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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち― 作者:安里優

第一部:人界侵攻・開戦編

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第13回:救出(下)

「これは……」

 ナギは目を見張った。
 その流れる音……いや、調べは彼女にとってなじみ深いものであったから。

「たとえ誰が背こうとも……」

 七百年の昔、第二次神魔大戦の終盤、とある峠を中心として築かれた陣地を神界の強力な軍勢が取り囲んだ。
 包囲の中に取り残された魔界の軍、その数三千を超えたという。友軍を救うべく、外周から必死の攻撃が行われ、内からもそれに呼応した。

 だが、三度の解囲攻撃が失敗し、当時は同盟関係にあった真龍による空からの補給も神軍の妨害により滞りがちになった頃。
 包囲内の魔軍は降伏を決意した。
 幾度かの交渉を経て、降伏は受け入れられ、陣地は粛々と接収されるはずであった。

 しかし、それを肯んじない一部の者たちがいた。
 若手の士官を中心とした一団は、陣地の一部を占拠し、あくまでも神界軍への恭順を拒んだ。
 彼らは頑なに抵抗を続けたものの、衆寡敵せず全員が命を散らした。
 その勇士たちに敬意を表し作られたのが『たとえ誰が背こうとも』であり、いまや魔界における代表的な行進曲の一つとなっている。

 なお、その時に降伏し、捕虜となっても妨害活動を続け、さんざんに神軍を悩ませた降伏側の司令官を賞讃する軍歌『かの決断をたたえよ』も存在している。
 これも式典の場ではよくかかる曲となっているのは、魔軍の面白いところかもしれない。

 ともあれ、軍楽隊に所属していたナギなどはもちろんのこと、鳳落関の兵たちも当然のようにその歌を知っていた。
 だが、なぜ、いまここで?
 そんな疑問と戸惑いの中で、澄んだ歌声が響き渡る。


   たとえ全てが背くとも  我が心はけして変わらじ

   たとえ我が身が滅ぶとも 我が志はけして潰えることなし


 その麗しい歌声は、ユズリハの喉からほとばしるものであった。
 平時においては軍楽隊を率いていた彼女の歌声は、聞く者すべての心に染み入るような、そんな響きを帯びていた。
 その歌声に、別の声が加わる。


   たとえ我が名が忘れ去られようと 我が忠烈は変わらじ

   聞け、我が後に続く者たちよ

   思え、我らが生き様を……


 ナギの歌声は、ユズリハの歌を支えるように絡みあい、その旋律に深みを与えていた。
 ようやく己を取り戻したか、隊長が制止の声を上げる。
 だが、二人の歌は、そしてどこからか流れ来る音曲は止まない。
 そして、どうしていいかもわからぬ兵たちの視界に、大旗が翻った。

 黒に三月――黒地に、三つの月を模して真白く染め抜かれた丸。
 魔界に生きる者ならば、見間違いようのない、それ。

「黒太子殿下……」

 誰かが呟いたのが先か、あるいはその当人が姿を現したのが先か。
 ゆったりとした動作で竜を操るその人物の衣服は、全て黒に染まっていた。
 害されることなど考えてもいない様子で、彼は竜を進める。そして、誰もが予想していなかった、しかし、実にしっくりする台詞を吐いた。

「出迎え、ご苦労」

 その言葉に、何人もの兵が転げ落ちるように竜を下り、その場で跪いた。踏みとどまろうとした者も、スオウの横を行く隻腕の老将の眼光に耐えきれなかった。
 次々と竜を下り、大地に額をこすりつけるように平伏する部下たちの姿に、隊長は大きくうめく。
 結局、彼も竜から下りると、その顔を隠すように大地に伏せた。

 スオウはそれを見届け、すっと片手を挙げる。すると、ぴたりと音楽が止まった。ナギとユズリハも口を閉じ、あたりは静寂に包まれる。
 聞こえるのは竜たちの息の音くらいというその中で、彼はユズリハにほほえみかけた。

「さあ、帰ろうか。俺の大隊長殿」


                    †


「あの、よかったんでしょうか」
「なにが?」

 柔らかな綿の入った布にくるまれているとはいえ、再び竜の背にくくりつけられて運ばれながら、ナギは横を行くミミナに尋ねかけた。

「私たちを捕らえていた連中を帰してしまって」

 彼女が尋ねたのは、スオウたちが黒銅宮の兵たちに下した処置のことだ。
 ユズリハ――とついでにナギ――を保護したスオウたちは、黒銅宮の者たちに特に何かをしようとしなかった。
 いま彼女がくるまれている寝袋状のものを作らせたり、獣化した者たちが人の姿に戻る際に利用する陣幕の設置などは行わせたものの、それが済んだら解放してしまった。

「殺せって?」
「いや、さすがにそこまでは。でも、捕虜とか」

 頬に手を当て、うーん……とミミナは視線をさまよわせる。部下であるナギからすると、彼女は普段よりさらにくだけている様子に見えた。
 それがスオウをはじめとする幹部勢の間にいて緊張続きだったせいとまでは、ナギの考えは回らない。

「難しいと思うな。なんだかんだいってもあちらにはそれなりの人数がいたもの」
「無理ですか」
「フウロ様の千刃相、シラン様配下の哭號女相なきおんなのそうたちによる崖崩れに、なじみの歌ときて、殿下のご来臨で度肝を抜いたからこそだもの。あのときは戦意が萎えたでしょうけれど、落ち着いたらどうかしら」

「そう言われると……」

 確かに、兵たちは戦うことなくスオウの前に跪いた。だが、それで帝国への忠誠が彼らの中に蘇ったなどとはナギも思ってはいなかった。
 あのとき、彼らはスオウに刃を向けることをためらっただけ。それ以上を望むのは難しいというミミナの主張も理解できる。

「それに、戦いの最中ならともかく、武装解除して捕虜とするとなれば、その扱いについてユズリハ様のほうが気を配らなきゃいけなくなるでしょう。氏族の代表として」
「ああ、それは……」
「そういうことを考えて、さっさとユズリハ様を連れて戻ることを優先したのだと思うわ。……どうせ彼らが戻らなくても鳳落関には知れるわけだしね」

 あのとき、集団の中で前方に配された兵は、崖崩れで分断されていた。結局、それらの者たちが姿を現すことはなかった。
 崖崩れが起きた時点で何事か起きたと判断して関に報せに走ったか、もしくはミミナたちの警戒にひっかからないよう、こちらの様子を偵察していたか。
 いずれにしても、鳳落関に異変は伝わる。
 そう説明されて、ナギは納得した。

「なるほど」
「まあ……。私なら始末させてしまうかもしれないけど」

 声をひそめて呟くミミナの様子に、ナギは黙るしかない。

「ともかく、まずは養生を考えなさい。あなたは……助かったのだから」
「……はい」

 ミミナの優しい声に、頷いて目を瞑るナギであった。


                    †


 そんなやりとりをしている二人を、フウロは見守っていた。その横に、すっと進み出てくる影が一つ。
 彼女はそちらをちらっと見て、次いでミミナたちのほうへあごをしゃくった。

「ミミナのほうもそれなりの怪我してたんだぜ。後でちゃんと褒めてやれよ?」
「ええ。わかっておりますわ。……手当はどなたが」

 その方にもお礼を、と言い出すユズリハにフウロは微妙な顔つきになった。小首を傾げるユズリハに、赤毛をかき回しながら彼女は告げる。

「いや……。なんていうか。その、殿下が、な」
「ああ、皇帝家の相ですわね」
「なんだよ。知ってるのかよ」

 あっさりと頷かれて拍子抜けする。しかし、ふと気づいたような顔になるフウロ。

「いや、でも当たり前か。黒銅宮の中枢が知らないわけないもんな」
「そもそも秘密というわけでもありませんわよ。ただ、軽々に口にすべきものでもありませんわね」
「なるほど」

 そこでフウロは表情を変えた。口の動きもほとんど見せず、低い声で尋ねかける。

「……で?」
「帝都の様子まではわかりませんけれど、関の様子からして、黒銅宮……いえ、青銅部の思惑通りに事は進んだと考えてよろしいでしょう」

 ユズリハも低く、フウロの他には聞こえないような声で応じる。
 こちらはさらに上手うわてで、笑顔を浮かべたまま口をまるで動かさないという芸当を見せていた。

「参ったな」
「陣のほうは?」
「お前の救出優先だ。まだ兵には知らせてない」
「ありがたいことですわね。けれど……」
「いや、殿下も考える時間が欲しいだろ。まあ、それとは別に礼はすべきだろうがな」
「ええ」

 そこで会話はしばし途切れた。フウロはふうと一つ息を吐いて次の言葉を放った。

「関は、抜けるか?」
「……わたくしに協力してくれた者もおりましたが、此度はわたくしの身がかかっていたからこそでしょう。関の陥落を手引きするとなれば、それは黒銅宮そのものを裏切ることになりますわ」
「正攻法でいけってことだな」
「そうですわね。けれど……」
「まあ、そのあたりは軍議で、だな」

 フウロが言って、話はそこで終わった。


                    †


 謀反を兵に知らせていない以上、凱旋とはいかない。彼らは通常の見回りのように静かに陣に戻った。
 ナギでさえ、怪我を隠して竜にまたがってみせたくらいだ。
 副官以下の者たちはそのまま休息を与えられたが、最高幹部たちはしばしの時を置いて一つの天幕に集められた。

「疲れているところすまないな、皆。特にユズリハ」
「助け出したいただいた上にもったいないお言葉。どうかわたくしのことはお気になさらず。それよりも……兵には知らせていないと聞きましたのですけれど」

 スオウがねぎらいの言葉をかけるのに、その金の髪を揺らし、不思議そうに確認するユズリハ。
 彼女は、陣内の空気がなんだかぴりぴりしているのを感じ取っていたのだ。

「知らせてないわよぉ。ただ、不穏な空気はあるわねー。勘の良い子がいるんだと思うけど」

 シランが困ったように微笑み、片方だけ見えているその目をくるりと回した。
 スオウが急に陣を出て数日留守にするなど、無いとまではいかなくても珍しいことだ。幹部勢の動きを見て、何事か察する者が出てもおかしくはない。

 もちろん、本国で謀反が起きているなどと予想する者はなかなかいないだろう。
 ただ、真龍との戦いを想定しての進軍で、なにもせず陣に留まっている現状を不満に思っている者も少なくないはずであった。
 空気がおかしくなるのも不思議ではない。

「時機を見て、兵にも公表せざるを得ないでしょう。まずは、我々が現状を把握し、それにどう対処するかです」

 参謀であるスズシロがあえて皆がわかっていることを再確認のために口にする。その言葉にスオウが頷くことで、本格的に軍議が始まった。

「まず、鳳落関を脱出したユズリハ大隊長とその部下の方々から簡単な聞き取りを行いました。ただし、彼女たちも関を抜け出てきただけですから、その情報の確実性には限界があるでしょう。憶測も混じっていることをご理解ください」

 スズシロが注意するように言うのに、皆が揃って頷く。

「確実にわかっているのは、鳳落関に詰める者たちが我々に対して敵対的行動に出たことです。知っての通り、現在でも庶務中隊及びその責任者のカノコは関にとどめおかれております」
「わたくしたちが関を出た時点では、カノコさんたちは特に拘束など受けてはおりませんでした。それでも彼女たちを連れて出ようとすれば、それなりの抵抗があったものかと……」
「だろうな。自らの脱出と、殿下へ知らせることを優先したユズリハの判断は正しい。それですら追われたのだからな」

 申し訳なさそうに身を縮こませるユズリハに、ハグマが安心させるように告げる。スオウもその横で同意するように頷いていた。

「さて、事実としてはそれだけですが、伝聞も含めますと、帝都で政変が起きたのは事実であろうと思われます」
「皇弟であるヤイトとその子メギが謀反、メギが帝を僭称しているという話だな。ああ、そうだ。呼びにくいだろうから、メギのことは今後『僭主せんしゅ』と呼べ」
「では、そのように」

 スオウの言葉にスズシロが一礼する。
 皇太子の親衛旅団に属する軍人でなくとも、魔界で育った者の当たり前の心情として、皇族を呼び捨てにしたり敵対的に呼ぶのはためらわれるものだ。
 はっきりとスオウが呼び方を示すことで、スズシロもその他の人間もだいぶ気を遣わずに済むようになったはずだ。

「さて、鳳落関の敵対行動と、僭主の血縁関係から見て、僭主勢力の後ろ盾の主なものは黒銅宮と思われます。……実際に黒銅宮の全てが僭主勢力に取り込まれていないとしても、我々にとって最も重要なのは、関を封鎖されることです」

 竜絶りゅうぜつ関、虎伐こばつ関、鳳落ほうらく関。
 人界から魔界への出入り口は三つの関だけしかない。それ以外は、リ=トゥエ大山脈の険しい山々が行き来を阻む。
 そして、それら三つの関はいずれも黒銅宮の兵が圧倒的に多い。

「殿下に言われて、私たちで兵棋演習を繰り返してみたのだけれど……。現状の兵力では関を抜くのは難しいと考えるわ」

 出陣の前に、スオウとハグマは、スズシロとシランに対して、魔界へ戻る方策の検討を命じていた。そのうちの一つとして、彼女たちは鳳落関を突破することを考量したようだった。

「真龍相手の編成だからなあ……」

 シランの言葉に、フウロが悔しそうに呟く。
 今回の襲撃行における親衛旅団は、彼女が言うように真龍を主敵として想定した編成を取る。つまりは、空を飛ぶことのできる相手に有用な能力を持つ者たちを中心としているということだ。
 たとえば、遠距離攻撃に関しては、光線、音波、熱線などの非実体攻撃が主となっていた。
 関を囲んで攻めるときに有用な、大質量をたたきつけるような攻撃を行える者は、数少ない。

 さらに言えば、親衛旅団はこれまで鳳落関経由の補給に頼って活動してきた。糧食を断たれ編成の面でも不利な状況で防備を固めた関を攻撃するなど、どう考えても悪夢でしかない。

「船はどうだ? さすがにすぐに全員を乗せられるものを用意するのは難しいだろうが……」
「……残念ながら、人界には船はありません、旅団長。一隻も」
「なに?」

 思ってもみなかった反応に思わず聞き返すハグマ。
 二千人を乗せる船の入手の困難さや、魔界沿岸に上陸する難しさについてなら、検討することも予想していたものの、そもそも船がないとはどういうことか。

「船という概念そのものがないと言う方がいいでしょうねぇ……。エリちゃんに聞いた話だけど……」

 船はどうしたら手に入るかという問いに、エリが発した言葉を皆の前で開陳するシラン。
 エリは当初、まるでわけがわからないという顔をしていたのだが、シランが船について説明してみせるとこう言ったのだ。


『ああ、はしけのことですか? 川に浮かべるものですよね』


「しかも、こちらではヨロイウシに引かせたりするらしいわぁ。自力で航行できるようなものじゃなくて……筏に毛が生えたようなものかしら」
「川船すらないのかよ。海に出るなんて作り方も想像つかなさそうだな」
「その点は、我々とて詳細な建造過程を知っているわけではありませんので、あまり大きな事は言えません。ただ、信頼できる作り手を探すのは難しそうです」
「ああ……。そうか」

 なにかに気づいたように漏らしたスオウの言葉に天幕内の視線が集中する。彼はそれを受けて小さく肩をすくめた。

「船がないのも、当たり前と言えば当たり前だ。人にとって、海は大地の毒の最後に行き着く場所だ。海を利用するなんて思いもよらないのだろうよ」
「……なるほど。しかし、そうなりますと、殿下」
「ああ。参ったな」

 重苦しい沈黙が天幕を包む。
 関は抜けない。険しい山が往来を阻む。水の上を渡る手段は存在しない。
 謀反がどの程度のものか、その情報さえ彼らにはない。
 帝都は完全に押さえられているのか。
 各地方は、各氏族は、旗幟を明らかにしているのか。

 どうであったとしても、魔界と切り離されていてはなにも出来はしない。
 そのことを、皆わかっていた。
 だから、もう一度、スオウが参ったと呟くのに、誰もなにも言えなかった。

「……兵にはどう伝える?」

 凍り付いたような空気の中、ハグマがなんとか話を進めようとする。スズシロはそれにひとつ頷いた。

「はい。やはり殿下から皆に一言いただければと」
「ふむ」

 妥当な答えに老将は納得の様子だったが、スオウはそれに対して低い声で応じた。

「この先の展望も無くか?」
「それは……。いずれ魔界に戻ると示していただくだけでも……」
「気概だけでは兵はついてこないぞ。そうだろう? ハグマ」
「殿下のおっしゃることはごもっとも。しかしながら、上に立つ立場であれば、それを信じさせることも務めであろうかと」
「務め、か」

 スオウは小さく繰り返す。その瞳は実に暗く沈んでいた。

「まあ、いい」

 思わず幾人かが声をかけようとしたところで、スオウはぱたぱたと手を振って、皆の行動を制した。

「今日の所は、皆、休んでくれ。頭をすっきりさせたところで、もう一度話し合うことにしよう」

 そういうことになった。
 スオウがそう決めた以上、皆、退かざるを得なかった。
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