撃が中止になったと聞かされたものの、結局は夜にたたき起こされ、小雨の降る中進軍を始めたのも、それほど珍しい出来事ではない。

 なにしろ彼らは傭兵だ。
 戦争をするために雇われ、戦争をすることで金をもらう。
 戦争という大がかりな一連の行動に、理不尽さは付きものだ。
 待てと言われれば何日でも何十日でも待機し、行けと言われればすぐに次の戦場に向かう。
 それが戦争における兵の仕事だ。

 もちろん、彼らは傭兵である。雇われであるからには、それなりの対価を要求する。
 長すぎる待機にはそれなりの、急な出撃にもそれにふさわしい上乗せ料金を求める。
 だが、それだけだ。
 戦闘に関する命令を拒否する権利はない。

 もちろん、自殺同然の突撃を敢行しろと言われれば、表向きは承諾しながら裏では逃げる算段を立てるのが傭兵というものだ。
 しかし、今回に限れば、それもあてはまらない。
 なにしろ、正規兵たちも同じ進軍路を進んでいたし、対する敵集団も同じだったから。

 問題が一つあったとすれば、その進む先が嵐のただ中であったことだろう。
 雨は防御のためにただでさえ分厚く着込んだ衣服に染みこんで足取りを重くし、風は彼らの乗るヨロイウマすらよろけさせる。
 通常であれば、一部の者は逃げ出してもおかしくはない。

 ところが、今回はそれも出来なかった。
 後ろからは正規兵たる黒衣の女性たちが竜に乗って進んでいるのだ。しかも、彼女たちの雰囲気は、これまでとはまるで違った。
 実に楽しげに、実に嬉しげに、彼女たちは進んでいる。
 上機嫌、いや、浮かれていると言ってもいいくらいに。

 しかしながら、上機嫌だからといって、気が緩んでいるわけではない。
 その逆だ。
 彼女たちは、実に上機嫌でありながら、とてつもない闘争の気配を身に纏って進んでいる。
 おそらく、隊列を外れただけでも、すぐに殺されるだろうと思わせるだけのものを感じさせながら。

 そのことが、傭兵たちにはとてつもなく恐ろしい。
 雨や風で疲弊することより、うきうきと遊びにでも出るような調子で、しかし、戦いに赴くことを全く疑いもしていない彼女たちに目をつけられることのほうがよほど恐ろしかった。

 故に、彼女たちの速度にあわせ、いや、それ以上の速度で進軍するしか無かったのだ。
 迷うことはなかった。
 嵐を追えば良いのだから。
 だが、それがどれほどの疲労を体に蓄積するか。
 だというのに、戦場にたどり着き突撃しろと命じられたとき、彼らは、実に歓喜をもってその命に応じたのだった。
 ようやく、この奇妙な緊張状態から解放されると。

 故に、彼らは駆ける。
 得体の知れぬ機嫌の良さで彼らを激励する雇い主たちから逃げるように。
 昔からよく知っている、血と肉と骨の感触にすがりつくように。
 彼らは叫び、突撃する。

 たとえ、誰にも聞こえなくても。


                    †


「何事だ!?」
「どこの軍だ!」

 一方、彼らの突撃を受けた軍は、混乱に陥っていた。
 ただでさえ嵐によって連絡を絶たれ孤立している上に、まさかこの雨の中を進んでくる者がいるなどとは思ってもいなかった。
 重い鎧は脱いでいたし、武器は濡れないように集めてくるんであった。ろくな対処が出来るはずもない。

 しかも、打ちかかってくるのは、異形の怪物どもではなく、鎧を身に着けた男たちである。
 彼らがまず、同士討ちを疑ったのも不思議なことではないだろう。

「待て! 待て!」
「落ち着け! 俺たちはヴィンゲールハルト様の軍だ!」
「なにかの間違いだ!」

 そんな声を浴びながら、カラク=イオに雇われた兵たちは混乱のただ中に突っ込んでいった。真っ直ぐに、なに一つ迷うこと無く。

「待てるかよぉ!」

 彼らにとっては、逃げ惑い、右往左往する敵兵たちは、わかりやすい相手だった。雨の中を上機嫌で走る雇い主よりもずっと相手にしやすく、簡単に対処出来る存在だ。
 ある者は手当たり次第に武器を振り回し、ある者は助けを求めるふりをしながら慌てて受け止めようとする相手の頭蓋を叩きつぶした。またある者は逃げ惑う敵兵の中にするりと入り込みつつ、急に立ち止まって棍棒を振り回し、何人もひっかけ、地に倒した。

 討魔軍の兵たちは、泥に足をとられ、仲間とぶつかり、あるいはカラク=イオ軍にひっかけられて、ほとんどが地に倒れ泥まみれとなった。
 そして、一度倒れて泥濘にはまれば、後はもう簡単なものだ。

「安心しなあ。ちゃんと敵だぜ」

 げらげらと笑いながら、傭兵たちがとどめを刺すのはまだましなほうだ。
 混乱した兵の中には、自ら泥水に頭を突っ込み、くぼみにはまり込んで息絶える者すらあった。仲間たちにその存在すら気づかれず、踏みしだかれ命を落とした者もいる。

 そうして、カラク=イオの正規軍、すなわち魔族たちが現れる頃には、戦闘はほとんど終わっていることが多かった。
 戦闘は、そのほとんどが突発的に生じ、突発的な事態のままに終わったのだ。

 それもそうだろう。
 討魔軍のほうは嵐に耐えるのがせいいっぱいであり、まさかそれに紛れて何者かがやってくるなどとは考えていない。
 一方のカラク=イオ軍のほうは、嵐を追いかけながら前へ前へと進むしかない。気の利いた陣形を保って行動など出来るような視界はなかった。上級指揮官たちもあえて連携を求めなかった。
 そうして、お互いわけもわからずに接触しては、出会い頭に戦闘が起き、すぐに収束するという繰り返しが生じる。

 もちろん、心構えがあるだけ、カラク=イオのほうが有利だ。彼らは戦う気まんまんであったし、ずぶ濡れでへとへとになってはいても、目の前に敵がいる以上戦うしか無いという覚悟もある。

 だが、討魔軍にそれがあったろうか。
 彼らのほとんどが、先の戦闘のように鎧を脱ぎ、できる限り武器をまとめて置いていた。この雨が上がった後のことを考えれば、そうするほうが周到であり、冷静な判断であったと言えるだろう。
 だが、それは、とりもなおさず『嵐の間は戦闘は無い』という判断が共有されていたということだ。
 武器も手近に無く、予想もしていない人間が、どれほど戦えることだろう。

 この点で、カラク=イオ軍は賭けに勝った。

 だが、それがすぐさま勝利につながるというわけではない。
 戦がどう転ぶか、まだ誰にもわからなかった。
 なにしろ、嵐の中で、カラク=イオ軍もまた分断されていたのだから。


                    †


「うぬ、おのれら!」

 襲撃を受けた中には、早々に彼らが仲間などではないと気づく者たちもあった。
 ソフィア修道会に属する騎士団『砕けぬ拳』団もその一つ。

 自らに襲いかかる傭兵たちのうちに、見知った顔を見つけた団員がいたのが切っ掛けであった。彼は、その男の属する傭兵団が討魔軍には参加していないことも知っていたのだ。
 諸国を巡り、様々な集団に手を貸しているソフィア修道会の修道騎士団だからこその機転であろう。

 それでも、警告を飛ばされた団員たちが反応出来たのは、大雨の中でも武装を解くこと無く、戦いに備えていたからに他ならない。
 彼らは雨後の手入れの手間より、即応出来ることを選択したのだ。

「金で魂を売ったか!」
「魔族に従うなど、人間としての誇りはどこに行った!」

 突っ込んでくる傭兵たちに防御の姿勢を取りながら、騎士たちは怒りの声を上げる。
 しかし、傭兵たちはそれを聞いてせせら笑った。

「魔族と戦王のどこが違うってんだ!」

 言った方は、勢い任せの発言であったかもしれない。
 あるいは、様々な勢力に雇われるという意味では同じ立場でありながら、修道騎士団だけがなにか特別な扱いをされていることに、内心なにか思うところがあったのかもしれない。
 それは、強烈な打ち込みと共に、騎士の鎧と体を揺らした。

「馬鹿なことを!」
「人と魔が違うことなど、自明の理であろうが」

 しかしながら、斧を構え、棍棒を握り直し、剣を抜く騎士たちのいずれの心も小揺るぎもしないようだった。
 彼らにとって、魔族に従い、魔族に金をもらうことなど、考えられぬことであったのだ。
 だが、その態度は、傭兵たちの意識を悪い方に刺激した。

「だから、それを説明してみせろってんだよ。騎士様よぉ!」

 一人の傭兵が、雨でぬめる槍を握り直し、突き出す。騎士は小型の盾でそれを受け流し、剣の一撃を加えてきたが、言葉で応じることは無かった。
 仲間の後に続いて、傭兵たちは、それぞれの武器を騎士に向けて放った。

「言葉に出来ねえってことは、変わりはねえってことだよなあっ!」

 鉄球のついた鎖が放たれ、騎士の足に巻き付き、その体勢を崩した。その途端、脇にいた男が鉄槌でその騎士の腋のあたりを強打する。
 鉄槌の先が鎧の間に入り込んだか、騎士は派手に血を滴らせながら膝をついた。

「うぬ! 馬鹿を言うな! そのようなこと、問答するまでもないことぞ!」

 倒れた騎士の横にいた男は、仲間の苦境に声を張り上げるが、当人も二人の傭兵に打ちかかられており、とても手助けできる状況には無かった。
 彼が苦境に陥っているのは、なにも騎士たちが不甲斐ないからではない。彼もその仲間たちも、最初の混乱から回復してからは、それなりの働きを見せている。
 先ほども傭兵の一人に手傷を負わせ後ろに下がらせたし、仲間の内には、数人を切り捨てた者すらいる。
 だが、それ以上に、傭兵たちが雨の中から次々出てくるのだ。

 しかも、その後ろからは……。

 傭兵たちもそちらを見て、さらに攻撃の手を強めた。ついに、彼らの雇い主、黒衣の女性たちが風雨の中から進み出てきたのだ。

「問答するまでもないったってなあ、金払いはあのねーちゃんたちのほうがよっぽどいいんだぜ」
「金さえあればいいというのか!」
「そのために命かけてんだろうがぁっ!」

 騎士の盾を、傭兵の棍棒が滅多打ちにする。硬木に鋼鉄の環を何重にもはめこんだそれは、徐々に騎士の盾を歪ませていた。

「それによぉ」

 大剣を構えた男が、周囲の騎士たちを見回し、にやりと頬をゆがませる。

「少なくとも見た目はねーちゃんたちのほうが綺麗だぜ」
「まあ、あのねーちゃんどもに手を出そうとは思わねえけどなあ!」
「おっとろしいかんなあ!」

 それらの言葉に、魔族たちは怒ったりしない。
 かつては『後宮部隊』と公然と呼ばれていた彼女たちにとって、粗野なからかいは、むしろほほえましく感じられた。

 だが、ひげ面の傭兵たちがそんな風に笑い、魔族の女性たちもそれをゆったりと受け止めている様子を、騎士たちは別の意味で受け取ったようだった。

「おのれ、魔族に魅入られたか!」

 そうして、激昂しているのは騎士の側だけで、カラク=イオ側には呆れたような空気が流れたのだが、もちろん、修道騎士団員はそれに気づかない。

「あのなあ」

 魔族と共に戦う傭兵たちにむしろ恐怖でも感じているかのように強烈な反撃を加えてくる騎士たちをいなしながら、一人の男が吐き捨てる。

「お前らみたいに神さんにけつの毛まで抜かれてるやつらとは違ぇんだよ! この狂信者どもが」

 寸時、騎士たちの動きが止まったような気がした。
 あまりの驚きに、彼らは耳を疑い、次いで、とてつもない怒りと共にぬかるみの中で足を踏みならしていた。

「なんたる、なんたる……この人界の面汚しが!」
「涜神者め!」
「神の怒りを知れ!」

 その罵倒の数々に、傭兵たちは楽しげに応じる。ばちばちと膚を打つ雨粒を気にもせず、彼らは笑った。

「おうおう。教えてくれやあ!」
「神様なら銭をくれよ。銭と飯をよお」
「少なくともお前らの神は俺には関係ねえしなあ」

 挑発と怒気が絡み合い、戦場で闘気がふくれあがった、その時。
 横合いから突っ込んだものがあった。
 十一頭のヨロイウマとそれにまたがる重装備の戦士たち。
 彼らの馬蹄に踏みにじられ、修道騎士団『砕けぬ拳』団の最後の命と抵抗は散らされた。


                    †


 男の体は痺れ、首の下のどこにも力が入らない。
 それを為しているのが、自らを捕まえている真っ白な姿をした化け物であることくらいは、なんとなくわかった。
 頭を動かせないため彼の視界には入ってこないものの、陶磁器のようななめらかな膚をしたこの化け物の下半身がどうやら彼を支えているらしいことも予想出来る。
 おそらくは悪夢のような姿がそこにはあるのだろう。彼はあまりの忌避感から、それを想像することを止めた。

 それはあるいは幸いなことだったのかもしれない。
 漆黒に染まった巨大な蜘蛛のようなものが彼の上半身だけをがっちりと掴んでいる図など、見ればそれだけで彼を狂わせただろう
 下半身はすでにちぎれ、その臓物のほとんども失われ、蜘蛛の足がなにやらその体内でうごめくことで彼の命が保たれていることなど、知らないほうがいいはずだ。

 ともあれ、男の視界には、その白い化け物の他に、一人の男の姿があった。
 立派な四脚竜にまたがる背の高い男。黒衣からして、おそらくは魔族と思われる相手だ。
 その男が、彼にこう話しかけた。雨の中でも、妙に聞き取りやすい声で。

「邪魔をしたな」
「なんだと?」

 声が出ることが、男には不思議だった。あるいは、出させられているのかもしれない。

「ゲデック侯爵たちを突撃させたことだ。余計な手出しをせずにおくべきだったのかもしれないが」
「おかげでまた馬が減りましたぞ……」

 後ろで小声の愚痴が聞こえたような気がしたが、男の意識がそちらに向かおうとするのを、急激な痛みがそれを許さない。
 感覚がまるでないというのに、体のどこかに細い何かが潜り込んでいる感触と痛みだけがわかった。

「殿下のお話をお聞きなさいな」

 それが白い化け物が発しているものだと察して彼は意識を男との会話に集中させた。青年のような姿のこの男は、魔族の中でもそれなりの地位を有する者であるらしい。
 それならば、情報を引き出すのも……と考える部分もないではなかった。

 だが、もちろん、生きて戻る望みなどないことも彼は心のどこかで理解していた。

「少し俺も聞いてみたいことがあってな。邪魔をした」

 繰り返した後で、青年は苦笑のような表情を浮かべる。

「すまないが、お前は死ぬ。むしろ、いまはユズリハの技で生かされているだけだからな。だから、最期に聞かせて欲しい」

 予想を裏付けられて、むしろほっとする。そうとなれば、思うがままに振る舞うまでだ。

「人と魔と、何処が違う?」
「なんだと?」

 ひとまずなにを言いたいのか聞いてやろうと思っていたところに、そんなことを問われて、彼は戸惑った。
 先ほど、傭兵たちが挑発に使った文言を、目の前の青年は繰り返したのだ。

「人間と、魔族の違いだよ。お前はどう思っている?」

 だが、青年は真剣にそれを問いかけている様子だった。
 これが魔族か、と神に全てを捧げた騎士は思う。
 実に愚かしい問いを繰り返す。それが魔族なのかと。

「俺とお前と、なにが違う?」
「ばかばかしい。なにを言えというのだ。お前に言うことなどない」

 あまりの愚劣さに、笑いさえ漏れるほどだった。
 人と魔の違いなど、考えるまでもないではないか。
 あえて言葉にするほどのことではない。
 神の愛を受けられぬ者は、それほどまでに蒙昧なのであろうか。

「そう言うな。なにもそちらの弱みを話させようというのでもないんだ」
「……たれ……れいよ……」
「ん?」

 もはや、彼は目の前の青年と話す気はなかった。
 口をついて出たのは、いつも戦闘の前に唱えている聖句だ。

「……光をもって……を高め、無上の愛を注ぎたまえ。敵を遠ざけ、ただちに安らぎを与えんことを……」

 彼の言葉の意味を捉えたのだろう。青年はため息を吐き、首を振った。

「そうか。残念だ」

 途端に、騎士の意識は無くなる。どさりと落ちた上半身は、もはや臓物をはみださせた骸に過ぎない。

「本当に聞いてみたかったのだが」

 カラク=イオの主にして、魔界の皇太子スオウは、敵の亡骸を見下ろしながら、心底残念そうにそう漏らすのだった。
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