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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち― 作者:安里優

第一部:人界侵攻・開戦編

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第2回:魔族(下)

 三界の空は飛竜のものである。

 それは、人界、魔界、神界全てに共通する認識だ。
 巨大な鯨も、小うるさい小鳥たちも、飛竜が姿を現せばその場を明け渡し、逃げ去っていく。
 まして、空を行くものの中で、飛竜に狙われて、なお捕食される運命を免れるものはまずいない。

 だが、その中でも、王者と言われる存在がある。
 大ぶりな鱗に覆われた体が、陽光にきらきらと光る。
 強力な二枚の翼に支えられた巨体から伸びる長い首がもたげられ、周囲を睥睨する。
 のど元に光る宝玉が美しくも恐ろしく煌めく。
 鋼鉄をも切り裂く鋭い爪を持ち、大地を踏み割ると言われる力を秘めた巨獣。

 それこそは、空の王者、竜の中の竜。
 真龍族の姿に他ならない。

 外見だけに注目すれば、六肢のうち二肢を翼とした、応竜おうりゅうの一種――その中でも特に巨大な存在にしか見えないかもしれない。
 だが、遠目にも美しい編隊を組み飛行する真龍たちの動きは、高い知性を感じさせる。

 なによりも、そののど元についた宝玉が目を引いた。
 それは、他の獣は有しないなんらかの感覚器官だと言われているのだ。
 実際、真龍はその視界外の存在すら知覚しているとしか思えない動きをする。
 いまもしきりと点滅しているのは、あるいは同族の間でなにかの合図をやりとりしているのかもしれない。

「数は五百、というところですな」

 スオウの横に立つハグマが目を細め、近づきつつある敵の数をざっと数え上げた。
 彼ら二人の背後には、参謀スズシロと三人の大隊長が控え、さらにその後ろに、本陣の兵千八百がずらりと隊伍を連ねていた。

「数だけを見れば、戦力比は三対一以上。ですが、殿下」
「わかってるさ。相手は空の上だからね。でも、まあ……」

 ここに至って注意を促そうとするハグマに苦笑を浮かべつつ、スオウは振り返り、明るい声で問いかけた。

「負けないよね?」
「当然!」

 獰猛な笑みを浮かべながら即座に応じたのはフウロ。
 しかし、声はなくとも兵たちの発する気配は、格段にふくれあがった。
 間近に迫る戦いのために張り詰めていた心が、主の期待を受け、さらなる力を得ようとする瞬間であった。

「うん……。それなら、よし」

 自分が発した言葉がもたらした効果を把握しているのかいないのか。スオウは楽しそうに首を振り、スズシロに目をやった。
 こくりと頷いた彼女の喉から、その体格に似合わぬ大音声がまろび出る。

「全軍、獣化せよ!」

 その号令一下、スオウたちの周囲が、喧騒に包まれた。
 布の破れる音、肉がはじける音、骨が組み代わる音。
 それは、魔界の者たちが、その正体をさらけ出す音だ。

 自らを人の姿に閉じ込めていた魔族たちが、急激にその肉を膨張させ、その骨を伸ばし、隠していた器官を成長させていく。
 伝説の人狼の如く、彼らは姿を変える。
 その背は著しい者では二倍近くに伸び、胸板はいっそうたくましく、腕はとてつもない膂力を感じさせるほど太くなる。

 ある者はその腹から二対めの腕、あるいは脚を生やし、ある者はその背に巨大な翼を持つ。
 針のような剛毛に覆われた者、甲殻類のような殻をまとう者、鮮やかな色の羽毛に身を包む者。
 肩に巨大な瘤のようなものを背負う者あり、背に禍々しい棘を何十本も生やす者あり。
 いずれも戦い、狩り、命を奪うために作り上げられ、洗練されたとおぼしき姿形を彼らは取っていた。

 その中で、人の姿を保つのは、たった三人。スオウ、スズシロ、ハグマのみだ。
 側近二人を残して異形の群れに囲まれたスオウは、しかし、満足げにうなずき、天を指す。
 彼よりずっと背が高くなり、その知覚器官も増えた兵たちの目や触手が、それに導かれるように天を見上げた。

「時は来た!」

 彼の声は、単純な声量よりも遥かによく響くものであった。

「二百年の時を経て、我らの仇敵との戦いの時が来た!」

 場を圧する大音量ではなく、その場に広がりしみいるような声。

「いにしえよりの仇敵なれど、我らの父の代にも、祖父の代にも、真龍と戦った者はない。我らの苦難がそれをさせず、その窮状より立ち直ったからこそ、この時を得た。……さあ」

 そこで、彼は一拍おいて、こう叫ぶのだった。

「勇者たちよ、その名を歴史に刻め!」

 大地を震わせるほどの雄叫びが、それに応じた。


                    †


「……などと勇ましく戦っている頃、ですかね」

 快適な風が膚をなでる庭園に作られた四阿あずまや
 そこで向かい合う二者のうちの片方が、そんなことを呟いた。
 四阿の横を落ちるように作られた人工の滝のおかげで会話は外には漏れないはずだが、彼はそれでも声を抑えているようであった。

「あやつにそのような胆力があるものか?」

 彼の対面で水晶の器を傾ける男が、嘲るように応じる。こちらはあえて声を落とす必要を感じていないのだろう、平素通りの声だ。

「父上は、黒太子殿を少々過小評価しておられる。あれはあれで能力はあるのですよ。……殊に、女をおだてるのは得意だ」
「はっ。それは確かにな」

 息子の言葉に、父は喉にひっかかるような笑い声を立てる。それから、何かを思い出したかのように渋面を作った。

「さんざん苦労させられたものだ、あの女癖には」

 忌々しげにため息を吐くのは、ヤイト。目の前に座る青年メギの父であり、いま話題に出ているスオウの父でもある人物であった。
 細身のスオウや、いかにも好青年然とした外見のメギに比べ、父である彼は、元々はがっしりとしていたであろう体に年を経て脂が乗り始めた、そんな体つきをしていた。
 腹違いの弟に対する父の評に、メギはうっすらと笑いをへばりつかせ、しかし、穏やかな声で続ける。

「色々と役に立ったこともあったようですが?」
「なにがだ?」
「ほら、例の長老の……」

 そこで口を濁し、目配せをよこすメギにヤイトは記憶が掘り起こされたのか、納得したような顔つきになる。

「ああ、あれか……。まあ、あれはな。下女から聞いた話だとか言っていたか。しかし、他は下らん情報ばかりだ。そもそも女に政治のことなどわからんのだからな」
「わからないからこそ、利用できるのではありませんか」

 平然と言い捨てるメギ。だが、ヤイトはその息子の表情を眺めて、なにか複雑な顔つきになった。

「おかげで……あやつが選ばれてしまった」

 父の言いたいことに気づいたのか、メギはそこではじめて困ったような顔つきになった。

「サラは……なぜか私を毛嫌いしていましたからな」
「嫡男はお前だ。お前が選ばれるべきだったのだ」
「とはいっても、黒太子殿下も陛下の甥であることに変わりはないですからね。サラにしてみれば、気に入った方を選ぶでしょう」

 なんでもないことのように、メギは言う。
 だが、話している内容は、この魔界全ての命運を決めるはずだった重要事だ。

 今上帝には男子がなく、後継ぎがいない。
 まだ子を成せぬほど歳を取っているわけでもないが、一人娘サラの母が亡くなって以来、后を作ろうとせず、後継問題は早くから持ち上がっていた。
 単純に皇位継承の順番から言えば、ここにいるヤイト、そして、その息子であるメギ、次いでスオウという順になる。
 しかしながら、サラの存在がある以上、適当な婿を取って、生まれた子を次の帝とするという手も考え得る。
 今上帝の年齢からすれば、孫が生まれるまで至尊の座にとどまるのは、そう難しいこととは思われなかったためだ。

 宮廷が、皇帝派と皇弟派になんとなく分かれ始めた頃合いで、帝は解決策を提示した。
 サラの婿としてメギかスオウのどちらかを迎え、それを次の帝とするというのである。
 このどちらの派閥も納得せざるを得ない――それだけにどちらにも不満が残る――案に従って、サラはスオウを選び、スオウが皇太子となるに至る。

 そこで、思ってもみないことが起きた。
 特に病がちでもないサラに訪れた突然の死だ。

「……まあ、あれも、まさか自分が早々に死ぬなどとは思ってもいなかったろう」

 さすがに早世した姪については思うところがあるのか、ヤイトは瞑目して軽く首を振る。
 それに同調することもなく、メギは水晶の器を気だるげに持ち上げ、そこに注がれていた深紅の葡萄酒を口に含んだ。
 葡萄と名を同じくしていても、彼らの祖先が生まれ出た星で生っていた原種とはまるで違うものだ。だが、そんなことなど、彼は気にしない。
 いにしえの葡萄はこの大地では育たないだろうし、魔族の味覚に合うこともないだろうから。

 ゆっくりと葡萄酒を味わった後、メギは目をつぶったままの父にじれたように唇を一舐めして、次の言葉を放った。

「サラの遺志は尊重しますが、黒太子殿がそのまま太子の地位にあるというのは、やはり受け入れがたい者も多いでしょうな」
「だからこその数代ぶりの人界襲撃……ではあるが」

 実績のない皇太子に箔を付けるのに、最も手っ取り早いのは華々しい戦功だ。
 娘の死後もスオウを皇太子に置き続けた帝は、血統的には甥となる彼への帝位継承を魔界全土に認めさせるため、二百年の間閉ざされ続けた関を開き、人界への襲撃を行わせた。

「しかし、それも賛成する者ばかりではない、と」
「ああ」

 軍事行動には金がかかる。
 人界に侵攻してスオウが武勲をたてられたとしても、そこで得られるものが少なければ、魔界全体としては損失となる。
 果たして益があるものかと疑問を持つ者がいてもおかしくはない。

 まして、魔界は、十二年前にチルカの乱という内乱を経験している。これは鎮圧にあたったハグマの名を大いに高めたが、魔界全土に与えた影響はいまだ拭いきれていないのだ。

「ただ……かつては、恒例であったそうですな?」
「そういう話だ。とはいえ、いま生きておる者で、それを実際に知っている者などいない」

 いかに魔族の寿命が人より長いとはいえ、二百年は長い。
 長命で有名な賢人ワリダでさえ、二百をぎりぎり超える二百三歳で没している。一般に長寿と呼ばれるのは百八十代くらいだろうか。

 当然、二百年以上前の出来事については、記録に頼るしかなくなる。
 ヤイトはでっぱり始めた腹の上で手を組んで、なにか思い出すような顔つきになった。

「史書によれば、かつては皇帝、あるいは皇太子が人界へ親征に赴くのが定期的に行われていたそうだ。ひどいときは五年に一度はちょっかいを出してみるという具合でな」
「そこまでの頻度だと、人界側も慣れておりましょうな」
「うむ。儀礼的に攻め入って、貢納を得る名分にしていた節もある」

 なるほど、とメギは応じる。当時は、危険と、それに見あう明確な益が事前に量れたというわけだ。
 そこで、ふと思いついたように、彼は言った。

「あるいは、真龍どもとの戦いも、戯れのようなものであったのかもしれませんな」
「ある程度の被害はあったようだがな」
「けれど、それは五年程度で再戦できる程度の被害でしかなかった、とも言えましょう?」
「それはそうだ」

 そこで、メギはこつこつと卓を指で叩く。
 それが昔からの癖であることを知っているヤイトは、注意するかどうか迷うような素振りを見せ、結局なにも言わなかった。

「しかし、そんな不文律があったとして、もはや失われてしまいましたな。あちらもこちらもそんなことを知る者はもうおりません」
「うむ……。故に此度の遠征で、どれほどの損害が出るか、予想が立たぬ」

 かつては示威行動であったかもしれないことが、事情を知らぬ者同士となったときに、過度に激化するなどというのはありがちなことだ。
 侵攻を行う方も、侵攻される側も、一体どんな風に幕引きするかわかっていないのだからなおさらに。

「想定外の損害が出た場合、太子はもちろん……」
「……帝にもその責は及ぼうな」

 さすがに声を落とした父の姿に、メギは葡萄酒を呷る。頬に浮かんだ冷笑を隠すために。

「ですが、父上。なにもそれを待つ必要もなければ、その損害が事実とならなくてもいい。いえ、むしろ、可能性のうちに……」
「……ま、そう急くな」

 これだから若い者はとでも言いたげに、ヤイトはゆったりと手を振る。子のほうはその悠長さに一瞬目を細め、すぐに平静な表情に戻した。

「一当てくらいはしてもらわねば困る。あやつの手腕も見ておきたいからな」
「……なるほど」

 本当に納得したのかどうか。メギは少なくとも表面はヤイトの言葉に頷いて、深紅の酒をたたえる杯を掲げた。

「では、まずは黒太子殿のお手並み拝見ということで」
「ああ、我らが期待の殿下にな」

 ヤイトも同じように水晶の酒杯を掲げ、息子のそれと打ち合わせるのだった。
 親子二人して、意地の悪い笑みを浮かべながら。
第2回登場人物一覧

スオウ:魔界の皇太子。あだ名は黒太子あるいは好色皇子
[皇太子親衛旅団]
ハグマ:旅団長
スズシロ:参謀

[魔界]
ヤイト:スオウの実父
メギ:スオウの腹違いの兄
サラ:スオウの父方の従姉で亡き妻
+注意+
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