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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち― 作者:安里優

第一部:人界侵攻・開戦編

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第6回:饗応

「皇太子……!」
「ええ」

 その言葉を突きつけられてから、エリの表情はあからさまに変わった。
 それはそうだろう。まさかそんな大物が出てきているなどと、誰が思うだろう。

「ですから、まあ、多少は準備に時間がかかることを承知していただきたいんですの。おわかりでしょうが、尊い立場の方というものは、そう軽々には動けないものですから」
「それは……。仕方ないかと……考えます」

 エリとしてはそう言うしかない。視線があちこちに飛び回り、なにか考えを巡らせていた彼女だったが、結局、覚悟を決めたような表情となった。

「ええ。ですから、その間は、どうぞお話いたしましょう」

 ゆったりと彼女のことを見守っていた金髪の女性が、そんな風に言うのに合わせて、ミミナたちが膳を掲げてやってきた。
 ユズリハとエリのそれぞれの前に置かれた膳の上には飲み物の入った磁器の杯と、粥の入った器が置かれていた。
 肉と野菜がふんだんに盛りつけられた粥からは、美味しそうな湯気が立ち上っている。

「さあ、どうぞ」
「あ、いえ、その……」

 食事を摂るよう勧めるユズリハに、エリはとまどっているようであった。人と魔の違いを考えれば当たり前のことだろう。

「大丈夫ですわ。これらはこちらの……人界の方からいただいたもので作らせましたから」
「……というと?」

 安心させるように言う言葉に余計に疑わしげに器を持ち上げ、エリは先を促す。

「わたくしたち、この都市を包囲しておりますわよね? ですから、この都市に近づく方々にはお帰り願っていただいていますの。主に隊商の方々ですけれど」
「まあ、そうでしょうね。……それで、その人たちから略奪……得ていると」
「結果としてはそうですわね」

 責めるような光をその瞳にひらめかせる少女に対して、金髪の女性はゆったりと笑って見せた。

「結果?」
「ええ。なにも望んでそうしているわけではありませんのよ。たいていの方は、事情を話すと素直に回れ右してくださいますわ。ただ、中には我々の姿を見た途端、なにもかも捨てて逃げ出す方たちもおりますの。昨日もそんな一団がありまして」
「……なるほど」

 それでもうさんくさげにエリは粥のにおいをかぐ。都市を包囲している『敵』の言葉をそのまま信じるほど、お人好しではないということだろう。
 それでも匙をとって粥を口にしたのは、使者として相手に食い込む気概を見せるための行為だったのかもしれない。
 口に含み、味わうとともに、わずかに表情が変わる。同じように粥を口に運びながら、ユズリハは、そんなエリのことをじっと見つめていた。

「……香辛料がきいていて、なかなか珍しい味ではありますが……。美味しい類に入るかと」
「そうでしょうとも。味付けに関しましては、おそらく、我々は人よりも強い刺激を求めがちなのだと思いますけれど」

 味に関しては、文化もさることながら、身体構造の違いのほうが大きいかもしれない。
 重金属混じりのものも平気で口にする上、それで体を害することもない魔族のほうが、刺激に慣れているのはある意味当然であろう。

「ところで……」
「はい?」
「我々の降伏は認められるでしょうか?」

 ずばりと聞いてくるエリ。ユズリハは口元に浮かんだ笑みを隠すために、果汁の入った杯を口に付けた。
 エリの態度は――ショーンベルガー市の危機感を反映しているのだろうが――実に直截で、ユズリハにとっては好もしいものであった。ただ、それで彼女が選ぶ答えが変わるわけでもない。

「わたくしに、それが答えられるとお思いですの?」
「……それは」

 がっくりと肩を落とすエリ。しかし、すぐに顔を上げたところを見ると、少女自身もユズリハから保証を得られるという期待は薄かったのかもしれない。

「それでは……その、皇太子殿下にお会いするにあたっての注意などをお聞かせ願いたい。服装や、作法なども含めて」
「そうですわねえ……。たいていのことは人界の方ということで済むでしょうが……」

 ユズリハは己の金の髪を指にくるくると巻き付けながら考え込む。

「ああ、そうそう。エリさんの話し方は、少々古めかしいところがありますわね」
「古めかしい……。おそらくは、昔、誰かが聞いた時のままなのではないでしょうか。普段、人界で話される言葉とは違うために」
「なるほど。とはいえ、殿下に話しかけるのならば、かえって印象は悪くないかもしれませんわ。宮廷では昔ながらの話し方を好まれる方も多いですし」

 それよりも、と小首を傾げるユズリハにエリは身構える。

「エリさんはおいくつになるのかしら?」
「年齢、ですか?」
「ええ。ずいぶんとお若いように……。けれど、わたくしたちとはきっと違うのでしょうから」
「私は、十六歳」
 エリはそう告げてから、説明を加える必要があると判断したようだ。
「私たちの慣習では、十五で成人と認められる。ですから、公式な場では成人として扱われましょう」

 なによりも、と彼女は強く言って続ける。

「ショーンベルガー市の行政には私も参加しているが故に、交渉に関しては、私に一任されていると考えていただきたい」

 エリの言葉をふむふむと聞いていたユズリハは、ぱんぱんと手を叩いて自らの副官を呼んだ。

「はい、なんでしょうか。おかわりですか? でしたら、もう少しで主菜が……」
「いえ、こちらのエリさんが、人間の社会では大人として認められると言うことを、書き留めておいてほしいんですの。後ほど殿下にお伝えするために」
「はあ。なるほど」

 少々怪訝そうな顔をしている女性に、エリは改めて自分が成人として認められ、降伏の交渉について一任を受けていると説明する。ミミナは言われたとおり、紙片に丁寧に書き取っていった。

「念のためにお聞かせ願いたい。私の外見では、魔族は何歳くらいと考えるのでしょう?」

 ミミナが書き終えて調理に戻った所で、エリは尋ねてみる。ただでさえ、彼女は体格的には魔族に劣っているのだ。あまり子供だと思われて侮られるのは困る。

「そうですわね。十歳から十八歳というところですわね」
「ず、ずいぶんと幅のある……」
「そうなんですの。魔族のその年頃は、人の姿だと見分けがつきにくいのですわ」

 それから、ユズリハは自分の中の常識をどうにかこうにかエリに伝えようと苦心した。しかし、常識というのは社会における共通認識であるだけに、改めて説明するとなるとなかなかに難しい。
 まして、人と獣の二つの姿を持つ魔族の特性である。

「それは人の姿に限ってのことで……」
「いえいえ、さっき言いました通り、獣の相をあらわせば……。あら、言っておりませんでした?」

 などと、行きつ戻りつ話すことになる。そのうち、ミミナたちが別の膳を運んできて、話に夢中なエリとユズリハは半ば無意識に新たな料理を口に運んだ。
 焼いた骨付き肉からにじみ出る肉汁の旨みに目を見張ったエリは、しばし会話を途切れさせ、口を食べることにだけ用いる。

「これは、なかなかよいヨロイブタの肉を使っています。おそらく、上物の取引品だったのでしょう」

 急に黙ったのを言い訳するようにそんな評をつけつつ、エリは、別の皿に盛られたきつね色の揚げ物に手を出す。こんがりとした良い色から想像した通りぱりぱりの皮の中に、細かく刻まれた、これまたいい味付けの肉が挟まれたそれを、彼女は次々に平らげた。

「ふぅ……美味しい」

 思わず普段使い慣れた人界の言葉で呟いてから、はっとユズリハのほうを見る。黒銅宮の姫たる女性は、実に礼儀正しく、自分も骨付き肉にかぶりついていた。
 こほんと一つ咳払いをして、エリは話を再開する。

「そちらのお話を総合すると、魔族の人の姿に関して言えば、十歳までは爆発的に成長し、大人とほぼ変わらない体格になった後、十八歳頃から顔つきなどが成熟期に入る、という理解でよろしいでしょうか」
「ええ。そして、獣の相は、死ぬまで成長し続けますわ。緩やかに、ですけれど」

 つまり、エリはいまだ成熟が足りないと見られたわけだが、それはそれで間違ってはいないのかもしれない。彼女の外見が、大人になりかけの少女であることは間違いない。

「いずれにせよ、皇太子殿下にも、人と魔が違うことをしかと心にとめておいていただきたい」
「ええ、それはもう。わたくしなどよりはずっとわかっておられますわ」

 主菜が終わった後、もてなしの料理は箸休めに入ったようだった。次に出てきたのは花のように美しく飾り切りされた果実。
 人界では、分厚い皮の果実の中身を削って食べることしかしていなかったエリはその繊細な細工に驚かされる。
 害になるものを外皮に排出するように品種改良された結果であるとはいえ、人が栽培する果実は食べられる部分がいかにも少ない。
 それをこんな風にいくつも集めて飾り付けるなど、人が考えもしない調理法であった。

「ところで」
「はい?」

 エリが美しい細工を壊すのを恐れるようにしながら果実に手を出したところで、ユズリハが尋ねる。

「わたくしは人界ではいくつくらいに見えますのかしら」

 尋ねられた少女は、みずみずしい柿と林檎を口にしながら、しばし考える。
 ためらったのは、判断がつかないからではなく、人界では若い年齢を言われると喜ぶ女性が多いからだ。
 しかし、相手は魔族。お世辞と思って口にすることが益を生むとは限らない。
 だから、彼女は思った通りを口にした。

「二十代中盤……二十四、五といったところかと」
「なるほど。人の世ではそうなるのですね」

 ユズリハは艶然と微笑む。そして、彼女は口元を覆い、謎めかして言うのだった。

「では、そういうことにしておきましょう」

 その後、なんとなしにエリが年齢を聞いても、彼女は答えてくれなかった。


                    †


「いや、だから、軍装で十分だろう」
「魔界ではそれですみましょうが、ここは人界です。見た目の政治的効果はおわかりのはずでしょう。これも軍略です」
「それはわかるが……」

 ようやく呼び戻されたユズリハが大天幕に入った途端、聞こえてきたのは男性二人が言い争う声であった。

「なにをしているんですの?」

 困ったような顔で二人を眺めている一団に近づき、手近なシランに話しかけると、相手は片方しかない目をちらとユズリハに向けた後、疲れたように息を吐いた。

「旅団長のいつもの癖よぉ」
「ああ……。そうでしたの」

 その言葉でユズリハも全てを理解した。
『隻腕』のハグマとスオウとの関わりは、実はお互いが生まれるずっと前から続いている。
 ハグマの家系は、スオウの母の家の家宰を代々務めてきた家なのだ。
 ハグマ自身も、スオウの外祖父――つまりはスオウの母アマナ、その妹でシランの母であるアカナの父――の代には家宰を勤め、姉妹がそれぞれ嫁いだ後に軍に復帰したという異色の経歴を持つ。

 そのためか、ハグマとスオウは時折、『爺と坊ちゃま』になってしまうのだ。
 実際には皇弟家の家宰をしたことはないのだから、あくまで擬似的なものでしかないのだが。

「ほら、ユズリハももう戻っているだろ。これでいいから」
「……しかたありませんな」

 めざとくユズリハのことを見つけたスオウは助かったという表情でユズリハに駆け寄ってくる。

「ユズリハ。使者殿は?」
「はい、外におられますわ。……何事ですの?」
「もっと着飾れって話さ。これでいいって言ってるのにな」

 ユズリハは応じる声の後半を小声で発し、彼女のすぐ傍にまでやってきたスオウも小さな声の上に早口で答える。黒ずくめの服を引っ張り、愚痴のように言う様子は、『坊ちゃま』そのものだ。
 それから、彼は声を普段のものに戻した。

「そうか。なにか注意することは?」
「わたくしの副官が書き付けてありますので、そちらをどうぞご覧くださいませ」
「わかった」

 スオウが頷くのに、ユズリハは己がいない間のことを尋ねてみる。

「ところで、わたくしたちを戻したと言うことは、受け入れることに決まったんですの?」
「ああ。もちろん、こちらから求めるものもあるが、な」

 そんな風にして、スオウとエリの会見は始まることとなった。


                    †


「エルザマリア・ショーンベルガー……。城市の代表者ということでいいか」
「はい」

 交渉は、スオウとエリ、二人が一つの卓に対面で座って始められた。ハグマはじめ幹部たちは一歩下がってスオウの背後に立っている。
 エリは入ってきた途端跪いて恭順を示したのだが、交渉をするなら、きちんと話し合うべきだとスオウが椅子を用意させたのだ。
 これはスオウの優しさというよりは、エリが望む調子で話が始まるのを防ぐためであった。

「スオウだ。この軍を率いる」
「はい」

 故に仕切り直しを経たエリの顔にはより強い緊張が宿っている。

「それで? 降伏したいと?」
「はい」
「それは、安全を求めるということだね?」
「そうなりましょう。それなりの対価を払うことで」

 ここまでは、お互い当然に予想していた流れである。

「ふむ。対価というのは?」

 だから、その問いも自然なものであった。
 ただし、その答えについては予想外のものであったが。

「私自身ではいかがか」
「君?」
「はい。私の全てを」

 スオウの後ろで顔を見あわせるハグマたち。
 適当な財貨あるいは食料を出させて包囲を解き、真龍についての情報を得たら適当な頃合いで移動するという事前の方針は、どうやら忘れた方がいいようであった。

「人質、ということですか?」

 スオウがちらと後ろを振り返るのに合わせて、スズシロがエリに確認する。エリはそれに対して、きっぱりと首を横に振った。

「いえ。そちらの気分次第で、人質、慰みもの、奴隷、どのように扱ってくださっても構いません」
「……なるほどね」

 目の前にいる少女が成人とはいえ人界でも若い部類に入るとは、スオウも聞いていた。
 そんな少女がいかなる行為を受け入れるという。しかも、その娘の生まれは、城市の支配者の家だというのだ。
 どれだけの覚悟か。どれだけの自己犠牲か。

 いま、彼女の顔は青白い。交渉に臨む緊張からだと思っていたが、その内容がこれでは、たしかに血もろくに回るまい。
 スオウは彼女自身の決意もさることながら、彼女を送り出さざるを得なかった城市の人々の気持ちを考えた。
 どれだけの恥辱か、どれだけの慚愧か。

 だが、それに同情するわけにもいかない。
 彼こそが紛れもない侵略者なのだから。

「君の申し出はわかった」

 背後にわだかまる戸惑いの空気を感じながら、スオウは話を進める。
 ことさらに堅苦しい言葉遣いで、彼は言った。

「たしかに君の肢体は魅力的だ。魔族の私から見ても、十分に美しい」
「殿下」
「いや、わかってる。大丈夫だ」

 ハグマが釘を刺すように言うのにわずかに苦笑して、すぐに表情を戻す。

「だが、幸いなことに私も、そして、この軍そのものが、女には不自由していないんだ」

 エリの顔が曇る。たしかに彼女自身、スオウとハグマを除いて、男性の魔族を見ていない。
 ユズリハの部下も、ここに来るまでに通り過ぎた陣内の兵たちも全てが女性だったからだ。

「それに私は権力で女性を従えるのは嫌いでね。愛が故に私に服従するのは大好きなのだが」
「で・ん・か?」
「いやいや、待て待て」

 シランの呼びかけとともになにか殺気のようなものがふくれあがるのに慌てて言葉を挟み、スオウは柔らかな笑顔を浮かべた。

「まあ、そういうわけだから、君自身を差し出すというのは条件にならない」
「もちろん、ご不満はありましょう。しかし、我が市には……」
「いや、早合点しなくていい。君が出来ることはあるからね」

 身を乗り出すというよりは卓の上に平伏せんばかりのエリを押しとどめるように掌を向け、彼は言って聞かせる。
 その様子にエリも体を戻し、一つ深く呼吸してから、改めてスオウを見つめた。

「いかなることでしょう?」
「我々は情報を欲している。君は支配者の娘だから、ある程度はこの地方の情勢はわかっているだろう?」
「はい、それは」
「そのあたりをはじめとして、様々なことを知る者が欲しい。心当たりはないかい?」
「……情報、ですか」

 エリはなにかを考えるように視線をさまよわせる。見込みのある人物を思い出しでもしているのだろう。
 そこにスズシロが補足情報を告げる。

「ここ百年ほどの人界の情勢と、近辺の地理を詳しく説明できる者が望ましいです」
「それならば……。出来ます」
「そうか、では、その人を連れてきてくれ。その人物が素直に情報を提供してくれれば、城市の包囲は解く」

 むしろスオウのほうがほっとして、勢い込んで言葉を放つ。
 ショーンベルガーから財宝を略奪しても、あるいは、ショーンベルガー自体を手に入れても、大した武勲にはならない。
 それよりも、本来の目的を果たすために、真龍のことを知る必要が彼らにはあるのだった。

「……それでいいのですか?」
「ああ。約束する。なんだったら、紙に記そう」

 重ねて確認するエリにスオウが請け合うと、エリは小さく頷いた。

「はい、それはいずれ。ただ……」
「ただ?」

 それから彼女はぐっと顎を引き、しっかりとスオウの瞳を見据えて、こう言うのだった。

「おそらく、お望みの人物は、私です」

 魔軍側の誰もが驚くそんな台詞を。
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