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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち― 作者:安里優

第三部:人界侵攻・龍玉編

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第6回:売剣

 ゲデックの街は傭兵であふれていた。

 すでにリースフェルト攻略の時点でも戦乱の兆しを嗅ぎつけた傭兵団が続々と戦王国群から新たな稼ぎ場に参入しようとしていた。
 しかしながら、カラク=イオが予想よりずっと早くリースフェルトを囲んでしまい、傭兵団は雇い主を得る前にすごすごと退散するしか無かったのだった。

 そのため、それらの傭兵団は次に侵攻が予想されるゲデックに滞留していた。
 彼らは当然ゲデックの領主であるゲデック侯爵に雇われることを期待していた。実際、すでにいくつかの大手傭兵団が契約を得たという。
 そうして雇われた者たちは、侯爵家に兵舎をあてがわれ、都市防衛の指揮系統に組み込まれる。

 だが、もちろんいまだ雇われていない売剣たちは、街中の宿屋に散らばっていた。
 そんな宿屋の一つで、いま、二人の女性が口論のような会話を交わしていた。

「姫様、本当によろしいのですか」
「しかたなかろう」
「しかし、こんなにも美しい御髪おぐしですのに」
「その髪が目立ちすぎるというのだ。どこへ行っても私の正体が知れてしまう」

 そう言って燃え上がる朝日のように輝く髪をいらだたしげに揺らすのは、その名も高き旭姫ローザロスビータ。
 雷将と名高いヴィンゲールハルトの娘であり、父親よりも苛烈な戦いを好む猛将として知られている。

 朝日の如く輝くのは、髪だけではなくそのかんばせもと言われるように美しい女性でもある。
 ただし、その美しさは研ぎ澄まされた刃や、野生の獣の美しさに類するものだ。

「ともかく私がいいと言うのだ。やれ、リリィ」

 そんな彼女に迫られているのは、四十がらみの地味な女性だ。
 彼女の名はリリィ・コルドー。ローザの侍女頭である。

 そのリリィは胸に大きな容器を抱えている。そこには泥のようなものがたっぷり入っていた。

「わかりました。では横になってくださいませ」
「うむ」

 言われるまま、寝椅子に横になるローザ。
 リリィはその頭の方に移動すると、寝椅子にぴったりくっつけて置いてある台の上に持っていた容器を置いた。
 次いで、ローザの輝く髪をその容器に入れ、中の泥のようなものを塗りつけ始める。

「錆くさいな」
「そりゃあ、鉄粉を混ぜているのですから」
「そうなのか」
「はい。他にも色々と混ぜていますが、主な成分はお茶と鉄粉です」

 リリィは丁寧にその泥のようなものをローザの髪に塗り込めていく。

「それで髪が染まるのか。おかしなものだな」

 ローザの言うとおり、それは染髪のための作業であった。神経質なまでに丁寧に泥のようなそれを揉み込んでいくリリィ。

「姫様の場合、元の髪の色もありますから、あまり綺麗には染まらないかもしれませんが……」
「良い。この特徴的な色が隠れれば良いのだ」
「しかし、お顔でわかってしまうのでは……?」

 リリィの心配に、ローザは天井を睨みながらふふんと鼻を鳴らした。

「顔を知る者など、ほんのわずかにすぎん。なにより、戦場での目撃譚などは、特徴的な一部分しか伝わらんものだ。たとえば、父上の足や私の髪だな。それさえごまかせばなんとでもなる」

 そもそもローザは普段の戦場では、父ヴィンゲールハルトが神々に賜った聖なる鎧を身に着けている。
 それ以外の姿でいれば、そうそう見破られることもあるまいと思っていた。
 そう、髪さえ目立たなければ。

「そうですか……。ともあれ、まずはまだらになったりせぬよう注意しませんとね」
「ああ、頼む」

 そうして、二人が染髪の作業に従事しているうちに、連れの者たちが帰ってきた様子だった。
 隣の部屋から人の立てる音がして、扉が開く。

「姫様。ただいま戻りました」
「ああ。ご苦労」

 入ってきたのは、四人の男性。
 ひげを生やした三人はローザの親衛隊の隊士、ひげどころか頭まで丸めている一人は修道騎士団の騎士だった。
 いずれも今回の旅の供を務めている。

「すまんが、報告はこのまま聞かせてもらう」
「わかりました」

 一礼してから、そのうちの一人が口を開く。
 名をハンスヘロルド・コルドー。その姓からわかるとおり、リリィの夫であった。

「査閲官と直接話しましたが、傭兵はもう間に合っているとのことでした」
「そう言われたからといってすごすごと引き下がってきたわけではあるまい?」

 ローザが尋ねるのに、ハンスはそのひげ面を歪ませた。笑顔というにはあまりに獰猛な表情であった。

「もちろんです。我らより弱い者を解雇すればいいと煽ったら、のってくれましたよ。明日、実力を見せて、査閲官殿が納得してくれれば契約を結ぶと言質を取りました」
「実力を示せばよいか。具体的には?」
「査閲官が指定した一団の代表とこちらの代表とが戦うということで話はついております」
「決闘か。なるほどな」
「はい。この私めが……」
「いや、私が出よう」

 彼女の台詞に反論の言葉が飛び出る前に、ローザはぴしゃりと言い放つ。

「女が混じっているとなれば、その実力を見せろと言われるのが落ちだ。最初から私が出る方が早い」
「それは……しかし……」

 動揺する男たち。しかし、リリィ一人は驚いた素振りも見せず、ローザの染髪を進めていた。
 そんな彼女は髪に泥状のものを塗り込める作業を終え、ほがらかな声を発する。

「はい。これでひとまず終わりです。あとは、温めた布で包んで一晩ですね」
「一晩? そんなにかかるのか」
「我慢してください」
「……わかった」

 それから、リリィは固まっている男たちを見て、はきはきと告げる。

「はいはい、あんたたちもぼーっと突っ立ってないで、明日の用意をなさいな。姫様が言い出したらその通りになるってわかってるはずでしょう?」

 その言葉にローザはにんまりと笑い、男たちも苦笑を漏らしながら動き始めるのだった。


                    †


 翌朝、ローザ一行の姿は、ゲデック中心近くにある神殿の中にあった。
 ヴァイシュラヴァナとマハーシュリー、ソウライ地域で主に信仰されている兄妹神の立像の前に全員で跪いている。

 中でも集団の先頭にあるローザは五体投地の姿勢でヴァイシュラヴァナを讃える歌を歌い上げている。
 その髪が、いまひとつぱっとしないくすんだ茶に染まっているのが、前日までとは大きな違いであろう。
 残りの者たちは警護のためもあって五体投地は出来ぬようだが、ローザの賛歌に合わせて声を上げ、体を揺らしていた。

「我に加護を。北方鎮護の神力の一端を分け与えたまえ!」

 賛歌を歌い上げたローザが身を起こし、そんなことを立像に向けて叫ぶ。
 次いで、残りの戦士たちが立ち上がり、声をそろえた。

「ご加護を!」

 ローザは一礼してその場を離れる。
 リリィがすぐに駆けつけ、五体投地で汚れた体を拭き始めた。
 侍女頭のするままに任せながら、ふとローザは一人の男に声をかける。
 頭を丸めている男――ソフィア修道会に属する聖鎚の守護者団の騎士、クリストフマルティンだ。

「そういえば、お前たちが神々に祈るというのはどういう感覚なのだ?」
「感覚ですか」
「ああ。神々を直接に信仰してはおらぬのだろう? あまり縁の無い神に祈ろうとするときのような感じか?」

 クリストフは言われてその頭をつるんとなでた。

「そうですな。我らの教えでは、神々は使徒であると位置づけられております。いと高き神からの御遣(みつか)いであるというのですな。しかし、まあ、こんな言い方では少々堅苦しく、わかりにくいでしょう」

 彼はまるで説法でもするかのように話す。実際の所、各地の戦王国に派遣されている修道騎士たちは宣教者でもあるのだった。

「我らはいと高き神を、父と呼びます。あらゆる存在の創造主であり、全ての者の父であると。そう考えますと、ヴァイシュラヴァナ神やマハーシュリー神は、我らの敬愛すべき兄姉けいしであると言ってよいでしょうな。我らの偉大なる先達であり、導き手であり、大いなる師です」
「自らの近くにあって導いてくれる者ということか?」
「そう言ってよいでしょう」

 ローザの確認の言葉に、クリストフは満足げに頷く。ローザは彼を見、そして、後にしてきた立像を振り返って、一つ頷いた。

「なるほど。敬意してはいるのだな」
「それはもちろんです。神々が我々を手助けしてくれていることは間違いありませんからな」
「そうだな」

 言って、ローザは笑った。
 誰もがはっとして彼女を見てしまう。そんな魅力のある笑みであった。

「今日もそうであってもらおう」

 そうして、彼女は決闘の場へと歩を進めるのだった。


                    †


 決闘は、神殿の一角を用いて行われることになっていた。
 ローザたちが指定された場所へ赴くと、査閲官らしき気むずかしそうな小男と、鎧を身に着けた一団がすでに揃っていた。

「本当に女がいやがるぜ」
「ったく、ふざけんなよな」

 決闘の相手となるであろう一団は、とげとげしい口調でそんなことをぼやいている。
 せっかく契約が決まったというのに後から来たローザたちに割り込まれそうな状況だ。気分がいいはずもないだろう。

「ふざけてはおらぬぞ」

 ローザは漏れ聞こえてきた言葉に、真剣な顔で応じた。

「だが、貴殿らの不満もよくわかる。いきなり現れた者に仕事を譲れなどと横車を押されるのは、実に腹の立つことであろう。であるからして、我々は貴殿らに我々の価値を証明してみせねばならない。魔族という脅威を前に都市が危急のいまこのとき、貴殿らより我々の方が雇われるべきだということを示す。そのために、此度は私がお相手することにしよう」

 凛とした声でローザが口上を述べる間に、相手はすっかり口をつぐんでいた。
 戸惑うような、それでいて真剣な表情に変わった男たちの一人が、確認するように問いかける。

「あんたが、やるってのか?」
「そうだ」

 ローザの答えは簡潔で明確である。
 男たちは顔を見合わせ、その中からひときわがっちりとした大男が進み出た。

戦場いくさばで個人の武勇がどうとかは言わねえよ。集団戦で優劣を見ようとしたら、死人が出ちまうもんな。だが、嬢ちゃんよ」

 そこで、男は口をすぼめて何かためらうようにした。

「なんだ」

 ローザがそう応じることで、ようやく男は先を続ける。

「あんた、いいとこのお嬢さんだろ」
「否定は出来ん」
「だったら、悪いこたぁ言わねえ。自分の見てる世界は狭いもんだと自覚すべきだな。そこそこやるかもしんねえが、それがあんたのわがままを通せるほどかどうかは別の話だ」

 男は、真剣な顔で言っていた。
 その後ろで仲間たちもじっとローザを見つめている。その瞳からは当初あったようなからかいや侮蔑の色は消えていた。

「ご忠告痛み入る。返す言葉もない。だが、私は始めてしまったのだ。ここで歩みを止めるわけにもいかん」
「そうか。ならしかたねえ」

 ローザの答えをどう理解したのか。男は黙って後ろの仲間たちから大型の楯を受け取った。得物は背負っているものを使うのであろう。
 同様にローザも自らの得物を供から受け取っている。それは、彼女の背を遥かに超える長刀であった。

 それがかの旭姫が使う長刀と同一のものであると気づく者はいないだろう。
 なぜなら普段彼女が使う時に用いている鞘はなく、刀身の上部に革覆いがつけられているだけだからだ。
 そして、刀身の半ばあたりから鍔の部分まではぎっちりと革紐が巻かれている。

中巻なかまきか」

 男がローザの刀を見て呟く。
 よほどの膂力があるか身長があるかしなければ用いることの出来ない大刀や長刀を使いやすくするための手法として、中巻というものがある。
 刀身の下部に布や糸、あるいは革を巻いて刀身そのものを握れるようにするのである。

 こうすることで刀としてではなく、長柄武器として用いることが出来るのだ。
 ローザも、その柄と革紐巻き部分の両方を握って構えていた。

「準備はいいぞ」

 ハンスが革覆いを取ってその刀身を露わにしたところで、ローザが声をかける。
 対する男は背に負っていた得物を引き抜いた。

「おう」

 身幅が広く重そうな片刃の片手剣。その分厚い刃で断ち斬ることを目的としたわかりやすい武器だ。
 ただし、振り上げ振り下ろすという動作にはどうしても隙が出来る。その隙を補うための巨大な楯であろう。

「先に血を流した方が負け、それでいいか?」
「了解した」

 男とローザが言い合い、形式が定まる。

「では、始めてくれ」

 そう査閲官が陰気な声で呟いたことで、決闘は始まった。

「ふむ……」

 じりじりと足を動かしながら、両者は間合いを計る。

 ローザはそこで一つ呟いていた。
 武器が届く範囲だけで言えば、中巻の長刀を構える彼女のほうが有利なはず。
 しかしながら、腕の長さや体の大きさを考えると、それほど間合いに差異はないように思われた。

 その上、相手は楯を構えている。
 楯によって隠されていないのは、顔の上半分と右肩から右脇腹まで。つまり、あの重そうな片手剣を振るうのに必要な部分だけだ。

「ならば」

 ローザの足が止まり、構えがわずかに変化する。
 それを攻撃の意思と見て取ったのだろう。
 男の喉から野太い咆哮が飛び出した。それと同時に剣が大きく振りかぶられる。

「えぇぇぇいぃっ!!」

 裂帛の気合いと共に、閃光が走り、そして、火花が散った。

「ぐっ」

 呻きと共に男が剣を取り落とす。がくんと膝をつき、楯も手放して右肩を押さえる手の下から、じわじわと血がにじみ出ていた。

「二段突きになってしまったか。三段を狙ったのだがな」

 一方で長刀を元の位置に戻し、ローザはそんなことをうそぶく。
 ざわりと男の仲間たちが声にならぬ声を立てた。

 だが、当の男にはわかっていた。

 先ほどの閃光は二度のはずなのに一度にしか見えぬ彼女の神速の突きであり、その後の火花は彼がその長刀を剣で打ち下ろしたために生じたものであると。
 つまり、彼の剣は三段突きの最後の一撃にしか間に合わなかったのだ。
 彼の方が先に剣を振り上げていたにかかわらず。

「参った」
「うむ」

 掌にべったりとついた血をその証として示しながら、彼が降参の姿勢をとると、ローザも一礼して武器を下げた。

 その後、査閲官と打ち合わせをする彼女たちのところに、怪我の応急手当を受けた男がやってくる。

「嬢ちゃんよ」
「なんだ?」
「俺たちが譲ったもんは、あんたにとって、なんか意味があるものなんだろうな?」

 その言葉に、ローザは男のことをじっと見つめた。彼の後ろでは、その仲間たちがこれもまた彼女の言葉を待っているようだった。
 だから、彼女は誇りと確信をもってこう言ったのだった。

「もちろんだとも」

 と。


 男たちと査閲官がその場を去っていくのを待ち、彼女は部下と自分に改めて言い聞かせる。

「そう。彼らを蹴落としてでも、我々は知らなくてはならない。魔族と戦うことがどういうことか。魔族を敵とするのはいかなることであるか。この目で、この耳で、この膚で知らねばならないのだ」

 いずれ来る彼女たち父娘と魔族との戦いのために傭兵に身をやつしゲデックに潜り込んだ女性は、強い意志をこめて、そう言い切るのであった。
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