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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち― 作者:安里優

第三部:人界侵攻・龍玉編

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第15回:矜持

 ソウライの七大都市――すなわち、ショーンベルガー、ファーゲン、リースフェルト、ゲデック、ディステル、ハイネマン、ベーアには、ソウライ王国初期からそれぞれ貴族家が配されている。
 一般的には伯爵家であり、ファーゲン、リースフェルト、ディステル、ハイネマンがそうだ。

 特殊な事情を抱える都市は、この爵位が上下する。
 たとえば、ゲデックはソウライ南部の玄関口であり、ショーンベルガーは最東端にあって真龍の居住地と近い。
 この二都市は要地として侯爵家が置かれていた。さらにショーンベルガーは、真龍との絆をより重視したのだろう。王家の血が入って公爵家となる。
 さて、残るベーアはどうかといえば、これは男爵家が治める土地である。
 つまり、ソウライ国時代から、他と比べれば重要性が低いとみられていたのだ。

 その理由は実にわかりやすい。ベーアが最も奥まった場所にあるためだ。
 人界と魔界を隔てるリ=トゥエ大山脈は、人界の北東部アウストラシア地方と北西部ネウストリアの境のあたりで最も南へ突き出た形となる。むしろその自然地形を利用して、古代の人間が地域を分けたと考える方が自然だろう。
 ソウライ地域でも最も西にあるベーアは、その大山脈の突出部に抱えられている。

 西にあるため、ネウストリアとの通交の要衝となってもいいはずだ。だが山間を抜ける細い道はあるものの、馬車すら通れない代物だ。
 結局、多くの者が南方の平地回りを選択する。
 また、険しい山に囲まれているため、ベーアそのものの交通の便も悪い。

 こうして、ベーアは七都市の中でもへんぴな場所という認識となっているのだった。
 ただし、そんな場所に作られる都市にも利点がある。
 この都市で採取される水はどこのものより清浄で、抜群に美味かった。ベーアの水で造った酒といえば、あこがれの対象であるくらいだ。

 さて、カラク=イオのソウライ征服は、そんなベーアを残すのみとなっている。
 予定ではハイネマン陥落後ただちにベーアも征服し、ソウライ地域の支配を確立する予定であった。
 だが、実際にハイネマンにまで進出し、ベーア周辺の地形を目にしてカラク=イオ陣営は気づいた。
 その都市を封鎖するのが比較的簡単なことに。

 ネウストリアに続く道は山道であり、そもそも大軍が通れるものではない。
 残るはハイネマンへと続く街道であるが、これも山中を切り拓いているために、途中に狭隘な地形がある。
 カラク=イオはその狭隘地に布陣し、ベーアを封じることとしたのだった。
 いずれは兵を進めることになるかもしれないし、その前にベーアが音を上げるかもしれない。

 どちらにせよ、カラク=イオは、しばしの休息と再編の時を得た。
 そこで、スオウは幹部たちをディステルに招集し、会議を開くこととしたのであった。


                    †


「穀物と建材、さらに鉄の値上がりが顕著です」

 珍しいことに会議で最初に発言したのは、ショーンベルガーの代表、エリだった。もしかしたら、幹部の中で唯一本拠地である陣城に残るカノコの代わりにと意気込んでいるのかもしれない。

「これはソウライ地域内に留まりません。人界北部は確実で、もしかしたら、ゲール帝国あたりにまで波及しているかもしれない現象です」

 彼女はショーンベルガーの商人たちからもたらされた情報をもとにそう報告した。

「ソウライで食糧の値段が上がるのはうなずけますけれど、外でまでというの一体何故(なにゆえ)でしょうか? それに破壊を予想して建材というのはともかく、鉄というのは……?」

 ユズリハが黄金の髪を揺らしながら不思議そうに言うのに、エリは苦笑に近い表情を浮かべる。

「魔族の方々にはわかりにくいかもしれませんね。人間は変身したりできないので、戦うとなれば武器を用意し、鎧を纏わなければなりません。それに必要となるのが鉄というわけです」
「ああ、なるほど。……あら? けれど、そうなりますと」
「はい」

 エリはユズリハがしばしの間を置いて疑問に思ったことに厳しい顔で答えた。

「ソウライの周辺だけでは無く、遠方でも戦を予想する者が出てきているということになります」
「それが我々と直接に対決することを想定しているのか、あるいは、ソウライに新たな勢力が生じることで周辺が混乱すると予想しているのか。そのあたりは様々でしょうが、いずれにしても戦乱が近々生じると考えているのでしょうね」
「そうだと思います」

 さすがにすぐ状況を理解したらしいスズシロがまとめるのに、エリは首肯する。

「面白いなあ」

 深刻な表情のエリとは対照的に、フウロの顔は喜悦にまみれており、その声も同様だった。

「あたしらにあてられて動き出そうとしてる奴もいるかもしれないってことだよな。いやあ、面白くなりそうじゃないか」
「フウロはそやつらと対するのが楽しみか」
「そりゃそうですよ、団長。それに、状況が混乱したほうが、あたしらには有利でしょう。混沌としてる状況を殿下が全て呑み込むんですよ」

 ハグマがしかたないといような調子で話しかけるのに、フウロは存外に冷静に応じている。苦笑しながらも、彼女が言うこともわからないではないと彼自身感じていた。

「たしかに、事態が流動的になるほうが、新たに入り込んできた我々にとっては有利に働くかもしれないな。とはいえ……」

 そこでハグマは主たるスオウの方を向く。

「一つの勢力に当たっているときに予想もしていない敵が出てくるとなると、これは困ります。できる限り情報はおさえておきたいものですが」
「うん。そのあたりは……ミズキ?」

 スオウが促すのに、ミズキはそれまで弄んでいた灰金の髪から指を離して口を開いた。

「いまのところ準備の段階ですわね。人員の選定はすすめておりますけれど、それですぐにというわけには参りませんもの。各地に潜ませるというなら、最低でも半年……。使い潰すつもりでなければ一年は欲しいものですわ」
「まあ、そりゃそうだろうな」
「ですから、現状はあるものを利用いたしましょう。エリさんが握るショーンベルガーの商人たちの情報網は、実に貴重ですわ。それに、他にも使えるものはありましてよ。たとえば、ゲデックの侯爵閣下はアウストラシア南部、すなわち戦王国群の情勢をそれなりに詳しく把握しておられるご様子」
「ほう」

 感心したように言ってから、スオウは少しいぶかしげな表情になった。

「ゲデックは降伏したとはいえ、ゲデック侯はあまり協力的ではないのではなかったか? 記憶違いだったか?」
「いえ、殿下の覚えておられるとおりでしてよ」

 ミズキは笑みを浮かべる。とてもかわいらしいのに、背筋が凍り付くようなそれ。

「どうにもしたたかな性らしく。面従腹背とまではいかないものの、自らを高く売りつける算段をたてておりますわね。当人としてみれば、いまは値のつり上げ時と思えるようですの」
「ミズキ相手に、そんなことを?」
「ええ、ワタシ相手に」

 シランがからかうように言うのに、ミズキは肩をすくめる。しかし、彼女はすぐに態度を改めてスオウに目を向けた。

「ワタシは交渉事には慣れておりますわ。けれど、エリさんの話もあります。もし、急がねばならないと判断するならば、それなりの手を使うことも考えた方がよろしいかと」
「毒か?」
「一つの手としては」
「いえ、あの、ミズキさん。食糧の値が上がったのはたしかですけど、いまの時点では商人の投機的な意味のほうが強いかもしれませんし」
「そうですわね」

 毒という言葉に慌てて口を挟むエリに、ミズキはあっさりと同意した。

「けれど、そうではないかもしれません。それが調査の結果であればともかく、いまは判断するには根拠が足りませんことよ。であれば、あるものでなんとかすべく力を尽くすのは責務ではありませんかしら?」
「それは……」
「でもねぇ」

 押されるエリに助力するように、シランが口を挟む。

「私たちはこれまで都市を陥としても、都市の支配者を害することはなかったわけでしょう? それはそれまであった統治機構をそのまま利用するためのはず。その方針を崩すのはどうなのかしらぁ?」
「ですから、こうして皆にはかっておりますの」

 シランの言うことにも理はある。
 カラク=イオは人界侵攻にあたり、既存の支配関係を壊さぬままに取り込んできた。
 排除したのは、邪魔になることが容易に想像できる王家の末裔だけだ。
 今後もそれは続けられるはずである。支配のための機構を破壊して再構築するより労力もかからないし、住民たちの反発も少なくて済むだろうと考えられるためだ。

 対してミズキの言い分も真っ当であろう。
 スオウに直談判しているわけでもなく、幹部たちの話し合いの場で提案しているのだから。

「ふうむ」

 考え込むスオウに、スズシロが助け船を出す。

「殿下。まずは他の様子を聞いてから改めて意見を求め、判断なされては? 外で何事か起きているかもしれないという件について私も少し考える時間が欲しく思いますし」
「ん……。そうだな。じゃあ、シラン。ハイネマンはどうだ?」

 眼帯姿のスオウの従姉は、露わになっている片目をくりくり回して答える。

「それがねえ。学問の自由を認めるって公布したら、だいぶ安心したようなの。いまではかなり協力的よぉ。幸い、神殿の力も弱いみたいだし」
「それはよかった」

 最後に征服したハイネマンが安定しているという報告にスオウは安心したようだった。
 満足げに頷きながら、顎をなでる。

「我々も余裕が出来たら研究の助成も行っていきたいものだな。金が用意できたら、という話だが」
「そういうつもりはあるって伝えておくだけで違うんじゃないかしらぁ。もしかしたらもっとやる気を出してくれるかも」
「そうだな。内々に伝えておいてくれ」
「わかったわ」

 ひとまずハイネマンについてはそれでいいとして、スオウの顔はフウロに向いた。

「あー……。その、ディステルには殿下もいらっしゃるんでわかってるとは思いますけど、ちょっと落ち着きませんね」
「そうだな。さすがの俺も三回も暗殺者を送り込まれると少々不快だ」
「ですから神殿ごと潰しましょうと何度も」
「焼く? 焼き払う?」
「穏当にわたくしが全員捕縛してくるというのは?」
「流行病のほうがよろしいんではありませんこと」

 スオウに暗殺者が差し向けられていると知った幹部たちの口から、恐ろしい提案がぽんぽんと飛び出す。
 抑え役となるはずのスズシロが率先して発言しているのだから、始末に負えない。

「いやいやいや! たしかに暗殺者は来たけど、殿下に近づく前にみんな始末してるからな!」

 慌ててディステルの責任者であるフウロが皆をなだめようとする。彼女とて暗殺者に怒りを覚えてはいるだろうが、統治のためには手順も必要となるのだ。

「ええと、神殿が送り込んできてるのは確実なんでしょうか?」
「あ、うん。三度目なんて、思いっきり神殿から神官が持ってきてたし」

 戸惑うように言うエリに、救いを見つけたような顔をしてフウロは頷く。だが、エリのほうは彼女の発言の一部にひっかかっていた。

「持ってきた?」
「ああ。貢ぎ物の一部として壺に入ってたんだよ。体が柔らかくて小さなところに入れる芸を持つ女ってことで」
「はあ。器用ですね」
「自分の体をたたみ込む芸はそれなりに面白かったが、暗殺者としての芸は二流だったな」

 その光景を思い出すように言ってから、スオウは残念というように肩をすくめた。

「女の体を武器にするなら、閨に入るまで我慢すべきだった」
「あらぁ。誘う気になれそうな娘だったのぉ?」

 からかうようなシランの声に、スオウはにやりと口角を上げてみせるばかりで答えない。その様子に、彼を睨みつける者が幾人か出た。

「ともかくさ。それがあって、神殿はいま封鎖してある。今後の処置はゆっくりで……」

 そこまで言ったところで、フウロは諦めたようにため息を吐いた。

「なんていうか……。ディステルはうまくいきすぎたのかも。降伏する前にシランみたいに一発かますべきだったのかなあ」
「まあ、そう言うな」

 微妙に落ち込んでいるらしいフウロにハグマが言う。そこに、遠慮がちな声がかかった。

「あの、なんでしたら、ショーンベルガーの神殿のほうに相談してみましょうか?」
「ショーンベルガーの?」
「はい。魔族を快く思わない神官はショーンベルガーにもいると思います。でも、だからといって敵対行動を取ろうと思うような神職ばかりではありません。少なくとも暗殺なんて手よりは言葉で交渉しようとする冷静さを持っています。ショーンベルガーにいる者でなくとも、そうした落ち着きを持つ人を紹介してもらって、こちらの神殿を任せるというのはどうでしょうか」
「ふむ」

 スオウは頷いてちらりと参謀のほうを見る。スズシロはその視線を受けて口を開いた。

「考慮に値するものかと。神々に仕えるのが本分であるならば、どこであっても出来るはずですからね。民のためにも暗殺をしたがる者より温厚な人物の方が良いでしょう」
「まあ、そうだな。……よし。頼めるか、エリ」
「はい。文を書きます」

 ディステルの神殿の件はそういうことで決着する。フウロがエリを拝まんばかりにしているのが印象的であった。

「さて、話はゲデックに戻るわけだが」

 言ってスオウはミズキをじっと見つめる。ミズキは笑みをたたえて彼の視線をしっかり受け止めた。

「先のフウロの言ではないが、一度力を示してやる必要はあるかもしれん」
「侯爵との交渉の中で、というわけですね」
「ああ」

 おかしな解釈をされないようにと考えてか、スズシロがしっかりと念押しする。その参謀の気の回しように感謝しつつも、なんだかくすぐったくも思えて、少し表情を緩めるスオウ。
 だが、すぐに真顔に戻って彼はミズキを呼んだ。

「ミズキ」
「はい」
「脅しをかけることを許す。中毒にはするな。廃人にするのもだめだ。そして、脅しをかけるのは、お前がどうしても必要だと思った一度だけとする。これでどうだ?」
「御心のままに」

 灰金の髪が揺れ、ミズキが静かに頭を垂れる。大仰ながらも、けしてわざとらしい風は無かった。
 それから、彼らはいくつもの懸案事項を話しあう。

「真龍が求めているものは、いまだ見つかっておりません。その正体すらわかっていない状況です。ハイネマンという最も可能性の高い場所を征服したことにより、捜索も本格化します。今後、各員の一層の注力を願います」

 そうして、スズシロがそんな風に皆に宣言し、会議は終わるかと思われた。

「それでは、最後に私が」

 そんな風にハグマが手を挙げなければ。

「申し訳ありませんが、殿下のお耳を汚し奉ることになります」

 重々しく発せられた彼の言葉に、誰もが不吉な予感を覚えずにはいられなかった。


                    †


「暴行……な」

 ゲデック戦の最中、一部の兵が非戦闘員に対して暴行事件を起こしたとハグマは報告した。
 スオウはそれに眉をひそめる。配下が不祥事を起こしたことにではない。ハグマの半端な報告に対してだ。

「はっきり言え、ハグマ。そこらの民と喧嘩したなどという話では無かろうに」
「ご明察痛み入ります。申し上げにくい事ながら、性的虐待も含めた暴行となります」
「そうか」

 沈鬱な空気が場を包む。
 ただし、まさかというよりはついに来たかという感が強い。
 指揮官たちは己の兵をひたすらに鍛えていたが、それでも軍規違反が起こらないとは思っていなかった。
 その点で彼らは徹底的に現実主義者だった。

「被害者は男性? 女性?」

 暗い雰囲気を打破しようとしてか、努めて平静な調子でシランが尋ねる。

「女性だ」
「え、いや、でも……」

 ハグマの答えにエリが驚いたように皆の顔を見回し、曖昧に言葉を濁した。

「そういうものなのよ」
「そ、そうですか」

 シランが言ったのをどう解釈したか、エリは複雑な表情で黙りこんでしまった。
 スオウはその様子に苦笑するものの、口を挟まない。
 虐待は、性的嗜好などとは無関係に起こりうるのだと、ここでエリに説明してもしょうがないだろう。
 戦場で血に酔う経験をしてみない限り、それを想像するのは難しい。

 しばらく沈黙が続いた後、皇子はハグマに問いかける。

「それで、お前が出した結論は? ハグマ」
「幸いにも人死には出ておりません。小隊長を降格、実行犯の二人は兵の地位を取り上げ、重労働一年というところでしょうか」

 スオウはスズシロと目配せを交わしあい、納得したようだった。

「一年はいかにも短いが……。監視の者を配置しなければならないことを考えると、それくらいが限界か」
「その間の態度次第で、延長を視野に入れるというのは」
「そのあたりだろうな」

 そうして、暴行犯に対する裁定が下りかけたところで、部屋の扉が開かれ、今回の警備責任者であるヌレサギが入ってきた。
 彼女はいつも通り一言も発さずに、ハグマになにか紙片を渡すとすぐに出ていってしまう。

「殿下、例の実行犯二人がディステルに移送されたという報告です。それと」

 ハグマは紙片を開いた途端に険しい顔になりながら告げた。

「申し訳ありませんが、先ほどの裁定はお考え直しになりますよう」
「どうした?」
「被害者が自殺しました。縊死いしです」

 幾人かがその報せに息を呑む。

「そうか」

 スオウはそう短く言って、静かに目を閉じた。

「……そうか」

 繰り返す声は弱々しく、かすれていた。


                    †


 背中から下半身までべったりと血にまみれた半裸の女性を、憲兵たちが刑場から運び出す。
 気を失っている彼女の背は、ずたずたにやぶれていた。硬い木の棒で五十回も叩かれれば当然であろう。
 彼女は暴行犯が属する隊の小隊長で、監督責任を問われて打刑に処された。衆人に肌をさらし、背を打たれる過酷な刑だ。

 百叩きと世に言うが、本気の打擲ちょうちゃくを百度も受ければ大抵は死んでしまう。
 五十回でも相当な苦しさのはずだが、彼女は罰が終わるまで歯を食いしばり意識を手放さなかった。
 立派なものだとスオウは思う。口に出すことはけしてないが。

「殿下、お手のものを」
「うん」

 彼女の背からしぶいた血で固まってしまった拳から硬木をひきはがし、スズシロに渡すスオウ。
 彼女がそれを捧げ持つようにするのを、周囲の者たちはなにもおかしく思わなかった。
 皇太子自ら刑を執行することの意味を、居並ぶ魔族たちはしっかりと理解していたから。

「さて、次はお前たちだ」

 そう言ってスオウは刑場――ディステル郊外に設けられた土の壇――の隅に座らされた二人に向き直る。
 その二人こそ、民間人を暴行し、死に追いやった実行犯だ。
 被害者が死んだことにより、小隊長は降格ではなく打刑を命じられ、二人は重労働刑ではなく死刑を告げられた。

 処刑されると知った二人の対応は対照的だった。
 一人は口を引き結び動くことすらやめ、一人は幹部たちに対して横柄な態度でにやにやといやらしい表情を向けたのだ。

「いやあ、ご立派ご立派。皇太子殿下(おん)自らのお手をお汚しになるなんて、実にご立派じゃぁありませんか」

 だから、こう揶揄するように叫んだのも、その一人のほうだ。

「でもねえ、殿下。おかしいでしょう」

 彼女は相変わらずにやにやしながら、スオウに叫びかける。横に立つ憲兵が彼女を黙らせようと動くのを、当のスオウが手で制した。

「掠奪と強姦は戦場いくさばの華。あたしらが裁かれる筋合いがどこにあるんですか」

 さすがにこれには怒りがふくれあがった。
 それまで特に何か思うでもなく、面倒なことをしでかしたと冷めた目で見ていた者でさえ、憤慨して睨みつけている。
 だが、一方で彼女の台詞にどこか同調するような様子の者もいたのは確かだ。

「それとも、まさか、実際の戦場で軍規の全てが守られているとでも? あんなもの、現地の司令官の腹一つですよ?」

 これにもまた納得するような空気が流れる。
 自分が荷担するかどうかはともかく、規律の全てを守り通すのはなかなかに厳しいことを彼女たちも実感しているのだった。

 だからといって犯した罪が許されるわけも無い。フウロが思わず口を開こうとするのを、スズシロが首を振って止める。
 彼女はスオウが女の言を真剣な顔で受け止めているのを見ていたのだ。

「お前の言うのにも理はあるのだろうな」

 彼は静かな調子で応じた。
 その声はそれなりに広い刑場全体にすっと広がっていった。先ほど叫んでいた女の声よりもずっと聞きやすく、皆の耳に届く。

「たしかに、時代と地域によっては、掠奪と暴行は戦場いくさばの華と言えるようなこともある。いや、むしろ兵の権利であると考えられている文化すらあった」

 スオウは言って、小さく肩をすくめた。

「だが、今回に限っては話が違う」
「なにが違うと!」
「簡単だよ。兵士たちはともかく、非戦闘員はすなわちカラク=イオの守るべき民だ。その民を……俺の民をお前は損なった。恥辱を味わわせ、自ら首をくくるまで追い詰めた。これはその報いだ」
「そのような……!」

 女は嘲笑おうとした。
 だが、声は途切れる。スオウの眼力がそれ以上、亡き女性を辱めることを許さなかった。

「それとな」

 スオウは相変わらず静かな調子で続ける。

「我らは魔族だ」
「なにを当たり前のことを!」
「うん。当たり前だな。だから、よく知っているだろう。我々は戦士として生まれる。生まれながらにして力を持ち、容易くお互いを殺し合える」

 まさに当たり前のことを彼は語っていた。だから、女も噛みつくところを見つけられずに目を白黒させている。

「人は武器を取り上げれば意気阻喪するかもしれない。だが、我らはこの身がすなわち武器」

 スオウは大きく手を広げ、彼女に無防備なその体をさらしていた。

「それを使いこなすことを、我らは学ぶ。だが、お前たちは学び損ねた。我らが揃って持っている誇りを手に入れ損なったんだ。戦士として生まれながら、真の戦士となることは出来なかった」

 だから、死ぬのだ。
 蔑まれ、貶められ、死ぬのだと彼の目は語っていた。

「お前たちのために刻まれる石板は無い」

 あるいは、その宣言こそが最後の一押しだったのかもしれない。

「うああぁあああ!」

 それは油断であったのだろう。
 憲兵を横につけていれば、体を縛っておけば、まさか抵抗することはあるまいと。
 魔族の獣化を防ぐ縛血虫ばっけつちゅうを用意できずとも、まさか皇太子を襲うことなどあるまいと。
 そう思い込んだ結果であったのかもしれない。

 憲兵を振り払い、縄も引きちぎって、スオウに向けて突進するなどと予想できた者はいなかった。

「そうだ。魔族ならば、天を墜とす民ならば、抗うのもその性」

 いや、皆無では無かったらしい。
 その体を変化させ、肉を骨を変形させながらつっこんでくる女を前に、落ち着いた声でそんなことを呟く彼はきっとわかっていたのだろうから。

 それでも、スズシロは、シランは、フウロは、ミズキは、ユズリハは咄嗟に駆けつけようと動いていた。

「総員、気をつけぇーい!」

 その号令は、ハグマの喉から放たれたもの。
 幹部たちは、いや、幹部たちだからこそ、彼女たちはその号令に一瞬体が反応せざるを得ない。
 まして兵たちは決断がそもそも彼女たちより遅かった。
 だから、それがスオウを襲おうとした時、動けた者はいなかった。

 当のスオウを除いては。

「死を受け入れるのは我らの性ではない」

 ゆえに、と彼は手を持ち上げる。
 自らよりずっと巨大に変じたその女に向けて。

「生を与えよう」

 ぱぁんっ!

 破裂音が響き、ついでばしゃりと液体がこぼれる音がした。
 残されたのは、おぞましい音を立てながら肉と骨が変形し続ける魔族の下半身。
そして、その血肉にまみれて真っ赤になったスオウの姿だけだった。

 しんと静まりかえる刑場。
 誰もが動けぬその隙に、もう一人の罪人が立ち上がった。

「このような死に様だけはまっぴらごめん。おさらば!」

 体の一部だけを獣化させたその女は、触手状のその指で自らの首をねじ切って果てた。

「……報いか」

 二つの――あるいは一つと半分の――骸を見下ろし、スオウの呟く声だけが刑場にたゆたっていた。
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