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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち― 作者:安里優

第三部:人界侵攻・龍玉編

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第2回:示威

 魔界の皇太子(スオウ)真龍の若長(ディー)の会談も終わり、天幕から出てきたところで、ディーは天幕に入ろうと歩いてきたらしいエリと行き会った。
 ディーとエリはお互いの姿を認め、その場で硬直する。
 だが、それも彼を送りについてきたスズシロが不自然には思わないほどのわずかな間のこと。
 二人は共に深々と頭を下げてすれ違った。

「彼女とどこかでお会いになったことが?」

 天幕の入り口の垂れ幕を挙げてエリが中に入っていくのを手伝ってやった後で、スズシロはそう尋ねる。
 そう思わせるだけの丁寧な礼だったからだ。

「うん。親戚だよ。会うのは久々だけど」
「ああ……。そういえば、ショーンベルガー公爵家には、真龍の血も入っていると聞きました」

 歩き出した彼に続きながら、スズシロは納得の面持ちで頷く。

「そうそう」

 そんな彼女たちのほうに、漆黒の巨体がゆっくりと近づいてくる。ディーの『兄』ツェンだ。
 そんな龍態の兄弟を連れながら、ディーは楽しげにスズシロに語り掛ける。

「まあ、人とつがうことは滅多にないんだけどね」
「そうなのですか?」
「ああ。だって人間って卵産まないんだろう?」

 予想外の答えに、スズシロは一瞬息を呑んで、なんとか目立たぬようにそれを吐いた。

「……たしかに産みませんね」
「だよね。僕らからするとそのあたり異質というか……。魔族の人たちにとってもそうでしょ?」
「いえ、出産という意味では、魔族は人間のほうに感覚が近いものかと」
「え? そうなの?」

 笑みをへばりつかせたまま振り返るディー。しかし、その瞳がせわしなく揺れているのがうかがえる。

「はい。我々も卵では産みませんから」
「産まないの? 卵」

 今度こそ愕然とディーは尋ねかけた。スズシロは、ゆっくりと噛んで含めるように応じる。

「産みません。飛ぶ氏族でも」
「嘘だあ」
「産みません」
「卵だよ?」
「産みません。魔族も人も、子供をお腹の中で育ててから産みます。卵ではありません」

 動揺を示すように忙しなく視線を動かしてから、ディーは隣を歩く兄の巨体に手を伸ばした。

「卵産まないんだって。びっくりだね、ツェン」

 グァアだかグワアだかよくわからない吠え声のような声が、龍の喉から漏れる。どうやら弟の言葉に同意を示しているようだった。

 そのやりとりに、スズシロは内心頭を抱えていた。
 真龍たちは彼女と同じ魔界の言葉を話してはいても、あまりに感覚が違いすぎる。
 今後、敵対するにしろ、交渉を重ねるにしろ、その感覚のずれを埋めるのは容易いことではないだろう。

 それでも、今後も彼らと関わっていかなくてはいけないのは確実だ。彼女は少しでも真龍に対する知見を得ようと、注意を傾けるのだった。


                    †


「お呼びとうかがいました」

 天幕に入ったエリを迎えたのは、いずれも厳しい顔付きをしたスオウとその部下たちだった。
 中でもカノコは一層真剣な表情で筆を握っている。この場にいないスズシロのために、会話を全て書き残そうとしているのだろう。

「ああ。来てくれてありがとう、エリ」
「いえ」

 スオウが労うのに、エリは小さく笑みを見せ、示された場所に座る。そんな彼女にシランが続いて話しかけた。

「ところで、エリちゃんは外のあれ見た?」
「あれ……というと真龍ですか」
「そ」

 複雑な表情でこくんと頷くのを確認して、今度はミズキが話を引き継ぐ。

「実を言いますと、彼らが交渉を持ちかけてきたんですの」
「交渉ってよりは、脅しだけどな」
「脅迫も交渉の一つではありましてよ」

 口を挟んできたフウロに苦笑と共に告げてから、ミズキは手短に会談の内容を説明した。

「連絡手段、ですか……」
「ああ。それで、エリに話を聞こうと思ってな」

 ソウライと真龍との間にあったはずの連絡手段を手に入れろ、さもなくば……という真龍族の脅しを聞いて、エリは拳を口元にあてて考え込んだ。

「真龍側の反応から考えて、そのような連絡手段があることは予想されていました。しかし、確たるものは知られていません。おそらくは王家の秘事……」
「だろうな。当然だが、リースフェルトの『王城』はくまなく探索する予定だ。リースフェルト伯の協力も得てな。だが、少しでも手がかりが欲しい。そこで、エリには、真龍との連絡が絶たれて以来のソウライ王家について話をしてもらいたい」
「なるほど、そこから探ろうと……」

 スオウの言葉にエリは感心したように口をすぼめ、しばらく上の方を睨むようにしていたが、ぱちぱちと目をしばたたかせてから口を開いた。

「では……。八十年ほど前に真龍と連絡が取れなくなったことが明らかになった途端、ソウライ王家の求心力は急激に低下しました。これはカライでも同じ事です。元々、ソウライとカライの二国は真龍との連携を前提として魔族の侵攻を阻むために建国されたものです。地域の英雄が建てたものでも、あるいは実力者がまとめあげたものでもありません。ですから、ソウライ、カライの両王室は、魔族の侵攻をはねのけることで、その価値を証明し続けるしかなかったのです」
「八十年前となると……。その時点でも百年は魔族は人界に侵入していないことになりますわね」
「そうです」

 ユズリハが顎に指を当てて考え考え言うのに、エリはしっかりと頷く。

「魔族の侵攻などもうないかもしれない。その上、真龍を呼ぶことも出来ない。ならば、ソウライが王室の下にまとまっている意味はどこにあるのだろう。そんな意識が生まれてしまったのです」
「支配者が支配者たる理由か。突きつけられるとなかなかに厳しいものだな」

 支配者の血統に生まれたスオウが苦笑して言うのに、フウロが首を傾げる。

「殿下は建国者になるんだから、問題ないんじゃ?」
「まあな。だが、たとえば俺の子、あるいは孫が依って立つのはなんだ? 実を言えば、血統に正当性があるかどうかというのは難しいものだぞ。結局は民が認めるかどうかになる」
「でも……自分が忠誠を捧げた人物の地位を引き継ぐのが赤の他人じゃ、ちょっと抵抗があるって部下もいますよ。血縁なら、まだ納得できるかもしれませんけど」
「もちろん、それもある。だから、いろいろなものの兼ね合いが必要なわけだ」

 そこで、スオウはフウロから視線を戻してエリに軽く頭を下げた。

「すまんな。続けてくれ」
「はい。ともあれ、ソウライ王室もいまスオウ様が仰ったようなことに悩んだと思います。結果、自らの価値を示そうと、矢継ぎ早に様々な政策を打ち出しますが、これは逆効果でした。なにを勝手なことを、と各都市の反感を買ってしまったのです」
「そうなるともう無理よねえ。なにをやろうと文句を言われちゃいそう」
「そうなりますね」

 シランの言葉にエリは小さく苦い笑みを浮かべた。

「王家は各都市をまとめることが出来ず、かえって突き上げられるだけとなり……。結果として、当時のアクセルギュンター王は自ら退位することになります。一般的にはこの時をもってソウライ王国は瓦解したと考えられています」
「だが、それを認められない奴もいる、か」

 フウロがどこか疲れたような口調でそう呟く。エリはあくまでも真剣な調子で、後を続けた。

「はい。王国の瓦解を認めない王党派は、王冠と王杖を入手し、末の王子マリオンヘクトールを奉じて王都ハイネマンを脱出しました。このマリオンヘクトールの孫が、リースフェルトで討ち取られたニクラスバルドゥーインとなります」

 エリは一度言葉を切って、皆がその情報を呑み込むのを待った。

「一方、退位したアクセルギュンターもハイネマンを出て隣市ベーアに隠遁します。子孫はあると思いますが、以後、この家系の人物は表舞台に出てきておりません」

 ここでも一拍おいて、エリは告げる。

「当時の王家にはアクセルギュンターとマリオンヘクトールの間に、もう一人男子がいました。ヴェールタークラウスという名の彼は王家を支えるためにハイネマン家に養子に出されていたんです。この彼が王の退位、王党派の脱出と続いて混乱する王都ハイネマンをまとめあげ、後に学究の都と呼ばれるまでにしたのです。ヴェールターの子孫は代々ハイネマンの中央学院の名誉学院長を務めています」
「……となると、真龍との連絡手段については、リースフェルト、ハイネマン、ベーアの三都市いずれにあってもおかしくないということかしらぁ」

 片目を煌めかせながら、情報をまとめるように言うシラン。しかし、その言葉に異議を唱える者があった。

「リースフェルトについては……」
「シランさんの言うことも尤もではありますけれど……」

 金と灰金の頭が揺れ、二人の姫が顔を見合わせる。結局、ユズリハが小首を傾げて譲ることで、ミズキが言葉を続けた。

「リースフェルトについては怪しいのではないかと思いましてよ」
「どうして?」
「その三派の血統の中で、王国の支配権を主張することを望むのはリースフェルト一派ですわよね? ソウライ王家が支配することの正当性を主張するのならば、いかに現状では役に立たずとも、真龍との絆を重視しないとは……」
「なるほど。喧伝しないはずがないってことね」

 他の二派はいざ知らず、リースフェルトに逃げた王党派は、王国の秩序を回復し、再び国家としての連帯を作り上げる必要があった。
 たとえもはや使えなかったとしても、真龍との絆ともいえるものを隠しておく必要はない。いや、むしろもう使えないものであるからこそ、公表してしまってよかったはずだ。

 だが、もちろん彼らはそれを誇らしげに見せびらかしたりしていない。
 つまりは、リースフェルトの『王城』には存在しない可能性が高いのではないかと、ミズキとユズリハは主張しているのだった。

「うん。その意見にも一理あるな」

 二人の主張に、スオウも頷く。だが、彼は厳しい声で続けた。

「とはいえ、リースフェルトでの捜索をおろそかにするわけにはいかんぞ。持ち主がその用途を知らぬ宝など、ざらにあるからな。有形のものであれば、紛れ込みかねん」

 彼の言葉に、幹部たちは皆顔を引き締めて頷いた。一人、カノコだけが黙々と彼の言葉を書き取っている。

「それはそれとして、エリの話からすると、リースフェルトで見つけられずとも望みはあるわけだな」

 そこで、彼はエリのほうに視線を向けた。他にもなにか話すことはありそうか、と問いかけているのだった。
 彼女は再び考え込み、しばらくしてから自信無げに話し始めた。

「これは関係あるかどうかは確証がありませんが、王家の秘宝の一つに『龍玉』なるものがあると聞いたことがあります。どんなものであるのかはわかりませんが、もしかしたら、真龍と関わりがあるのかもしれません」
「ほう」
「もちろん、まるで関係なく、名前だけということもありえますが……。龍というのは象徴としては多用されますし」
「それでも参考にはなりますわよ、エリさん」

 ユズリハが不安そうな彼女をなだめるように言い、他の者たちも同意の仕草を見せた。
 ほっとする様子を見せるエリと対照的に、ユズリハはとろけるような金の髪を振って苛立ちを示す。

「まあ、一方的な言い分に従って正体もわからぬものを探し回らねばならないというのは、少々業腹ではありますけれど」
「そうは言ってもなあ。相手が種族あげて来るってなると、厳しいのは確かだぜ。そりゃあ、気分いいもんじゃねえけど」
「小競り合いならともかく、真龍全体で来られるとねぇ」

 ユズリハの言葉に、残りの大隊長二人が不機嫌そうな声で応じる。
 当然ながら、誰もこの押しつけられた条件を歓迎してはいないのだった。

「問答無用で攻めてくる相手よりましと思うか、厄介と思うか。俺は後者の立場を取るが……。いずれにせよ、情報が足りん。あのツェン=ディーが本当に真龍全体を代表しているのかなども知りたいところだ」

 そこで、スオウは一つ唸った。全員の注目を集めた彼が、果たしてその後何を続けるつもりであったかはわからない。
 だが、なんにしてもそれを口にする前に、天幕に入ってきたスズシロの声が彼を呼んだ。

「殿下」
「ん?」
「外をご覧になるべきかと思います。皆も同様に」


                    †


 スズシロの真剣な様子にスオウが応じ、全員が天幕を出る。
 そこで、彼らは思ってもみないものを見ることになった。
 漆黒の真龍――ツェン=ディーが空を行くのはいい。
 その両隣に、供についてきたのであろう真龍二頭が合流しているのも、特に問題ではない。ツェン=ディーが下がらせたものが、彼が陣城を離れたことで再び供についたのであろう。

 だが、その向かう先が問題であった。

「ええと……。あれ、なんですか?」

 それは、空に浮かぶ壁のように見えた。少なくとも、エリにはそうとしか見えなかったのだろう。
 だから、周囲の魔族たちのように深刻な表情を浮かべることもなく、不思議そうに首を傾げたのだ。

「真龍です」

 そう応じるのはカノコ。彼女の瞳はずっと『壁』を向いている。

「え?」
「カノコの言うとおり、真龍が、整列しているのです。正確に言えば一頭一頭は宙で∞の字を描きつつ、全体で列を成しています」

 言いながら、スズシロはその『壁』を睨みつける。遙か彼方、魔族たちの攻撃が届かぬほどの遠方の空で列を作る真龍たちを。
 エリの目が驚愕に見開かれ、彼女には壁にしか見えないそれを構成する真龍を見分けようときょろきょろ動く。
 それ以外の者は動くこともなく、『壁』を見つめていた。

「たしかにこれは見ておかなきゃな」

 フウロが皮肉げに口元を歪ませながら、声をひそめた。誰に聞こえるわけでもないというのに、そうせざるを得なかったのだろう。

「それで……数は?」
「目の良い者に数えさせました。二百の組が十六、つまり三千二百の真龍がいるかと」
「三千二百、ね……」

 それ以上、フウロは言葉を続けなかった。何を言って良いのかわからなかったのかもしれない。

 スオウは、そこで真龍の作り出す壁ではなく、周囲を見た。
 幹部たちの集まる天幕の傍には兵士はあまり近づかないものだが、それでもちらほらと兵の姿も見える。
 彼女たちは、そのほとんどがそれぞれの仕事に勤しんでいた。
 ちらちらと空を気にする者がいることからして、三千を超える真龍たちの姿に気づいていないわけではないだろう。
 スオウたちはもちろん、空を見上げて棒立ちになっている者もわずかにいるのだから。

 だが、彼女たちの大半は、日常の軍務をこなしている。たとえ内心で恐怖を感じていようとも、不安を抱いていようともだ。
 そのことに、スオウは胸が熱くなるのを感じた。

「実にわかりやすい」

 だから、彼の言葉は力強く弾んでいる。

「かのツェン=ディーが次期族長であろうとなかろうと、我らを正面から打倒できるだけの戦力を持つことは示してくれたわけだ」

 周囲の視線が、『壁』から彼へと移る。そのことを十分に意識して、スオウは次の言葉を言い放つのだった。

「力もあれば、頭もある。敵は手強い。ならば、敵を敵のままにしなければいい。さあ、彼らを我が民とするための方策に勤しもうじゃないか」
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