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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち― 作者:安里優

第二部:人界侵攻・蒼雷編

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第5回:求婚

「わかりました。では、そちらの解決後ということで……」

 スズシロが言うのに、一人の士官が敬礼してからその前を辞す。

 司令部天幕に入ってきたところだったスオウは、その光景を見て心の中で首をひねった。
 彼に気づいて見事な敬礼をよこすその士官に答礼し、彼女が出て行くのを見送った後でスズシロのほうへ向かう。

「スズシロ」
「はい、殿下」
「さっきのはシランのところの中隊長だろう? なにか用事を言いつけていたのか?」

 こんなことを尋ねるのには理由がある。
 スオウ、スズシロ、ハグマの三人が現場の指揮官に直接命を下すことはまずない。
 もちろん立場的には出来るのだが、大隊長たちの職分を冒すことになるからだ。

 スズシロがあえてそんなことをするわけもないので不思議に思ったスオウであった。

「いえ。彼女にはなにも用はありません。彼女の隊に所属する者を聞き取りのために呼び出したかったのですが、なにやら問題があるようで」
「問題?」
「部隊内のいじめです」
「ふうむ」

 スオウは渋い顔をした。
 組織管理の面からしても、心情的なものからしても、歓迎したくなる類のものではない。
 スズシロはそんな彼をなだめるような口調で続けた。

「現在、中隊規模で問題を洗い出し、解決に向かっているところなので、出来れば私からは接触しないで欲しいと。こちらはそれほど急ぐことでもないのでその後でいいと伝えました」
「なるほど。上がへたに関わってくると、こじれかねないか」
「そういうことでしょう」

 そこでスズシロは一つ息を吸って、宣言するように言った。

「もちろん、おかしな解決をはからないように注意しますし、今後も気をつけていきます。魔界と切り離された事による精神的重圧は大きいと思われますので」
「そうだな」

 そこで、スオウは思い出したように呟いた。

「この間の事故もその類なのだろうかな?」
「四日前の変死の件ですか? どうでしょう。あれはなにかの発作で急に亡くなった結果、たまたま竜に食べられてしまったものと思いますが……」
「しかし、精神的なものが体の変調を生み出すことはあるだろう?」
「それは……ええ。注意することにしましょう」

 頼みとする兵士たちが、いざというとき動けないではたまったものではない。
 軍事的な技術や能力の育成だけではなく、精神的・肉体的な健康も保てるようにしておかねばと頷きあう二人だった。

「それに、今後は魔族以外を受け入れることもあるだろうからな。そのあたりも考えねばならない」
「ええ。どうしても手探りになりますが……。ああ、そうでした。それに関しては、エリが戻ってくるとの報せがありました。忙しくなければ、今日中にでも会談したいとのこと」
「ほう」

 スオウはその言葉に笑みを浮かべ大きく頷いた。

「それはよかった。一つ片がつきそうだな」
「では、準備を進めても?」
「ああ。午後にでも会うことにしよう」

 そこで彼は顔を引き締めた。

「あちらがどういう結論を出したかはわからんが、これで方向性は定まる。腰を据えて交渉出来るようにしておこう」
「はい。殿下も、お昼はしっかり食べておいてください」
「ははっ。そうだな。力が入るようにな」

 そうして、ひとしきり笑いあうと、二人は事を進めるべく動き出すのだった。


                    †


 エリは、六人の男たちを引き連れてやってきた。

 壮年から老人まで年齢は幅広いものの、いずれも魔族から見ても仕立ての良さそうな服を着ている。おそらくは、ショーンベルガーの有力者たちであろう。
 エリが紹介を始めてみれば、その見立て通り、男たちは領主の顧問団であった。中に一人だけいた地味な装いの者は通訳だと説明される。

「交渉を他の者に同時に通訳してもらいます」

 これも陣内で過ごしていた時よりずいぶんと立派な服を身につけたエリがそうささやく。
 頭に巻いている布も刺繍などからしてかなり手のかかったものだ。

 人界ではこれが改まった服装なのだろうと魔界の皆も想像は出来たが、彼女たちからしてみると、エリの着衣――ことに磨き上げた革の胴着は実に窮屈そうに見えた。
 脇腹から腰に至り脚へと流れる曲線を美しく引き立てるためのものであることは理解できても、獣化しにくそうだという感覚が先に立ってしまう。
 それは、魔族であればしかたのないところであったろう。

 ショーンベルガーからの一行が座り、それに魔族が対する形で場ができあがる。すると、それまではかすかにあった気安い空気が消え、張り詰めていくのがわかる。
 そんな中、スオウが立ち上がった。

「スオウだ。魔界の皇太子でもあるが、それは忘れてくれていい。いまは、カラク=イオの首長を務める。ここにいるのは私の側近たちだ」

 スオウは、ハグマ、スズシロ、フウロ、シラン、ユズリハ、カノコを紹介していく。
 始めて見るカノコにエリが興味深そうに視線を送るが、その場ではなにも言わなかった。
 カノコのほうは、スオウの言葉を一言も漏らさぬよう書面に書き取っている。

「私は、カラク=イオの代表者として、諸君と言葉を交わせることを嬉しく思う。たとえどんな結論が出ようとも、こうした交渉の場が成立することは喜ばしいことだ。そして、出来ることならば、お互いに益となる結果となることを望んでいる」

 スオウが軽く礼をして座るのと入れ替わりにエリが立ち上がり、頭を下げた。

「最初に謝罪を。現領主であるショーンベルガー公爵が臨席しないことをお許しください。領主である父は病の床にあり、人前に出ることは難しいと当人が判断いたしました。礼を失する振る舞いではありますが、見苦しい姿を見せるよりはと考えてのことです。なお、交渉の全権はこのエルザマリア・ショーンベルガーにあることを明言しておきます」
「承知した。お父上には後ほど見舞いを出させてもらいたい」
「お気遣いありがとうございます」

 そうして、ショーンベルガーの命運を賭けた交渉が始まった。

「人界と魔界では、言葉も法も習慣も異なります。そちらの意図とこちらの理解、あるいはその逆が齟齬を来さぬよう、慎重に物事を進めたいと考えますが、いかがでしょうか」
「それは当然だろう」
「では、まず……」

 交渉は、エリの提言でそんな風に始まる。
 しかしながら、話し合いは遅々として進まなかった。
 いや、一切進展していないと言っていい。

 エリが切り出したとおり、魔界と人界では常識そのものが異なる。なんらかの合意に達するどころか、その前提となるものを確認しようとするだけで、時間はどんどん過ぎていった。

 結局、しばらく経ったところで休憩が挟まれ、両集団は、それぞれに用意された小天幕に移動することになったのだった。


                    †


「らちが明きませんな」

 ハグマが疲れたように言う。

 話を進めようとしても、それはどういう意味で、そちらではどのような扱いが……と一つ一つ確認が入っては、進みようがない。
 ただでさえ一同の中では軍人気質の強いハグマであるから、そのようなやりとりには疲労を覚えるのだろう。

「ショーンベルガーからしてみれば、慎重になるのはわからなくもないっすけどね」

 その旅団長をなだめるようにフウロが言うと、シランが小首を傾げ、つややかな黒髪が流れる。

「でも、あれは引き延ばしよねぇ。必要のないことまで聞いてきてるし」
「そうですわね。ただ、それも交渉術ではありますわ。そのやり口を責めるわけにもいきませんわね」
「むしろ、いらついたら思うつぼってところかしらぁ」

 空転する議論には宮廷で鍛えられているのか、冷静に評価するシランとユズリハのやりとりを聞きながら、スオウは茶を含み、喉を湿らせた。

「こちらをいらつかせたり疲れさせるというのがないとは言わん。だが、どうもそれだけではない気がするな」
「と仰いますと?」

 カノコが問いかけるのに、うなりで応じるスオウ。
 どうやら、なにかひっかかるものはあるものの、それが明確な形にはなっていないようだった。
 彼はもう一度杯を手に取り、茶を飲み干す。

「なにかを待っている……という感覚なのだが、それがなにかわからん」
「なるほど」

 それまで黙っていたスズシロが頷く。彼女は視線が集まるのを意識しながら、言葉を紡いだ。

「それでは、彼女の立場になって考えてみましょう」
「ふむ……」
「いま、殿下は都市国家の領主の子です。近辺に、強力な戦力を持つ集団が居座っています。少なくとも、自勢力の数倍の力を持ち、正面から挑むことは考えられません」

 スズシロがスオウとエリの立場を入れ替えて話を始めると、フウロとシランが楽しそうに口を挟んだ。

「深夜に焼き討ちしようぜ」
「毒っていう手もあるわよねぇ」

 二人が混ぜっ返すのに、口の端だけ持ち上げて応じ、スズシロはさらに続ける。

「その勢力から、自分たちに協力するよう打診を受けた殿下は、交渉に臨みます。ただし、領主は病に倒れ、子である殿下はその決定権を預かっているという状況です。当然ながら信頼や忠誠の全てがそのまま引き継がれるわけではありません。まだ領主の座を継いだわけでもないのですから。交渉には後見として、氏族の有力者たちがついてきます」
「勘弁してほしいですわね」

 ぶるっと震えてみせるユズリハの姿に、小さく笑いが起こる。

「さて、その時、殿下はどんなことを考えますか?」
「ふうむ……」

 スオウは、しばし宙を睨み、それから、逆にスズシロに問いかけた。

「ショーンベルガー内での意見はすでに定まっていると見て良いか?」
「おそらくは。それでも、まだなにか足りていないのでしょう」
「なるほどな」

 彼は、そう言って晴れ晴れとした顔を皆に向ける。

「なんとなくわかったぞ。彼らの答えを口に出せるようにしてやればいいんだな」
「うまくいきそうですか?」
「ああ。なんとかなりそうだ」

 その言葉に、一同は安心したように頷いた。


                    †


「それでは再開しよう」

 元の天幕に戻り、席に着いたところでスオウが宣言し、それに応じてエリが立ち上がりかけた。
 しかし、スオウが掲げた手で押しとどめられるエリ。

「まず、こちらの話を聞いてもらいたい」
「しかし、常備兵の取り扱いにつきましては……」
「聞いてくれればわかる」
「はぁ」

 少しだけ不服そうに言って腰を下ろすエリを見ながら、彼は立ち上がった。

「我々カラク=イオは、ショーンベルガーに同盟を求めた。それと同時に、私、スオウはエルザマリア・ショーンベルガーに対して婚姻を申し込む」

 エリの琥珀色の瞳だけを見つめて、スオウがはっきりと言い放つ。
 その真剣さに、言われた当人よりも、むしろ後ろにいた男たちの方が息を呑んだ。
 まだ、通訳がその内容を人界の言葉にしていないというのに。

「それは……わかっております」
「いや、わかっていない」

 エリが気圧されたように呟くのに、スオウは首を振った。

「なぜ我々がショーンベルガーを取り込もうとするのか、そして、エルザマリア・ショーンベルガー嬢との婚姻を望むのか。諸君はその意味を理解しておられない」

 スオウの発言が訳された後で、ショーンベルガーの顧問団は顔を見合わせ、戸惑いの表情を見せた。
 一人、エリだけはじっと自分を見つめ続けるスオウの瞳から目もそらせずにいる。

「それは、私とエルザマリア・ショーンベルガーとの間の子を、ソウライの王、あるいは女王とするためなのだ」
「ソウライの……王?」

 衝撃を受けたかのような表情で問うエリに、スオウは頷く。

「そうだ。我々カラク=イオは、三界制覇を目指すものである。全ての大地を覆うものである。そうであるならば、その統治を私一人に担えるわけがない。私の指導する中央政府の支配下で、各土地の統治はその土地の者にやらせるのがふさわしい」

 大陸全土を治めることを前提とするならば、その論理はわかりやすい。
 広大な地域を中央だけで統治するわけにもいかないし、地方の有力者を取り込む戦略は、どの国家でも使われるものだ。
 もちろん、現状では絵空事ではある。
 あるのだが……。

「旧ソウライ地域を統一した後は、私の……いえ、ショーンベルガー家とスオウ様の血を引く者にそれを任せると」
「そういうことになるな。だが、もちろん、子らが成長するまではあなたの力が必要となる。エルザマリア・ショーンベルガー」

 それは実質的にソウライ占領後はエリにこの地を任せるという言質に他ならない。
 それが通訳の口から人の世界の言葉として出ると、当然のように顧問団はざわついた。
 その中で、当のエリだけは喜びや驚愕よりは、疑問の表情を浮かべている。

「なぜ、ですか?」
「どういう意味かな?」
「なぜ、わた……エルザマリア・ショーンベルガーなのでしょうか。ソウライ地域には他にもっとふさわしい人がいるかもしれません。実際、影響力で言えば、ショーンベルガーよりも……」

 勢い込んで周辺地域の情勢を説明しようとするエリを、スオウは肩をすくめる仕草で止める。

「正確に言えば、エルザマリア・ショーンベルガーだからではないんだ」
「はい?」

 目をまん丸に見開く彼女に、スオウは静かに己の内にあるものを吐き出していった。

「私は、あなたを信頼している。たしかに、我々の親交の日々はいまだ短いものかもしれない。あなたの全てを知っているわけではないだろう。同時に、我々の側をあなたが全て信じられるものでもないだろう。だが、それでも」

 そこで一度言葉を切り、スオウは息を吸った。

「エリ、俺は君を信じている」

 それまでの公的な態度と言葉をかなぐり捨てて、彼は彼女に、彼女だけに語りかける。

「都市を救うため、己の身を差し出した勇気。言葉も違い、種も違う俺たちに臆せず飛び込んできたその意気。俺は君を尊敬しているんだ、エリ」

 おそらく、その場に他の者がいなければ、あるいは、二人を隔てる卓がなければ、彼は彼女の目の前でそれを語ったことだろう。
 彼の中にある真実を彼女に示すために。

「だから、俺は君に求婚する。ショーンベルガーであろうとなかろうと、この地の次代の支配者は俺と君の子だ」

 沈黙が落ちる。

 魔族の面々はじっとエリの答えを待ち、顧問団の構成員たちはエリに話しかけようとしてその背にはっきりとした拒絶を見て口をつぐむほか無かった。
 顧問団の一人、がっしりとした体つきの男の頬をつうと汗が流れ、その顎から落ちたところで、エリは頷いた。

「いいでしょう」

 ほうと小さく息を吐き、深々と頭を下げる。

「スオウ様よりの求婚、謹んでお受けいたします」

 彼女はそこで誰かが声を上げる前に、さっと顔をあげ、スオウを見つめた。

「ただし、婚約は旧ソウライの大都市のうちの一つを制した後、成婚はソウライ全土の掌握の後としていただきたい」
「いいだろう」

 スオウはいっそ痛快というような顔で笑って、その条件に応じた。
 その言葉は、ほんの少し前にエリが発したのと、そっくり同じ響きを帯びていた。


                    †


 ショーンベルガーの者たちが退席していく中、エリだけがすすっとスオウの傍に寄った。
 それを見て、スズシロたちは気を利かせて、二人から離れるように移動している。

「えーと」
「うん」

 何か言いにくそうに、体の前で指をくねらせるエリ。スオウは、彼女が密談を要求しているものと見て、すっと顔を近づけた。
 エリの方はそれに驚いたようにのけぞりかけ、なんとか留まる。

「あー、その、あのですね」
「うん」

 そこでエリは思い切ったように言葉を発する。

「私も、その……スオウ様の事は信じてます。ショーンベルガーだけでなく、その、じ、自分の命運を賭けるに足る方だと思っています!」
「それはありがたいな」

 素直に嬉しそうな表情で応じるスオウ。
 その笑顔の屈託の無さに、エリの頬が赤らんだ。

「はい。ええと、だからですね?」
「うん」

 頬の紅潮はさらに進み、顔を真っ赤にさせながら、エリは両手をぐっと握り、その拳をスオウに見せつけるように体の前に掲げた。

「が、がんばりましょう!」

 それだけ言って、エリは逃げるように去っていく。
 その様子にあっけにとられていたスオウであったが、小走りに遠ざかっていく彼女の首筋までが朱に染まっているのを見て、どこか嬉しそうに微笑むのだった。
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