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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち― 作者:安里優

第二部:人界侵攻・蒼雷編

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第23回:祝宴(上)

「いやあ、なんていうか……。ほとんどのろけでしたね」

 エリの天幕を辞した後に案内された、自分たちのために用意された天幕に腰を落ち着けたところで、オリガが短い髪を布で拭った。

「なんだ、汗かいたのか」
「ええ。エリちゃんの話にあてられて。……ってのはもちろん冗談ですけど。まあ、緊張してたんでしょうね」
「ミズキか」
「ありゃあ、なんていうか……怖い人っすね。別に敵意はないはずなんですけど」

 気軽に話しかけていたミズキのことをそんな風に評するオリガに、リディアは苦笑を浮かべる。
 平気でそいつの相手をしてたお前も十分怖いよと思いながら。

「こっちはよそ者だしな」
「そうっすね。警告でしょう。下手に動くなよって」

 それから、オリガは天幕の中を見回した。灯火に照らし出される天幕の内装は、実に明るい雰囲気だ。
 朱や橙の織物で彩られた様子は、なんとも賑やかな風情とも言える。

「出迎えの天幕や花嫁のだけじゃなくて、どこもこんな派手なんですかね」
「んー? そうだなあ。魔界は寒いらしいからなあ。部屋の中は明るくするんじゃねえか?」
「ああ、籠もりきりになるからっすか。なるほど」

 うんうんと頷くオリガの前で、リディアは荷物を収めた長櫃に腰掛け、その前に置かれた卓に肘をついて、その手で顎を支えている。
 少々行儀はよろしくない格好ではあったが、実に様になっていて、本当に美人は得だなあとオリガは内心ため息を吐いた。

「エリの言い様は、たしかにのろけみてえなもんだったな」
「はい」

 もじもじしながら自分でいいのだろうかと悩みを吐露するエリの話は、のろけと言われてもしかたのないものであった。
 どんな要求でも呑もうと向かった先で示された厚遇、スオウの傍で過ごした短いものの濃密な日々、ショーンベルガーの名よりも自分自身を信じると言われたときの衝撃……。
 それらの話は、エリからだけではなくスオウの側からの信頼も感じさせる。

「一方で、あれはなかなか視野が広そうだった。田舎領主の娘なんて言ってたが、どうしてどうして……。ありゃあ、きちんとわかってやがるぜ」
「ですね。ソウライ領主層の共通認識だなんて言ってましたけど、ソウライの諸都市をなんらかの勢力が呑み込みにかかるなんて予想、本当に覚悟してた都市がどれだけあるのか怪しいもんすよ」
「ああ。人は、見たいものしか見ねえ。自分に不利な情報は見なかったことにするか、大したもんじゃねえと思い込む。自分の決断や判断が間違ってるなんてそうそう認められねえし、いまの状況はずっと続くと思う。それが人間だ。ところが、エリはそのあたり、目が曇ってねえ」
「ショーンベルガー公の教育のたまものか、当人の資質か……。いずれにしても、きちんと利が見えてるって感じましたね」

 リディアはオリガの言にこくんと顎を動かした。

「そうだ。だから、皇子とエリの結婚は、どこまで行っても利を求めるもんだ。お互いにな。それは、わかってるはずなんだ」
「政略結婚ですからね」
「ああ」

 そこで、リディアはふっと淡い笑みを浮かべた。実に優しく無邪気な笑みだった。

「それでも、ああなれる。幸せもんだな」

 お互いに組織の代表として利を求めつつ、個人として相手のことを見てもいる。その様子を、リディアはうらやんだ。
 そのことは、エリ当人にも伝えている。彼女が婚約に際し、諦めや気負いではなく、期待と裏腹の悩みと共にあることがうらやましいものだと、リディアは告げていたのだ。
 果たして、それでエリの心がほぐれたのかどうか。それはわからない。
 ただ、それは紛れもないゲール帝国第十一皇女の本心であった。

 そうして、そんな風にエリに思われるスオウは実に果報者だと持ち上げて、話を終えた。
 もちろん、そんな関係を築ける皇子を幸せ者だと思う気持ちも、また本当であった。

「まあ……しかし、あれだな」
「なんすか」
「皇子は色好みだっていうけどよ。エリのあの様子を見てる限りじゃ、女を使い捨てにする性質じゃあねえな」
「あー……。それはそうかもしれませんね」
「そうなると、色仕掛けにも深入りの覚悟がいるってこった」

 オリガがぎょっとする気配に、リディアは小さく笑う。

「まあ、まずはそれに相応しい男かどうかだな。まだ見極められるもんじゃねえ」
「それは……そうっすね。今日はこの後すこし時間を取ることも出来るって、打診がありましたけど」
「それだけどな」

 そこでオリガに向き直って、彼女は真剣な様子で告げた。

「式典の後にゆっくりお会いしましょうとかなんとか返しておこう。皇子を婚約の式典前に煩わせちゃ、エリがかわいそうだ。なにより、慌ただしいうちにすまされたかねえ」
「わかりました。じゃあ、実務はともかく、会見はまたの機会にと」
「うん」

 それから、彼女はどこか遠くを見るような目つきでこう呟くのだった。

「あの皇子が、エリの思うとおりの男であってくれるといいな。そして、この目に敵う男であってくれればもっといい」


                    †


「本日は助かりましたわ」

 リディアとオリガを彼女たちのために用意された天幕に案内した後で、ミズキはエリの天幕に戻っていた。
 灰金の髪を揺らし礼を述べる彼女を、エリは困ったように見ている。

「あれでよかったんでしょうか? 私はただ話をしただけでしたけど」
「ええ。それでよろしいんですのよ」
「リディアさんたちになにか伝えたかったんじゃないんですか?」

 エリの言葉に、ミズキの笑みが深くなる。

「もちろんですわ。そして、十分に示せましたことよ」
「スオウ様のことを?」
「それだけではありませんことよ」

 謎めいた笑みを浮かべるミズキに、エリはますます困惑の表情を強めた。

「エリさん」

 まるでこれから重大な秘密を漏らそうとするかのような口調で、彼女はエリを呼んだ。

「言葉というのは、その内容だけでは無く、誰がそれを発するかというのが非常に重要ですの」
「まあ、それはそうでしょうね」

 信用のない者が口にした言葉は、たとえどれだけ正しくても心を打つことはないだろう。
 盗みを繰り返す者が、唐突に正義の実現を訴えたとしても耳を貸す者はいないのだ。

「その点、エリさんの外見はお得ですわ。いかにも信用できそうですもの」
「そうです?」
「ええ。少なくともこのワタシよりは」

 軽口と言うには真剣なミズキの口調にどう答えていいのかわからず、エリは口を閉ざした。

「今回に限って言えば、なにも飾る必要はありませんでしたわ。ありのままを語っていただければそれで十分でしたの。そして、あなたはそれを果たしました」
「そういうものですか」
「ええ。そういうものでしてよ」

 いまひとつ釈然としないという様子のエリ。
 そんな彼女の姿を見ながら、ミズキは実に満足そうに微笑むのだった。


                    †


 ショーンベルガー公爵とスオウとの会見が無事に行われたことを受け、スオウとエリの婚約を満天下に示す式典は予定通り挙行されることとなった。
 ショーンベルガーの住人はもちろん、占領されたファーゲン、リースフェルト両都市からも特別に数十人が招待され、参列している。

 もちろん、ファーゲン伯爵、リースフェルト伯爵も招かれている。むしろ、二人の出席は強制であった。
 都市に攻め寄せ、新たな支配者となった魔族たちに囲まれているだけでびくびくものであるというのに、式典における彼ら二人の席は、リディアとオリガに挟まれていた。

 自分たちが関わることなどまずあるまいと思っていた南方の超大国の皇女とその供である。万が一礼を失すれば、自分たちの首が飛ぶだけで済むはずもない。
 失態を犯して皇女の怒りを買った時に、魔族がとりなしに動いてくれるとはとても思えなかった。
 都市のまとめ役として生かされてはいても、所詮は取り替え可能なものであることを、彼ら自身重々承知しているのだ。

 おかげで、剛胆で知られ、降伏の時も気丈に魔族側と渡り合ったリースフェルト伯ですら一挙手一投足に気を配り、ファーゲン伯などはオリガが話しかけるだけで卒倒せんばかりの有様であった。

 リディアたちにしてみれば、笑いをこらえるのが大変でならない。

 そもそも、魔族の側からしてみれば、この席次は特に意図のあるものではないだろう。ショーンベルガー以外の人界の者たちをまとめて置いただけだ。
 そのことが部外者であるリディアたちには容易に察せられるものの、征服されたばかりの両伯爵はそうはいかない。
 自分たちを試すためでのものであろうとか、圧力をかけるためであろうとか、勝手に思ってしまうのだ。
 その心理はリディアにもわかるが、結局は自意識過剰な話である。リディアたちが、ファーゲンやリースフェルトの伯爵に、そこまで注意を寄せる意味もないのだから。

 だから、彼女は二人に同情しつつ、そのあまりのびくつきぶりがおかしくてしかたなかった。
 とはいえ、むやみやたらと話しかけられるよりは、余計なことをせずにおとなしくしようとしてくれているのはありがたいかもしれない。
 なるべく目立たないようにしようと努力しつつ、どうにもうまくいかない二人が、またおかしいのであるが。

 そんな一幕もある一方で、式典は滞りなく進んでいた。

 エリが美しい花嫁衣装を身にまといスオウと共に天幕の中央を進む様は、まさに一幅の絵のようで、大歓声が上がる前に思わず皆がため息を漏らすほどであった。
 また、二人がこれより先を共に進むと簡潔に宣言した時、エリとスオウの手がしっかりとつながれていたことは、見る者の心にはっきり刻まれた。
 なによりも、エリもスオウも実に楽しげであった。
 心から笑い、喜び合っていた。

「それでは、皆、楽しんで欲しい!」

 そうスオウが宣言して、婚約の式典は祝宴へと移行する。
 堅苦しい雰囲気は和らぎ、一部の――リディアたち賓客のための――席以外は卓も椅子も取り払われる。
 分厚い絨毯の上に直に座り、酒を酌み交わす、飲めや歌えの宴がそうして始まった。

「いやあ、なかなか盛況ですね」
「はっ! 華やかですな!」

 オリガが話しかけると、宴の様子を眺めていたファーゲン伯が緊張の面持ちで応じる。なんとか話はできるようになったようだが、それでもまだその声はずいぶんと堅苦しい。

「魔界の方々は皆お美しく……。ああ! もちろん、人界の華には敵うものではありませんが!」

 とってつけたような賛辞に、オリガは頬をひくつかせながらなんとか笑みを返す。本当は大笑いしたいところであったが、そうすればますますファーゲン伯を戸惑わせることだろう。

「男性方もおられるようですね」

 オリガたちの会話を受けて、リディアがリースフェルト伯に話しかける。彼女は、北方語も能くしていたが、その言葉遣いは慎重だった。
 仰々しい言葉も、くだけた言葉も、彼の緊張を高めるからだ。

「はい。我が都市からの者もわずかにはおりますが、大半はショーンベルガーよりの参加者でありましょう。……自分たちになじみ深い婚礼と勘違いしている者も見受けられるようですが」

 リースフェルト伯の後半の言葉は、彼の視線の先にある一団を指してのことだろう。そこには、魔族の兵たちに熱心に話しかけている若者たちがいた。
 若く美しい女性とお近づきになろうとするその様子は、たしかに通常の婚礼なら、珍しいことではない。

 婚礼は実際に行われる両家の結びつきと共に、それを機会にあらたな縁を生むことも企図しているからだ。
 良い縁が生まれれば、その者たちは当然その場を設けた者たちへも感謝する。良家の子女は箔をつけるためにも、有力な者の儀礼の場で出会いを求める。
 そうした様々な意図が存在する場なのだ。

 だが、これは通常の婚礼に準ずるものではない。
 相手は魔界の民であり、種族すら違う存在なのだ。
 たしかに彼らは現状ではこの地の支配者層ではあるものの、そう簡単によしみを通じようとするなどとは、リースフェルト伯にとっては常識の外のことであった。

「ショーンベルガーの方々は、豪放であるか、あるいは、よほどカラク=イオに心を許しているのでしょうね」
「そう……なるのでしょうか。私ごとき老いぼれには、どうにも変化についていけるものではありませんな」

 リースフェルト伯は四十代、老人とはとても言えない年である。だが、魔族による侵攻とソウライ王の死、自分が治める都市のカラク=イオへの編入と立て続けに起きたことで、精神的に疲れを感じている様子であった。
 リディアは艶然と微笑むことでそれに応じ、後は口を閉じた。

 実際の所、彼の懸念は当たってもいるし、外れてもいる。
 彼女が見る限り、ショーンベルガーからの参加者は都市部上層の者よりも、庶民のほうが多い。それが意図的なものなのかどうか、彼女にはわからなかった。
 もちろん、庶民も出会いを求める。
 だが、リースフェルト伯が考えるような厳格なものではない。彼らが望むのが祝祭の夜だけの関係というのも、普通にあり得る話だ。

 さて、口説かれているあの女たちは、それを受けるのだろうか?
 リディアは内心そんなことを思いながら、男たちの言葉にきゃらきゃらと笑いさんざめく魔族の兵たちを見た。

 言葉は通じているのだろうか。どうだろう。
 あるいは、男たちは今日の日のために、極北語(まかいのことば)を覚えてきたのかもしれない。美しい女性と懇ろになるためならそれくらいする者は多くいる。
 そして、その言葉がへたくそでも、いや、へたくそであればあるほどおもしろがって、自分たちのことを学ぼうとするその姿勢をうれしがることだろう。

「変化、か」

 誰にも聞こえないように彼女は口の中で呟く。
 リースフェルト伯は変化についていけぬと言った。それを言うならば、リディアとて、ほんの少し前までこんな光景は想像もしていなかった。
 魔界の者たちがリ=トゥエ大山脈を越え、ましてやただ略奪して去っていくのではなく、人界の者たちを支配し、その民と交流するようになるなどとは。

 遥か南方のゲール帝国の皇女であるリディアにとって、それは所詮北の最果て、辺境での出来事だと言い捨ててしまえるものであろうか。

「他人事ではねえよなあ」
「は?」
「ああ、いえいえ」

 どうやら声が高くなっていたらしい。
 不審そうなリースフェルト伯を笑顔で黙らせて、彼女は思考を続ける。

 けして他人事ではない。
 本国も、こうなるかもしれない。
 彼女の動き一つでは。

 もう一度、リディアはカラク=イオの兵たちを見た。彼女たちと笑いあう男たちを見た。

「面白い」
「なんと?」
「いえ、世の中は面白いものだと。魔界の皇子と人界の姫との婚約に立ち会うことが出来るなどとは思ってもおりませんでした」
「そ、それは……。まあ、私も想像はしておりませんでしたな……」

 リースフェルト伯の弱々しい言葉は、リディアの心にかすりもしない。
 彼女の思考は音を立てて回転し、どんどんと速度を速めていった。

 面白ぇじゃねえか。

 カラク=イオに飛べる者はいるだろうか? いたとしたら、流通にそれは使えるだろうか?
 魔族の真の姿はどれほどの間維持できるのだろう? それは物資輸送に有益だろうか?
 人と魔族が交わったなら、生まれるのは魔族の資質を持つ者だろうか? 彼らは、大地の毒をものともしないのか?

 疑問が巡り、可能性が弾ける。

 彼女の頬に刻まれる笑みが、ぐんぐん大きくなり、ついにそれは獰猛とも言える表情になりかけた。
 それを引き戻したのは、リースフェルト伯の一言だった。

「おや、なんですかな」

 彼の言葉に目をやれば、大天幕の一角に、ひらけた空間が出来ていた。その場所だけ人払いがされ、置かれていた酒や食べ物もどかされているらしい。

「な、なにかの出し物でしょうか!?」

 ファーゲン伯の言葉を裏付けるように、ひらけた一角の端に魔族たちが並び、楽器とおぼしきものの調整をはじめていた。発声練習らしきことをしている者も見受けられる。
 彼らも含め、大天幕に詰めた者たちの大半がそちらに注視を向けるようになったころ、賓客席に近づく者がいた。

「リースフェルト伯、ファーゲン伯」

 魔族にしては小さめの身長ながら、長い髪を太く一本にまとめているのが目を惹く、カラク=イオ参謀スズシロだ。
 彼女の北方語はまだまだ上手とは言い難かったが、意味は十分通じた。

「お願いがありますが、きいていただけますでしょうか」
「はっ! な、なんなりと!」
「我が身で成せることなれば」

 席を立って直立不動になるファーゲン伯と、慎重に応じるリースフェルト伯。彼らの様子に苦笑を浮かべ、スズシロはなだめるように告げた。

「そのように緊張なさらないでください。お二人に頼みたいのは、エルザマリア嬢の踊りのお相手です。」
「踊り……」

 それを聞いたリディアの目が先ほどのひらけた場所に移る。どうやら、あれは舞踏の場であったようだ。

「そして、皇女殿下」
「なんでしょう」

 スズシロは声をかけておきながら、目配せで少し待てと言うように示してくる。その訳はすぐわかった。
 彼らの周囲で人がざっと割れ、その間を悠然と歩いてくる姿があったからだ。

「私と踊っていただけますか?」

 魔界の皇太子、カラク=イオの長たるスオウが、彼女の前でそう言って恭しく手を差し出してきた。
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