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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち― 作者:安里優

第二部:人界侵攻・蒼雷編

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第19回:交渉(下)

「さてさて……」

 リディアたちが去った天幕の中、スオウは幹部たち三人のほうを向いて、楽しげに語り掛けた。

「いったい、どんな意図があるのかな」

 もちろん、問いかける内容は、ゲール帝国第十一皇女(リディア)の来訪についてだ。

「商売に来たというのもたしかだと思うんだけど……」
「それにしてはちょっと大盤振る舞いじゃないです?」

 シランが露出した片目をきらめかせて言うのに、カノコが首を傾げる。

「あちらが損するくらい?」
「損はしないと思いますです」

 おそらくは人界の経済に最も明るいであろうカノコは、シランの問いに首を振った。

「ただですね、それほど得するとは思えないんです。さばくのに時間もかかると思いますし」
「そこは皇女さまだもの。焦る必要はないんじゃない?」
「そうなんでしょうか。そうなのかもしれません。でも、この商売の仕方は、次への顔つなぎという意味合いが強いような……」
「それには同意」

 そこで、両者の視線はスズシロに向かった。カラク=イオの頭脳ともいうべき女性は、難しい顔で考え込んでいたが、そんな彼女たちの視線に頷いた。

「我々と接触を持つため、そして、今後の布石とするためにやってきたというのは、二人の言うとおりでしょう。問題は、その意図です。なぜ我々とつながりを持とうと思ったのか」
「当人が言ってたように魔族が珍しいからというのは?」

 スオウが言うのに、スズシロは苦笑で応じる。

「それがまるでないとは言いません。当然、興味はあるでしょう。しかし、それだけで動ける立場だと本当にお思いですか?」
「ま……。ないな」

 魔界の皇子であった時のことを思い出してか、スオウは複雑な表情で頷いた。
 実を言えば、カラク=イオの代表となったいまのほうがよほど好きに動けているという自覚を、彼自身持っていたのだった。

「うーん。私たちが魔界とまだ繋がっていると思ってるって読みはどうかしらぁ?」
「なるほど。魔界の尖兵を早い内に探っておこうってことですね。それはありそうな話です」

 シランとカノコが立てた推論に、しかし、スオウは首を傾げた。

「しかし、俺が放逐されたことくらい掴んでるんじゃないか? 特に隠してもいないしな」

 当のスオウがそう言うのに、スズシロは小さく肩をすくめる。

「けれど、殿下。それが擬装だとしたらどうします?」
「なに?」
「皇太子を放逐したことにして、人界を偵察させ、準備が整った段階で魔界から本格侵攻を始める。人界にはさして意味がありませんが、神界への目くらましとしては悪い策でもありません。人界の者たちが考えついてもおかしくはないでしょう」
「そううまく行くものでもないけどねぇ」

 シランが言うのに、スズシロは黙って頷いていた。
 実際、そんなことが可能かどうかはまた別の話だ。ただ、それを南方の大国の皇女が信じるかどうかが問題であった。
 そして、現段階ではそれを肯定も否定も出来ないというところであろう。

 いずれにしても、とスズシロは続ける。

「我々を脅威と見ているか、我々から利を引き出すことが出来ると踏んでいるか。このどちらかの方向性だろうとは思うのですが……」
「うん」
「細かい部分については、さすがに材料不足過ぎます。いま判断するのは早計でしょう」
「まあ、それもそうだ」

 スオウがしかたないというように言って話をまとめようとするのに、しかし、スズシロは身を乗り出して言葉を放った。

「ただし、一つ気づいたことがあります」
「ほう?」
「あの皇女殿下は、一度も我々を魔族とは呼ばなかったのですよ」
「なに?」
「魔界に住まう者とか、カラク=イオの方々という風に、彼女は言っていました。一度も、魔族とは言っていません」

 言われて、同じ会話を聞いていたはずの三人は記憶を辿る。しかし、細かい言葉遣いまではさすがに定かではなかった。それに注意していたならともかく、意識していなければ流してしまうような話だ。

「そうだったか」
「はい。もちろん、我々の言葉ですから、魔族という言葉には、なんの問題もありません。しかしながら、彼女の出身を考えれば、それなりの意味はあると思います」
「出身?」

 シランが不思議そうに繰り返すものの、すぐ気づいたように頷く。

「人界の中でも南方……神々の影響の強い土地ってことねぇ?」
「そうです。おそらく、彼女たちが普段使う言葉では『魔族』には強い侮蔑の意味でも混じっているのでしょう。そのあたりは――これは聞いてみないとわかりませんが――エリたちとも異なる感覚なのではないでしょうか」

 エリたちの使う北方語がゲール通商語から派生した言語であるとはいえ、別個のものとして成立している以上、なんらかの用法の違いや、それに伴う意識のずれはあるはずだ。
 魔界に面する地域と、神界に面する地域。
 両地域で使われる言語で、魔族に関する受け取り方が異なるのは、実にありそうな話であった。

「あえて使わないということなら、なにか意味があるのですね」
「ええ。私は、これについて、こちらへ敵意のないことを示す……。いえ、もっと踏み込んで気を遣ってくれていたのだろうと推察しています」

 その言葉に、スオウは少し考えるようにした。

「礼を示すべき相手だと認めている、と」
「おそらく。なにを求めているにしても」
「なるほどな。ならばこちらもそれなりの態度を示さねばなるまい。いずれ敵に回すとしても、なにも嫌い合う必要はないからな」

 それから、彼は近しい部下たちをぐるりと見回して、念を押すように言った。

「侵略者と恨まれるのも、敵視されるのも、怖れられるのもいい。実際に侵略しているのはこちらだからな。だが、忌み嫌われてしまっては、まともに話もできなくなる。これは出来るだけ避けたい。皆もそのつもりでいてくれ」
「はい」
「そうねぇ」
「わかりました!」

 それぞれの返事を受けて、スオウは満足そうに頷く。それから彼はにやっと唇を歪めて見せた。

「まあ、それに彼女はなかなか面白そうだしな」
「あら。気に入ったの?」
「ああ。佳い女だぞ、あれは」

 一気に場が気安いものに変わるのに、シランは小さく笑う。

「まあ、ものすごい美人だけどぉ……。気が強いわよぉ、あれは」
「おいおい、それをシランが言うのか」
「どういう意味かしらぁ?」

 じゃれあう従姉弟の様子に、スズシロとカノコは顔を見合わせる。二つの顔は鏡に映したように同じ表情を浮かべていた。楽しげだが、少し困ったような。
 しばらく二人が話すのに任せていたカラク=イオの参謀は、こほんと咳払いして注意を己に集める。

「殿下が個人的にどういう関係を築くおつもりかは置くとして、得難い縁ではあるかもしれません。それこそ、彼女を通じてゲール帝国を手に入れるなんてことになるかもしれませんからね」
「あらぁ。積極的ね」
「いずれ三界を手に入れるのですから、それくらいは考えておかないと」

 シランがからかうように言うのに、当たり前のように肩をすくめるスズシロ。その様子をカノコは目をきらきらさせて見つめていたし、スオウは好もしそうに受け止めていた。

「そうは言っても」

 スオウが場をまとめるように言葉を舌に乗せる。

「いまの我々は吹けば飛ぶような弱小勢力に過ぎん。まずは……リースフェルトだな」
「はい。吉報を待ちましょう」
「そうしよう」

 皆が頷いて、ひとまずその場は解散となるのだった。


                    †


 皇子スオウ皇女リディアが交渉に挑もうとするころ、ファーゲンの隣りリースフェルトではもう一つの交渉が行われていた。
 否、数日前からの交渉にようやく結論が出たというほうが正確だ。

「交渉は決裂か」
「当たり前と言えば当たり前ですけれど。突然やってきて都市の支配権を明け渡せと言っても、そうそう応諾出来るものではありませんわ」
「うむ」

 都市を取り囲む軍の代表者宛てに届いた書簡を読み終えて旅団長ハグマが言うのを、通信大隊長ユズリハが受ける。
 天幕に響いた二人の声の調子からして、その結果を特に残念とも思っていない様子であった。
 実際、ファーゲン陥落の報に驚いているところに電撃的に侵攻してきたカラク=イオ軍の存在に、リースフェルトはすっかり面食らってしまっている。都市内の意見をまとめることも出来ないでいるだろうことは、ハグマらにとっても予測の範囲内であった。

「リースフェルト伯爵当人がどう思っていても、同じ都市内におわす方が降伏を許すことはあるまいしな」
「ソウライの王を名乗る方ですわね」

 ソウライは分裂し、一体の王国としてはもはや機能していない。それは明らかな事実であるが、それを認めようとしない者もいる。
 リースフェルトに住まうソウライ王家の末裔、自称ソウライ王ニクラスバルドゥーインである。
 ソウライはいまだ滅びず、王家による統治が続いているのだと彼は主張する。

 だが、彼の主張を認めているのは、彼の宮廷を形作るほんのわずかな廷臣だけだ。主要都市国家どころか、彼の宮廷に避難場所を提供しているリースフェルト伯アウグストジーメンですら、王権の実効性を認めていない。
 その証拠に、カラク=イオとの交渉における都市側の代表者は、ニクラス王ではなく、アウグスト伯のほうだったのだから。

「リースフェルト伯は、王の支配権は認めずとも、尊重はしている。王家の血統が都市内にいるというだけで、利益を得てきたからな」
「これまでは」
「そう、これまではな」

 かつてソウライを構成していた各都市国家が、王権を認めないまでも王家をなにかと立てるというのは不思議なことではない。実際にこれまではある程度の効果はあった。
 だが、いまリースフェルトを囲むのは、魔族である。彼らにとってソウライ王家の血統とは、なにか意味があるものだろうか?

「だが、すぐには切り替えなど出来まい。伯爵家も都市の住人もな」

 それを自覚しているかしていないか。そのことまでは都市の外にある身では知ることが出来ない。
 いずれにしても、そこにつけいる隙がある、とハグマは考えていた。
 リースフェルトの都市全体を簡略化して示した地図を確認し直してから、ハグマは決断した。

「やはり『王城』を崩すのを最優先としよう」

 リースフェルトには城塞と呼ぶべきものが二つ存在する。
 古くから存在するリースフェルト城と、ソウライ崩壊後に建築された『王城』である。

 そもそも、リースフェルトはショーンベルガーと似た環境の都市であった。ファーゲンのように谷間に水をせき止める堰堤を築くのではなく、地下の湖の上に築かれた都市なのだ。
 これもショーンベルガーと同じく、地下の湖の一部は地上に露出し、リースフェルトは内懐に湖を抱える都市となっている。
 そんな都市内の湖畔に建つのがリースフェルト伯爵の住まうリースフェルト城である。これはショーンベルガーの中心に建つ城と同じく、先史時代の館を増築した結果できあがったものであり、いにしえより都市の中心として機能してきた。

 一方、ソウライの体制崩壊後にリースフェルト伯を頼ったソウライ王家残党は、リースフェルト城に『居候』するのを好まなかった。
 さすがに元来の城を乗っ取ろうとするほどには厚かましくなれなかったのか、『王』たちはリースフェルトの正門に移り住んだ。
 リースフェルト――都市にしろ伯爵にしろ――側にしてみれば、街道に面した門を整備し、防備を強化するのは損にならなかったし、王家との距離を保つにもちょうどよかった。
 そんなわけで当時でも一対の立派な門塔を備えていたという大門は、いまやその門塔を三倍に増やし、壁体や上部構造も増築されて立派な城と化している。
 その『王城』をまず攻略しようとハグマは言っているのだった。

「賛成ですわ」

 ユズリハがそのとろけるような金の髪を振って大きく頷くのに、ハグマは首を傾げる。自分の方針に賛意を示すだけにしては、少々派手な動きであったためだ。

「ずいぶんと乗り気だな」
「当たり前ですわよ。あんなごてごてと趣味の悪い建物、我慢なりませんもの」
「なるほどな」

 元々が城ではなく門であったためか、あるいは王家のものであるということを無理に示そうとしたためか。『王城』は少々無計画に増築されて、均衡という点で見られたものではなくなっていた。
 その折々の最新の技法と装飾が施されている気配はあるのだが、それが全体としては不格好なものになってしまっているのだった。
 ショーンベルガーの城壁の修復具合ですら場当たり的で余り気に入らないユズリハにしてみれば、許せるものではなかったろう。

「だが、あんななりでもそれなりの防御力はあるぞ?」
「けれど、団長はそれを突き崩すのが最も効果的であると判断されたのでしょう? ならば、とっとと破壊すべきですわ」

 それが麗しい世界のためにもなりますもの、とユズリハが付け加えるのに、ハグマは笑う。

 杓子定規に軍事的判断を下すなら、防御が集中しているところに戦力を向けるのは得策ではない。
 もっと弱いところを突き崩すほうが、よほど簡単だろう。だが、それはリースフェルトの城壁を突破するという短期的な目標にだけ効果のある手法だ。
 大目標である都市の支配を考えれば、『王城』を攻略することは強大な心理的効果を及ぼすはずであった。
 そのことをユズリハは理解している。そうハグマは受け取った。

 だから、おそらくいま浮かべている彼の笑みには部下の成長を見守る喜びもふくまれているのだろう。

「では、フウロが戻ったら、早速検討を開始しよう」
「わかりました」

 そう二人が言葉を交わしてからそれほど経たずに天幕の扉が持ち上げられ、赤毛の女が朗らかな様子で帰ってきた。

「戻りましたー」
「どうでしたの? 南西のほうでの騒ぎというのは」
「いつものやつさ。傭兵団が来てたんで、お帰り願ったよ」
「なるほど」

 ユズリハが尋ねかけるのに、フウロはもう慣れっこという風に応じた。
 ファーゲン攻略の報が駆け巡ったのか、あるいはリースフェルトの有力者が情勢を見て手配していたのか。リースフェルトには南方から傭兵団が続々とやってきていた。

 アウストラシア南部は平穏なソウライ地域と異なり、戦王国群と呼ばれる戦乱の地域である。そこには戦慣れしている者たちが数多くいる。当然、傭兵団も複数存在し、戦と聞けば集まってきてもおかしなことはないのだ。
 特に、リースフェルトの隣市であるゲデックがソウライ地域と戦王国群の結節点とも言うべき位置にあり、街道もそのように通っているため、リースフェルトへの移動は容易いのであろう。

 もちろん、すでに包囲が行われている都市に傭兵が入れるはずもなく、たいていはカラク=イオの軍勢を見ただけで回れ右する。
 ただし一部の者はそれほど物わかりが良くなく、余計な騒ぎを起こすこともあるのだった。

「戦闘になったのか?」
「小競り合いでもありませんよ。誰の骨も折れてませんから」
「ふむ」

 フウロの答えに、ハグマはその片方しかない手で頬をかいた。

「しかし、戦の間にうろちょろされるのは面倒だな」

 その言葉に、フウロはすっと目を細め、不敵な笑みを浮かべた。

「いよいよですか?」
「ああ。はじめる」
「じゃあ、巡回を増やしときます」

 赤毛の襲撃大隊長は天幕から首だけ出して、部下に巡回と監視の強化を命じる。それから、彼女はハグマとユズリハが『王城』の姿を写し取った図を前に検討を始めている場に戻った。
 攻め筋を考えつつ、ふと彼女は疑問を口にする。

「ソウライ王とかいう奴の生死は重要ですかね?」
「いや、特に生かしておく必要はない。そう殿下からもうかがっている。リースフェルト伯は殺してはならんがな。交渉相手がいなくなるのは避けたい」
「あら、そうですの?」

 ユズリハも驚いたように言うのに、ハグマは落ち着いて頷いた。

「ああ。ソウライ王家の血なら、エリがいる」
「なるほど」
「あ、そうなんだ」

 ショーンベルガー公爵家には、かつて王家の血が何度か入ったことがあるらしい。辺境の治安を血統で保証しようとするのはよくある手であった。

「あれは、実は真龍の血も引いているらしいぞ」
「魔界の近くですしねえ。真龍の棲んでるところも一番近いんだっけ?」
「ですわね」

 そんなことを話しながら、三人は『王城』攻略の手筋を探っていく。
 ファーゲンから転戦してきた兵四百を合わせ実働兵力千八百、総兵数二千の魔族によるリースフェルト攻略はこうして始まるのだった。


                    †


「へぇ。あれがカラク=イオの本拠地かあ」

 カラク=イオによるリースフェルト陥落と自称ソウライ王ニクラスバルドゥーイン討ち死にの報がアウストラシアを駆け巡りだした頃。
 ショーンベルガーの郊外には、魔族たちの陣城を眺めやる、リディアとオリガの姿があった。
+注意+
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