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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち― 作者:安里優

第二部:人界侵攻・蒼雷編

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第2回:落胤

 スオウとスズシロが陣の中を歩いている頃、司令部天幕には幹部が集合していた。
 ただし、ユズリハは巡邏に出ている。
 そのため、実際にそこにいるのは、ハグマ、シラン、フウロの三人だ。

「ところで、団長。翻意した者の処遇はどうします?」

 めんどくさそうになにやら書類を繰っていた赤毛の女性が、ふと顔を上げて尋ねた。
 書き物をしていた老将が手を止めてフウロに応じる。

「三界制覇にはつきあえないということか?」
「……ってのが八名、逆に残りたいってのが二十一名です」

 ハグマは、その言葉にシランのほうに目をやった。

「その二十一人の中には、前から目をつけていたのはいませんねぇ。まあ、凝った偽装をしようとする者がいないとは言いませんけどぉ……」
「なるほど」

 そこで、ハグマは一拍置いて続けた。

「まあ、帰りたいという者は、そうさせろ。残りは殿下の裁可をいただこう。ただし、元の部隊に戻すのはなしだ」
「了解」

 その方針に従って、三人は部隊の再編案を練り続ける。
 結果としてほとんどが残ったとはいえ、部隊によっては構成人員がごっそり減ったものもある。
 また、そもそも庶務中隊を欠いている状況でもある。
 今後のことを考えれば落ち着いて再編しておくべきであった。

「そういえば、弓を使わせるという話も本格的に検討することになった。殿下に言われてな」
「へぇ」
「まあ、使うだけなら皆使えるものねえ。人界では生かし所もあるかも」

 魔族は戦闘に武器を用いることは滅多にないが、狩りには弓や投げ槍を用いる。そして、狩猟は一人前の魔族なら必ず身につけておくべき技能なのだ。
 実際、魔界では生業としても趣味としても狩りは盛んであった。

「でも、皆が持ってるような弓でいけるものかね?」
「そのあたり調査が必要よねぇ。偵察には使えると思うんだけど」
「そうだなあ。魔族だと思われちゃまずい時もあるしな。そのあたり、色々状況を考えておかないと」
「ええ」

 シランとフウロはそんな風に言い交わす。実際の調査検討は部下たちに任せることになるだろうが、大筋は作っておかなければならない。
 二人はさらに話し込み、ハグマはそれを見守っている。

 天幕にユズリハが現れたのは、そんな時であった。
 金の髪を揺らす彼女を見て、天幕の三人は不思議そうな顔つきになる。

「早いんじゃない?」

 シランが露わになっている片目をくりくりと回して尋ねる。
 彼女が向かったのはそれほど本格的な巡邏ではないが、それでももう少しは時間がかかるはずであった。

「それが、分隊がカノコを見つけたもので」
「なに?」

 鳳落関に囚われているはずの庶務中隊の隊長の名に、三人が思わず腰を浮かせた。

「無事なの?」
「ええ、まあ。へろへろのでろでろですけれども」
「でろでろ?」
「それはもうひどく泥まみれで。どうやら何度か騎竜から落ちたようですわね」
「あー……」

 ユズリハの言葉に、フウロが疲れたような声を上げた。

「あいつ、竜乗るのへったくそだからなあ」
「下手っていうか、ちっちゃすぎるのよね。まあ、かわいいけど」

 カノコを擁護するようなそうでないような物言いをするシラン。彼女の顔も苦笑に彩られていた。

「そんなわけで、いまは湯浴みに」
「なるほどな。殿下には?」
「ミミナを」
「そうか。では、殿下がおいでになられたら、話を聞くとしようか」

 ハグマがそう言って、皆が頷いた。


                    †


 スオウたちが加わり、幹部が集合した天幕に現れたカノコは、風呂上がりのつやつやほかほか状態であった。

 可愛らしい顔が赤く上気している。
 おかげで、普段より余計に幼く見えた。
 実際に彼女はスオウよりも年若いのだが、その年齢差以上に幼く見える。
 それは、丸っこい童顔とふわふわの砂色の髪もさることながら、魔族の中でもかなり低い背のせいだろう。
 なにしろ、小柄なスズシロより低いのだ。

 借りた服も明らかに大きさが合わず、だぼだぼの布にくるまれているような有様であった。
 カノコは動きにくそうに天幕に入ると、スオウの姿を認め、途端に大きく目を見開いて笑顔を見せた。
 ぱぁっと花が咲くような笑みだ。

「太子様ぁっ!……ふべっ!!」

 満面の笑みで駆けだしたカノコは、着慣れない服にひっかかり、そのままの勢いで床に突っ込んだ。
 幸い司令部天幕は断熱のための二重の布の上にさらに絨毯を敷いてあるので、怪我をするようなことはないだろう。
 だが、周りは皆あっけにとられていた。

「おいおい、大丈夫か」

 ふぇぇと今度は別の意味で赤くなっている鼻の頭をさすっている彼女にスオウが声をかけると、弾かれたように立ち上がるカノコ。

「はいっ! 大丈夫です、太子様!」
「うん。元気そうで何よりだ」

 彼がそんな風に言うと、安心したような笑いが起きた。

「いや、いつも通りだな」
「ほんと、久しぶりなのにね」
「無事再会できて喜ばしいですわね」

 その中でカノコはスオウに手招きされ、その眼前に立つ。それだけで、なんだか嬉しそうな彼女にスオウは真剣な顔で尋ねかけた。

「それで、どうやって関を出てきた?」

 そして、彼女は誰も予想もしていなかったことを言ってのけたのだった。

「あっ! そうなんです。大変なんです、太子様! 鳳落関にヤイトがやって来るんです!」

 全員の顔が一転して険しくなる。

「詳しく聞かせてくれ」

 スオウがそう言い、皆がカノコの言葉に傾注した。

 彼女の話をまとめると、こうだ。

 近日中にヤイトが鳳落関に到着し、スオウとの直接交渉を望んでいるという。
 あちらが示しているのは、庶務中隊五百人の解放。対してこちらに望むものは示されていない。だが、スオウと直に会うことがその条件だという。
 カノコは、こちらにそれを伝えるために解放されたのだとか。

「罠と見るのが自然……ですが」
「まあな。しかし、カノコとその部下をもてあまし気味なのもあるかもしれん」

 スズシロが尤もなことを言うのに、スオウもまたありそうなことで応じる。
 すると、カノコがずばっと手をあげた。

「あ、それはあると思いますです。うちは憲兵隊もいるんで、謀反とか大っ嫌いですから! 私も独房に入れられてましたし」
「なにやったんだよ」
「えへへー……」

 フウロの言葉をごまかすように微笑むカノコであったが、そんな彼女にずばりと言う者があった。
 スズシロだ。

「カノコ、あまり無茶はするなといつも言っているでしょう」

 厳しい言葉に固まった彼女に、さらにスズシロは言いつのる。

「中隊長という立場も含めて、あなたになにかあれば殿下が悲しまれるのですよ」

 スオウが悲しむという言葉に、はっとした表情になって彼の方を見るカノコ。
 彼の重々しい頷きに、彼女はスオウとスズシロの顔を何度も見比べ、そして、青ざめた顔で頭を下げた。

「も、申し訳ありません」
「勝算を考えてから動く。そうでなくてはいけません」

 そこまで言って、スズシロは下がったままのカノコの頭を見つめ、表情を緩める。

「……おそらく、今回はあなたが暴れたこともあり、使者という形で放り出されたのでしょうから、結果的には良かったということにしておきます」
「そうだな。本当に良かった。カノコが合流してくれたのは素直に嬉しい」

 二人の優しい言葉に、ほうと息を吐きながら顔を上げるカノコ。目尻に浮かんでいる涙に、その場にいる皆は気づかないふりをした。

「カノコだけではなく、出来れば、庶務中隊もこちらで引き受けたい。が、もちろん、相手がなにを意図しているかも考えねばならん」
「そのためには情報ですな。カノコ、他にはなにかないか?」

 スオウの言葉を受け、ハグマが尋ねるのに、カノコは急いでごしごしと顔をこすって続けた。

「あ、はい。ええと、これは関の兵の噂なので確実ではなかったりするんですけど、謀反は、なんというか……ささっと終わっちゃったらしいです」
「ほう?」
「誰も介入する間もなく、メギが帝として立ってしまったらしいんです。関の兵は鮮やかな手並みだとか言ってましたけど、詐術かなにかに違いありませんです!」
「ふうむ……」

 スオウはカノコの言葉を聞き、しばしうつむいて考え込んだ。

「すると、帝宮内で全てを終わらせたな。あの二人で父上を害し、支持者だけを集めて登極を済ませてしまったとかそんなところだろう」
「……となると、全土を掌握しているとは限りませんね」
「あ、そうです、そうです」

 スズシロの推測にカノコが大きく頷いた。

「三大宮のうち、水晶宮は嫌味なことを言ってその後は黙りこくってるらしいです。金剛宮のほうは、ええと、新しく送られた代官を追い返したとかなんとか」
「嫌味ってなんだ?」
「皇帝家のつつがなく継承されることを言祝ぐ……とかそんな感じではありませんかしら」
「なるほどなあ」

 フウロとユズリハの小声でのやりとりを聞き流し、スズシロはさらにカノコを促した。

「他にはなにかありませんか?」
「ええと、こっちはもっと怪しい感じなんですけど……。各地で抵抗運動が起きていて、その旗頭が」

 彼女はそこで一拍おいて、なんだか妙に誇らしげな顔つきになってスオウを見つめた。

「太子様の皇子様らしいんです!」

 がたんっ。
 誰かが椅子を蹴った音が響き、そうでなくても体ごとスオウに向き直った者がほとんどであった。
 様々な感情を込めて刺さる視線を受けながら、スオウは小さく微笑んでこう言った。

「ほう」


                    †


「皇子ってことは息子か。俺の息子なあ……」

 小さな呟きが、天幕に響く。
 それが紛れないのは、誰もが言葉を失って、息も出来ずにいるからだ。
 カノコを除いた幹部たちは、全員がスオウを凝視したまま固まっていた。

「お心当たりはおありですの?」
「あるようなないような……」

 なんとか最初に声が出せたユズリハの問いに、スオウは曖昧に応じる。

「ええと。それは誰が産んだかわからないとか、そういう……」
「いや、そうではなくてだな」

 フウロのおずおずとした問いかけにスオウは少し考えるようにしてから、ぱたぱたと手を振った。

「うん。まあ、皆の言いたいことはわかる。たくさん相手をしてきたのだから、落とし胤くらいいてもおかしくはないというんだろう。だが、それは難しい」

 皆をぐるりと見回し、全員が話を理解出来るほど思考を回復しているのを確認してから、スオウは続ける。

「というのも、俺には皇帝家の相があるからな。実は、このおかげで皇帝家の血を引く子は、腹の中にいる時点でわかるんだ。子も皇帝家の相を持っていればなおさらだが、もし無くとも医者と同じくらいにはわかる」
「なんと」

 ハグマがあっけにとられたような顔で唸る。他の者も似たり寄ったりの表情であった。
 ユズリハはそういえばというような顔をしていたし、カノコは単純に感心していたが。

「関係を持った後一年近く一度も会わないなんてことは、これまで経験がない。たとえ別れたとしても、どこかで見かける。まあ、ほとんどは宮廷でだが」
「夜会から長い間姿を消せば噂になりますものね。下働きの者でも、そうそう隠れるわけには……」

 スオウが関係を持った女性は、たいていが社交界の者で、そうでない場合も名族の家の関係者がほとんどだ。
 その家に勤める者や、行儀見習いに来ている者などは、簡単に姿を消すわけにはいかない。
 貴公子として引っ張りだこのスオウがまるで見かけないという事態はありえないのだ。

「ただ、一つ心当たりがある。俺の子ではないが……」

 ユズリハの言葉に頷いてから、スオウはそう続ける。

「俺の家で教師をやっていた女が、身ごもったことがある。ところが、彼女とその当時交際していた男が、途端に逃げた」
「うわ……」
「まあ、後にその男にはそれなりの報いを受けてもらったが……。クコの奴が、それを俺の胤だと思い込んで、家から追い出しやがったんだ」

 メギの母であるクコがその主張を本気でしていたのかどうか、スオウは正直疑っている。
 単にスオウを責めたかっただけではなかろうか。
 彼女にとっては、自分の主張が正しいかどうかよりも、それをヤイトが採用し、スオウを叱責することのほうが重要だったのだ。

「まだ十五の俺にはどうしようもなかった。せめてもと俺の名前入りの短剣と書を渡した」
「もしや……」
「ああ、腹の子が俺の血を引いているとは書いていないものの、そう解釈できなくもない文ではあった」

 そこで、スオウは皮肉っぽい笑みを唇に刻んだ。

「これが本当にあのときの子が立ったのなら、ヤイトにとっては自業自得な話だな。だが、もし……」

 複雑な感情のこもった沈黙が落ちる。
 スオウにしてみれば、負い目のある相手だろう。それに対して力を貸せないことに忸怩たる思いがあってもおかしくはない。
 といっても、ここにいる者たちが魔界の状勢に影響を及ぼすことは難しい。
 皆、それがわかっているが故の沈黙であったろう。

 そんな中で、ふとユズリハが何事かに気づいたように目を見開いた。

「お待ちください。十五の歳といえば……」
「ああ。想像通りだよ。俺の悪名が響き渡るきっかけだな」
「え。じゃあ、濡れ衣?」

 フウロも素っ頓狂な声を上げ、つんつんした赤い髪が大きく揺れた。しかし、スオウはそれを平然と受け止めた。

「いや? そうとも言い切れん。実際に情は交わしたからな。たった一度のことだし、噂になったものとはまるで話が違うが……。とはいえ、噂なんてそんなものだろう」
「でも、殿下、あれは……」

 平然と応じるスオウに、なにか言おうとしたフウロの語尾が震えて消えた。
 この女性にしては珍しいためらいに、カノコが不思議そうに皆の顔を見回す。

「あの、どういうことです?」

 スオウが従姉に目配せする。それを受けたシランは唇を歪めて従弟に不満を示しつつも、説明を始めた。

「殿下が好色皇子と呼ばれるようになったのは、十五の歳で侍女に手を出したという話がきっかけなの。まあ、それ自体は、いま聞いたようにそこまで間違ってはいないのだけど……。ただ、そのお話の中では、『彼』は祖霊の廟に女を引きずり込み、祖霊――この場合、歴代の帝たち――の前で淫猥な行為を三日三晩続けたと言われてるの」
「あわわわ……」

 カノコは、大隊長三人のように名家の者たちが集う社会には精通していない。
 その彼女でさえ、その噂がとんでもないものであることはわかった。
 だが、当のスオウは、それに対して憤慨もなにもしていない様子だった。時を経ての諦観だけとはとても思えない落ち着きぶりであった。
 そんな彼に集まる視線に、スオウは肩をすくめる。

「俺が否定しなかったことがそんなに疑問か?」
「……これはその時期から共に過ごしてきた者として言わせてもらうけど、疑問だわ。私もサラも否定するそぶりくらいは見せた方がいいってさんざん言ってたんですもの」
「そうだったな」

 思わず軍務とは離れた立場と態度で発言するシランに、スオウは温かな笑みを送る。

「たしかに、世間からすれば不名誉な噂であり異名だろうが、俺はそう思わない」

 スオウは大きく手を広げ、いっそ宣言するように言い放った。

「俺は女が好きだ。肉の快楽も好きだ。情愛があればもっといい。あえて祖霊の眠りを乱そうとは思わないが、色を好むことで、彼らに恥じるところなど一つもない。侮る者も、蔑む者も、嫌悪する者もいた。だが、そんな奴らが俺に悪感情を向けた結果として、困ったことなど一つもなかったぞ」

 そこで、彼は歯を剥いて見せた。

「今回のことだってそうだ。いま抵抗組織に祭り上げられている落胤の正体が、実際に先ほど話した女性の子かはわからない。だが、もしそうであろうとなかろうと、メギの簒奪への反感が続く限り、これは続くぞ」
「それは……」

 スオウの言葉に、思わずスズシロは彼の言ったとおりの未来を幻視した。
 たとえ、いまの『皇子』が敗れようと、スオウが他に血を残していておかしなことはない。
 なにしろ、彼は実際に幾人もの女性と関係を持っていたのだから。
 僭帝を討つため、人々は担ぎ上げるための人物を見出すだろう。スオウの血を引くと主張する誰かを。

「もちろん、魔界が乱れるのは本意じゃない。だが、民が偽の帝を倒すために俺の名を使うというなら、それは受け入れよう」

 そこで、彼はいかにも痛快だという風に笑ったのだった。

「好色皇子、実に結構じゃないか」
今回の更新より、タイトルを変更しました。
これまでのタイトルもサブタイトルに残っておりますし、根本的な変更ではなく、より全体像を示せるようにと考えた結果となります。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
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