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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち― 作者:安里優

第三部:人界侵攻・龍玉編

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第13回:蠢動(上)

「……で、そのまま逃がしちまったのか? 正体も探らずに? それでいいのかよ、防諜部隊」

 竜にまたがった赤毛の女は、呆れたように尋ねかける。ぴんぴんとはねる頭を、やれやれとふるのは、襲撃大隊長フウロ。

「私に言われても……」

 それに応じるのは、同じく竜を操る女性。こちらも髪を短く切りそろえた精悍な外見だ。ただし、フウロほどの凄みは無い。
 キズノのウズと呼ばれる彼女は、元々スオウの敵側からの指示を受けて、親衛旅団に潜入していた人物である。
 記憶に残るような仕草や目つきをしないよう、訓練されている。それはいまも健在のようだった。

「正直、人を回してくださればいくらでもやりようはあるんですけど」

 いまや防諜部隊の数少ない構成員の一人となっている彼女は不満そうに口を尖らせる。

「……まあ、そりゃそうだよなあ。お前たちにも優先順位があるもんなあ。すまん、馬鹿を言った」
「いえ、それは」

 素直に謝られるとそれはそれで慌ててしまうウズであった。
 そもそも、彼女はフウロのような高位の人間と話すのには慣れていないのだ。
 しかし、最近はミズキの代理として色々と連絡したり交渉したりせざるを得なくなってしまっている。
 これもまた防諜部隊に他の人手が無いためだ。

「ただ、やっぱり手は足りません。姫……じゃない、ミズキ隊長もそれはわかっているはずですが」
「うん。だろうな」

 フウロは言って、しばし、周囲を見渡した。
 そこでは、フウロの部下、つまりカラク=イオの襲撃大隊所属の兵たちが、食糧や消耗品の仕分けや梱包を行い、運搬を担当する輜重隊に受け渡している。

 それを行っているのは、ディステル郊外の草原だ。
 兵たちが扱っている物資はディステルから買い上げたものであるから、都市内で行えばいいと思うだろうが、今回に限ってはそうもいかない。
 物資の買い上げが半強制的な徴発に近いものであったため、それらの仕分けは都市の住人には見えないところでやったほうがいいだろうとなったのだ。

 その光景に、フウロは一つ頷く。
 彼女はウズに合図して、少し離れたところに竜を進ませた。作業を監督するには支障ないが、話し声は聞こえない程度の場所に。

「数の問題ってのはどこまでいってもつきまとう。あたしらは魔界の基準で見ても精兵だが、どうやっても一人が二箇所にいるのは不可能だ」
「ええ。それはそうですね」
「だが、いまはそれに近いことをしなきゃいけない状況だ。当然、お前だって今回の一連の作戦は承知しているだろう?」
「それはもちろん」

 なんだか教官に口頭試験を受けているようだと、緊張の中で答えるウズ。元々、彼女がフウロの大隊に潜入していたことも作用しているのかもしれない。

「ソウライの諸都市が反応する時間を与えずに、次々と占領していくんですよね?」
「そうだ。ファーゲンとリースフェルトが占領され、ショーンベルガーがおおっぴらに殿下とエリの婚約を発表した。これによって、ソウライの各都市は、当然にカラク=イオを警戒する」

 その時点で警戒し始めるのでは遅いと責めるのは酷というものであろう。
 ソウライは争乱を百年単位で経験していなかったし、そもそもカラク=イオはその警戒をまさに手遅れとすべく動いたのだから。

「あたしたちは、諸都市がこの警戒を具体的な敵対行動に変える前に占領することにした」

 そこでフウロは器用に肩をすくめて見せた。自らに乗る主人のその動きを気にした風も無く、竜はゆったり体を揺らしている。
 さすがにいい竜に乗っているものだ。馴染みの竜を『亡国の姫』に奪われたウズはうらやましく思う。

「まあ、そうは言っても兵なんてすぐに集まるわけじゃない。こっちはすでに確固とした指揮系統を持ってた。もっとゆっくり準備しながらでもソウライを征服できただろうさ」

 そこで求められている言葉を、ウズはわかっていた。

「けれど、真龍が来ました」
「そうだ。真龍のやつらが干渉してきた。その上、シランたちの偵察によって、ゲデックにはこの土地の南方から傭兵たちが流入して来ていることがわかった」

 そういえば、先ほど話していた連中も傭兵だとか? と彼女が問うのに、ウズは頷く。
 わざわざカラク=イオの内に入り込んで、結局は逃げ去った彼らの正体がなんであったか、ウズは知らない。だが、少なくとも傭兵をやっていたのは事実であろうと思っていた。
 それが本業であるかどうかはわからなかったが。

「そこで、殿下は迅速な攻勢策をとることに決めた。真龍たちからすでに干渉されてるってのに、アウストラシアの南部……あー、ええっと」
「戦王国群ですね」
「ああ、そうそう。それそれ。」

 地域の名称としては少々奇異に聞こえるとはウズも思う。フウロがひっかかったのも不思議はなかった。
 いっそ、北方(じんかいの)ことばの発音のまま取り入れた方がよいのではないか。そう考えた彼女は、心中にそれを書き留めた。

「その戦王国群にまで干渉してこられたらたまらないからな。傭兵がちょろちょろ入り込んでくるだけでも鬱陶しいし、どこかが本腰入れてちょっかい出してきたら厄介だからな」
「だからこそ、そこに繋がる橋を焼き、これ以上の人の流入が抑えられている間に、ソウライを占領してしまおうと。実際、奇襲のほうが心理的効果は大きいですからね」

 いるはずのない時に、いるはずがない場所に敵がいる。
 それを認識したときの士気の下がりようというのはなかなかのものだ。
 戦う気満々の一団でさえ、そんなことが起きれば驚愕に気を取られるというのに、これが準備が足りていないソウライの諸都市にとってどれだけの効果となることか。

 ゲデックを囲む動きを見せながらディステルを急襲したのも、これを狙ってのことだ。
 また、いま、ディステル陥落からそう日が経っていないというのにすでにシラン率いる偵察大隊がハイネマン付近に進出しているのも、この原則に従っての行動となる。

「うん。よくわかってるようでなにより。攻城戦で相手の意気をくじくのは大事だからなー」
「特に、殿下は戦後を考えていますからね」
「うんうん」

 満足そうに頷くフウロ。
 やはり口試のようだとは思いつつ、ウズは一方でほっとしてもいる。少なくともフウロが満足するだけの答えを提供できたのだから。

 ともあれ、奇襲を行う最大の目的は、都市側の心をくじくことだ。
 この相手には勝てないと印象づけ、早期に降伏してもらう。
 それが今後ソウライ地域――どころか人界そのものを――支配していくつもりのカラク=イオにとって最も益となる戦の終わらせ方なのだ。

 実際、ディステルはろくに戦闘をすることもなく陥落してしまった。
 それはなによりも、まさかいま攻撃されることはないと思っていたその時にこちらの勢力を示すことが出来た結果だ。
 もし力押しということになっても都市の占拠は果たせたことだろうが、そうなるとカラク=イオ側の犠牲はもちろん、戦後の禍根もかなりのものとなったはずだ。
 また、ゲデックに向ける兵もかなり薄くなり、占領作戦は大きく後退したことだろう。

 だが、そうはならなかった。
 これを他の都市でも同様に実現するには、いかに相手が予想していない時に襲撃を行うかが鍵となる。
 そこで必要とされるのが『一人が二箇所以上にいるに近い』こと、つまりは……。

「いまは速度が重要だってことですよね」
「そうだな。だからこそ、こうして占領したばかりの都市から取り上げるようにしながら、先行するシランの部隊に物資を送ってるわけだ」

 彼女は周囲を示すように手を広げる。占領統治も忙しいというのに、すでに次の作戦行動のため働いている部下たちを誇るように。

「そういうわけで、いま、組織を一部でも崩してる余裕はない。ぎりぎりで動いてるからな。本当は、余裕がないなんてのは忌避すべきなんだが」
「でも、無理をすべき時もあります」
「確かにな。そして、それらの結果として人を回してやることは出来ないってことになる」
「ですよねえ……」

 ようやく戻ってきた話題に、ウズはがっくりと肩を落として頷いた。

「でもさ、ソウライ占領後はたぶん人が増えると思うぞ。真龍が求めてるものを探すにしろ、その後の人界支配を進めるにしろ、お前たちの部門は大事だからな」

 フウロは同情するような表情を浮かべた後で、楽しげに唇を歪めた。

「そうしたら、お前も名実共に副長だな」
「え?」
「え?」

 心底から驚いたような声に、逆に奇妙な声をあげるフウロ。

「私が副長って冗談にしても無理がありますよ」
「いやいや。冗談じゃねえよ」
「え?」
「え?」

 間の抜けたやりとりをもう一度繰り返して、二人は顔を見合わせる。

「いやいやいや。私が副長になるはずありませんよ。いまはしかたないですけど、たぶん人が増えても下っ端ですって」
「なんで? アシビあたりを引き抜いたらそりゃそっちが上になるだろうが、そういうことでもなけりゃミズキの部下でお前以上に諜報に長けてる奴はいないだろ」

 アシビはシランの副官であり、偵察大隊においてこれまで諜報活動に携わってきた女性である。
 ミズキを除けば諜報活動に最も詳しいことはまちがいない。

「いやいや、私は有り得ないでしょう。裏切り者ですよ、私」
「殿下はミズキの判断を尊重した。お前の問題はそれで終わりさ。現にミズキが生かすべきじゃないと判断したほうは処刑されただろ」
「つまり、私の生殺与奪をミズキ隊長が握っていれば問題ないと」
「違う違う」

 フウロはからからと笑う。

「これまでもこれからもお前に死を命じられるのは殿下だけだよ。殿下はお許しになった。それが事実だ」
「いや、でも……」

 ウズの反駁の声は、曖昧に消えていく。それ以上強弁すれば、スオウの意向に背くことになる。
 そんな彼女に、フウロは勇気づけるように告げた。

「それに、殿下は裏切られたなんて思ってないだろう。お前は任務を帯びて潜入して、結果として仲間になった。それだけだ」
「それだけ、ですか」
「ああ。立場の違う者が仲間になるのを拒絶してたら、新しい国なんて作れないだろ。殿下はきっとそう言うさ」

 それから、彼女は優しい声で続ける。

「あの人のことだから『裏切られるのにも慣れてる』とかも言いそうではあるけどさ」

 その声のぬくもりが、その顔に宿る誇らしさが、彼女の主への心を如実に示している。

「その……。みなさん、すごい忠心ですね」

 幹部たちと接する度に感じていたことをつい口に出してしまったのは、フウロがまっすぐに語ってくれていたからだろうか。
 それとも、彼女の熱にあてられたのか。
 そんなことをウズは内心で考えていたりする。

「そりゃそうさ。誰が人界侵攻を成し遂げた? 誰が三界制覇なんて真顔で言える?」

 あまりにも当然のことを言われたというように、フウロはいっそ静かな声で応じた。

「殿下は夢を見せてくれる。忠節を捧げるにはそれで十分だろ」

 ぐっとウズは言葉に詰まった。
 フウロの言葉の持つ重みは、彼女が軽々に同意することさえ許さなかった。
 その代わりに、夢という語がウズの胸にずんと響き、体内に沈んでいった。

「まあ、カノコなんかは、ちょっと殿下への盲信が過ぎる気もするが……。あいつは、殿下が正しくても、世界(・・)()間違(・・)って(・・)いるってことは知ってるから大丈夫だとは思うが」

 ウズが固まっている間に、フウロはそんなことをぶつぶつ言っていたが、それらの言葉は草原を行く風にまぎれてしまう。

「まあ、お前もこれからは殿下と間近に接することが多くなるだろうから、余計に理解するだろうさ」
「そのあたりは怪しいと思ってるわけですが」
「ははっ。まあ、それは今後のお楽しみだな。それはそうとして、あんまり盲従しないでおけよ。そういう意味では『裏切り者』なんて負い目も邪魔になる。さっさと忘れちまえ」
「盲従するな、ですか?」

 真剣な調子で忠告するように言うフウロに、ウズはいまひとつ意味を掴みかねて問い返した。
 赤毛の大隊長は大きくそれに頷く。

「今回の人間たちだって、お前の判断で逃がさないほうがいいと思ってたなら、殿下に直にそう言っておいたほうがよかった。それで殿下の最終決定が変わるかどうかは別として、だ」
「言うべきことはちゃんと言えと」
「そうだ。殿下が最後に決めるとはいえ、判断材料は多い方がいい。それに、あたしは、自分がこの部隊に配属された理由の一つは、意見が言えるからだと思ってる」

 それから、彼女は幹部たちの名を上げていった。
 ハグマ、スズシロ、シラン、ユズリハ、カノコ、ミズキ、そしてフウロ自身。
 この中で、ミズキとカノコを除く幹部の面々は、いずれもスオウよりある意味で立場が上だった時期がある。

 旅団長のハグマは師とも言える相手だし、年上のいとこであるシランは言うまでも無い。ユズリハはこれも頭の上がらない従姉(サラ)の親友であったし、フウロも校尉学校では先輩であった。

「それから、スズシロが学校時代は殿下の面倒を見てたであろうことなんか、いまの関係からだってわかるだろ?」
「ま、まあ、それは……」
「殿下は、ある意味で厄介な相手を受け入れた。それは、いざとなったら自分にずばずば意見が言えると思ってのことだよ。少なくともあたしはそう考えてる」

 だから、ウズもしっかり文句を言え。そう彼女は言うのだった。

「殿下が決定権を持っていることを忘れずに忠言しろということですね」
「うん」
「それはわかりました。ただ、それでも、今回のあの人間たちについては優先順位は下位だったと思います」
「そうか」

 その答えにしばし考えて、フウロは声をひそめて尋ねた。
 ミズキが現在の防諜部隊の職務として設定している事柄について。

「やっぱり、お前もいると思ってるのか。お前たち以外の潜入者」
「います」

 きっぱりと彼女は言い切った。
 その点では、彼女はミズキとはっきり危機感を共有している。

「それがたとえば僭主ことメギの手の者、つまりは私と同じ辰砂の者たちであるのか、あるいは全く別の意向を受けた者であるかはともかく、必ずいます」

 そもそも、敵対組織の間諜のいない組織などないのではないか、とウズは思う。いないほうが不自然だと。
 だが、フウロにはそれが疑問のようだった。

「僭主以外の勢力は潜り込ませるのは難しくないか?」
「そんなことはありませんよ。現状、どこの陣内であろうと、ショーンベルガーの商人たちや、各都市の代表者などが訪れ、場合によっては滞在しています。そうでしょう?」
「……なるほど、いまや警戒すべきは魔族だけでは無いということか」
「ええ」

 厳しい顔のフウロに対して、ウズは冷静に続ける。

「ただし、間諜がいることと、それが有効に機能することは別の話です。早い話が手も足も出なければ問題ないわけです」
「そりゃそうだが……」
「いま、私たちがやるべき事は、この組織にいるであろう間諜が誰の意向で動いているかや、その間諜自身が誰であるかを突き止めることではありません」

 ウズの考え方が理解できないようで、フウロは面食らったような顔付きになる。その様子に淡く微笑みを浮かべながら、ウズは彼女にもわかるよう、しっかりと告げるのだった。

「ミズキ隊長と私の今の仕事は、その何者かが動き出さないよう目を配り、手を打つことなのですから」

 と。


                    †


 スオウたちカラク=イオが征服のために兵を動かしているソウライ地域。そのソウライ地域を含む人界北東部全体は、アウストラシアと呼ばれている。
 そのアウストラシアのさらに東に目をやれば、海に浮かぶ巨大な島があった。

 魔界の内海に浮かぶ『帝都』よりさらに巨大なその島は中央に、これも巨大な湖を抱えている。
 地面の下から溶岩が噴出したことで溶岩だまりとなっていた部分が空洞となり、そこに地面が落ち込んでできあがった湖だ。

 その巨大な湖こそ真龍の住まいだと知る者は、世界でもわずかであろう。
 龍身の者は湖そのものを住み処とし、その周辺を囲う山に人身の者が住まう。

「ずいぶん急いで征服するつもりみたいだね」

 その人身の住居のうち、最も高い位置に作り上げられた宮殿とも言うべき規模のものがある。
 いま、言葉を発したのはその宮殿のうちでも最も豪奢な一角に住まう者であった。

「はい。そういう報告となっております。すでにまともに残るのは二都市のみと」
「ふうん」

 真龍族の若長ツェン=ディーの片割れであるディーはやわらかな寝台に全裸のまま寝転びながら、カラク=イオの動向を伝える部下の言葉に考え込んだ。
 さすがに部下のほうは立って話しているが、こちらも人界の基準ではとても衣服とは言えないようなものしかつけていない。
 実質的に股間を覆うだけで、そのしなやかな肉体はほとんどが露出してしまっている。

「僕らはソウライを征服してから……って伝えたんだけどなあ。伝えたよ。うん、伝えた」

 彼は不思議そうに首を傾げ、部下に尋ねかける。

「なんで、こうも急ぐんだろう? わかる?」
「さて……。得られている情報では判断は難しいかと。もっと積極的に情報を収集いたしましょうか?」

 その提案にディーはしばし興味を惹かれた様子だったが、結局ため息を吐いて、寝台により強く身を沈めた。

「……いや、やめておこう。じいさまたちがまたぞろ騒ぐ」

 現状、真龍の長は彼らツェン=ディーでは無い。
 だが、現族長を含む長老たちは、一族の運営に口を挟むことがめっきり減ってしまっていた。
 次期族長という肩書きではあるものの、ここ数年はツェン=ディーが実質的に一族の統治を担っている。

 そのくせ、スオウたちに対して彼らの思うとおりに動こうとしたら文句を言ってくるのだから、たまらない。
 自分たちはもう隠居だからと面倒を回避するくらいなら、若者のすることに口を挟まないで欲しいものだ。
 だが、そうもいかないのが現実というものだ。

「でしょうか」
「うん。騒ぐよ。絶対ね」

 そのことについてはもう触れるなと言うように、彼はぱたぱたと手を振った。さすがにそうまでされると部下も黙ってしまう。
 ディーはそれからふと思い出したかのように半身を起こした。

「そういえばさ、人界に行った時、妹を見たよ」
「妹君……? まさか、あの同胞はらから殺しの!」

 楽しげに言う彼の声に、部下はいぶかしげに目を細め、次いで、かっとその目を見開いた。
 途端、ディーは再びぼすんと寝台に身を落とし、じぃっと部下の顔を見上げる形となる。

「あ、その呼ばれ方、傷つくなあ。僕は妹のこと結構好きなんだよ?」
「こ、これは……。どうかお許しを」

 意地の悪い視線を飛ばされ、部下は直立不動の姿勢となるが、それでもねめつけるディーに思わずぶるりと一つ震えてしまった。

「もちろん、あれが半身を喪ったのは事実ではあるけど……。だからこそ、僕は留意すべきだと思うんだよね」
「留意……と仰いますと?」
「あの子は、もう僕たちと同じ論理じゃ動いていない」

 部下がようやくのようにかすれた声で尋ねるのに、ディーはあっさりと応じる。
 妹は、自分たちの範疇を超えてしまった。
 だから気をつけるべきなのだと彼は言っているのだった。

「はたして、なにをする気やら」
「しかし、若」
「うん。そうだね。僕たちにはいまのところ、どうしようもない。害も無いし、益も無い。なにかを得たり失ったりするとすれば、それはいま人界にある彼らだ」

 そこで、彼の口は笑みを刻む。

「さてはて、一体、どうしてくれるやら。見物だねぇ、楽しみだねぇ、皇太子殿下」

 楽しそうに、実に楽しそうに。
+注意+
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