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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち― 作者:安里優

第三部:人界侵攻・龍玉編

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第8回:防衛(中) 附ソウライ七都市図

【ソウライ七都市図】
挿絵(By みてみん)


 魔族に一矢報いた。
 誰もがそう思った。

 魔族も大したことないじゃないか。
 加えてそう思ったのは、事実、刃を振るった者たちだ。

 魔族は負傷した兵と傭兵たちの間に新たな兵を割り込ませ、逃亡をはかる。
 その動きを見て、城壁上に立つ冷静な者たちは戻り時だと思った。本格的な逃走態勢に入ったことは明白だったからだ。
 騎兵たちも、負傷を契機に本気で逃走する気になったものだと、感じとった。

 だが、実際に間近で血を見た男たちは――魔族が傷つくのを始めて見た男たちは、惰弱の証と見てしまった。
 ここが攻め時だと。

「まずい!」

 そう叫んだのはローザだったが、他の部署でも制止の声は上がっていた。
 だが、騎兵たちは止まらなかった。
 逃げ出した魔族と距離を取り、慎重に城内に戻るべき彼らは、そのまま勢いをつけて馬を走らせてしまった。

 大型の弩砲を用いたとしても、とても城壁上からの援護など届かぬ距離に至ったというのに彼らは足を止めず、勢いだけはある怒号を上げて魔族に襲いかかろうとした。
 しかし、その時、負傷者と彼らの間に割り込んだ魔族がまっすぐ一列に並んだ。

 そして、その背中が弾けた。

「なんだっ!?」

 声は、見守るしかない城壁上の兵たちから漏れた。
 騎兵の最前列にいた者などは、声を上げる暇も無く乗騎から転げ落ち、同じようにどうと倒れた馬にのしかかられている。
 それでも声を上げないのは、もちろん、鞍から落ちたときにはすでに絶命していたからだ。
 そのすぐ後ろにいた者たちは転がった遺骸にぶつかり、馬ごと地面に突っ込んでいる。

 だから、事態を把握していたのは、馬を御せるほど後列にいた者だけだった。その彼らでさえ、自分が見たものをにわかには信じられなかった。
 まさか、急激にふくれあがった背中から何百本もの棘を猛烈な勢いで打ち出す存在がいるなどとは。

 だが、事実は事実である。
 顔面や首に何本もの棘を生やして地面に倒れ伏している仲間たちが目の前にいて、それを避けきれず負傷している者たちがいる。
 なによりも巨大な瘤のようなものを生やしながら走り去る背中がある。

「も、戻るぞ!」

 生き残った者の中でまともな判断能力を取り戻した者がそう叫ぶ。
 それに否やを唱える者はいない。
 幸いにも魔族は攻撃を一度行っただけで、走り去ろうとしている。彼らが再びこちらに向かってくる前に城内に戻るべきだと考えるのは当然だ。
 だが、直接攻撃を受け絶息した者はともかく、負傷者をどうするか。

 その逡巡が彼らの行動を遅らせた。
 とはいえ、たとえ一切の躊躇無く戻ることを選んでいたとしても、逃れられたかどうかはわからない。
 いずれにしても、彼らは見た。
 竜に乗って走り去る魔族とは別に、彼らから少し離れたところで次々と地面から立ち上がる巨大な影を。

 それらが夜の間に地面に伏せていた兵たちであることなど、彼らは知らない。
 それらが魔族の間で『眼光鬼(ウィシュト)』と呼ばれていることなど、彼らは知り得ない。
 いずれにしても、彼らは多数の目を持つ巨大でおぞましい姿をその目にし、次の瞬間には強烈な光に目を焼かれていた。
 彼らは暗闇の中で焼き殺されたのであった。

 もちろん、城壁の上から見つめる者たちにとってはそうではない。
 ようやくのように騎兵たちが攻撃を受けたと理解した彼らは、助けに出るか否かを相談する前に、魔族たちが続々と地面から立ち上がるのを見た。
 そして、目も眩むような光をそれらが放つのをなすすべも無く見ているしか無かった。

 なにしろ、光が一度放たれれば布に火がつき、二度光れば革鎧が燃え上がり、三度当たればヨロイウマの表皮すら溶け出したのだから。
 とてもではないが、いまから助けに出て間に合うものでは無かった。
 故に、守備兵は一言も発すること無く、見つめることしか出来なかった。その場に動く物が一つも無くなったのを確認して、悠々と魔族が立ち去る姿を。


                    †


 死体は回収されなかった。

 第一に、他にも潜んでいる伏兵があれば、二次被害を免れ得ないこと。これ以上、一日で損害を出すわけにはいかなかった。
 第二に、焼死体は回収に手間がかかること。炭化していればもろくなるし、そうでなくとも焼けた皮だけがずるりとはがれることもある。さらには見る限り鎧も溶融しており、外すのは困難だろう。援護の届かない場所で、行わせるには難しい作業である。

 監督官から説明された理由は以上の二点である。だが、もう少し理由があるだろう、とローザは考えていた。
 歴戦の傭兵といえど、戦友が命を失って、なにも感じないわけではない。自分の命以外に興味が無いとうそぶく者でも、死骸から己の運命を感じ取ることはある。
 まして、見慣れた刀傷ではなく、焼き殺された骸である。ただ斬られて脳味噌や腸をはみ出させている()()の死体とはわけが違う。
 兵の動揺をこれ以上広めぬためもあろうと、彼女は推測していた。

 監督官は続けて、今日のことは他言無用と兵たちに強く命じた。
 その事自体は、ある意味で当然のことで、不服を持つ類のことではない。
 だが、果たして、どれほど意味があるだろうかと思うところはある。
 あれほどの敗北が、噂にならぬはずがないのだから。

 幸いにも、交替の時間は早められ、ローザたちは夕暮れの街に解放された。
 城壁から離れ、あてがわれた宿舎に向かう道すがら、彼女は頭を振って何かを吹っ切るような仕草をした。
 それから、旭姫は部下たちに命じる。

「ハンス、お前たちはこのまま盛り場に迎え。調べて欲しいことがある」
「兵たちがどれほど口を滑らすかの確認ですか」

 ハンスが察しよく言うのに、ローザは頷く。

「それもある。だが、民というのは我らが思うより敏感だ。直接に触れずとも暗い顔をしているだけで事態を推察することもあるだろう」
「ことに前日まで勝利を祝っていた者たちがそうであったなら、ですな」
「その通り」

 クリストフが疲れたように漏らすのにも、彼女は同意する。

「あるいは兵たちがなにかするより前に、事は伝わっているかもしれん。諸々も含めて、確認してきて欲しい」
「はい。行って参ります」

 そうして、一行はその場で別れ、一人ローザだけが宿舎に戻った。

「お食事の用意は出来ておりますが」

 宿舎で待っていた侍女頭がローザの顔を見て、慎重にそう問いかけてくるのに、ローザは苦笑する。
 リリィがこういう対応をするのは、自分が落ち込んでいるときだと心得ているのだった。

「ああ。頼む。それと酒だ。出来れば温めてくれ」
「ぬるめで?」
「いや、熱々で」
「はい」

 作り付けのかまどに向かうリリィを眺めやりながら、ローザは自分の顔をごしごしとこする。
 昼間の騎兵集団の蹂躙以来、まともに表情を作っていないような気がした。おそらく、リリィが気を使ったのもそのせいだろう。
 死んだような顔つきをしていれば、それは心配されるだろう。

 熱い酒を胃に流し込み、リリィの手による温かな食事を摂って、ようやくのようにローザは息を吐く。

「少し考えをまとめたい」
「私でよければいくらでも聞きますよ」

 にこにこと応じるリリィにローザはほっとしたように頷いた。それから、その日見た光景を話し始める。
 ただし、血腥い部分には極力触れずに、魔族と騎兵集団の動きをできる限り客観的に表現して。

「……と、まあ、奴らはこのように騎兵を釣り出し、伏せていた兵で殲滅したわけだ」
「まあ……」

 リリィはその怖気をふるう光景を想像はしなかったようだが、馬と兵が失われたことには心を痛めている様子だった。

「それにしてもいつからかは知りませんけれど、兵を伏せておくとは用意周到ですこと」
「そうだ。魔族はそれだけ狡猾なのだ」

 そこで、ローザはなにか考え込むようにした。
 それから、ぽつりぽつりと自分の心をまとめるように言葉を舌に乗せていく。

「実際の所、魔族たちは騎兵集団をすでに混乱に陥れていた。おそらくは伏兵を用いずとも竜に乗った魔族たちが引き返して突撃すれば、残った者たちも蹴散らせたことだろう」

 そこでローザは一度言葉を切って、息を大きく吸った。

「だが、彼らはそうしなかった」

 なぜ?
 ローザは自問する。
 もちろん、伏兵を使う方が確実だし、自軍の被害を最小化出来る。それは道理だ。

 道理ではあるのだが、なにかがひっかかる。

「あの鏖殺おうさつ劇は、まるで見せつけるようでは無かったか?」

 彼女は自分の中にある疑問をそんな風に言葉にした。
 だが、その疑問は疑問以上のものにはならず、どこか消化不良のまま彼女の中にわだかまるのであった。


                    †


 ハンスたちが戻ってきたのは、夜も更けきった頃であった。
 ローザはその間に仮眠して頭をすっきりさせている。
 酒のにおいをぷんぷんとさせて帰ってきた夫を叱らぬようリリィに言いつけてから、彼女は彼らの報告を受けることにした。

「騎兵の全滅どころではありません。街は別の噂で持ちきりです」

 ハンスは、妻からもらった水を飲み干してから、興奮冷めやらぬ面持ちで告げた。

「すなわち……ディステルが陥ちた、と」
「なっ!?」

 ゲデックの西側――魔族の占領地からはこの都市を挟んで逆側――にあるディステルが陥落したとの言葉に絶句するローザ。
 戦士たちは、姫がぎりと歯を食いしばって厳しい表情を浮かべるのを黙って見つめていた。

「詳しく話せ」

 彼女の求めに応じ、ハンスたちは集めてきた噂を開陳する。

「西門のほうに矢文が打ち込まれたそうです」

 西門は、東門とは逆の側にある門だが、規模が小さいこともあり、門の外と内側の両方に岩を積み上げて完全に封じてしまっている。
 その門を越えて、数多くの矢文が打ち込まれたのだという。

「正確には矢文と言うよりは棘文のようですが……」
「棘?……なるほど棘をな」

 最初の騎兵たちの死に様を思い出して、ローザは暗い顔をする。人を殺すだけの射出力のある棘だ。矢の代わりに文を結んで届けるくらい、簡単なのだろう。

「西門にも一応は守備兵が配置されております。彼らは文の回収を命じられ、それに努めたようですが、東門に比べれば数が少ない。全てを回収とはいかなかった模様で……」
「都市内に伝わってしまったか……」
「打ち込まれたというのが騎兵たちが釣られたのとほぼ同じ頃だったようですな。こちらに応援を頼んでもどうしようもなかったことでしょう」
「なるほど、全て計算済みということだろうな」

 むしろ、ディステル陥落の報を投げ込む機を得るために、騎兵を釣ってみせたのだろう。
 そのために挑発を繰り返し、守備兵の注目を東門に集めておいたのだ。

「ディステルの陥落という報が真実であったとするならば」

 ローザは、ゆっくりと慎重に言葉を選びながら話し始める。

「魔軍の行動は全て綿密な計画に基づいて行われていたことになる」

 主がおそらく求めているであろうことに気づいたのだろう。リリィがソウライ地域の地図を卓の上に広げた。
 ローザは労うようにリリィに目を向けてから、その地図の上に指を走らせる。

「まず、魔軍はゲデックを囲む姿勢を見せた。これによりゲデック侯爵は兵を集める。我らが傭兵として潜り込んだのはこうした状況あったればこそだ」
「ですが、それは見せかけに過ぎなかったと」
「おそらくはな。魔族どもはゲデックを囲むと見せかけ、そのままゲデック周辺をすり抜けたのだろう。最小限の兵だけを置いてな」

 ローザは指をゲデックに置くと、ディステルへと真っ直ぐ動かした。

「そして、本隊はディステルを襲う。ディステルとて魔族の脅威を一切感じていなかったとは思えん。だが、この都市よりはずっと準備が遅れていたに違いない。そして、まさかゲデック陥落より先に自分たちが襲われるなどとは思いも寄らなかったはずだ」
「それはそうでしょう。我々とて信じられませんでしたからな」
「だが、魔族は来た。あるいはその姿を見たディステルの者はこう思ったかもしれん。『ゲデックはすでに占領されたのだ』とな」

 供の者たちは揃って息を呑んだ。姫の言葉は、言われてみれば実にありそうなことであったから。

「まあ、そうした諦観があったかどうかはともかく、完全な奇襲となったであろうことは間違いない」
「そして、ディステルは陥ちた……わけですな」

 クリストフの言には答えず、ローザは話を進める。

「一方で、魔軍は我々を挑発するような行動で注意を惹きつける。ゲデック側は奴らの意図をはかりかねていたわけだが、なんのことはない。陽動部隊だったわけだ」

 魔族による挑発行動はあからさまなものであったが、戦を始める前の様子見としてはありえないものではなかった。
 それが、まさか裏でディステルを征服するまでの時間稼ぎであったとは。
 ハンスたちは改めて魔族の悪辣さにうなりを上げた。

「そして、ディステルを占領し、ある程度の兵をこちらに回せるようになったところで、彼らは自らの力を示し、文を投げ入れたというわけだ」
「種を明かせば単純なひっかけ……。しかし、それは後知恵というものですな。渦中にあってはその全体像を見通すなど、とてもとても」
「うむ」

 参った、というように頭をなで苦笑するクリストフに頷くローザ。だが、彼女はひょいと肩をすくめて、皆を驚かせる台詞を吐いた。

「それもこれもディステル陥落の報が真であればだがな」
「え……?」

 虚を突かれたように固まる部下たちの顔を一人一人見回してから、旭姫は噛んで含めるように言った。

「考えてみろ。敵からの情報だぞ? 虚報であると疑わぬほうがおかしいであろうが」
「そ、それは……」
「お前たちでも信じ込むか。戦王国では策謀より力が全てであるから仕方の無いところか……。いや、違うな。あの光景を見たお前たちだからこそか」

 ローザはしかたないというように首を振った。
 その仕草に恥じ入るように首をすくめる面々。

「魔軍は、挑発を繰り返し、もろさを見せて弱兵であるかのように装った。それが偽装であることなどわかってはいても、油断は生じる。そして、今日、騎兵集団がその報いを受けた」
「魔族は、弱兵を装わせた上に何人かに怪我までさせて、騎兵集団を釣り込みましたな」
「ああ。その上で突然の攻撃を行い、さらには伏兵を用いて皆殺しにして見せたわけだ」

 彼女はそこで手を広げ、皆を示した。
 その中には自分も含まれているのだろう。見る者は、そう感じた。

「あの光景を見た者は、魔族どもはなんと奸智に長けているのだろうと思う。思い込む。それ故に、ディステルを占領したという報を信じる。それくらいの計略を実行してもおかしくないと感じる」

 挑発や伏兵の様子を見れば、魔族というのは用意周到に策を用意する集団だと考える。
 だが、本当にそうだろうか?
 ローザは彼らにそう問いかけていた。

「そう感じることこそが、魔軍の目論見であったとしたら?」
「我らをたばかり、実際以上の知謀を持つものと思わせるために……?」

 魔族が示した前提で物事を見るように誘導されているのではないか。
 魔族にとって都合の良いように判断し、恐るべき敵という虚像を生み出してしまっているのでは無いか。
 ハンスたちは主の示した可能性に、ただただ震えるしか無かった。

「投げ込まれた文だけならば、噂はただの噂。ディステル陥落は衝撃的だし、それこそあっという間に広がるだろうが、いずれはそれに疑念を持つ者が出てくるはずだ。だが、そこに、魔族の悪知恵を証明するような者が加わったら?」
「それは……」
「直接に口にするまでもない。実際に魔族と対峙している兵が、ありそうな話だと諦め顔の一つでも見せれば、とてつもない説得力となりはしないか?」
「全てが虚報を信じ込ませるための策……。ゲデックの人心を惑わすための策略だと……!」

 ハンスたちはローザの言いたいことをようやく全て理解した。
 そして、その策謀を巡らせる魔族の佞悪ねいあくさに、いっそ感心するのであった。

「実際には、信じるところまでいく必要も無いのだ。疑いが残っても、人の心は揺らぐ。そして、ゲデックはいずれ内から崩れるだろう」

 外には依然として魔族がいる。
 しかも、もはや攻撃の手を緩めることもないだろう。
 ディステル陥落が真実であれば、そちらを攻めていた軍がゲデック攻めに合力するようになるだろう。
 虚報であったとしても、今後は展開している軍を隠す必要が無くなる。
 いずれにしても攻めは苛烈なものとなるだろう。

 そこに、内側から疑念と弱気が醸成されたなら?
 いかに兵が支えようとしても、民が折れたならもはやどうにもなるまい。

「だから、明らかにせねばなるまい」

 故にローザは決意を込めてその言葉を舌に乗せるのだった。

「いま、ディステルが……。いや、ソウライがどうなっているのかを」
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