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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち― 作者:安里優

第三部:人界侵攻・龍玉編

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第28回:雷将(下)

 ヴィンゲールハルトの軍は七つ備と呼ばれる陣形を基本として動いている。
 まず攻撃に出るのは先頭を行く三つの先手備さきてぞなえ、それを援護し、時に回り込んで包囲に出る二つの脇備わきぞなえ、そして、本陣を守護する衛備まもりぞなえ一つに、休備やすみぞなえが二つである。

 このうち衛備を除いた備は、基本的に持ち回りで、脇備を務めた後で先手に周ってから休息するという手順を取る。
 炎の形はそうした陣形の決まり事を一切無視した、先へ先へ進む形である。
 その形の中では、衛備さえ後方を薄くして鋭利に突き出す形を取る。

 だが、当然ながらその衝撃力はすさまじい。
 前にいる者はひたすらに進まねば、自軍の仲間たちによって踏みつぶされかねないほどの圧力を感じることだろう。

 実際、少数とはいえそうした形で負傷したり死亡したりする不運な者も、存在している。
 だが、そんな犠牲を出そうとも用いようと思うだけの威力を、それは備えている。

「七つ備、炎の形」

 自らの命の下、決死の表情で戦闘へと向かう兵たちの姿を見守りながら、足萎えの雷将は呟く。

「これをもってしても打ち破れぬとなれば、戦略を大幅に考え直さないといけないね」
「さすがにそれはないでしょう。魔族の本隊とぶつかるわけでもなし……」
「どうだろうね」

 娘の予想を否定するでもなく、さりとて肯定するでもなく、彼は応じる。

「それに、正直、ここで色々と予想外のことが起きてくれたほうが助かるからね」
「本隊と当たるときのためにですか」
「そう。学ぶことは大事だよ。そのためには出血も必要だ。致命傷にならない程度を見極めるのが大事だけどね」

 近習たちの手で寝椅子ごと持ち上げられながら、彼は鋭い目で周囲を見ている。きっと、その目は、動き始めている部隊だけではなく、もっと別のものも見通しているのだろう。
 そう、ローザは思う。

「将たるもの、想像し、予想し、構想して、戦場に立つものだ。だけど、そんな想定を全部飛び越えた出来事が起きるのも戦場だ」

 歴戦の将である彼の言は実に重い。ローザだけではなく、近くにいる者たちは、皆頭を垂れんばかりの表情でそれを聞いていた。

「だから、見極めなきゃいけない。自分たちの進むべき時と、退くべき時をね」

 そう。
 彼の言う通り、あらゆる予想を超えるような出来事が、この戦場では起きようとしているのだった。


                    †


「なんと、すでにぶつかっていたか」

 カルラの『膚』がもたらす情報から、戦場のはるか手前で気づいたシュリーは、驚きよりもむしろ嬉しげにそう呟いた。

「迂回しましょう」

 ヴィンゲールハルトやローザたちを祝福する手はずを整えた当のパークシャーは、事態を把握した途端、そう言った。
 まだ距離は十分にあり、魔族と人間たちが戦う場所を迂回することは不可能ではなかった。
 実際、まだ戦場にいる誰も彼女たちの接近に気づいてすらいないだろう。魔族の目をもってしても届かぬ距離を、彼女たちは飛行している。

「馬鹿を言うな」

 だが、パークシャーの提言を、シュリーは一言の下に切って捨てる。
 そもそも、彼女は神族が直接に魔族を攻撃することを上役である大神に進言したくらいである。
 魔族との衝突を回避する理由がなかった。

「しかし、今日は崑崙クンルンの相手が……」
「通り過ぎるだけだ。さして時間はかかるまい?」
「物資の問題は?」
崑崙クンルン相手に対地攻撃用の武装を使うとでも?」

 パークシャーは舌打ちしそうになって、なんとかこらえた。
 シュリーの論はけして間違ってはいないため、反論するのが――寄り道を提案した――自分だけでは押し切るのはつらい。
 味方が欲しいところだ。

 ところが、この編隊には、シュリーに意見するような神族が他にいない。そもそも彼女たち二人の会話に口を挟もうとする者もいないだろう。
 そうするだけの自由意志を持っていないのだ。

 現在、この編隊で自我を持つのは、シュリーとパークシャーの二人のみ。他は、いわゆる『脳無し』だ。
 脳がないわけはないが、人工培養で作り出された脳に自我は生じない。彼らは、神々の脳をつなぎ合わせて作り出される超意識世界――涅槃ニルヴァーナの端末に過ぎないのだ。

 パークシャーたちの命令には応じるし、自律行動も行うものの、本当の自我は無い。
 作戦行動に支障がありそうならば意見してくることもある。それくらいの判断能力はあった。
 だが、元々のパークシャーの提言や、いまのシュリーの言い分は、作戦を遅滞させるほどのものではない。
 シュリーの獰猛な口調から、厄介なことが起きそうだなどと想像するだけの柔軟性は『脳無し』に期待出来るものではなかった。

 故に、パークシャーはシュリーを止めるための味方を得ることはできそうもなく、結局、彼女は説得を諦めた。

「わかりました。通り過ぎるだけですよ?」
「わかっているとも」

 わかっているはずがない。
 パークシャーは確信していた。
 そして、彼女の確信は現実のものとなるのだった。


                    †


 空に花が咲いた。
 人界の者は誰もがそう思い、魔界の者はそれを為したのが何者であるかすぐに察した。
 戦場全体の空を覆うように、光を曳いて飛ぶ炎の塊をまき散らすことが出来る者などそうそういるものではない。

「鳳凰六、霊亀一を確認!」

 シランの大隊本部では観察に特化した『相』を持つ者がそう報告している。まるで花のように広がる炎の中で、彼女たちは神族の駆る空間戦闘艇と空中母艦をしっかりと発見していた。

「神族が干渉? この機で?」

 周囲の者と同じように動きを止め、空を見上げていたシランであったが、はっと気づいたような顔になり、すぐに動きを再開する。
 彼女はそれまで伝えようとしていた伝令やら指示やらを全て頭の中から捨て去って、新たな命を紡ぎ出す。

「全軍に伝えよ! 己の本分を遂げよ。神を名乗る詐欺漢どもは大隊本部が引き受ける!」

 その命は、伝令を用いられることなく、哭號女相なきおんなのそうによる音声によって伝えられた。
 その――まさに岩をも砕く――大音声は、神族の出現という思ってもみない出来事に寸時の間自失していた魔族たちに己を取り戻させるに十分であった。

 魔族は戦士である。
 神々と戦うために生まれた戦士である。
 その本分とは、まさに戦うことにある。

「がぁああああっ!」

 戦場で、ウツギが吠える。
 シランから下された命を果たすため、そして、スオウの願いを叶えるため、彼女はそれまでの戦いにさらに狂乱を加え、周囲の人間たちを血祭りにあげていくのであった。

 そうして、神族の派手な演出にわずかに乱れを生じていた魔軍が、統制を取り戻すのを見てとってから、シランは自らの眼帯に手をかけた。

「アシビ、頼んだわよ?」
「……お任せください」

 眼帯を外し、大事そうに副官に手渡した彼女は、その場でその身を変じる。
 すなわち、水晶の如く透明に輝く竜の姿へと。


「やあ。神々が祝福してくれてるよ」
「……ありがたき幸せ」

 一方、ヴィンゲールハルトの陣では、指導者である親子がそんな言葉を交わしている。

 空に咲く花と、その中央を飛ぶ神々しき炎の鳥の姿を認めて、ようやくそれが神々の御業みわざであると気づくまで、少し時間がかかってしまったのはしかたのないところであろう。
 彼らは魔族のように神族を敵とし、その能力も技術も研究している者ではなく、神々をあがめ、その為すことを讃える側の人間なのだから。

 ただし、人々がその現象が神意の表れであると気づくまで時間がかかったのはこの場合には幸運であった。
 シランが即座に判断を下し、命を伝えたために、兵たちはまず魔族との戦いを続けることに意識をやり、その後で神々が祝福してくれているのだと悟っていった。
 ある意味で、彼らは魔族のおかげで戦闘を継続することが出来たのだ。

 これが魔族も動きを止めたままであったなら、あまりの驚異に跪く者すら出ていたかもしれない。
 そんなことになれば、戦場全体が崩壊する。

 神々の祝福は、喜ばしいことではあるが、同時に心を惑わす部分もあった。
 それを、確実な戦意につなげるためには、率いる将たちが手助けしてやらねばならない。
 そのことを、雷将たちはよく心得ていた。

「あれを使ってもいいんじゃないかな」
「はい」

 旭姫が近習に合図すると、彼らは恭しげに布に包まれた槍のようなものを持ってきた。
 ローザもまたそれを押し戴くように受け取り、次いで布を一気にはぎ取った。

 そこに現れたのは、黒塗りの長い棒だ。
 装飾も無く、刃も無い。
 だが、ローザはそれをまるで怖れるかのように慎重に扱っていた。
 構えるにはちょうどいい太さのそれを何度か握ってみて、小さく頷く。

「見よ!」

 そうして、彼女は声を張った。
 周囲の兵たちがその声に押されるように、距離を取る。

「これこそ、マハーシュリー様より賜りし御旗!」

 御旗、と彼女は言う。
 だが、それのどこが旗だというのか。
 見る限りはただの棒にしかすぎないそれに、旗らしきものはついていないというのに。
 ところが、彼女が掲げるものを見る周囲の目は、そうは言っていなかった。

「空には、我らを祝福する花が咲く!」

 彼らは知っているのだ。
 彼女がその手にしているものが、その身に纏う分厚い鎧と同等、あるいはさらに貴重かつすさまじい力を秘めているということを。

「そして、ここにもまた!」

 彼女がそう言い、ぐっとその棒を握り込んだ途端、棒の先端が八方に光を放った。
 しかも、その光は放たれて終わるのでは無く、その棒の先端に留まっている。
 まるで雷がそこに捕らえられているかのように。

「この戦場で魔族を討たずして、どこでそれを為すというのか!」

 彼女はそのまま、その異形の旗をぶんと振るった。
 先端から放たれた光はそのまま空間を薙ぎ、明らかに不快な音を立てた。ばちばちというような、あるいはなにかが燃え上がるような音を。
 戦場に紛れてよくは聞こえないものの、それは空気が発するようなものではないはずだ。

「討魔覆滅!」

 だが、その音は兵たちを萎縮させず、かえって勇気づける。
 ローザが唱え終えるより前に、兵たちが大声で彼女に応じた。

「北域回復!」

 その様子に、彼女は満足そうに再び『御旗』を振るう。

「行け! 神々の祝福は我らにあり!」

 野太い喊声を上げ、戦場へと走り出す兵の後ろ姿を見送り、彼女は父に顔を向ける。

「父上」
「ああ、いっておいで」

 ヴィンゲールハルトの許しを得て、兵たちの間に隠れるようにしていた侍女頭のリリィが進み出る。
 彼女は、ローザの頭に兜をのせた。その特徴的な髪はもちろん頭全体を覆うそれが、鎧の胴とつながった時、それが生じる。
 小さな破裂音が生じ、鎧の背に回転祈祷器が跳ね上がったのだ。

 高速回転を始めた回転祈祷器からは、幾人もの女性の声を会わせたかのような祈りの歌が流れ始める。
 その祈りを受けて、鎧の各所が光を帯び始める。
 光るのは鎧に埋め込まれた数多くの神石リンガム

 それらの神石リンガムは、祈りの音律によって輝きを増し、ついには鎧全体を覆う光の幕となる。

「大いなる祈りを受けて、いざや、魔を断つ刃とならん!」

 重厚そのものの鎧ではとても考えられぬ動きで、彼女は一歩を踏み出し、長大な『御旗』を振るう。
 強烈な光を放つ『御旗』を手に、旭姫は駆け出す。

 それは、重い鎧を着けた身どころか、人の限界をも超えるような勢いと軽やかさであった。
 それをもたらしているのは、光り輝く鎧だ。
 だが、兵たちにとって、重要なのはそこではない。

 空には美しき花が咲き、地には光り輝く鎧を纏い、光そのものを封じた『御旗』を振るう旭姫がいる。
 このことが、どれほど兵の士気をあげることか。

 我らは祝福されている。
 勝利は約束されている。
 そう、彼らは信じるのだ。

 そして、ローザはそんな兵たちの意気を背負ったまま、ひたすら戦場へとかけ続ける。

「ヴァイシュラヴァナの加護ぞある!」

 旭姫の喉から漏れる裂帛の気合いが空に上っていく。
 その空では、祈りを捧げられた当のヴァイシュラヴァナの名を継いだ女性が、新たな炎の花を咲かせていた。


「さてさて……」

 ヴィンゲールハルトは空を見上げながら、困ったように呟いた。

「さすがにこれは、予想出来るものじゃないね」

 彼は知っている。

 神々の車馬として知られる炎の鳥が放った『花』の『花弁』の一枚一枚が、ただ綺麗に光り輝くだけのものではないことを。
 いまも煙を曳きながら空から落ちてきている『花』のかけら一つ一つに、人間などは簡単に吹き飛ばすだけの力が備わっていることを。
 それが、ただ派手に見せるためのものではなく、ましてやただの炎でも無く、魔族ですら下手に喰らえば致命傷を負いかねないほどの威力を持っていることを。

 そして、神々はそれを自由に操作できることも。

 これから導かれる推論はこうだ。
 おそらく神々は、炎が地上に落ちかかったところでそれを操り、魔族だけを狙うであろう。

 この戦場における勝利のために。

はかりごとを巡らし、戦の技巧を練り上げ、兵の心を煽り立てて、その結果が神々の祝福……か」

 だが、それは誰の勝利だろう?
 ヴィンゲールハルトの?
 あるいは、神々の?

「……業腹だな」

 彼は冷え冷えとした声で、そう呟いた。
次回更新が遅れます。
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