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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち― 作者:安里優

第三部:人界侵攻・龍玉編

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第1回:脅迫

「いやあ、悪いね。皇太子殿下の服を貸してもらって」

 その言葉通り、その男はスオウの服を身に着けていた。
 黒ずくめの姿が様になるのは、スオウにわずかに譲るほどの長身だからか、あるいはその額から頭頂部までを被う宝玉の色合いを引き立たせるからか。

「なにしろ、僕らときたら、家の中でしか服を着る習慣がないものだから。外出するときについ持ち忘れるんだよね」
「気にしないでくれ。真龍の若長」

 言いながら、スオウは目を細め、彼を観察していた。
 男は、真龍族の次期族長を名乗っていた。
 そして、スオウに対して同じ立場だと告げたのだった。

 その時点では、誰もスオウのことを紹介していない。ただ、責任者のところへ連れて行くと言ったまでだ。
 だが、彼は同じ立場といい、さらにいま皇太子とはっきり言った。
 ここにあるのが皇太子の親衛旅団であると知っていたか、あるいは、スオウ当人を知っていたか。
 いずれにしても、真龍は明らかに相手の情報を手に入れているのだ。

 一方、スオウたちは彼のことを知らない。次期族長だというのも本当かどうかはわからない。
 それを信用するかどうかは別として、一方的に情報の偏りがあることは、今後の交渉の苦労を予感させるものであった。

「さて、それじゃあ、改めて挨拶させてもらうね」

 真龍の若長を名乗る男は、スオウの対面に座ると、そう切り出した。
 周囲にはエリとハグマを除く幹部たちが勢揃いしている。その中には真龍である彼に対して警戒感を隠さない者もいるというのに、まるで臆した様子もない。
 そもそも彼は同道していた仲間の真龍たちをどこかへやってしまった。
 害されるとは思ってもいないか、あるいは……そうさせないだけの自信があるのか。

 信頼の証とも取れる行動ではあるが、スズシロたちカラク=イオ側からすると、警戒をより強める結果となっていた。

「僕らはツェン=ディー。ツェン=ディー・ロン=フェル・クル=クルル・セロ=ローゼ・サリ=クランド・ディー=ロンだよ」
「ツェン=ディー殿か」
「ああ、いやいや。僕はディー」

 スオウが言うのに、ディー青年はぱたぱたと手を振って訂正する。それから、その指で天幕の外を指さした。

「で、外にいるのが兄のツェンね」

 おそらく、彼以外の皆が、外にいる龍の姿を思い浮かべたであろう。飛竜などとは比べものにならない巨体を持つその大いなる生き物を。

「なるほど」

 わずかな沈黙の後、スオウが頷く。
 魔族に伝わる伝承によれば、真龍は龍態と人態に分かれて生まれるという。その二つが合一したとき、真なる龍と化すのだと。
 彼の物言いからすると、少なくとも真龍の中ではそれら二者は兄弟として認識されるものなのだろう。

 ともあれ、あちらが名乗ったのだから、スオウも名乗らねばなるまい。

「スオウ。カラク=イオの代表だ。まあ、貴君の言うとおり、魔界の皇太子でもあるが」
「あれ?」

 ディーはスオウの名乗りに不思議そうな声を上げる。それに対してスオウたち魔族側も何を驚くのかと首をひねった。

「魔界って氏族から名乗るんじゃなかったの?」
「氏族のある者はそうだ。だが、皇帝家には氏族はない。その下の分家もなにもない。だから名前だけになるな」
「あ、そうなんだ」

 そこで彼は周囲の疑問の目に気づいたか、説明を加えた。

「僕らはさ、自分たちの名前に父方の祖先を全部含んでるんだよ。これは元々は魔界の氏族の名乗りに倣ってたはずなんだけど……。なるほど、なんかずれてるみたいだなあ」

 彼はしばし困ったような顔をしていたが、諦めたように肩をすくめた。

「まあ、時の流れの中で、変わってしまったんだろうね。僕らが魔族から分かれてもうずいぶんと経つんだから。変化や発展がなかったらおかしいくらいだ」

 スオウを含めた幾人かが、それに黙って頷く。
 魔界でも習俗は固定されず変化している。
 元々は同一の儀礼だったはずが氏族ごとに特殊化していることも珍しいことではない。

 ましてや、真龍族と魔族は住まう所も離れ、ここ数百年は連絡すら取っていなかったのだ。
 元は魔界の風習を参考にしていたとしても、相応の変化はあって当然であろう。

「それはともかく」

 言って、ディーはその顔に再び笑みをのせた。

「用件に入ろうか。今日は、ちょっと君たちに確認したいことがあって来たんだよ」
「確認?」
「うん。まず、君たちの現状だけど……」

 それから、彼は真龍族が集めたという知識を開陳した。

 スオウ率いる皇太子親衛旅団が人界に侵攻を行う裏で、魔界本土で謀反が起こったこと。
 その結果、魔界へとつながる関が閉じられ、スオウたちが人界に追放される形になったこと。
 そうして孤立したスオウたちが人界で自立し、万民(カラク=イオ)を名乗って、三界の制覇に挑もうとしていること。
 手始めに人界の北端、旧ソウライ国領土の征服を進めていること。

「そして、すでに君たちはソウライの七都市のうちショーンベルガー、ファーゲン、リースフェルトの三都市を実質的に支配下に置いている。僕らが知っているのはこんな感じだけど、どう?」
「……特に訂正すべきところは見つからないようだ」
「ふむふむ」

 スオウが言うと、ディーは納得したように頷く。その様子を見ながら、スオウは意味ありげな微笑みを浮かべた。

「こちらとしては、いかなる手段を用いてその情報を得たかを知りたいくらいだが」

 真龍が人界との関わりを断って八十年ほどが経つという。
 魔族たちは、その間彼らは遁世とんせいしているとばかり思っていたのだが、どうやらそうでもないようだ。

「ああ、大した話じゃないよ。経験を糧にしたまでさ」
「経験?」
「そう。苦い経験をね。僕らがその昔、騙された話は聞いた? 人間たちと接触を断つきっかけになった件なんだけど」
「ああ……。人界を守るためとそそのかされ、人間同士の戦争における手先として使われた、とか」
「そうそう」

 ディーは呆れ果てた顔つきになって肩をすくめた。

「まったく、じいさまたちには呆れちゃうよね。ろくに下調べもせず、言われたとおりに攻撃するだなんてさ。ともかく、そんなことを経験した僕らは、色々と調べることにしたんだ」

 それから、彼は自分の体をなでるようにした。

「僕がちょっと育ちすぎなもんで説得力が無いかもしれないけど……。僕らの一族の中で、人身を持つ者たちは基本的に小柄なんだ。合身して飛ぶ時はお荷物だからね。できる限り軽い方が良いってわけだよ」

 その言葉に、スオウはちらとスズシロを見た。彼女はディーの言葉に同意するような表情をその顔に浮かべていた。

「だから、人間たちの間に入り込むのは容易い。君たちに比べればずっとね。体が大きいのをごまかすのは大変だけど、これを隠すくらいはわけないだろ」

 言って、彼は額の巨大な宝玉を指さした。
 たしかに、帽子をかぶるか布を巻けば隠せるのだから、ほとんどの者が人間よりもずっと背が高い魔族よりは有利であろう。

「その上、空からも観察できる……か」
「そういうことだね」

 人の間に潜伏して噂を聞き集め、空から大局を把握する。
 言われてみれば、真龍たちはその気になれば、かなり効率的な情報収集が可能でありそうだった。
 諜報を担当するミズキが自分に頷きかけるのを見て、スオウはその推測が間違っていないことを確信する。

「それで、我々の現状については正しい認識を持っておられるようだが、確認とはそれだけかな?」
「まさか」

 ディーは笑って手を振る。そちらもわかっているのだろうと言いたげな笑みだった。

「僕らが確認したいのはさ。適当なところで手じまいにしてくれるのか、それとも……本気かってこと」
「本気?」
「今後も人界を征服していくつもり?」
「問われるまでもない。我らの目標は三界制覇。この天地に住まう者全てを統一することだ」

 スオウはよどみなく応じた。
 たとえそれを疑う者がいようとも、それはけして単なるお題目ではない。
 彼の夢であり、理想であり、目指すものであるそれを中途半端に終わらせるつもりなど、さらさらなかった。

「なるほどねえ……」

 ディーは口をすぼめ、なにか戸惑うような仕草をした。それが真龍にとってもためらいの仕草なのかどうか魔族たちには今ひとつ確信が持てなかったが。

「そうなると、もう一つ言わなきゃならないことが増えるなあ」
「なにかは知らないが、言ってしまえばよろしいかと」

 スオウは挑発するかのようにふんと鼻を鳴らした。
 相手を侮ったり軽く扱ったりするつもりはないが、交渉には勘所というものがある。
 長いつきあいで腹の内までわかっている相手ならば、直截な物言いでなくてもお互いの理解は生じる。だが、長い間没交渉であった真龍と魔族でそれが出来るわけもない。
 こういう接触では、さっさと要点を告げてもらうほうがお互いのためであると考えての、スオウの態度であった。

「うーん。そうなんだけど」

 ディーは言って、それから魔族の皆に向けて手を広げて見せた。

「あのさ、これでも僕らは魔族のみんなには親近感を持ってるんだよ。いや、恩義を感じていると言ってもいいかな。なにしろ、皇太子殿下のご先祖さまがいなかったら、僕らは生まれてないんだから」

 スオウはそれに対して黙って頷き、相手に先を促した。

「ただ、そうは言っても、真龍には真龍の流儀とか誇りとか……なんていうか、譲れないものってのもあるんだよ」
「それは当然のことだろう」

 うん、とディーは頷く。

「君たちも知っての通り、僕らは人間達と連絡を取るのをやめた。ただ、だからといって人界の守護者であることを放棄したわけじゃあない。僕らはかつて人間たちを理不尽な暴力から守っていくことを誓い、その誓いはまだ破られていないんだから」
「……つまり、我らと敵対する、と」

 音もなく空気が張り詰める。
 すっと重心を移動させた者がいたのは、さすがに逸りすぎというものであろう。

「そこだよ」

 ぴりぴりと緊張の走る空間の中で、ディーは小さく肩をすくめた

「さっきも言ったように、僕らは以前に人間たちに騙されて以来、慎重に事を運ぶことにしている。昔ながらの見方で、魔界からの侵攻という点を考えたら、君たちは僕らの敵と判断されるけど……。そんな簡単に判断していいのかって意見もある」
「ほう?」

 スオウは面白がるように片方の眉だけを跳ね上げた。周囲の幹部たちも慎重にディーの言葉に耳を傾けている。

「正直、かつての魔界の侵攻は、略奪と示威が主だっただろう? それなら簡単なんだよ。僕らが人界に力を貸して、撃退すればいい。ところが君たちは、統治しようとしてる。少なくとも、カラク=イオを名乗った後はそう見える」

 そこで、ディーは指を一本立てた。

「もう一つ、君たちは追放されている。魔界に追い戻すなんてことが出来そうにない」
「仰るとおり。いま帰ろうにも関は閉じられている。……果たして死兵となった者を相手にしたい軍があるかどうか」
「そうなんだよねー」

 スオウの低い声に、ディーが苦笑する。
 スオウたちを攻撃し、真龍が優勢になったとしても、カラク=イオの面々がリ=トゥエ大山脈の向こうに逃げ去ることは不可能だ。
 そうなれば、死を覚悟して最後まで戦うしかなくなる。

 死兵を相手にすればいかに有力な軍勢でも被害は免れ得ない。
 まして、いまやカラク=イオはファーゲンやリースフェルトを支配している。
 それらの都市を巻き込んで自暴自棄な行動に出られたら、と真龍は警戒せざるを得ない。

「そこで、僕らの中で意見が割れてるのさ」
「どんな風に、と聞いていいかな?」
「うん。おおよそ三つだよ」

 ディーは素直に己の種族の中で生じている意見の相違を話し始めた。

「第一は、あくまで魔族討つべしという主張。たとえ人界の都市をいくつか焼き払うことになっても構わないなんて過激なことを言うのもいるね。
 第二は放置でいいだろうという判断。万に届かない軍だし、土着の人界勢力とそう変わらない存在になってしまうだろうからっていう消極的意見だね。
 第三は、君たちを見極めるべきだって意見。君たちがまともに人間たちを扱うなら放置でいいし、人界に害をなす存在であれば犠牲を厭わず排除すべきだというんだ。第一と第二の意見の中間になるのかな?」

 そこまで一気に言ってから、彼は何でも無いことのように付け加えた。

「それと、もう一つ」
「ん?」
「これはごく少数だけど、君たちに協力してもいいんじゃないかっていう者もいる。人と結んだ盟約よりさらに古い盟約を覚えている者たちもいるってことさ」

 かつて真龍は人間達と『赤月盟約』と呼ばれる盟約を結んだ。それは、真龍が人界の守護者たることを誓ったものだ。
 しかし、それ以前には魔族や――いまは消え去った――羅刹と呼ばれる種族と共に『大会盟』を結び、神界との闘争を戦い抜いてきたのだ。

「それも我らの志次第という理解でよいかな?」
「まあ、そうなるね」

 真龍の若長が悪戯っぽく目を煌めかせるのに、スオウは笑みを深くした。

「ディー殿個人の意見はいずれかな?」
「一番目じゃない、とだけは言っておくよ。僕らは……ツェン=ディーは平和主義者でね」
「ほほう」

 感心したようにスオウは呟く。

「ならば、私のような者は唾棄すべき対象であろうか。なにしろ大陸中に戦乱を巻き起こそうというのだから」
「さて、それもどうかな。平和主義だからと言って、武力を否定するわけじゃない。結局は、どんな未来を築くかだよ」
「より良い未来のためならば力を振るうことも辞さないと?」

 ディーはその問いには応じず、話を先に進めた。

「まあ、僕らの意見はともかく、真龍全体での意見はまた別でね、結局、一つに絞られた」
「二番目あたりであるとありがたいが」
「ところが、三番目なんだ」
「我らの心底を判じようと」
「そそ」
「どのように?」

 そこでディーは身を乗り出し、真剣な調子で続けた。

「うん。最初は君たちの中に入ってその意思を探るっていう意見が多かったんだけど、ただ意思があるだけじゃ意味が無いって反論があってね」
「ほう」
「高潔な志を持ちながら悲惨な結末を招いた集団なんて、いくらでもある。だから、君たちが三界制覇を志すというなら、それを成し遂げるだけの意思と力が備わっていないといけないと、そう言うんだね」

 いかに理想を掲げようと、それを実現できるとは限らない。
 遠大な野望を持ちながらそれを果たせない者たちは、時に歪み、現実を受け入れられなくなる。
 先鋭化した理想はついにその根本を忘れ果て、他者を攻撃する憎悪の源泉に成り下がる。
 スオウたちがそうならない保証はないと真龍たちは懸念しているのだった。

「我らの力をご覧になりたいと」
「うん。見たいね」

 スオウの横に立っていたスズシロの体が、その瞬間総毛立った。
 敵意か、悪意か、あるいは怒気か。
 魔界の皇太子と真龍の若長の間にうずまく何かに、彼女の体は反応せずにはいられなかったのだ。

「ならば……」

 だが、スオウがなにか言おうとする前に、ディーがすっと身を退いた。

「ソウライ国と僕らの間には、特別な連絡手段があった」

 ディーが唐突にそんなことを言うのに、スオウたちは揃って怪訝な顔をした。
 ソウライやカライと真龍たちの連絡手段については、彼ら自身なにかあるのだろうと予想はしていた。
 だが、それにしても、なぜいまその話をと皆が思ったことだろう。

「いわばそれは人間と真龍との間の絆のようなものだ。それを持つ者が、持つ者だけが僕らを呼ぶことが出来た」

 ディーはスオウたちの反応に構わず続けた。そう続けることで、スオウたちの側にも理解の色が差していく。

「君たちにはその連絡手段を手に入れてもらいたい。それをもって、君たちの意思と力の証としたい」
「我らを盟約の継承者とする、か?」
「まあ、そこまではっきりしたものじゃないけど。でも、それを手に入れるってことの意味はあるはずだよ」

 人心を掌握し、かつて真龍と絆を結んだ者たちからそれを手に入れるか。
 あるいはそれを奪い取ることで力を見せるか。
 いずれにしても、真龍にとってはそれは意味のあることなのだろう。

「期限は?」
「ソウライの七都市全てを支配下に入れてから一月ってところかな」
「ソウライを支配するくらいの力はあると認めているわけだ」
「もちろん。だけど、それじゃ、三界制覇にはほど遠いだろ?」

 それから、ディーは落ち着いた声でこう続ける。

「それに、僕らの全力にもほど遠い」

 その言葉は沈黙で迎えられた。
 いかに魔族が強壮であろうとも、カラク=イオに所属するのはたかだか二千五百の兵である。
 真龍が同数、あるいはさらなる大軍で現れたなら、その勝敗は目に見えている。
 なにしろ、相手は空を飛ぶ巨獣なのだから。

「示して見せてよ。僕らが君たちを敵にしなくて済む理由を」

 ディーはスオウの瞳をのぞき込むようにして、そう告げるのだった。
そんなわけで、約二ヶ月ぶりの更新です。
今後は定期更新の予定ですので、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
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