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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち― 作者:安里優

第一部:人界侵攻・開戦編

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第19回:展望(上)

「エリと結婚ですか」
「ああ、妻の一人として迎えようと思う」

 陣に戻ったスオウはハグマやスズシロのお小言をひとしきり受け流した後で、エリに求婚した事実を打ち明けた。
 スズシロたちも驚きの表情を顔に浮かべたものの、求婚された当人のような取り乱しようはない。

 いかに政略的なものであろうと、求婚が唐突かつ素っ気ないものであったことについては、スオウのほうから帰り道にさんざん謝り倒された。そのため求婚という事実そのものについてはなんとか彼女も消化している。

 だが、結婚しようと言われた途端に思考停止してしまった醜態を思い出し、いま、魔族の面々の反応と比べると、どうしても赤面してしまうエリであった。

「ショーンベルガーを我々の陣営に取り込むためというのは理解できます。ただし、その先……あるいは基礎となる方針が示されていませんので、軽々には賛成も反対も出来ませんね」

 スズシロが慎重な様子で言うのに、ハグマやシランたちも同意のようであった。
 ショーンベルガーという人界の都市を勢力圏とするのはいいとして、その後どうするつもりなのか。それがわからない状態では、彼女たちも動きようがない。
 疑問を示すのも当然であった。

 その中で唯一人、ユズリハだけが全幅の信頼を込めた笑みでスオウを見つめていた。

「まあ、そうだな」

 言って、スオウは天幕の中に集まる幹部たちの顔を見回した。

 軍の中で輝かしい経歴を誇りながら、スオウの求めに応じて旅団を鍛え上げてくれた老将ハグマ。
 校尉学校からのつきあいで、もはや欠くべからざる彼の頭脳となってくれているスズシロ。
 片目が使えないことで不自由をさせているはずなのに怨みなど一つも感じさせず、幼い頃と同じく彼をからかい続けてくれるシラン。
 軍人としての優れた資質を持ち、誰の部隊でも選べたはずが彼の隊に入ってくれたフウロ。
 いまや彼の愛人となり、彼が忘れかけていたものを思い出させてくれたユズリハ。

 自分は本当に恵まれている、と彼は思う。
 たとえ、親族に裏切られようと、故郷から追放されようと、信頼できる者たちが傍にいる。
 そのことを、彼は心底嬉しく思う。

 だから、スオウは素直に頭を下げることが出来た。

「皆にはすまないと思っている」
「殿下!?」
「もはや俺たちは一蓮托生。配下の兵たちはともかく、お前たちが逃れる術はない。本当にすまない」

 頭を下げたまま、スオウは言い切る。
 その言葉に、戸惑っていた幹部たちは苦笑にも似た笑顔を浮かべて、顔を見あわせた。

「そのようなこと……。親衛隊に入った時より、皆覚悟しておりましょう」
「うん。だから、どこまでも巻き込ませてもらう」

 ハグマが優しい声で言うのに伏せていた顔を戻し、彼はにっこりと笑った。さわやかなのに、どこか悪戯っぽいその表情を、シランとハグマはよく知っていた。

「あらあら」

 思わず小さく呟いて額に手を当てるシラン。
 彼女はスオウのその顔を、昔いやというほど見ていたのだ。彼が仲間たち――シランやサラ――に悪戯をしかける時の顔として。
 スオウはそんな彼女に構わず、はっきりと自らの望みを述べた。

「俺は、三界を制覇するぞ」


                    †


 かつて、世界には大いなる都だけがあった。

 それはまさに世界の中心で、人々はその都の庇護の下生きていた。
 人界に伝わる言い伝えによれば、ヨロイ種をはじめとした人々に有益な四足獣を作ったのは、その都の大いなる技だったという。

 だが、その都は失われた。
 なにがあったかを知る者はもはやいない。なんであれ、都はそれが存在していた大地ごと文字通りに消え失せ、その大いなる技も歴史の闇に消えた。

 さらには都が機能を分散させるために築いた小都は、その技を暴走させ、殺戮人形をあふれさせる『荒れ野』と、歪んだ生き物を続々と生み出す『黒森』となった。
 それら二つの『穢れた地』からは、生まれてくる子を異形の姿に変容させる『風』が吹くようになる。

 それらの厄災は人々を苦しめ、土地をさらに汚した。
 そうして獣人をはじめとする亜人たちが生まれる一方で、人類は衰退していくかと思われた。
 そこに降臨したのが神々であった。

 各地で奇蹟の御業を示した神々は、苦しむ人々に安寧の日々を約束し、そして、実行した。
 神々は海の向こうの土地を本拠地と定めたが、後に大陸の南北にも住まうようになった。
 こうして人界と神界が形成され、さらに魔族が神族と袂を分かって魔界を形作る。
 このときから、本来は世界の全てを示していた三界という言葉は、魔界・人界・神界という世界の鼎立ていりつを示すものとなった。

 その三界を、征するという。
 たしかに、魔族は神々の打倒を目指して、三度の大戦を戦ってきた。だが、魔軍の総力をもってしても神々を打ち倒すことは出来なかったのだ。
 それを、本土との連絡も絶たれたスオウが行うという。

 息を呑む者、目を輝かせる者、天を仰ぐ者、にんまりと笑う者。
 その反応は様々であったが、馬鹿なことをと嘲る者はいなかった。それをさせないだけの真剣さが、スオウの言葉にはあった。
 思わず呑み込んだ息を静かに吐き、スズシロがまず声をかける。

「どのようにそれを成し遂げるか、お考えはありますか?」
「ああ。まずは人界の北半……昔ながらの呼び方だとアウストラシアとネウストリアだな。その両地方を俺のものとする。その後、魔界に攻め込むことになるだろう」
「魔界も含めた大陸の北部全域を支配下に置いてから、南方へ侵攻。人界南部と神界を呑み込んで、最後は、神界本拠地に殴り込み……ってわけだな!」
「なんでそんな乗り気なの、フウロは」

 身を乗り出しながら嬉々として壮大な戦略を語るフウロに、思わずシランが苦笑する。当のスオウも小さく笑って、落ち着くようにと手を振った。

「後半はフウロの言うとおりになるだろう。とはいえ、さすがにそこまで行った時には色々と考えなければならんだろうが。まずは、戦乱の巷となっているらしい人界北部を統一する」
「当面の名分はそれですか」

 魔族の侵略という点はもはやどうしようもない。スオウとてそれを隠すつもりはないだろう。
 だが、それとは別に、乱れている土地を平定するというのは戦を続ける名分となり得る。
 もちろん、現状で満足している者たちには迷惑この上ない話ではあるが。

「ああ、それに大戦略の大義は常にある。人界を神々の支配から解き放つことは、魔族が生まれた理由そのものだろ?」
「まあ、それはその通りですが……」

 スズシロは一拍おいて、彼に尋ねる。

「魔界は当面気にしないと、そうおっしゃるのですね?」
「そうだ。魔界への帰還とその奪還を第一の目標とはしない。俺たちが魔界に戻るのは、魔界の兵力を取り込むためだ。魔界を取り戻して済ませるつもりはない」
「なるほど。ヤイトとメギごときは相手にしないと」

 そんな言葉が放たれた途端、エリ以外の女性の顔がこわばり、青ざめた。このような状況に至ったとしても皇族を尊称しないことなど想像も出来なかった人物が、それを発していたからだ。

 隻腕のハグマ。
 いかなることがあろうと皇室を裏切らないとして十二年前の内乱に投入された将は、いまや明確に僭主勢力を敵と見なしていた。
 その様子に愉快そうに頷いて、スオウが答える。

「ああ。敵の思惑にのる必要はないし、そんなことをしてやるつもりもない。あいつらは、俺が必死になって魔界に戻りたがっていると思っているだろう。なんとか魔界に戻り、各氏族を糾合して自分たちに挑んでくるだろうと。だが、それでは単に魔界を疲弊させるだけだ。なんの意味もない」

 だから、圧倒的な力をもって魔界を呑み込むのだという。
 もちろん、そのためには、魔族の何十倍もの数をそろえなければならない。人界の兵で魔族を打ち倒そうと思えばそれだけの兵がいる。
 その兵を動員するためにも、人界を制することが必要となるのだ。

「この老いぼれの命がある内に魔界の併呑まで行きたいところですな」
「ふん。あと三十年は現役だろう?」
「おやおや、戦場で死ねと? ははっ。望むところ」

 静かな声音ながら、ハグマの目はらんらんと輝いている。部下たちは旅団長のそんな様子を初めて見たというような表情を浮かべていた。
 一人、スオウだけは頼もしげに彼を見ている。

「あの……スオウ様」

 そんなスオウにおずおずと声をかけた者がいる。琥珀色の瞳を揺らしながら、エリは尋ねた。

「本気でおっしゃっておられるのですよ……ね?」
「ああ。……もちろん、これは勝手な話ではある。お前たちから見れば、俺たちは紛れもない侵略者だからな。だが、それだけの益をお前たちにも……」

 さすがにエリに対してはすまなさそうな顔をして彼は応じた。
 人界の者たちだけは、堂々と彼を指弾する権利がある。
 彼はそう思っているのだった。

「いえ……。そうではなくて、ですね」

 だが、問いかけたほうはそんなことを言いたいのではなかった。彼女はこう続けたのだ。

「スオウ様たちは本気で、二千あまりの魔族だけで、それを成し遂げるおつもりなのですか?」


                    †


「勘違いしてはいけないわよぉ、エリちゃん。スオウはね、私たち六人だけでもやり遂げるつもりなんだから」

 しばしの沈黙の後、応じたのはスオウではなかった。シランがその片目をくりくり回しながら、楽しむようにそう告げたのだ。

「六人だけって……」
「実際は二千の大半はわたくしたちについてくるとは思いますけれど、気構えとしてはそういうことですわね」
「まー、身軽なほうがやりやすいかもしれないしな。少人数なら、どっかに潜んでからか?」
「そうですね。もっと戦乱の激しい場所で傭兵などしつつ、機をうかがうのがいいでしょう」

 あっけにとられるエリに対し、ユズリハもフウロもシランの言葉を否定しない。スズシロに至っては、その場合の算段まで考えている始末だ。
 彼女たちの態度を見て、そして、それを否定しないスオウの姿を見て、エリは軽くめまいを感じた。

 二千の魔族はそれなりの戦力だと彼女も思う。
 それによって一地域を領する程度の勢力に成長することまでは想像できる。
 だが、そこから三界制覇まで飛躍されると、常識が邪魔をするというものだ。

「あまり煽るな。たしかに俺はやるつもりだが、同盟相手に正気を疑わせてどうする?」
「しかたありますまい。シランたちも血が騒ぐのでしょう」
「そうは言ってもなあ」

 ハグマがなだめるのに、スオウはがしがしと頭を掻く。その様子に、女性陣はばつの悪そうな顔をしていた。

「ともあれ、本気であることは間違いない。ここにいる六人というのは極端だが、それでも諦めるつもりはない。幸いにも魔族は寿命もそれなりにあることだしな」

 それから、スオウは真剣な顔でエリのことをじっと見つめた。その瞳が自分の視界の中で存在感を増し、吸い込まれるような感覚を彼女は覚える。

「それに勝算がないわけじゃない」
「勝算、ですか?」
「ああ。俺は、真龍を仲間に引き入れるつもりだ」

 その答えにエリは虚を突かれた。一瞬言葉が出なくなる。
 そこにスオウはたたみかけた。

「考えてもみろ。そもそも真龍が人界を守ることにしたのはなぜだ?」
「それは、人類との……。いえ、そもそもというならば、『大会盟』が破綻したからでしょうか」
「その通り。かつて、魔族と真龍と……いまは姿を消した羅刹との間で結ばれた盟約は破られた。なぜか?」
「第三次神魔大戦において、必要もないのに魔族が人界を荒らし回ったからですね。真龍や羅刹が望んでいたのは、神界の影響を排除することだったというのに」

 答えにくそうにしているエリに代わって、それに応じたのはスズシロ。彼女はその太くまとめた髪を自分の腕に巻き付けるようにしながら話していた。
 視線がエリとスオウから動いていないところを見ると、あるいは手の動きは無意識のものかもしれない。

「我々にとっては汚点に他なりませんが、当時の魔界の上層部は神界との戦よりも、人界からの収奪に血道を上げました。むしろ、神軍との直接対決は極力避けたような節さえあります」
「第一次と第二次の大戦とは間が開いていたとはいえ、それに、人界の変わりようについての知見が足りなかったとはいえ、うかつな話よねぇ。結局、真龍や羅刹の信頼を損なって、魔族は大山脈の北に籠もることになってしまったんですものぉ」

 スズシロに続いてシランが呆れたような声で言うのに、スオウは頷く。

「当時の魔軍は根本的なことを直視できないで失敗した。だが、俺たちは違う。そもそも、魔界の利益を守るべき立場からは放逐されてしまったからな」

 スオウがおどけるのに、小さく笑いが起きる。当人も笑みでそれに応じた。

「基本的なところで、真龍と俺たちに相克はない。俺は人界を荒らしたいのではなく、人界を一つにし、神界から解放したいのだからな。俺を支配者として認めるかどうかという問題はあるにせよ……彼らがかつての理想を失っていない限り、共闘出来るはずだ」

 そこで、スオウは一度口を閉じ、言葉の勢いを鎮めた。

「まあ、少なくとも話くらいは出来るだろう。そのためにソウライを我が国土とし、真龍との連絡を取る方法も同時に手に入れる。それが当初の目的となる」

 かつて真龍の本拠地に――距離をものともせず――警戒の報を送ることの出来たソウライである。どこかに、真龍と連絡を取る方法が残されているはずだ、とスオウは予想しているらしかった。
 そして、もし真龍の協力を取り付けることが出来たなら、それはスオウたちにとって強力な同盟相手となるだろう。
 真龍は、人界の国を滅ぼし、魔界の軍勢を迎え撃てるだけの存在なのだから。

 だが、そんな強力な勢力だからこそ、仲間とする困難さも当然にある。
 だから、エリは、尋ねざるを得なかった。

「あてはあるんですか? 真龍と連絡がつき、彼らを交渉の場に引きずり出せたとして……仲間にするあては」
「ああ、もちろんだとも」

 そう、スオウは自信たっぷりに彼女に断言してみせるのだった。
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