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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち― 作者:安里優

第四部:人界侵攻・征西編

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第25回:案内(中)

 新生ヴェスブールの象徴……というよりは、いまは新たなヴェスブールそのものとなっている『西の大天幕』は、中に入ってみれば、外から見るよりさらに広く大きく感じられた。

 なにしろ、その中に市を抱えているのだから。

 天幕の中に設置された建物が、市の街路を形成する。おおよそ円形の天幕を八つに分けるように建物の列は作られ、その合間には商人たちが露店を広げていた。
 そして、人々は街路と露店の間を歩きながら、物色し、交渉し、支払いを約束し、品物を受け取っていた。

「なかなかの人出だな」
「いえいえ。まだまだです」

 そんな中、スオウとシャマラ、それにローザという珍しい組み合わせの三人を案内するのは、この地の責任者、ゲデック侯爵クラウスフレートだ。
 スオウの警護として、幾人かの兵がついているが、四人の前後に分かれ、人の流れの中に紛れ込んでいる。

「これでまだまだなのかにゃ?」
「どうだろうな……。往時に比べると……」

 シャマラの疑問にローザが考え込む。
 大天幕は、本当に大きい。
 天井は意識して見上げねば視界に入らぬほど高く、行き交う人々のせいで、その先にあるはずの壁も見ることは出来ない。

 だが、それでもやはりかつてのヴェスブールの賑わいとはどこか違う。
 人数であろうか、熱気であろうか。
 ローザは自分の記憶を探りながら、自問した。

「それはそうでしょう。ここにあるのは市に過ぎません。商人がやってきて、立ち去るところです。人の生活が営まれる『街』はいまだ築かれておらんのですよ」

 彼女の問いかけに対する答えを、クラウス侯は的確に示してみせる。
 そう、ここには酒場も無ければ、人足が遊ぶ博打屋も無く、食事処ですらそれほど数がなかった。
 あくまで、ここは市場なのだ。

「とにかく、商売の出来る場所を設けるのが先決と考えましてな。周辺の整備は後回しになっておるのが実情です」
「なにもかも無くなったからな。集う場所を用意するだけでも大きい」

 スオウの言葉に、侯爵は厳しい顔で頷いた。ヴェスブールの再興を誓い、カラク=イオの力を注ぎ込んだ彼は、神界により消滅させられたこの土地の有様を忘れたことは無かった。

 同じように、ローザもひきつったような顔つきになっている。ただし、そこに込められた感情はゲデック侯爵のように神界への怒り一色には彩られていないように見えた。
 ちらっとその表情を見て、スオウはしかしなにも触れようとしなかった。

「ここに来ている商人たちは以前ヴェスブールに縁のあった者たちか?」

 南方から流れてきたとおぼしき工芸品を扱う露店の前で足を止めながら、スオウはそんなことを尋ねる。

「いえ、半分は新参ですな」
「ほう。新しい者が来たか」
「倉庫も店舗も無くなり、ヴェスブールの支配者も変わった。新たな流通に食い込もうと思う者も出ます」

 かつてヴェスブールに権益を確保していた者は、それを失った痛手を回復するため駆けつけ、空白地帯が生まれたのを好機と見た者たちもまた侯爵が築いた大天幕に集った。
 南方、あるいは西方からソウライに至る流通経路が新たに生まれる前に、ヴェスブールの跡地にいち早く『場』を設けたクラウスの狙いは成功したと言えるだろう。

「たとえ、支配者が魔族であっても?」
「恐怖や嫌悪はあるでしょう。しかしながら、富をもたらす者を排除するほど愚かとは思われておらぬようですな」

 スオウが皮肉な笑みを浮かべながら聞くのに、クラウスは朗らかに応じた。

「私がこの土地の本来の統治者であるゲデック侯爵であったことも、彼らには安心材料だったのでしょう。それと」

 そこで彼は周囲を眺め、満足そうに頷いた。彼がそうするのもわかるほど、大天幕の中に広がる市場には活気があった。

「この大天幕の中での取引については、税を割り引いております」
「なるほどな」

 たとえ、新生ヴェスブールにおける税収が落ちようとも、流通が栄えることを優先させるだけの理由がクラウス、ひいてはカラク=イオにはある。
 かつてはソウライへの玄関口たるヴェスブールと、その奥――ソウライ七都市の南方交易の基点ゲデックはそれぞれ別の支配者が存在した。
 名目上はゲデック侯爵の領土であっても、ヴェスブールは実質上は独立した戦王国であった。

 それがいまはどちらもカラク=イオの支配下にある。
 クラウスの立場だけ考えても、たとえ直接的な税収が落ちても、かつての名目的な貢納に比べれば十分に儲かるのだ。

 こうしたことを、スオウもクラウスも、そして、おおよそはローザも理解している。
 シャマラばかりはソウライの交易状況にそれほど詳しくなく、かつヴェスブールが失われた経緯にも明るくないため、いまひとつわからないという顔をしていた。

 スオウはしなやかに小首を傾げている彼女を見て、後で話してやろうと考えている。
 なにしろ、彼女は獣人のほとんどを導く立場にある。きちんと話せば、交易の重要性も理解出来るはずであった。

「それでも、やはり安定的に賑わいが戻るまでには時間もかかろう。今後も頼むぞ」
「もちろんですとも。まずは街としての機能を……」

 ひとまず工芸品を眺めるのにも飽いたか歩き出すスオウ。そのかたわらで大きく頷いて応じていたゲデック侯爵の声が途切れた。
 それは、横を行くシャマラの背中の毛がぶわっと逆立ったためである。
 そこに込められた怒りの念に、思わずのけぞる侯爵に対して、スオウとローザの手はシャマラへと伸びていた。

「シャマラ」

 しなやかな手触りの腕の上にのったスオウの手は実にさりげなく、肩に掛かったローザの手もまた同様であった。
 だが、そのどちらも鉄の意志を持ってシャマラの動きを封じようとしている。

「だい……じょうぶ、にゃ」

 めくれあがり牙を露出しようとする口元をなんとか戻そうとしながら、シャマラは応じる。
 ぎりぎりと食いしばった歯の音が聞こえてくるような返答であった。
 その視線の先にあるものを見て、侯爵は獣人の英雄の反応を理解する。そこには粗末な衣服を着せられ、四肢に鎖をつけられて『商品』として並べられる獣人たちの姿があったのだ。

「たしか、ソウライでは、奴隷の取引自体は有効なものでしたか」
「いまのところは」

 すぐにでもその法を変更できる人物が横にいることを意識しながら、クラウスはローザの淡々とした問いかけに答えを示す。実に慎重な口ぶりであった。
 当のスオウはシャマラの様子と、奴隷として売りに出されている獣人の間で視線を往復させている。
 それから、シャマラの腕に乗せている手に少し力を込めた。

「今日のところは、騒ぎを起こすことは避けたい」
「……わかってるにゃ」

 シャマラは俯いてそう呟く。

「本当に大丈夫です。わかっております」

 心配そうに顔をのぞき込むスオウに、口調を改めてシャマラは告げた。毛で覆われていようと、その頬に浮かんだ笑みが寂しいものであることは誰でもわかっただろう。
 だが、スオウはそんなシャマラに向けて首を振る。

「いや、なにもそこまでの話ではないぞ」
「え?」

 言い置いて、スオウはずんずんと人波を縫って歩き出した。その後を、興味を惹かれたというような風情でローザが追う。
 シャマラは身を動かしかけて、しかし、クラウスの手でやんわりと押しとどめられた。

 二人が注視する中、スオウは奴隷商人の前まで進んでいる。
 鎖でつながれ整列させられている獣人たちをゆっくりと眺めた後、彼は奴隷商人に尋ねた。

「ここに並んでいるのが全部かな?」
「ああ、今日はそうだよ」

 そこには五人の獣人がいた。毛で全身が覆われているものの、それ以外の特徴のない男が三人、ヨロイウシのような角を持ち、豊満な乳房を強調するような衣装を着させられている女が一人、なめらかでしなやかな黒い毛皮に金色の瞳を持つ女が一人。

 いずれも清潔ではあっても古びた衣服と、こればかりはぴかぴかの鎖と枷をつけ、無表情で立ち尽くしていた。
 感情を表に出してもなにもいいことがないと、『商品』として扱われる間に諦めてしまったのかもしれなかった。

「どれか買うのかね?」

 商人の男は、細い目をさらに細めて、にまにまと笑みを浮かべる。
 それが商売をする上でのお愛想なのだとしたら、この男は商売に向いているとはとても思えない。そうローザは思った。
 スオウのほうはその笑みをどう受け止めたか、特に態度を変えずに肩をすくめた。

「ああ。そのつもりだよ」

 その時、初めて獣人たちの瞳が動いた。
 それまで、どこを見ているのかわからないような、ぼんやりとした目つきだった五人が、そろってスオウを見たのだ。

 だが、そこに感情は見受けられない。
 空虚な瞳が、彼を静かに値踏みしていた。
 一方、商人のほうは、別のほうを見ていた。そこで見つけたものに顎をしゃくる。

「あんた、あそこの獣人の主人かい?」

 その問いに込められたものに、ローザは嫌悪しか抱かなかった。
 シャマラの姿を見て、既に一人獣人を得ているのに、まだ欲しいのかと言っているように聞こえたからだ。
 客に対して欲深であるとからかうように言う商人など、商売をする資格もないと彼女は思う。

「いや、友だ」

 実際に商人がどんなことを思っていたにせよ、スオウの返答はその予想をはるかに超えていた。

「友だって? 獣人が?」

 あっけにとられたように、商人は繰り返す。
 まるで狂人を目にしたかのような表情であった。

「ああ。友だ」
「また酔狂な野郎だね、全く」

 聞き間違いではないことをスオウの二度目の言葉で思い知らされ、奴隷商人はその骨張った腕を肩の上まで挙げた。
 どの地方の仕草であるかはローザもわからなかったが、いずれにしてもろくな意味ではあるまい。

「しかも、それだってのに、この奴隷たちを買おうってのかい?」
「商品なのだろう?」
「そりゃそうだ」
「全員欲しい」
「全部かい。そりゃあ豪気な話だ」

 十の虚ろな瞳が見つめる中、スオウと商人はそんなやりとりを交わす。
 商人は全員をという言葉に鼻を膨らませ興奮を隠せない様子だった。だが、すぐにシャマラのほうを見て、小ずるい笑みを浮かべる。

「そうだな……。これくらいでどうだ?」

 そこで商人が述べた金額に、思わずローザは奥歯を噛みしめる。その反応にスオウが身を寄せるのに、彼女は小さく耳打ちした。

「ソウライの相場はわからんが、戦王国であれば、この価格で六十人は買える」
「つまり、軽く十倍はふっかけられているということかな?」
「……だろうな」

 そこで、スオウはこう呟いた。

「なるほど」

 その言葉を聞いたとき、ローザは背筋を冷たいものが走るのを感じた。
 静かに、あくまでも静かに響くその言葉を、商人の耳は捉えられていたかどうか。
 おそらくは無理だったろう。

「少し高くないかな? その八分の一でどうだろう」
「冗談だろ?」
「五分の一では?」
「半分でも難しいね」

 にやにやと下卑た笑みを浮かべる商人の目は、シャマラの横に立つ男の姿をはっきりと認めている。それがゲデック侯爵であることを彼は知っていたのだ。

「そうか」

 それだけ言って、スオウは踵を返す。
 虚を突かれたようになった商人が、しばらく後で、ぺっと足下につばを吐いた。
 その様子にローザは深々とため息を吐き、スオウの後に従う。

 その頃には魔界の皇太子はシャマラの元にたどり着き、こう告げていた。

「しばらく待ってくれ」

 と。


                    †


 数日後、『西の大天幕』において、一つの公布が行われた。
 それは、ゲデック領内での奴隷売買を段階的に禁止していくという法を周知するためのものであった。

 大半の者にはあまり関係のないその公布に、奴隷商人たちは敏感に反応した。
 それがおそらくは新たな支配者であるカラク=イオの意向であると悟った彼らは、そのほとんどが即日大天幕を出て、南方――戦王国群へと向かった。
 その思い切りの良さには、どの商人もなぜかここ数日奴隷売買がうまくいっていないという背景もある。

 そして、その商隊のいずれもが、セラート大河を渡った――すなわちソウライを出た――次の夜明けに、襲撃を受ける。
 その大半は突然の襲撃者によってあっという間に『商品』を奪われるに留まった。

 だが、一つの商人集団だけは、それでは済まなかった。

「商人が儲けを得ようとするのは正しい。実に正しい。だが、限度というものがあるとは思わないか?」

 静かに語りかけるスオウに、奴隷商人は応えることが出来ない。
 それはそうだろう。
 異形の姿を現した魔族たちに囲まれ、その上喉には獣人の鋭い爪があてられているとなれば。
 たらたらと脂汗を流し、歯の根も合わぬほど震える以外、なにが出来ようというのか。

「相場の数倍まではともかく、さすがに十倍はないだろう」

 なあ? と問いかけるのに、商人はがくがくと人形のように首を振ることしか出来ない。
 さすがに危なすぎてシャマラがその爪を戻したほどだ。

「相場の十倍をふっかけるというのは、俺に対する侮辱だ」

 厳しい声で、スオウは続ける。商人の目から涙が次々にあふれ出た。

「お前は戦士じゃ無い。だから、俺がお前に報復するつもりは無い」

 その言葉を、商人は認識できたであろうか。
 あるいは救いをそこに見出したであろうか。
 だが、スオウは悲しそうにこう続けるのだった。

「だが、自分を侮辱した者を守る義理もない。お前の身柄は、シャマラとお前が商品にしていた者たちに任せる」

 そして、冷たい声で、彼は最後にこう告げるのだった。

「せいぜい慈悲を乞え」


 悲鳴は、あがらなかった。
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