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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち― 作者:安里優

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帝国談義:魔界(二)

1.魔軍


「そうは言っても」

 そうスオウは笑みを浮かべていった。

「すぐに実感はできまい。そうだな……」

 少しだけ考えてから、彼は特に人界の三人に向けて話し始めた。

「たとえばある魔族の一生を見てみることにしよう。彼はある氏族に生まれる。この生まれについても重要なのだが、まずは置いておこう。彼は五歳から八歳にかけて初等教育を受け始め、十五歳でそれを終える」
「五歳から八歳って結構幅がありますね」
「年数にも幅があるのよね」

 オリガが言うのにシランが応じるも、いまひとつ伝わっていないようだと感じた彼女はさらに付け加えた。

「初等教育は、どれだけのことをやるのかということと、十五歳で終えるということだけが決まっているの。だから、後は学校の考え方次第なのよ」
「ええと……。同じ内容を何年で終えてもいいってことですか?」
「そうそう」
「果たすべき課題を果たしているなら、一貫して家庭教師でもいいくらいだ。まあ、それをやる家は滅多にない。学校生活に慣れていないと後が辛いからな」

 ともあれ、とスオウは続ける。

「十六になると、軍の教練学校に放り込まれる。家を出て、寮に入るんだ。しかも、これは強制だ」
「たとえば、その年頃の子が路上生活してると、狩り出されますです」

 カノコがかつて見てきたことを告げる。もちろん、そんな事情を知らないリディアは呆れたように呟いていた。

「なんだか物騒だな、おい」
「まあ、軍のやることだからな」

 スオウは小さく肩をすくめた。

「強引であることは認めるが、必要でもある。体力が無いなら無いなりに、病ならば病なりに、それぞれの行く末を考える必要がある。そのために、一度は皆同じ場に出てきてもらわねば困る……というのが、魔界での考え方だ」
「あたしなんか、教練学校じゃ見事におちこぼれ組だったなー。『相』の発現が無闇と遅かったからさ」
「史上初の『千刃相』ですものねぇ。発現の仕方も珍しいと言うことなのでしょうけれど、当人は困りますわよね」
「ほんとだよ」

 魔族にとっては懐かしい話となるのだろう。フウロが愚痴をこぼすような口調で言い、それをユズリハが慰めていた。

「さて、この教練学校は基本、三年間。ここで、彼は集団生活を学び、基礎体力・基礎学力を身に着けることを要求される。それはもうたっぷりとな。『集団の秩序』をたてに、氏族での地位が高い者ほどこの三年間はろくでもない目にあう」
「あら、殿下もいじめられまして?」

 かつては氏族の宗家の姫であったミズキが含み笑いと共に尋ねる。その様子からして、彼女もまたそれなりの悪意を受けていたのだろう。
 ただし、辰砂の毒姫に手を出して、相手が無事であったかどうかまではわからない。

「皇族をいびることの出来る機会なんて滅多にないからな。飛びつく奴もいるさ。それでも予想よりはずっとましだったが」
思宮おもいのみや殿下とシランさんが、殿下に構う方々に『お話』されていたという噂も聞きますけれど」
「あらあ、なんのことかしらあ?」

 スオウの二人の従姉の片割れであるシランは、ユズリハの言葉と共に飛んでくる視線からその片目をそらした。

「まあ、それはともかくだ」

 照れ臭いのかなんなのか。珍しく大きく咳払いしたスオウが話を続ける。

「健康な者なら、教練学校での体力育成は後々の生活にとって資産となる。どんな職に就くにしろ、体力は必要だからな。もちろん、ここでたたき込まれる学問もな。それと共に、彼は選択しなければならない。四学年以後も教練学校に残るか、別の学校に出て行くかだ」
「残れるんですか?」
「ああ。軍に残り、かつ指揮官を目指さないのならば、教練学校に残るのが一番いい。教練学校を五学年までこなした者は自動的に軍が兵として雇ってくれるし、兵になれば食いっぱぐれはないからな」

 エリが不思議そうに尋ねるのにスオウが明快に応じる。エリはなるほどと頷いていた。

「さて、それでは外に出て行く決断をした場合はどうなるか。外といっても、兵を育成する教練学校ではないというだけで、これまた選べるのは軍の教育機関だ。それらは総称して準備学校と呼ばれる。高等教育機関に進むためのもの、商業に携わる準備をするためのもの、職人になるための準備をするためのもの、様々だ」
「あの……。職人や商人を軍が育成するんですか?」
「ええ。仕立屋も料理人も農夫も猟師も軍が育成します。農業は人界ほど盛んではありませんが、学べるところはありますよ」
「へぇ……」

 オリガが尋ねるのにスオウが答える前に、スズシロが口を挟んだ。聞いたオリガだけではなく、リディアとエリも同様に感心している様子であった。

「まあ、スズシロに言われてしまったが、様々な職種に対応するための準備のための機関が三つ目の学校ということだ」
「差し出口をいたしました」

 殊勝な態度で頭を下げるスズシロに軽く手を振って、スオウは再び口を開く。

「たとえば、酒造の学校なんてものもある。教練学校を卒業した男がそこに行ったとしよう。そこには講師として各地の酒造場から人が派遣されている。彼がよほど愚かだったりしない限り、彼はそこで講師の誰かには気に入られるだろう。すると、彼はその講師の弟子となることが決まり、準備学校の卒業と共に社会にでることになるわけだ」

 そこから先は、それほど人界と変わりないだろう、とスオウは言う。
 職人となった彼は、いずれ美味い酒を世に送り出すために酒造場を経営することになるかもしれないし、うだつがあがらず下働きで終わるかもしれない。それは当人の才覚によるものだ。

「違うのは、若い時分に最低でも三年間の教練を受けていることだ。それと、定期的に訓練に呼び出されることもあるか」
「若いときに皆と……ってのは大きいな」
「仕事に就くためにも軍の世話になっているわけですしね……」

 リディアとエリがそれぞれに言うとおり、魔界でのやりようを聞く限り、魔軍への帰属意識を育み、それを維持することはけして難しくないだろう。
 なにしろ、自分の人生の基礎が軍にあるのだから。

「軍が教育や職業の斡旋を行うというのは、魔族というものの特性も関係していましてよ。なにしろ、魔族の『相』は、とんでもない破壊力や殺傷能力を持つんですもの。早い内に軍の規律で縛らなくては、なにが起きてしまうものかわかりませんわ」
「あなたが規律正しい軍人にはあんまり思えないのだけれどぉ」
「ワタシたちは、兵ではなくそれを指揮する者の教育を受けておりますもの。柔軟性というものも必要ではありませんこと?」

 ミズキの言を混ぜっ返すシランであったが、当のミズキは動揺もせず言い返す。魔族たちはその言葉に、皮肉っぽかったり面白げだったりと、それぞれに違う表情の笑みを浮かべていた。
 ただし、人界の者たちは最初の発言、すなわち魔族の特性のために軍の規律が必要なのだという内容に深く納得している様子であった。

「もう一つの道筋も話そう」

 それまで話してきたことが人界の者たちに染み入ったと判断したところで、スオウはぱんと指示棒で手を打って話し出した。

「準備学校で職業訓練を受け社会に出る他に、高等教育を受けるための準備をする手もある。たとえば俺たちのように校尉学校、校尉予備学校に入ったり、医療を学ぶ教育機関や、様々な専門研究機関へ進む道だ。そのための準備だから、たいていこの期間の主眼は学問だな」
「大変なのよねぇ。二学年だけど、二年で出られる人が少ないくらい。上の学校に受からないといけないから」

 そこでシランはしおしおとしおれるような風情で言った。

「私も一年余計にかかっちゃったしぃ」

 これに、ぷっと噴き出したのはフウロだ。ユズリハやミズキもおかしそうに口元を隠している。
 魔族の中で皆の様子に不思議そうにしているのは、校尉予備学校入学に同じように苦労したカノコくらいだった。

「なあに?」
「いやいや。だって、シランは殿下と合わせるためにわざとだろ」
「まあ、校尉学校に入るのに苦労した者が次席で卒業というのは、まずありえませんからね」

 フウロが言うのに同年の首席卒業者――つまり、シランと競っていた――スズシロが加勢する。
 シランは耳に入らない、というようにわざとらしくそっぽを向いていた。
 その姿を、カノコがなんとも複雑な表情で見つめていた。仲間だと思ったのに裏切られた、という感覚であったろうか。

「まあ、そのあたりはともかくだな」

 スオウはなだめるように笑いかけた。

「高等教育はたいてい五学年。校尉学校もそうだ。これも、五年で終えられる者ばかりではない。だが、もし全て順調にいけば、二十五歳、つまり魔界における成人の年が終わった時に卒業となる」

 そうして、軍の士官になったり、様々な分野の専門家として巣立つことになるという。

「知識人は軍が抱えてる感じだな」
「だいたいその通りだ」

 リディアの推測に頷いて、スオウはまとめるように言った。

「ここまで話したことで、軍が全ての魔族の生に深く関わり、民間の経済にもがっちりと食い込んでいるのは理解してもらえたと思う。なにしろ、送り出すほうが軍なら、それを迎え入れる側も元は軍にあったんだ。癒着というものではなく、軍という組織を通すほうが円滑に物事が回るような体制になっているんだ」

 それから、スオウは楽しげに笑う。

「それ故に、軍は強大な力を持つ……というよりも一種の社会構造なわけだ。一方で、この軍という組織は政治には関わらない。ここが魔界の面白いところだな」


2.氏族


「そうなんですか?」

 エリがいぶかしむような声をあげた。
 それはそうだろう。
 ここまで聞いていたならば、当然、魔界の政治にも軍が大きく関わっていることを予想するはずだ。

「軍は計画し、実行する」

 しかし、スオウは静かに続ける。

「だが、その根幹である方針は、皇帝が定める。そして、その皇帝の決断を支えるのが枢密院と長老院だ」
「枢密院と長老院ですか」

 オリガは北方語に訳されている二つの組織の名前を繰り返した。意味の細かい部分まで一致しているのだろうか、と彼女は少し疑わしく思った。

「ああ。枢密院は、要するに官僚だな。官僚組織を上り詰めた奴らが枢密顧問官として、枢密院を形成する。ここに現役軍人はいない。もちろん、官僚を多く輩出する高等教育機関も軍のものではある」

 官僚についても色々と言いたいことはあるのだが、とスオウは言ってから、諦めたように首を振った。
 その様子にリディアの口角が持ち上がっているところを見れば、どこの大国でも官僚制については色々とあるということだろう。

 いや、大国の支配者である皇族から見て、と言うべきかもしれない。

「一方の長老院は、これは氏族の代表者で形成される会議体だ。員数が三百であることから、別名を三百人委員会。そして、こちらにも現役軍人はいない」

 続けて、彼は秘密を打ち明けるかのような口調で言った。

「実を言えば、魔界の政策決定の場において、現役の軍人は皇族以外いないんだ。枢密院にしても長老院にしても、基本的に軍から引退することを要求される」

 これは、政権の側からも軍の側からも求められていることなのだと彼は説明した。
 どれだけ社会と密接に組み合わさっているとしても、あくまで軍は命令に従って計画し実行する立場を貫く。その意思の根源は、皇帝権力にこそ求められる。
 そんな形を軍も取りたがっているのだと。

「一種の処世術なんだろう。ただでさえ図体の大きい魔軍が厄介事に巻き込まれないためにな」
「なるほどなあ……」

 そうして再び皆が頭の中を整理する時間を取った後、スオウは口を開いた。

「では、魔軍のあり方を理解してもらったところで、長老院について話そう。なにしろ、実質的に魔界の政策の可否を左右しているのは彼らだからな」

 スオウはなにやら意地の悪い笑みを浮かべながら、そう言った。

「魔界の政策決定の仕組みとしては、まず枢密院が皇帝に政策を上書じょうしょする。次いで、長老院がその政策の可否を判定し、皇帝に意見を述べることになる」

 もちろん、とスオウは皮肉っぽい笑みを浮かべる。

「皇帝はこの意見を無視することも出来る。我を通そうと思えば、皇帝はどんな施策でも命令出来る。なにしろ、皇帝だからな。だが、度を超せば長老院は皇帝を疎ましく思うだろう。長老院は氏族の代表者。つまり、魔界に住む魔族たちの代表者だ。いかに皇帝でも、治める民を敵に回すのは賢い選択ではない」

 故に、長老院は力を持つ。
 上手く働けば、皇帝という個人の暴走を抑え、民の意見を政策に生かすことが出来る。
 だが、そううまくいくことばかりではない。

「魔界における権力のあり方は、この長老院と皇帝の間での綱引き状態にあると言えるだろう」

 皇帝権力が強いときは氏族の意見は封殺され、逆に長老院が強大なときは皇帝の意思は無視されてしまう。
 魔界では両者による権力の奪い合いが常に続いてきたのだ。

「この長老院だが、員数の三百は、氏族の構成人数に従って配分されている。単純に言えば、人数の多い氏族ほど強い」
「そう単純に行けば、簡単なんだけどねぇ……」

 三大氏族の一つ、水晶宮に属するシランがそう言って嘆息する。大氏族には大氏族の悩みがあるのだろう。

「そもそも、魔界は……」

 そこまで言いかけて、スオウはふと口をつぐむ。皆の顔を見渡しているようなその様子に、ユズリハが小首を傾げた。

「殿下?」
「ああ、いや……。うちの幹部には四氏族がいないな、と」

 魔族の幹部たちはその言葉に顔を見合わせる。結局、スズシロが苦笑しながら応じた。

「たしかに比率的には珍しいですが、なにしろ頂点におられる方が氏族に一切こだわらないもので」
「無頼を二人も幹部に迎え入れてくださるのですものね」
「ですです!」

 まさに無頼であるミズキ、カノコの二人が、愉快そうにスズシロの言葉に続ける。それを聞いてスオウも淡く微笑んだ。

「すまないな。ちゃんと説明する」

 置いてけぼりになっている人界の者たちに謝るスオウ。

「魔族は、現代では九つの氏族で構成される。三つの大規模氏族、四つの中規模氏族、二つの小規模氏族だ。そのうちの中規模氏族がうちの幹部にはいないという話だった」
「無頼ってのは?」
「氏族に属していない者たちです!」
「ほうほう」

 カノコがむしろ誇るように言うのに、リディアは素直に感心する。魔界での扱いを知らなければ、当然そうなるだろう。そこで、エリが顎に指をあてながら質問を投じた。

「先ほど比率的には珍しいと仰ってましたけれど、全体の比率はどんなものなのですか?」
「三大氏族、いわゆる三宮さんぐうが五割三分、四柱しちゅうが三割八分、二端にはが九分ですね。なお、二端にはとは言っても、同じような勢力ではありません。最も少数の氏族、翡翠氏は全体の五十分の一、割合的には二分に過ぎません」

 スオウが口を開く前にスズシロがすらすらと答えたのは、おそらく最後のあたりを自分で言うためだ。
 なぜなら、彼女はこう続けたから。

「まあ、私の氏族(うち)ですけど」

 そのまま、手を挙げてスオウの言葉を封じ込め、スズシロは言葉を重ねる。

「普通に考えれば、魔族の二人に一人は三宮、三人に一人は四柱なわけです。士官でも、その比率は大きく変わりません。ですから、親衛旅団は少々おかしな偏りをしていました」

 ですが、と彼女はさらに続けた。

「それには理由があります。先ほど申し上げたとおり、殿下と団長が実力主義であることもあります。ありますが……」

 そこで彼女は言葉を切って、じっと一人の人物を見つめた。
 彼女に釣られて、皆がその女性に視線を集中させる。

「ええ、そうです。一番の理由は彼女の存在です」

 頷きながら、彼女はそう告げた。

「わたくし、そのように忌み嫌われるような覚えはありませんわよ」

 全員の注目を集めたユズリハは、黄金色の髪を揺らし、こてんと首を傾げてそう言った。
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