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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち― 作者:安里優

第一部:人界侵攻・開戦編

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第17回:ショーンベルガー(上)

 遊技にでも使いそうな球のようなものが、ぽーんと宙に飛ぶ。
 かなりの高さまで打ち上がったそれは、放物線を描いて地面に向かい、着地した。
 途端、轟音と共に爆発が生じ、炎がそれを追う。
 次々といくつもの球が飛来して、大地を炎に染め上げる。

 いま、その炎が焼いているのは地面そのものと、そこに生えた草くらいだ。
 しかし、これが家屋や人に向けられたなら、なにが起きるだろう。それを想像するのは難しいことではない。
 エリはその光景を思い浮かべ、ぶるりと体を震わせた。

 爆発と炎が広がるのは、彼女の立つ見張り台からずいぶんと離れた場所だ。魔族は、陣には影響のない場所を演習場として設定しているのだった。
 だから、彼女に聞こえる爆発音は小さなものだし、炎も衝撃も遠い。けれど、離れたところから見ていても、その威力はすさまじいものがあった。

 エリから見て左手で生じている炎上を引き起こしている集団は、右手側にいる。
 そのはずだ。
 だが、煙や熱のせいか、いまのエリにはその姿は判別できない。ただ、炎が立つ前に見たその集団は、実際に炎上が生じている場所よりずっと遠くにいて、エリにはけしつぶのように見えたものだ。
 それらの魔族は、それだけの距離から、さきほどの爆発する球体を投射する能力を持っているのだ。

「魔族は十人力か……。厳しいなあ」

 使い慣れた人界の言葉で、エリは呟く。
 ずっと昔――魔族の襲撃を定期的に受けていた時代――の文書には、魔軍とあたるには、最低でも一対十の比率で兵を集めること、とあった。
 だが、本当にそれで敵うものだろうか。

 目の前の光景を見ていると、はなはだ疑問なエリであった。

「同等のことは大投石機なんかで出来るということなんだろうけど……」

 それらの兵器を駆使し、かつ都市に籠もって戦うことを前提としていたとしても、魔族に打撃を与えるのは容易ではないように思えた。
 人界の側は兵器を用意し、それに用いる石や油、太矢などを備えなければならない一方で、魔族にはさきほどのような爆発する球体をその体内で生成する者たちがいる。

 おそらくは油のようなものを作り出して……と予測はできるものの、もちろん、真似できるものではない。
 人間に比べると、魔族の側は移動が簡単な上に、大がかりな用意もなく攻撃が開始できるということで、これはなんとも分が悪い。

「そりゃあ、魔族だって無限にわき出るわけじゃないけど……」

 人界に住む人間のほうが、数は多いことだろう。だが、戦闘を専らにする者となると、ぐっと数は減る。
 さらに言えば、それだけの兵を動員できる組織があるだろうか。
 すくなくとも、ソウライ国滅亡後、この地域でそれほど強力な政体は存在していないのだ。

 ソウライ地域から見て東南に当たる地域では激しく戦乱が続いていることもあって、武装集団も数多くあり、傭兵も多くいるというが……。

「まあ、ショーンベルガーはもう降伏してるわけで、あまりその点は……」
「ああ、エリ。こんなところにいたのか」
「はいっ!?」

 暗い顔で考え込んでいるところで唐突に声をかけられ、彼女は素っ頓狂な声を上げた。慌てて振り向けば、灰色の外套を身にまとったスオウがいる。

「スオウ様?……って、どうしたんですか、そのお召し物」
「お忍び用だよ。黒を着てないだけで、目くらましになるからな」
「そ、そうですか」

 たしかに、まだそう長く接しているわけではないエリでさえ、スオウといえば黒という印象が強い。
 別の色を一枚羽織るだけでも、人目をひかずに済むのかもしれない。

「それで、どちらへ……?」
「ああ、それでお前を捜していたんだ。すまないが、ショーンベルガーを見てみたい。案内を頼めるか」
「街をですか?」

 エリは、頷くスオウの顔を見つめ、ついでどこかに視線をやって少し考えてから、はい、と応じた。

「わかりました。ご案内いたします」
「お願いする」
「その前に一つお尋ねしてもよろしいですか?」
「ん?」

 きびすを返して南へ向かおうとしかけていたスオウが彼女に向き直る。エリは、演習場のほうを指さした。

「この部隊の方々は、皆あのような力をお持ちなのですか?」
「ん? ああ、『爆炎鬼ばくえんき』か。いや、あれはそこそこ珍しい『相』だぞ」
「そうなのですか」

 ほっと胸をなでおろすエリ。魔族の真の姿はこの陣の中で何度か目にしている彼女だったが、今回のような演習を見るのは初めてだったので、皆が皆あれほどの力を持っていたらどうしようと思っていたのだ。

「この旅団あわせても、五十名ほどだな」
「五十……」

 二千人からの兵が詰めるこの陣で、五十人というのは確かに少ない数なのだろう。だが、それでも……。
 もう一度燃えさかる炎を見てから、エリはぶんぶんと頭を振った。

「どうした?」
「いえ、なんでもありません。では……参りましょうか」

 そう言って、エリは本当になんでもないような顔をして、スオウの前に立って歩き出す。
 その後ろで、魔界の皇太子は先を行く少女の態度に首をひねっていたのだった。


                    †


「先ほどの植物園のような場所はなんなんだ?」

 田畑の間に作られた道を歩きながら、スオウはエリに尋ねかける。
 ショーンベルガーの門を通った後、彼ら二人は様々な植物が繁茂する一角を抜けて、いまいる耕地の中に出た。
 スオウが植物園と言ったのは、必要以上に曲がりくねった道で、特定の区画を行き来させるような経路を取らせていたからだった。

「ああ。魔族の方々には不思議ですよね。そうですね、あれはなんと言いますか……。まじない、ですか」
「まじない?」

 応じるエリは、普段頭に巻いている布をさらに顔にも巻き付けて、目だけが出ている状態にしている。
 その理由はスオウも察していた。支配者層の人間が見とがめられずに街を歩くには、誰であるかを隠すほうがいいことも多いのだ。

 彼女はその布を巻き直す作業を、『植物園』の中でしていたので、スオウは疑問を覚えても礼儀正しく黙っていたのだった。

「知っての通り、魔族と違って、人間は大地の毒に弱いものです。そして、街の外には毒の大地が広がっています。ですから、外から来る人間にはあの一角を歩いてもらって、毒を落としてもらうんです」
「ふむ……。まあ、靴についた土くらいははがれるか」
「はい。大部分は気分的なものだと思います。ですから、まじないのようなものと」
「なるほど」

 恐ろしいものの侵入を阻むため、緩衝地域を設ける。そうすることで、実際の効果以上に安心が得られるのだろう。
 魔族にとっては全く不要な仕組みではあるが、なにをしたいかは理解できた。

「それと、商人などの場合、あそこを通り抜ける間に持ちこむ荷物を門衛が検めます。こちらのほうが大きいかもしれません」
「なるほどなあ」

 彼ら二人に関してはなにも引き留められることなく門を通過したが、これはエリが門衛に何事かささやいたそのおかげだろう。
 得心したスオウは、改めて辺りを見回した。

「なかなかいい畑だ」
「そうですね。ショーンベルガーは綺麗な水がたくさんありますから。ソウライ地域は基本的にどこもそうですけど……」

 スオウの言葉通り、周囲にはよく手入れの行き届いた畑が広がっていた。そこここに、作業をしている人々も見える。
 いまは、収穫の時期ではないのだろう。実り豊かという風情ではなかったが、しっかりと作物は育っていた。
 魔界でも耕作は一般的なため、スオウにとっても見慣れた景色であったが、それらに比べると、より丁寧な畑作りであるような気がした。

 見慣れない点といえば、畑の間にいくつもある大型の風車だろうか。
 魔界にも風車はあるが形状が異なるし、畑の間に大型のものがあるということも普通はない。

「あの風車で、水を汲み上げてるんですよ」
「汲み上げる? この都市には中央部に湖があるんじゃなかったか? そこから川が流れ出ていると聞いたが」
「ええ、その通りです」

 彼が風車に注目しているのに気づいたエリが説明してくれた内容に、余計に疑問を持つスオウ。だが、彼女は当然のように頷いて続けた。

「ですが、その湖の本体は地底にあるんです。地上に顔を出しているのはその一部に過ぎません。ショーンベルガーは地底湖の上に作られた都市なんですよ」
「ほう」
「そして、その地底湖は、『先史時代』に作られた人口の湖なんです」
「なに? わざわざ作ったのか?」
「はい。元々山からやってくる水脈があった所に、水が溜まるよう地下に空間を作り、そこに浄化施設を併設したんです」
「浄化……? ああ、なるほどな」

 魔族であるスオウには実感の無い話であるが、大地の毒を怖れる人間は、当然のように水の汚染も避けようとする。
 水源に浄化施設を設けるのは彼らにとっては不可欠なことなのだろう。

「ソウライの七つの大都市……いまは都市国家として独立しているそれぞれの都市は、いずれもそうした浄化施設が設置された水源を囲うように建設されました。ここのように地底にあるものもあれば、地上や、あるいは山裾にあるものもありますが」

 おそらくは『先史時代』――人類の祖がこの大地を開拓し、大陸中に広がった時代――に、この地方全体に浄化された水を供給することを企図してそれらの都市は築かれたのだ、とエリは言う。
 実際、それらの都市は浄化された水の大半を、そのまま川として流れ出すに任せていた。下流の人間は、その水を利用することになる。
 ただし、最も水質のいい部分はその都市で用いたり、商品として流通させているのだが。

「すると、この都市の人間は、二千年もの間、水源を守りつづけてきたわけだな」
「そう……なんですが」

 感心してのスオウの言葉に、エリは眉を曇らせた。彼が不思議そうにするのに、彼女は乾いた笑いで応じる。

「その……実は、壊れては直し壊れては直しとやってきたんですが、さすがにそれじゃ無理が出てきて」
「ふむ。しかし、『先史時代』の技術はそのほとんどが失われているのだろう? 部品を取り替えるくらいならともかく、大がかりな修理は対処が難しいんじゃないのか」
「はい。ですから、神界を頼りました。壊れるのを想定して、百年ほど前から貢納し続けて……。ようやく八年ほど前に小神の方々が来てくれて、三年かけて大規模改修を終えました」
「あいつらはいつももったいぶるからな。お高くとまりすぎなんだ」

 吐き捨てるように言うスオウ。魔界と神界の対立は、九百年近くも続く。その根深さは人界でもよく知られるところであり、エリは賢明にもそれに触れようとはしなかった。

「そのせいでスオウ様たちとの交渉に使える材料が減ってしまったんですが。なにしろ、宝物庫はすっからかんで」
「ふむう」

 魔族側の事情に鑑みれば、エリが降伏の使者として出向いた時点では、財宝をいくら差し出そうとも、魔軍は退かなかっただろう。
 だが、ショーンベルガー側はそんなことは知らなかった。交渉材料の欠如は痛手であったに違いない。

「ショーンベルガーはけして貧しい都市ではありませんが、その富は地下の浄化設備及び湖として蓄えられています。スオウ様たちにはなんの意味もないものですね」
「必要ではないな。ただし、技術は尊重する」

 力強く言い切るスオウに、エリは布の下で微笑んだようだった。
 そんなことを話している内に、内壁が近づいてくる。外壁よりもずいぶん高い内壁は、まだ『先史時代』の名残を多く残しているように見えた。なめらかな金属の表面が陽の光をきらきらと反射する。

「さて、それでは、人の世を見せてもらうとするか」

 スオウの呟きに少女は、その内心の複雑さを示すようにわずかに目を伏せるのだった。


                    †


 内壁とは違い、街の建物は後世のものが多いのか、その大半が石造りであった。利用できる石の色が均一なのだろう、壁面はどれも地味なものである。
 それを意識してか板葺きの屋根は鮮やかな色が多い。
 街路は、スオウの感覚からするとそれほど広くは無かったが、どこも石畳で綺麗に舗装されている。

 貧しい都市ではないというエリの言は間違っていないようだった。

「物珍しいですか?」
「ああ。なにしろ、家の形からして違う」

 その高い背をさらに伸ばしたりしながら辺りを見回している彼に、エリが笑い含みの問いかけをする。
 彼女にとっては見慣れた光景なので、きょろきょろしている彼を見て、なんだかおかしくなるのは責められまい。

「やっぱりそういうものなのですね」
「基本構造からして違うぞ。魔界の家屋は円とか六角形が中心だ。真四角の家は実に珍しい」
「そこからですか」

 さすがにそこまでは予想していなかった彼女は驚きに目を見張る。スオウのほうは最初から違いを意識していたためか、見るものに感心し続けといった様子であった。
 少し進むと道が広くなり、両脇には露店や商店が並ぶようになる。人々が行き交い、人界の言葉がにぎやかに飛び交う。

「この様子は、普段通りか?」

 おそらくは旅の商人と思える人々とすれ違い、次にきゃいきゃい言いながら走る子供たちを避けたところでスオウが尋ねる。エリはあたりを見回してから、小さく応じた。

「いえ、まだ……。いつもなら、さっき通ってきたところで、奧さんたちが立ち話をしていてもおかしくないですし、旅芸人が辻に立っていたりします。この市場はだいぶ元通りになってますけど」
「まあ、まだまだ、か……」

 ショーンベルガーはつい先頃まで魔軍に囲まれていた。普段通りの生活が戻るには当然時間がかかることだろう。
 しかも、現時点でも魔族は街からそう遠くないところにいるのだから。
 ただし、魔族はこの街に圧力はかけても実力行使はしていない。だからこそ、子供たちが遊んでいられたりするのだろう。

 ふと行き交う人々から視線を外したスオウは、彼から見て右斜め前方の建物の屋根に、皿や杯が並んでいる様が描かれているのを見つけた。すっと視線を落とせば、その店の前には陶器の皿が並び、開いた扉の向こうにも数々の器がある様子が見える。
 意識してみれば、様々な絵が屋根にある。露店の場合は同じように絵の描かれた布を垂らしていた。

「なるほど、あれでなんの店か示しているのか」
「はい。わかりやすいですよね」
「ふうむ」

 感心しながら、スオウは足を止めず、市場の中の店を見ていく。歩きながら、彼はふと気づいて、エリのほうを向いた。

「なにか買うものがあったら、遠慮するなよ。俺は構わないから」
「いえ。特には……。スオウ様こそなにか?」
「いや、いまは見ていたいからな。金もないことだし」
「それくらい払いますよ」
「うん、そうだな。なにかあったら立て替えてもらおう」
「はい」

 ぶらぶらと進み、少し行ったところで、スオウは屋根の間に見える高い尖塔を指さした。

「あれはエリの城のか?」
「あ、そうですね。こっちに来ればもう少しよく見えますよ」

 言って、エリは市場のある大通りを離れ、背の低い家屋が並ぶ道に入った。そこからは確かに街の中心に立つ城がよく見えた。
 その石造りの城を見上げながら、スオウは首をひねる。

 尖塔を持つ城館を中心に円塔と分厚い壁を組み合わせた城は、それなりに壮麗なものではあったが、内壁のなめらかさと比べると実に無骨に見えた。

「城は先史時代のものではないようだな?」
「中心はそうですけど、後から増築したらしくて。おかげで内部ではよく残っていますけど、外側はここ二、三百年のものだと思います」
「そういうことか。……ふむ。あちらの塔は?」

 城から少し離れた所に、ぽつんと角塔が建っていた。ただし、こちらは城の円塔に比べると様々な装飾が施され、派手派手しい。
 頂近くでは、獰猛な獣――おそらくはコブトラを幻想的に象ったもの――の巨像が四方に向かって牙を剥いている。

「あ、あれは……その」
「ん? ああ、なにか禁忌なのか?」

 言いづらそうにしてるエリに気を遣ってみせると、彼女はそんなスオウに目を伏せて謝意を示した。
 それから、彼女は思い切って告げた。

「いえ。あれは、ヴァイシュラヴァナ神の神殿です」

 魔族にとっては不倶戴天の敵である神々に信仰を捧げる場所の名を。
 だが、彼の反応はエリが思ってもみないものであった。

「ほう。それはぜひ見てみたいな」

 そう、彼は言ったのだった。
2/6 脱字修正(内容に変更なし)
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