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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち― 作者:安里優

第一部:人界侵攻・開戦編

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第16回:解放(下)

 司令部天幕の空気は、重くよどんでいた。
 それもそのはず。主であるスオウがこの三日間というものその顔を見せていないのだから。

「殿下は相変わらずか?」
昨日さくじつ一昨日いっさくじつと同様です」

 ハグマが尋ねるのに、スズシロが固い声で応じる。フウロがそれに大きく息を吐いた。

 そもそもは、前々日の朝、いつも通りにスオウの天幕に入ったエリが顔を真っ赤に染めて転げ出てきたことから始まる。
 天幕から少し離れたところで、おろおろとうろたえていた彼女を見かけたスズシロが声をかけても、エリはもごもごと口を濁すばかり。
 ともかくスオウに関係ありそうだとあたりをつけた彼女は、天幕に近づくことでいやがおうでもエリの赤面の意味を知ることとなった。

 校尉学校時代の友人たちからは初心にもほどがあるなどと揶揄されたこともある彼女であったが、さすがにその声を聞いて天幕内の情景を想像できないほど馬鹿ではない。
 結局、彼女はエリを連れて嬌声の漏れ続ける天幕から退散したのであった。


 さすがに日も高くなれば出てくるであろうと思われたスオウであったが、いっこうに姿を現さず、ユズリハもまた同様であった。
 最高幹部の四人は顔を見あわせ、一日くらいはしかたあるまいと苦笑いした。
 だが、二日目となれば笑みも曇り、三日目ともなれば笑いすら浮かばなくなる。

 それでも天幕に踏み込んで、スオウを引きずり出そうとまでは思い切れないでいた。フウロですらそれを提案しようともしなかったのだ。
 なにしろ、彼を引っ張り出してみたところで、その決断に資する助言を出来るわけでもないのだから。
 関は閉じられ、八方ふさがりの状況に変化はない。

「自暴自棄になってしまわれたのだろうか?」
「それは……困ります。このような時だからこそ、殿下には進むべき道を示していただかねば……。兵たちが潰れてしまいましょう」
「そもそも現状の説明を殿下にしてもらわないとまずいんだよなあ。まだ謀反についてはばれてないだろうけど、さすがにここに居続けが長すぎてみんな怪しんでるし」

 ハグマの言葉に、スズシロとフウロがそれぞれに反応する。どちらの言説ももっともなものであった。
 だが、スオウとてそれくらいは承知の上であろうことも理解しているような、そんな諦め含みの声音でもある。

「ユズリハもユズリハです。彼女も現状は理解しているでしょうに……」

 スズシロがそうぼやいた途端、涼やかな笑い声が天幕の空気を振るわせた。
 皆の視線が集中する先にいるのは、それまでずっと黙っていた女性。彼女は露わになっている片目をきらめかせて、スズシロに言葉をかけた。

「ユズリハに、寝台から皇太子を蹴り出せって言うのぉ? さすがにそれは無理筋だと思うわよぉ」
「そ、それはそうかもしれませんが、しかし……」
「それとも、嫉妬かしら?」
「なっ。私はそんな」
「あら。私は妬いてるけど?」
「はい?」

 スズシロとシランのやりとりに取り残された二人が、顔を見あわせ、鏡あわせのようによく似た仕草で頭を傾けた。
 固まっているスズシロとにこにこ顔のシランを揃って見た後、結局、フウロがハグマに促されて口を開く。

「おいおい。シランもそうなのかよ」
「そりゃあ、そうよぉ。だって、最初に手を出すなら、私かスズシロだと思っていたもの」
「ああ、まあ……。そこらへんはなあ。いやいや、そうじゃなくてだな……」
「それに、フウロだって覚悟はしてたでしょ? この部隊にいるんだから」
「いや、だって、あたしゃ……」
「違うの?」
「う……。いや、あたしなんかにそんな気にはなんねーだろうし、まあ……。その、学校でもそれなりにうまくやってたし、他の連中とは比べものになんないけどさ……」

 他の連中というのは、軍内部にいる有力者たちのことだ。
 まだもごもごとなにごとかを呟いている赤毛の女性は、金剛宮尖晶部闇月氏の当主の妹であり、その身の振り方には多くの氏族構成員が影響を受ける。
 軍で活動していてもその所属だけで『どの勢力につくか』ということが判断されかねない。
 そんな中で、彼女は他の貴公子たちではなく、スオウを選んだ。

 その選択に後悔はなかったが、男女のことに直に結び付けられるとひるんでしまうフウロであった。
 そんな彼女の様子にもう一度笑い声を上げてから、シランがハグマのほうに向き直る。

「あまり心配せずともそのうち殿下はお出ましになると思いますよぉ。あの方は女好きですけど、だからこそ、女に溺れるはずがありませんから」

 スオウが経験を重ねているから、ではない。
 情を交わした女に責を及ぼすようなことを、彼が選び取るはずはないと、彼女は言う。
 彼が引きこもっているのは、彼がそうするべきだと考え、そうしたいと思うからなのだと。

「……最も身近におられた従姉君が言うからには、その通りなのでしょうな」

 ハグマはあえて言葉遣いを変えて応じた。大隊長ではなく、親族としてのシランの判断を尊重するという意味であろう。

「ええ。それに……。やられっぱなしは大嫌いなはずですものぉ」

 そう言って、シランは獰猛な笑みを浮かべ、その右眼をつぶって見せた。

 その表情になんとも言えない顔つきになっていた三人が、揃って別の場所へ視線を向ける。
 天幕の入り口にかけられた布を見張りの兵に開けさせ、ゆったりと入ってきた人物に最初に声をかけたのはフウロだった。

「ようやくのお出ましだな、ユズリハ」
「ごきげんよう、皆様」

 フウロの声に籠もる険に気づいていたかどうか。
 彼女は実にさわやかな笑顔で、そう言い放った。


                    †


 時はその日の朝に遡る。

 スオウは幸せなまどろみの中にいた。
 朝の空気は澄んでいて、心地よい涼しさを膚にもたらし、腕の中には愛しい女のぬくもりがある。
 これを幸せと言わずしてなんと言おうか。

 ぼんやりと薄暗い天幕の天井を見上げながら、無意識に自分の頬をかく。そのじゃりじゃりとした感覚に、彼の意識はだいぶ浮上した。

「ふむ。いい加減剃らんとな」
「あら……。剃ってしまわれますの?」

 いつの間に起きたのか。あるいは、起きていたのか。
 ユズリハが腕をゆったりと伸ばし、おもしろがるように彼のあごをいらう。
 あごひげは頬よりずっと伸びていて、彼女の指をちくちくと刺しているはずだが、その慣れない感触に彼女は笑い声をあげているようだった。

「たしかに口づける時は少々痛いですけれど」
「ふん」

 彼が首を傾けると、ユズリハのほうで身を乗り出してきた。二人の唇が合わさり、情熱的な口づけが始まる。
 それが本格的な艶事に発展する直前で、スオウは口を離した。ユズリハは少々名残惜しげにしていたが、ぽてんと彼の胸に頭を落とす。

 しばしの沈黙の後で、スオウはしばらくぶりに鋭い声を放った。

「父上はご存命だと思うか?」
「申し上げにくいことですが……。曖昧な形で僭主が帝を僭称している以上、少なくとも表舞台にはおられないかと」

 ユズリハも、それまでの情炎の熱を感じさせない声でしっかりと応じる。おそらく、すでに予想していた問いであり答えであったのだろう。

「そうだな。そうだろうな」

 そう、わかってはいたのだ。
 もし、僭主勢力が帝を生きたまま捕らえていたならば、無理矢理にでも譲位を迫るだろう。そして、『正式に』譲位されたなら、そのことを喧伝しないわけがない。
 また、帝が退位もせず生きている状況で、別の者が登極することなど許されない。強行すれば余計な敵を作り、自らの権力基盤を脅かすだけだ。
 あるいは、旗頭にするにも難しい状況で誰かに匿われているなどということも考えられるが、それはいかにもありそうにない。特に魔界の皇帝家の相を考えれば。

 だから、わかってはいたのだ。

「自由か。たしかに自由なのかもしれんな」

 ぽつりと言った言葉に、ユズリハが身を起こす。じっと見つめる視線を意識していないわけはないだろうが、彼は反応しなかった。
 ただ、がしがしと頭をかいて大きく息を吐く。

「しかたない。俺なりのやり方でやるしかなさそうだ」

 言って、起き上がるスオウ。彼は大きく伸びをして、次いで体の機能を確認するかのように、各所を動かし始めた。

「ユズリハ。そろそろ戯れは終わりだ」
「あら、飽きてしまわれましたの?」

 からかうように彼女が言うのに、スオウは明るく笑い声を立てる。

「まさか。俺がただの男なら、いつまでもお前に溺れてるさ。だが、まあ、それじゃ、お前は俺のものにはならなかった。そうだろ?」
「ふふ。そうですわね」

 頷いて、湯を用意しますわと寝台を出るユズリハ。布一枚を巻き付けただけの彼女の姿を堪能してから、スオウは付け加えた。

「ああ、そうだ。ひげもあたってくれ」
「お心のままに」

 応じる声は、少し笑いを含んでいた。


                    †


「では、殿下は朝から動いておられるというわけか?」
「そうなりますわね」

 ユズリハの話を聞いたハグマが確認するように問うと、彼女は優雅にそれを肯定した。

「……お前はなにしてたんだよ。こんな時間まで」
「わたくしも殿下におつきあいしたかったのですけれど、とても体が追い付きませんでしたの。お恥ずかしながら、先ほどまで意識を失っておりましたわ」

 一方で、フウロの問いかけには、恥じらうように目を伏せるユズリハ。その様子に、皆は呆れたように納得した。

「まあ、殿下は百戦錬磨ですからね」

 スズシロが皮肉っぽく唇を歪めて言うのに、誰もがなにも言わなかった。言わずとも、皆わかっていた。

「すると、殿下はいまいずこに?」
「人の街を見ておきたいとかなんとか」

 その答えに、あっと何かに気づいたようにフウロがきょろきょろと辺りを見回した。

「そういえば、今日はエリを見てないぞ。もしかして」
「エリちゃんに案内させて、ショーンベルガーに行ってるってわけねぇ」
「そうでしょうね。兵を出しましょうか、団長」

 陣の中はともかく、敵地とも言うべき人界でスオウが一人で歩くなど、本来考えられない出来事だ。
 いかに降伏したとはいえ、魔族への反感がないわけがない。護衛の兵を向かわせるべきだという彼女の提案はもっともなものであった。
 その一方で、彼女が有無を言わせず強行せず、ハグマにしっかりと確認しようとしているのにも理由がある。

 ショーンベルガーは降伏したものの、魔族が占領したわけではない。街は、相変わらず土地の人間によって管理されているのだ。
 そこに急に兵を送り込めば、反発どころか恐慌を引き起こしかねない。それで生じる混乱のほうが、スオウにとっての害となりかねないことをスズシロは懸念していた。

「うむ……。少人数なら問題あるまい。そうだな、五人で十分だろう。あの娘も馬鹿ではない。殿下を危険な場所になど連れて行くことはあるまい。そもそも殿下を害することの出来る者が人界にいるかどうかはわからんが」
「では……。迎えということで送りましょう」
「そうしてくれ」

 まだ少々不安げなスズシロが手配を進める。その中で、ユズリハが思い出したように手を打った。

「そうそう。一つ殿下に命じられておりましたわ。わたくしたち皆に向けて」
「なにをだ?」
「明日、日が中天にかかる頃、旅団全員が殿下のお言葉を聞けるよう、整列させておくように、と」

 その言葉に、皆が顔を見合わせる。それらの顔に、なんとなくほっとしたような雰囲気があった。

「心を決められたということでしょうか」
「だろうな。どのように、かはわからんが」
「殿下は時々突拍子ないからなあ……」
「時々……? ああ、うん、時々ね」

 フウロとシランに至っては軽口をたたきあえているのも、ようやく事が進展しそうだという希望が見えたからであろう。
 たとえ絶望的な状況であっても、上に立つ者が腹を決めてくれれば、それなりに物事は動くものだ。

「出来ればあらかじめ相談していただきたかったものですが……。他になにかおっしゃっては?」

 諸々の準備を考えて、スズシロが額に手を当てながら、ユズリハのほうを向く。

「そうですわね。僭主勢力の動きについて、こうおっしゃっておられましたわ」

 そうして、彼女はいつも通り華やかに微笑んでその金の髪を揺らし、スオウの言葉を再現するのだった。

「なにも彼らのやり口に律儀に応じてやる必要はない、と」


                    †


 さて、その頃、当のスオウがなにをしていたのかといえば。

「エリ、俺と結婚しないか?」

 ショーンベルガーの街の中で、その都市の支配者の娘に、求婚していたのだった。
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