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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち― 作者:安里優

第三部:人界侵攻・龍玉編

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第10回:尋問

今回の第三節に関して、描写に問題があるという指摘が有りましたので、一部を書き直しました。(2015/10/03)
「ハンス、ここに来るまで男の姿を見かけましたか?」

 禿頭の男が天幕の中央で仲間にささやきかけた。
 彼と仲間たちは天幕に敷かれた絨毯の上に直に座っている。それでも体が痛くなりそうもない柔らかさとそれを生じさせているであろう分厚さに、皆感心していた。
 さらには、それぞれの前には小さな膳が置かれている。飲み物と軽食が供されているのだ。
 この心づくしに彼らは驚いていた。

「いや。女だけだな」

 リリィと寄り添いながらのハンスがクリストフの質問に答える。他の者も一様に否定の仕草を返してきた。

「騎竜の集団だけが女ばかりかと思っていましたが、これは……。全てが女性だとみるべきでしょうか」
「魔族は、女性が戦いに赴く習慣だとでも?」
「まさか、そのような」

 男たちが考えられないという顔でひそひそと話し合っているところに、リリィが冷静に口を挟む。

「しかし、獣の中にはメスが狩りをし、オスは縄張り確保の時にだけ争うというようなものもおります。そのような習俗であるのかもしれませんよ」
「獣か……」
「なるほど」
「いや、しかしだな……」

 納得できるような、しかし、それで納得して良いのだろうかといった様子で男たちは顔を見合わせる。

「かつての侵攻でもそうだったのだろうか」

 そこに声をかけたのは、もう一人の女性だ。ハンスの後ろに隠れるようにしているが、その女性はローザに間違いない。
 だが、立場を考えれば前に出ているべきだろうに末席にあるのはなぜなのだろうか。なんとなしに声も抑え気味な調子であった。

「さて……なにしろ、二百年も昔の話ですからな」

 クリストフがそう首をひねったところで、天幕の入り口が開かれた。
 先ほどまで彼らに――驚くほど流暢な北方語で――話しかけていた女性に加え、幾人かの魔族たちが入ってくる。

 そこで、彼らは始めて魔族の男を見た。
 ずいぶんと背が高い。
 それが共通する感想だったろう。
 その身長を考えなければ、全体の印象は優男と言っていいものだ。ただし、それも戦王国群の荒くれどもを見慣れている身からすればという話。
 そもそも、彼らは足萎えの雷将に仕えている。外見の印象で相手の力量をはかることの愚かさを十分に知っていた。

 それでも、彼らはその人物に注目していた。
 初めて見る魔族の男性だから、ではない。
 彼の目がその視線を惹きつけるのだ。

「御屋形様に……」

 リリィが思わず漏らしかけ、夫がぎゅっと腕を握るのに口をつぐんで俯いた。
 幸いにも、魔族たちは仲間内で話していて、彼女の声に気づいた様子はなかった。

「あれが魔界の言葉なんだな」
「澄んだ音ですね。ちょっと均質すぎる気もしますが……」

 リリィの失態をごまかすようにハンスが少し大きめにクリストフに話しかける。禿頭の男も心得たもので、興味深そうに応じた。
 北方語とその派生しか知らない、話す必要のない彼らからすると、魔界の言葉の響きは不思議なものに聞こえた。

「歌のようにも聞こえる。話す者を邪魔しない、背後で流れる歌だ」

 ローザが静かな声でそう評すると、周囲の者たちは納得したように頷いた。
 最初に彼らの相手をしていた――つまり北方語を十分に解する――女が面白そうな瞳で彼女のほうを見た。

「さて。もう少しお話を聞かせていただきましょう。少しこちらの人数が多くなっておりますけれど、よろしいですわね?」

 その女が進み出て、尋問の再開を彼らに告げた。


                    †


 ミズキという名をようやく名乗り、彼女は先ほど出て行くまでに聞いた話をまとめ出した。

「あなたがたは、ゲデックに傭兵として滞在していた。そこでディステル陥落の報を聞き、逃亡を図った。ところが、見つかって追われ、我々に保護を求めた。あらましはこれでよろしくて?」
「ええ。そうなります」

 クリストフが答えるのに、ミズキは一つ頷く。
 彼女から少し離れた所では、魔族が固まってなにやら話している。
 どうやらそのうちの一人――魔族の中では背の低い女性――が北方語を話せるらしく、ミズキやクリストフが話したあとでそれを魔界の言葉に翻訳している様だった。

「それで、あなたが一団の長ということでよろしいのかしら?」
「暫定的にはそうですな。しかしながら、実際には私が率いる集団というのではないのですよ」

 クリストフは怪訝そうなミズキの様子にぐるりと仲間の顔を見回した。

「我々は、傭兵団の一員です。我々の傭兵団は大所帯でして。統率者は別におりましたし、私は幹部というわけでもありません。ただ、今回の逃走で主導的役割を任されている次第で」
「なるほど」

 ミズキはその返答にしばし考えるように頬に指を当て、小首を傾げていた。

「結論から申し上げますけれど」

 そうして、考えがまとまったように言葉を発する。

「我々はあなたがたの保護の求めに応じますわ。この陣にいる間の安全は保証いたします。捕虜ではありませんことよ。あくまでも保護です」
「おお、それはありがたく……」
「また、ゲデックよりある程度まで離れた場所までの護送もいたしましょう。ただし」

 感謝の言葉を述べようとしたクリストフを遮るでもなくさらっと無視して、彼女は告げる。

「あなたがたの事情についてはしっかりと述べていただきましょう。ただ、あなたがたが逃げるに至った経緯は余すところなく語っていただきますわ」

 ゲデックの内情を密告せよとまでは言いませんけれど、と彼女は最後に付け加えた。
 良心にふれるぎりぎりまでは話さないと、捕虜として扱うぞと言外に示しているのは確実であった。

 穏やかながらどこか寒気のするその態度に、クリストフは自らのそり上げた頭を一つ撫でる。
 それは額に浮いた汗をごまかすためでもあった。

「ええ、もちろんです。全て語りますとも。なにしろ我らは逃げ出した身ですからな」

 彼は仲間たちを振り返り、同意の頷きに勇気づけられた。

「では、まず、私たちが何者かから話さなければいけないでしょう。とはいっても、所詮はしがない傭兵に過ぎません。ただし、傭兵には傭兵の事情があるものでして……」

 それからクリストフが語り聞かせたことは、事前にローザが考え、ハンスやクリストフ当人が修正し、作り上げた一つの『物語』であった。

 大手の傭兵団に属している彼らは都市の防衛に雇われていたが、仲間たちからディステル陥落の報を聞く。
 そこで反応したのがローザとリリィの女性二人である。
 リリィはゲデック在住であり、その父がディステルにある。同様にローザは昔能くしてくれていた人物がディステルにいた。
 傭兵団の中にあるローザ、そしてリリィの夫であるハンス。彼ら二人に同情し、なんとか出来ないものかと頭を悩ませたのが残る面々である。

 彼らはさんざん考えた末、ゲデックを抜け出ることを決意する。
 ディステルがあっという間に陥落したことを考えれば、ゲデックもいつまでもつかわからない。
 それならば、いっそ二人のためにディステルに走る方がよいのではないか。
 彼らはそう考え、馬を手に入れ、門番を丸め込んで都市の外に脱出したのだという。

「もちろん、これは裏切りです。傭兵団への裏切りであり、雇い主であるゲデック侯爵への裏切りでもあります。それでも、我々は……」
「ああ、そのようなことはよろしいんですの。囲んでいるのは我々のほうですもの。裏切りだなんだと言うつもりはありませんことよ」

 クリストフの言葉の悲壮な響きなど気にした風も無く、ミズキはぱたぱたと手を振った。
 そこで彼女はちらりと背後の魔族たちのほうに視線を向けてから、質問を投げかけた。

「あなたがたが逃げ出そうと決意したのはわかりましたわ。しかし、それにしてもあまりに急な決断ではありませんこと? それほどまでにゲデックは追い詰められておりまして?」
「それは……」
「あなたがたは、ディステル陥落の報を仲間から聞いたと仰いましたわよね? それは都市の防衛を担当していた者たちより?」
「ええ。西門に配置された者たちから聞きました」
「なるほど」

 ミズキのこちらを値踏みするような視線に、クリストフはなんとか表情を変えずに耐えた。
 西門に打ち込まれたのは事実であるから、説得力はあるはずだった。

「その情報は都市全体に浸透していますの?」
「さて、それは……。所詮は我々は傭兵に過ぎません。土地の者のことに関しては……」
「けれど、たしか、そこの女性はゲデックに住んでらっしゃるのよね?」

 ミズキの顔がリリィのほうを向く。リリィはびくりと体を震わせ、それを守るようにハンスが一歩前に出た。

「その通り。しかしながら、これは私の妻ですからな。私から色々と聞いてしまっているのですよ」
「ふむ」

 ミズキが頷いてハンスにさらに尋ねかけようとしたところで、後ろの一団から、彼女に声がかかった。
 魔界の言葉で何事か伝えているようだった。
 それを聞き終えてから、彼女はハンスに尋ねかける。

「こちらの者たちが一つ疑問のようですわ。妻はゲデックにあり、夫は傭兵ということですけれど、これは臨時雇いかなにかでして? それとも、家はゲデックにあっても、あなたは出稼ぎの形であちこちに行かれるの?」
「後者ですな。アウストラシアの南部で戦いに明け暮れる者が、安心して帰れる場所を、ソウライに……その中でも戦王国群と近いゲデックに設けるのは珍しいことではありません。私もそうしているまでで」

 これも事実だ。
 戦王国群で活躍する傭兵たちが、安全なソウライ地域に女を作ることは珍しくない。
 それが『馴染み』という程度の娼婦であることももちろんある。だが、いずれにしても送り出してくれる女を得ることは、彼らにとって重要なことなのだ。

 こうして嘘の中に真実を混ぜ込んで、彼らは『物語』をもっともらしいものとしているのだ。
 再び一団とミズキの間で魔界の言葉のやりとりがあって、彼女はハンスに笑みを向けた。

「質問した者が、あなたにありがとうと」
「これは……恐縮です」

 思ってもみなかった台詞に、思わず頭を下げてしまうハンス。

「まあ、それはともかく……」

 ミズキはひらひらと手を振って続けた。

「我らは都市を囲み、圧力をかけ、ディステル陥落を報せましたわ。このことによって民の感情が動いたことは確実。ディステルに住まう知人がいるならば、心を痛めもするかもしれませんわね。けれど、だからといって都市脱出を決意するのに一晩というのは、早すぎはしませんこと?」
「ですから、それについては……」

 クリストフがそれに応じようとしたところで、後ろから歩み出た者がある。先ほどまでは目立たぬよう後ろに立っていた女性、ローザだ。

「いや。クリストフ、もうごまかしはやめよう。真実を話すべき時だ」
「それは……」

 見るからに戸惑っているクリストフを置いて、ローザはさらに一歩踏み出し、一同の先頭に立ってミズキと対した。
 くすんだ茶の色はどうにも彼女の髪としてふさわしいものではないな、とその背を見つめながら、ハンスは思う。

「申し上げます、ミズキ殿」
「あら?」
「クリストフの話は、大筋としては間違っておりません。しかしながら、私の存在をはっきりさせたほうが、よりわかりやすいものと思われます」

 なにやら態度の変わった一同の様子に、ミズキは黙ったまま先を促す。

「クリストフが先ほど言った、ディステルにいるリリィの父と、私に能くしてくれたという人物は同一の者を指すのです。彼は私の父に仕え、我が国が滅びるにあたって、私を逃がしてくれました」

 ミズキの表情に理解の色が浮かぶのに、ローザはしっかりと顎を引いて頷く。

「そう。私は亡国の姫でした。といっても、影響力で言えばゲデックとは比べものにならないほどの小国。それに、たった二十年ほどしか命脈を保てず……。まるでうたかたの夢のようなものではありましたが」

 ローザはなにか振り払うように首を振って続けた。

「国が滅んだ後、私は傭兵となりました。幸いにも武術の心はありましたし、助けてくれる者たちもおりました。そうです、彼らはかつて滅びた我が国の臣下であったり、その縁者たちであったりするのです」

 言って、彼女はクリストフやハンスたちを示して見せる。一同は、ローザの言葉に揃って礼を取った。

「彼らの助けを借り、これまで傭兵として戦ってきました。これでもいっぱしの戦士になれたものと思っていたのですが……」

 そこで彼女は苦い表情で縮こまるようにしてみせる。

「しかし、いけません。国が滅んだ時のことを思い出し、私とリリィは恐慌状態に陥ってしまいました」
「かつての城は、最後の頼みとしていた砦が落ちて、二日後には陥ちました。そして、その時の指揮官はリリィの父上。ですから、姫様たちは……」
「それとディステル陥落を重ねてしまったと。それでよろしくて?」

 ハンスがローザを庇うようにして補足するのに、ミズキは納得の面持ちで呟く。その様子に、ローザ一行は揃って重々しく頷いた。

「つまり、あなたがたが都市を脱出する危険を冒し、敵である我々に救いを求めようとしたのは、一刻も早く恐慌状態にある彼女たちの心を静めるためであったと」
「その通りです。我らにとっては、彼女はいまも姫なのですよ」

 全員を代表するようにクリストフが締める。
 そして、彼らはじっと自分たちを見つめるミズキの瞳を見返した。
 ここが勘所だと、彼らはわかっていた。

 一度、事実を隠蔽するかのように曖昧な説明をし、それを訂正することで、隠し事がこれ以上ないと思わせる。
 そうすることで、これ以上の追及をかわすのが、ローザたちがひねり出した策であった。
 それに、ローザを亡国の姫としておけば、彼女が万が一旭姫としての本分をにじませてしまっても、かつての名残なのだと言い抜けることが出来る。
 魔族たちの内懐に入り込むには危うい賭けであることはわかっている。
 だが、これ以上の材料を彼女たちは持ち得なかったのだ。

 ミズキはなにも言わない。
 彼女の後ろの一団も、沈黙を守っていた。

 先ほどリリィが御屋形様にと言いかけた男の目が、自分たちを観察しているのがわかる。
 彼らはリリィが言いかけた言葉の先をしっかり理解していた。
 ローザ自身が思っていたからだ。彼の男の目は、父の目に似ていると。

 特に、彼が夢を語る時の目に似ていた。
 戦王国群に他の勢力が無視し得ないだけの地盤を築き、それによって周囲の安定を招き、いずれは戦王国群全体の平和へつなげていこうと語る時の目に。
 ローザは少しだけ照れ臭そうに、そのいずれ来るはずの時代のことを語る父のことが本当に好きだった。
 ずっと昔はその膝の上で、いまはそのかたわらで聞く父の声が。

 だが、よりにもよって。
 よりにもよって魔族の中に、父と似た輝きを見出すとは。
 潜入のために偽の自分を演じていなければ、怒りを抑えることも出来なかった二違いない。
 いまも、どこか寒気がするというのに。

「……っ!」

 そんなことを考えている間に、むずりと体の中でうごめいたものを、彼女はなんとか押さえ込もうとする。
 だが、生理現象を止めることなど出来ない。

「くちゅんっ!」

 全員の視線が彼女に集まり、その顔がまさに朝日のように染まった。

「緊張と疲れのためですわね」

 それまで黙っていたミズキが優しい声で労るように言った。その口ぶりに、ローザは顔どころか首筋から肩口まで真っ赤になってしまう。

「聞きたいことは聞かせていただきましたわ。皆さん、今日はどうぞゆっくりなさってくださいませ。明日、今後の予定を話すことにしましょう」

 ミズキがそう言って、ローザたちは解放された。
 そうして、ぞろぞろと魔族たちが出て行った天幕の中で、次々とくしゃみや咳が始まり、全員揃って寝込んでしまったのは言うまでもない。


                    †


 汗が混じり合い、お互いの匂いが溶け合うほど抱きしめ合う男女。
 そのうちの片方が相手の頭を両手で引き寄せる。お互いの舌を追いかけ合うような濃厚な口づけを終えた後、男のほうが満足げなため息を吐いた。

「あら、もう満足ですの?」
「まさか」

 からかうように問いかけたのはミズキ。
 余裕の声で応じるのはスオウである。
 彼ら二人は汗みどろの体をくっつけたまま、話を続ける。

「思ったよりも……すんなりと受け入れましたわね、スオウ」
「別れていないと言ったのはお前だろう、ミズキ」
「そうではありますけれど……」

 彼らが体を重ね合うのはもちろんはじめてのことではない。
 だが、カラク=イオ成立後はこれで二夜目であった。
 そして、一夜目の時は、お互いがお互いをむさぼり合うような交わりで、言葉さえろくに発することが無かった。
 お互いが見つめ合うような情交は、これが初めてである。

「かつてのあれは……。ワタシの自分本位の考えでしたから……」

 いや、かなりの年数ぶりと言うべきだろう。
 そう、彼らはかつても体を重ねていた。しかし、それは結局の所、スオウの兄との婚約破棄を狙ったミズキの思惑から生じた出来事だ。
 けして恋慕から始まったものではなかった。

 明確な別れなど無かったというのもある意味当然だろう。
 始まりも確かなものではなかったのだから。

「なんだ、そんなこと気にしてたのか」

 スオウは小さく笑った。
 その反応に、ミズキは拗ねたように目を背けてしまう。

「じゃあ、逆に聞くけどな、ミズキ」
「ん……。ええ、どうぞ」
「お前、一切の情も無く俺に抱かれてたのか?」
「まさか」

 いやいやをする子供のように、彼女は慌てて首を振った。
 彼の腕にかかっていた手がぎゅっと握られる。その痛みを、スオウは楽しんだ。

「だろう? 結局のところさ」

 スオウはぐっと彼女に顔を近づけて、ささやく。

「お前は自分で選んだんだよ。兄貴より俺をな」
「スオウ……」

 スオウはミズキを見つめる。
 その夜明け前の海色をした瞳がゆらぐのを彼は許さなかった。自分だけを見るようにがっちりと頭を押さえる。

「間違いなく、お前は俺の女だよ。ミズキ」

 なにを言われたかわからないというように、彼女は目をぱちぱちとまばたかせた。
 やがて、その目尻に涙が溜まり、まばたきの間につうと流れた。

「愛して……おりますわ。スオウ」

 スオウは彼女の涙をなめとって、微笑んだ。
 その得意げな顔に、なんだか悔しそうに、けれど実に嬉しげに彼女は笑い声をあげた。

「そういえば……だな」
「はい」

 しばらくミズキの笑いが収まるのを待ち、スオウはおずおずと尋ねかけた。
 彼には似合わないその態度に彼女は不思議そうな顔をする。
 そもそもすぐ前に自分の女だと宣言しておいて、この態度はなんなのだろう。

「その……。恋人とかはいたのか?」

 その問いかけに、彼女はぽかんと口を開けた。

「ほら、俺たちは会うのが難しかったわけだろう? いや、その時までも俺になにか義理があるとかそういうことじゃなくて、単純に興味というか……」

 彼女の反応をどう受け止めたか、スオウが早口で言い訳するように言葉を並べ立てる。
 その様子に、彼女は、彼の言葉の意味を理解して意地の悪い笑みを浮かべた。

「この体を楽しんだ者が、あなた以外にいたかどうか気になりまして?」
「それは……。うん、なんだ」

 スオウはその腕でしっかりとミズキを抱きしめながら、口のほうでは曖昧に言葉を濁す。
 ミズキはそんな彼がおかしくてたまらなかった。
 同時に実に可愛らしく、切ないほどに愛おしい。

「毒姫を抱こうとする者が、あなた以外にいると思いまして?」

 今度はミズキのほうから顔を近づけて、そうささやいた。
 その言葉に、スオウは実に嬉しそうな顔を見せて、しかし、なにも言わなかった。
 その態度がおかしくて、ミズキのほうは笑いをおさえるのに大変だ。

「ところで、スオウ」
「ん?」

 なんにしても男が納得してくれたとみて、彼女は話題を変える。

「人間たちのことですけれど、どう思いまして?」
「ああ。へたくそな嘘だな」

 スオウは苦笑とも言えないような角度で口角を持ち上げた。

「国を喪った姫は、あんな目をしないよ」
「ですわね」

 お互いに国と氏族を喪った皇子と姫はくすくすと笑い合う。
 たとえそれが、ひととき奪われているものであるにせよ。
 たとえそれが、自ら望んだ零落であったにしても。
 自らの所属するはずの共同体を奪われた長が持つものを、亡国の姫と称した女性は持っていなかった。

「あれがなければ、もう少し話を聞いてみたかったんだが……。偽って潜入しようとする者になにを尋ねても無駄だろう」
「どういたしますの? 陣を出て数日後に効くような毒も仕込めましてよ」
「それでもいいが……。始末する程かどうかもな」

 そこでスオウは小さく肩をすくめた。

「まあ、ひとまずはディステルに行きたいと言っているんだ。行かせてやればいいさ」
「それもそうですわね」

 そうして、ゲデックからやってきた傭兵たちの一件は彼らの中で軽くすまされ、もっと重要な案件へと移っていくのだった。
 すなわち、お互いを楽しみあい、探求することに。

 夜は、まだ明けない。
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 いまのところ、週二回の更新予定は変わりませんが、時間は遅くなったりするものと思われます。
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