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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち― 作者:安里優

第二部:人界侵攻・蒼雷編

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第7回:対陣(上)

「なにも貴様をよこすこともなかろうにな」

 魔界の新帝の父にして宰相以上の権限を持つ監国かんこくでもあるヤイトは、禿頭の中年男を前に杯を傾けていた。
 鳳落関上層の一室であるが、ヤイト自身の側近も、関を預かる黒銅宮の重鎮もいまはいない。

「私は一介の召し使いに過ぎません。陛下の命となればいずこへも参ります」

 その男は、実に貧相に見えた。
 男が床に跪いて礼を示し、ヤイトが作り付けの椅子に腰掛けているせいもあるだろうし、ヤイト自身ががっちりとした体つきであるせいもあるだろう。
 だが、それにしても……と思ってしまうのは、相手が魔族にあらず人であるからに他ならない。

「良く言うものよ」

 竜血酒を呷るヤイトは知っていた。
 魔族の目から見れば貧弱の一言で切って捨てたくなるこの相手が、メギの下で組織される間諜たちを率いていることを。
 彼らがもたらした情報は、メギが登極するにあたり、様々な形で活用されたのだ。

「それで、我が息子は儂になにを望んでおる?」

 男が五十人ほどの部下を連れて、ヤイトたちに追い付いたのは数日前のことだ。しかしながら、関に入るのを優先させ、ヤイトは詳しい話を聞いていなかった。
 男もあえてそれを邪魔する様子はなく、即刻都に戻れなどとメギの威を借りて振る舞うこともなかった。

「まず、誤解なされませんよう。陛下は閣下の行動に干渉するために私を使わしたのではありません」
「ほう?」

 メギには相談せずに都を出ただけに、彼の言葉は少々意外であった。
 とはいえ、体面を考えれば、いかにメギが帝であるとはいえ、そうそう父を叱責したりはできないだろうが。

「ただ、少々協力していただきたいことが」
「そうか。まあ……言ってみるがいい」

 当然、要求はあるだろう。無関心を装ってヤイトは相手を促した。

「陛下のお望みは二つ。第一は、私の部下にもあちらを観察する機会をいただくことです」
「ふむ。関の兵たちと共に配せよと?」
「はい」

 人界で孤立している皇太子親衛旅団の様子を見ることは、今回の目的の一つである。
 関を抜くようなことは考えづらいにしても、なんらかの脅威となりうるのか確認したいという気持ちはヤイトの中にもあった。
 メギが同様に感じていても不思議なことはない。

「まあ、よかろう。干戈かんかを交えるでもないからな、構わんぞ。もう一つは?」

 しばし考えて――それでも必要以上に時間を置いてから――ヤイトは応じた。男は頷いて次の要求を口にする。

「第二は出来る限り速やかに閣下に都にお戻りいただくことです」
「出来る限り、な」
「はい。けして無理にということではありません。黒銅宮の住む南部地域は重要な場所であります故」
「ふむ……」

 鳳落関にヤイトがいることにも、それなりの意味があるとメギは認めているということだ。
 そうは言っても、戻れと言う帝の意思を耳にした以上、そうそう粘るわけにもいかない。
 ヤイトは杯を乾し、空になったそれを手の中で弄んだ。

「よかろう。心に留めておく。相手があること故、いつとははっきり言えぬがな」
「それでよろしいかと」
「まあ、まずはあやつの出方次第だが……。貴様も使者に立ってみるか? 人界が懐かしかろう?」

 さも当然のように言うのに、男は苦笑を浮かべる。それは、この男が始めて見せた感情の発露らしきものであった。

「お戯れを。私の知るのは魔界のみ。人界など、異郷でしかありませぬ」
「そういうものか」

 ヤイトは言って、男のことをじっと見た。
 しかしながら、何百年か前、人界からの貢納品の一部として魔界に渡り、その地で世代を重ねた者がなにを考えるか、魔界の貴種たる彼には想像もつかないのであった。


                    †


 ヤイトにとっては、己の血を引く実の息子であるスオウの出方も予想外であった。
 親衛旅団が関を目指して進軍していると聞いて、追放された息子がとうとう自暴自棄になったのかと驚くと共に、悲しみと怒りを感じたものだ。

「いかにあの阿呆でも、関を攻撃しようと考えるとは……。まさか、儂を討ち取れると思ってでもいるのか」

 そう、側近に漏らしたほどである。
 もちろん、そこまで追い詰めたのが自分とメギであることなどお構いなしであったが。

 とはいえ、スオウは最初からそんなことを考えていない。
 スオウの意を受けたフウロ率いる襲撃大隊は、関から足の速い竜で一日、徒歩ならば二日ほどもかかる場所に陣取った。
 進出を停止し、運んできた杭などを立てて防備を固め始めるスオウ側の様子に、ようやく鳳落関側は警戒を解き、両者の間で使者の往来が始まる。

 すわ鳳落関での決戦かとヤイト側を驚かせ、スオウ側が立ち上がりの主導権を握ったこともあり、交渉は比較的順調に進んだ。
 そもそも、鳳落関側が圧倒的に有利な状況であるから、スオウ側が最低限譲れない線を提示するのに関の側が応諾することでしか、交渉は進みようがないのだった。

 そうして、スオウたちが陣城を出てから十二日後、防備を固め始めてからでは八日後にヤイトとスオウの会談が行われることとなる。

 その頃には、スオウ側に対して鳳落関側も兵を出し、ほぼ同数の兵が距離を取って対峙していた。
 二人の会談の行われるのは、その両軍のど真ん中。
 遮るものとてない場所であった。

「天幕でも立てるべきだったか?」

 谷間を吹きすぎる風に揺れる黒い外套を押さえながら、スオウがまずそう問いかける。
 スオウの着る軍服仕立てのものよりよほど温かそうな服を身につけるヤイトは小さく首を振った。

「余計な疑念を抱かせてもしかたあるまい。どうせ声は聞こえん」
「まあ、それもそうだ」

 言いながら、二人は書簡をお互いに手渡す。すでに交換が済んでいる兵たちの名簿。その最終的な確定版だ。
 カラク=イオに参加する気のない者は鳳落関に入り、鳳落関に留められていた庶務中隊はすでにスオウたちの指揮下に戻った。
 ただし、庶務中隊の中にも魔界に帰りたいと望む者があり、それらは関に逆戻りすることになる。
 そうしたやりとりの確認のため、最終的に受け入れた者の名簿をお互いに確定させる必要があるのだった。

「さて、それでは始めようか」

 なにもない地面に向かい合わせに設置された椅子に腰掛け、二人の会話はそうして始まった。

「そもそもなにを話す必要がある? そちらは補給を断ち、ユズリハやカノコたちを奪おうとした。もはやあからさまに意思を示しただろうに」
「まあ、そう言うな。少しは話を聞いてもいいだろう」

 スオウが呆れたような様子を示すのに、ヤイトはなだめるように言った。それだけを聞くと、政治的対話というよりは、親子の会話にも聞こえる。

「たしかにお前から見ると、事態は明らかなのだろう。儂とメギが謀反を起こし、帝位を簒奪した。そう見えるわけだろう?」
「まさか、そこから否定するつもりか?」
「否定はせん。だが、そのままというわけでもないぞ、スオウ」

 落ち着いた声で言うヤイトを胡乱な目で見るスオウ。ヤイトは息子の態度を予想済みであったか、鷹揚に頷いた。

「こう言えばよいか……。我が兄の座を奪ったのは確かだ。だが、それはけして儂の本意ではなかったのだよ」
「なんだと?」
「儂に野心がなかったとは言わん。大望はあった。兄の座を引き継ぐのは儂であるべきだと思っていたことも……いや、そう思い続けていた期間のほうがずっと長い。それは事実だ」

 そのことを、ヤイトは隠すつもりはなかったし、恥じるつもりもなかった。けれど、続いた声の調子は実に暗い。

「だが、兄を害してそれを実現しようと思ったことなどなかった。儂が考えていたのは、あくまでも兄の後継者として誰が相応しいかという話だ。兄を除くことではない」
「……ふむ」

 スオウは初めて興味のありそうなそぶりを見せる。
 今上帝の現況を、彼は把握していなかった。当然関心があるのだろう。

「白状しよう。儂はお前が相応しいとは思っていなかった」

 ふんとスオウは鼻を鳴らした。

「知ってたさ」
「では、もう一つ。儂は、そんなお前なら、政治的に追い落とせると思っておった」

 ヤイトの言葉通りならば、謀反を起こす必要はない。
 だが、現実はそれと異なる。スオウは曖昧に応じつつ、ヤイトが話し続けるのを聞いていた。

「兄がお前をかばっているうちはいい。だが、お前を主体とした行動でしくじれば、つつきようはいくらもある。実際、お前の素行を問題と考えている氏族は少なくないのだ」
「主体となるか……。たとえば今回のような?」
「そうだ。この襲撃は失敗に終わると思っておった。いまのような状況にならずとも何一つ得るところ無く終わったのではないか?」
「真龍の心変わりなど、そちらも予想は出来なかったろうに」

 皮肉っぽく笑みを刻むスオウを見ながら、ヤイトは大きく頷く。

「それはさすがにな」

 そこで、彼はしばしためらって、声を落とした。

「だが、メギにとってはあまり関係なかったようだ」
「ふむ?」
「あやつはお前の報を待つまでもなく、事を起こしおった。お前が人界の都市を囲み、真龍どもを待っていた時にはすでにあやつは兄を弑しておった」
「……ほう」

 スオウは驚きを露わにせぬよう努めているような表情で応じた。ヤイトはそれを強がりと見たのか、苦笑しながら続ける。

「儂はもっと慎重に、かつ穏便に事を進めるつもりであった。だが、あやつにはそれが我慢ならなかったのだろう。まったく、一人で先走りおって」

 憤慨したように言うヤイトを、スオウはじっと見つめていた。男の真意を探るように。

「あやつは一人で兄を害し、周囲を煽って帝位を襲いおった。儂は……それを止められなかった」
「……なるほど。それで不本意ながら、メギを帝に据えるしかなかったと」

 スオウが静かに言うのに、ヤイトは顔をほころばせる。

「おお、わかってくれるか。帝の不在はもちろんのこと、帝が甥に弑逆されたという事実も知られるわけにはいかん。そうだろう? たとえそれを察する者が多くとも、それはあってはならぬことなのだ。魔界全体のためにもな」
「魔界のために……な」
「そうだとも。お前かメギかなどという場合ではなかった。儂は、メギを支持する他なかったのだ。混乱を広めぬためにはな」

 その言葉に、スオウはしばし瞑目した。それから、かすれた声を喉から押し出すようにする。

「少し時間をくれ」
「ん?」
「父上が崩御なされたであろうことは、予想していた。しかし、確実ではなかった。それが明らかになった以上、子である身としては、弔いについても考えねばならない。わずかでも時間が欲しい」

 その申し出にヤイトはあっけにとられたようになっていたが、すぐに慌てたように応じる。

「お、おお。そうだな。うむ。お前もなかなかわきまえてきたではないか。それでは……」

 張り詰めた表情のスオウにどこか気圧されているかのような様子で、ヤイトは頷く。
 結局、二人は会談の再開時間を約束して、その場を離れることとなった。


                    †


「うわー……。殿下、すげえ怒ってないか?」

 陣に戻ってくるスオウの顔を眺めやり、フウロが低い声でささやく。

「ああ、あれは怒り心頭に発してますね」
「あわわ」

 スズシロがそれに冷静に返し、その隣にいたカノコは目を見開き、手を口元にあてて震えだした。

 いま、スオウたちの陣にいる幹部はこの三人だけだ。
 当初はユズリハもいたのだが、彼女は解放された庶務中隊の大半を引き連れて陣城への帰途にある。
 カノコとその部下の一部が残っているのは、それまで庶務中隊がいなかったために変則的に行われて混乱を来している補給業務の正常化をはかるためであった。

 そんな三人が見守る中で静かに怒気をみなぎらせながらスオウが戻ってくる。

「茶を」

 三人とすれ違いざま、彼は一言だけ告げて自分の天幕へと入っていってしまう。残された幹部たちは顔を見合わせ、次いで早足で道具と湯を用意しに動き出すのだった。

「あの愚物の目論見がわかったぞ」

 スズシロが淹れたとてつもなく濃い茶を三杯続けざまに乾してから、スオウは唸るようにして言った。
 小さめの天幕とはいえスオウのために用意されているものであるから、四人で狭いわけもないのだが、スズシロたち三人は、怒りに燃えるスオウの存在感だけで天幕がいっぱいになっているような錯覚を覚えていた。

「ヤイトの目的ですか」
「ああ。あの野郎、俺とメギを両天秤にかけるつもりでいやがる」

 さすがにその台詞には驚いて、しばし黙ってしまう三人。
 しばらくして、カノコがその首をこてんと傾けた。

「ええと……。じゃあ、私や部下を解放したりしたのは、太子様の心象を良くしておこうってことだったんです?」
「そうだ」

 それから、スオウはヤイトから聞いたことをそのまま話してやった。
 帝が弑逆されたとはっきりしたところでは、さすがに皆が頭を垂れたものの、すぐに切り替えて話を続ける。

「いやー。しかし、そりゃあ都合が良すぎるでしょ。全部メギのせいって、いくらなんでも……」

 赤毛の女が呆れたように頭をかきながら言うのに、スオウは肩をすくめた。

「もちろん、これは一から十までヤイトの都合だけの話だ。メギに聞いたら、きっと別の話をするだろうよ」

 そこでスオウは再び怒りを表情に表した。

「あいつが魔界のためなんて言い出した時は、本気で耳が腐るかと思ったぞ。どの面下げて……」
「殿下」

 その様子を見ていたスズシロが静かに彼を呼ぶ。その落ち着いた、しかし、彼への思いやりに満ちた声に、スオウもかっとなりかけた自分を引き戻した。

「ん」
「殿下ご自身が話されると、きっと気が昂ぶり続けてしまいます。代わりに私がまとめましょう」
「そうか。……まあ、そうだな。頼む」

 こくりと頷いて、スズシロは自分の編んだ髪を腕に巻き付けながら、ゆっくりと話し始めた。

「当人の主張では、ヤイトはメギを消極的に支持しているということになります。魔界の安寧のため、皇帝家を存続させるため、苦渋の決断を下したと」

 まるで義人のようですね、と彼女は呟く。

「しかし、もちろん、義のために動いているわけではありません。自分ではそう装ってはいても、実際はそうではない。では、なぜ、そんなことを装うか。それは、彼が自らの置かれた状況に満足していないためでしょう。真に望むものが手に入らないために、自らの作り上げた『物語』でそれをごまかしている」
「真に望むものです?」

 カノコの疑問に応じたのは、スズシロではなかった。フウロが吐き捨てるようにこう言ったのだ。

「帝位だよ」
「帝位……。皇帝になりたいと……」
「そうでしょうね」

 スズシロは頷いて、わずかに顔をしかめた。

「本来は、息子を帝位につけたことで満足しておくべきでしょう。しかし、本当の欲望……自らが皇帝になるという野望が満たされないため、彼は『物語』を作り、殿下を利用しようとしているわけです」
「万が一メギと対立するようになったとき、殿下やあたしたちを魔界に引き入れて味方にしようって? そんなこと出来ると思ってるのかね」
「ところが、出来ると思ってしまうのですよ」

 苦笑してフウロに応じるスズシロ。しかし、カノコにはその理屈が想像できず、思わず困惑の表情を浮かべてしまう。

「なんででしょう? 太子様がそこまで馬鹿にされて従うわけが……」
「子供だからな」

 落ち着いたというよりは疲れたような声でスオウが言うのに、全員の視線が集まる。
 さきほどまでの怒りはずいぶん薄れているようだったが、その代わりに苦々しい表情がその顔に張り付いていた。

「あいつにとっては、俺もメギも子供なんだよ。血がつながってるとかそういうことじゃないぞ。過去の記憶さ。あいつには俺もメギもよちよち歩きを始めた頃の姿で見えてるんだろうよ」

 ははあ、とカノコとフウロが揃って感心したように息を吐いた。

「なんとなくわからないでもないな。あたしも最初に見た時の印象はかなり引きずるし」
「一度刻まれた心象を覆すのはなかなか大変ですからね……」
「そうだな。しかし……」

 スオウはそこで自分に気合いを入れるように声を張った。

「それを利用することは出来る」
「はい。こちらを侮ってくれるなら、それはそれで好都合です」
「俺たちの目は魔界には向いていない。だが、そう思わせておくことは出来る。せいぜい、利用できると思ってくれればいいさ」

 そこまで言って、スオウは一つ鼻を鳴らして、こんなことを言うのだった。

「あいつの前で馬鹿面をさらすのは慣れているからな。思わずくびり殺したくなるのを我慢するのにもな」
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