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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち― 作者:安里優

第四部:人界侵攻・征西編

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第24回:案内(上)

年末の多忙のため、次の更新は12日月曜日になります。
 交易という点から見ると、人界北西部ネウストリアから人界北東部アウストラシアへ至る経路は、おおよそ三つに限定される。

 穢れた地と呼ばれる『黒森』から発し、ネウストリアを横断して、さらにはアウストラシアをも貫き、海へと注ぐ長江ヴァラガ沿いを進むのが一つ。
 先史時代にリ=トゥエ大山脈の大突出部を掘り抜いて作られたと伝えられる山道を抜けるのが一つ。
 最後に、ネウストリアの森林地帯を抜け、アウストラシアの平原に直接に出る道だ。これは、ヴェスブールへ至り、ソウライに続く。

 単身や数人の旅であれば、他の経路もないではないだろう。
 だが、たとえばカラク=イオが軍事行動を取るとなれば、交易に用いられるこれらの経路を辿るのが妥当なところだ。

 この内、アウストラシアの南端近くを流れるヴァラガに至るには戦王国群を南下する必要があり、スオウたちが利用するのは現実的では無い。交易路としても治安の面が不安視され、ここ数十年は衰退傾向にある。
 山道はアウストラシア側はソウライ地域にあり、使い勝手はいいものの、道そのものは狭く、かつ山岳地帯のため拡張することも容易ではない。補助として用いるのはいいが、主力を進めるには躊躇われる面もある。

 では、ヴェスブールから発する経路はどうか。

「戦王国群の中を進軍せねばならないという点については、少々案があります」

 進軍経路につき、こう提言したのは、現在ヴェスブールを再建しようと奮闘しているゲデック侯クラウスフレートである。

 通例、隊商は安全な道を行く。
 彼らの『安全』とは、略奪者に出会わないことであると同時に、領主からの搾取を必要以上に受けないことを意味する。
 野盗が排除されていたとしても、儲けのほとんどを通過する領地で税として取り立てられてしまっては、商売の意味が無い。
 故に、不当――と商人たちが思う程度――に高い税を課さず、一定の安全も確保されている道筋を選ぶ。

 裏を返せばそうした土地を治める戦王たちは、商人たちが通過することで領内にも富がもたらされることを理解する程度には先見の明があり、盗賊たちを跋扈させない程度には実力があるということになる。
 そんな戦王国を通過するとなれば、戦力の消耗は必須だ。

 だが、商人たちが避けるよう土地はどうか。
 たとえば、いまならばヴィンゲールハルトの遺領のようにろくに支配権も確立されていないような土地であれば。

「それで? 私に案内でもしろと?」
「さすがに殿下もそこまでは……。地図を見て助言してくれたらなって」

 ゲデック侯の提言を受け、まさにヴィンゲールハルトの娘であるローザにそんな話を持ってきたのは、『若宮』ケイ。

「断っても大丈夫だよ? 殿下にはちゃんと私から言うから」

 ローザの顔をのぞき込むようにしてケイはそう付け加える。その本気で心配そうな表情に、唇を歪めて皮肉な笑みを浮かべていたローザも毒気を抜かれたような顔になる。

「嫌というわけではないよ。ただ、まあ、侯爵も面倒なことをと思ってな」

 それから、少し考えるような表情になる旭姫。

「純軍事的に考えれば、わからんでもない。私は北方には詳しくないので、その山道とやらがどれほどの狭さかはわからんが、大軍のための物資を運ぶには十分ではないのだろう。そうなれば、平地を利用したくなるのもわかる」

 ネウストリアに入れば、いずれにしても森の中を進むことになり、進軍の足は鈍るだろう。
 だが、それに対する方策についてはローザにはわかるものでもないし、関係の無い話でもある。

 それにしても、まさかかつて支配していた土地について、魔族から助言を求められることになるとは。
 彼女はそのことにこそ、運命の皮肉を感じていた。

「どれほどを進軍させると言っていたかな」
「最初に全軍の半分は向かわせるみたいだよ。後詰めにその半分くらい」
「それはまた大胆だな」

 ケイの言通りとすれば、全軍の七割五分を送り込むということになる。
 いかにカラク=イオ軍が少数精鋭を体現したかのような軍であったとしても、大仕事だ。
 そもそも、ソウライはどうしようというのか。

 そこまで考えたところで、ローザはケイが大事そうに持っている地図から視線をあげ、ケイの目をのぞき込んだ。

「いや……そういえば、お前がその留守を任されるのだったか」
「うん!」

 躊躇うように尋ねるローザの声に、元気よく応じるケイ。彼女は公の場では見せることの無い子供っぽい――年相応の――笑顔で大きく頷いていた。
 そもそも、こうしてローザたちといる時でなければ、少女であることすら隠している彼女のことを、ローザは複雑な表情で見つめる。

「コクリュウも一所懸命準備してくれてるよ」
「……そうだな」

 それは懸命にもなるだろう、とローザは考える。
 軍の大半が他所に出て行くとなれば、幹部たちの大半は前線に張り付かねばならないだろうし、首長であるスオウも前線に近い場所――ソウライ西方部に赴くことが多くなることだろう。
 本拠地であるショーンベルガー及び陣城とその周辺を任されるケイの責任は重かったし、実務を担当するコクリュウはその準備に必死にならざるをえまい。

 そんなことを考えながら、ローザはケイから地図を受け取り、しばらくそれを眺めていた。

「この地図は正確なのものか?」

 あまり見慣れない形式の地図に、ローザは眉を顰める。たしかに見る限りは自分の記憶の中にある地形と符合しているようにも思えるのだが、これまで見慣れた地図とはどうも異なるようだ

「うん。真龍が参加してくれたからね」
「どういうことだ?」
「ほら。あの人たち、空から観察出来るから。すっごい詳細な地図を持ってるんだって。もし持って無い地域でも、偵察して描けるしね」
「なるほど、空からか……」

 ということは、とローザは自らの中に生じた違和感について類推する。
 おそらく、この地図は見たとおりすぎるのだ。これまで彼女が慣れ親しんだ、特徴的な地形だけを取り上げ、それらの距離だけを基準としたものとは異なる。
 見た目通りに描かれているこちらのほうが正確なのではあろうが……と、彼女は地図を掲げ、じっと考え込んだ。

「ケイ」
「なに?」

 しばらくそうして考えていたローザが声をかけると、ケイはこてんと首を傾げて彼女を見上げた。

「助言をするのはいい。だが、この地図を見ながらではだめだな」
「だめ? じゃあ、どうしたらいいの?」

 くるくると地図を丸めて自分に返してくるローザに、ケイはそう尋ねる。

「たしか、偵察の部隊を出すとか言っていなかったか。大規模なやつを」
「うん。殿下が一緒にいくことになって、大騒ぎになったやつだね」
「それに同道しよう」
「えっ」

 驚きの声をあげるケイ。それに大した、ローザは安心させるように言った。

「なに。なにもネウストリアまでついていくことはない。森が見えるあたりまで、道案内をして、戻ってくることとしよう」
「ええと、でも……。あ」

 そこで、ケイはふと気づいたように声をあげ、なにか思慮深げな様子で深く頷いた。

「そっか、そうだよね」
「うん?」
「ローザだって、ふるさとに帰りたいもんね」

 ケイの言葉に目を丸くするローザ。その様子をどう受け取ったか、わたわたと慌てた様子でケイは腕をばたばた振り回した。

「あ、別に悪いことじゃないと思うよ。私は殿下がいるところにいたいと思ってるけど、そうじゃない人もいるはずだもんね。当たり前だと思うよ」
「残念ながら、そうじゃない」

 ケイの慌てぶりに思わず笑みを漏らし、ローザは説明する。

「そもそも私の生地はもっと南だ。今回通過するような場所では無い」
「そうなの?」
「そうだとも。それに……」

 おそらく進軍するのはかつて『暴虐王』マルヴィンゴッツが治めていた地域となる。その土地をヴィンゲールハルトたちが支配するようになったのはつい最近のことだ。
 だが、そこまで詳細に語る必要はあるまい、と彼女は思う。

「私の故郷というのはな、ケイ」

 その代わり、かつて戦王国群の北辺を父と共に支配し、旭姫として知られていた女性はこう続けるのだった。

「我が父と戦っていた戦場いくさばのことを言うのだ」

 そう、懐かしむような声で。


                    †


「ケイにはああ言ったが、本気で私を連れてくるとは思いもしなかったな」

 二脚竜の背で、燃え上がるような金緋の髪をかきあげながら、ローザは隣を進む黒衣の男に声をかけた。
 騎竜は馬とはやはり違う。騎乗技術の高いはずの彼女でも、こうして望む者に歩調を合わせ、さらに話しかける余裕を持てるようになるまで、しばらくかかった。
 ヴェスブールに至る前、つまり、かつての支配地に入る前に無様な姿からは脱却できたことを、彼女は密かに喜んでいた。

「何故だ? こちらから頼んだ案内をしてくれるというのだから、願ったり叶ったりじゃないか」

 一方、スオウのほうは、四脚竜にゆったりとまたがりながら、そんな言葉を口にする。
 こちらはさすがに堂に入った騎乗姿であり、時折居眠りしている姿すら見かけることがあった。
 さすがに、ローザも彼が竜の上で女性とむつみ合っていたりする場面は見たことがない。

 軍中では、そうした愛され方をした者もあると噂があったりもするのだが。
 どうか噂する者の夢想であってほしいとローザは願っている。

「これから行く土地で、私はそれなりに名も顔も知られている。自ら下した土地もある」
「それはそうだろうな?」

 いまひとつわからないという様子のスオウに片眉を跳ね上げ、ローザは鋭い声をたたきつける。

「見知った土地に入ったあたりで私が逃げ出して、一軍を組織するとでも思わなかったのか? まだ、この名に利用価値を見出す者もきっといる。あるいは父に近すぎて、どこの勢力にも行けずくすぶっている者もあろう」
「ああ、なるほどな」

 皮肉っぽく言うローザに、スオウは顎をなでる。

「なにも鎖で絡め取って捕虜としているわけじゃない。そうしたいなら、そうすればいいとは思うが……」

 ヴィンゲールハルト亡きあと、彼の遺領には幾人もの戦王が立ち、勢力争いを繰り広げているという。
 ローザロスビータの名と実力をもってすれば、いずれかの陣営を乗っ取ることも、自ら勢力を立ち上げることもそう難しくはない。
 ことに彼らカラク=イオがネウストリアへの本格侵攻をはじめ、短い距離とは言え戦王国群の中を通るとなれば、混乱は必至。ローザが本気で取り組めば、その状況をも有利に利用できるに違いない。

 そんなことは、スオウとてわかっている。
 だが、彼はこう続けた。

「それでも、いまの君はそれはするまい」
「何故だ?」

 先ほどのスオウそっくりの口調で問い返すローザ。

「戦王という立場では、神界の意図に近づくのは難しいからだ」

 さすがに声を低くするスオウに、ローザはびくりと体を震わせた。
 しばらくじっと前を向き竜を進めていた彼女は、ようやくというように食いしばった歯の間から押し出すようにして声を発した。

「……我が父はそれを成した」
「そうだな」

 それ故にこそ、都市を、軍を、そして、まるで無関係な人々を道連れに消されたのだ、とはスオウは言わなかった。

「我々の立場からすると、神界が危険視する程の存在となった君の父君には尊敬の念しかない。人の身でありながら、そこに到達するのに、いかほどの努力が必要であったか。幸運もあったろうし、偶然もあったろう。だが、引き寄せるだけの並々ならぬ努力があったからこそ、それらは父君の元に至ったのだ。正直、その努力の程は想像するのも難しい」

 これだけは本気で敬意を込めた口調で言うのに、ローザは目を見張った。
 同時に、父のことを誇らしくも思う。
 たとえ、その努力が父の命と生涯の成果を奪う結果となったとしても、なお。

 そんなローザをじっと見つめながら、スオウは告げる。

「だが、父君には君がいた。いまから、君が父君にとっての君と等しいほどの側近を見つけるのには時間がかかる。それよりは我々の傍で探る方が手っ取り早いだろう。見切りをつけるのは、もう少し探ってからでも良いはずだ」
「もう一度潜り込むのは難しかろうからな」

 どこか自棄のような口調でローザは言う。彼女はその口調に言い当てられた悔しさがにじみ出ないよう努めた。
 そんな彼女の様子をうかがうようにしてから、スオウは付け加える。

「それに、ケイにすぐ帰ると約束したんだろう? そう聞いたぞ」
「……そうだな」

 陣城に残ったケイの顔を思い起こし、苦笑を浮かべるローザ。だが、その笑みは実に温かく、見る方のスオウもまた温かな気分になるほどであった。

「とはいえ」

 顔を引き締め、ローザは声を厳しい声を発する。

「別にお前たちの侵攻に協力しなければならぬ義理はない。いずれ、それなりの案内料をいただくこととしよう」
「大きな借りになりそうだ」
「利息がつくことを忘れるな」

 にっと不敵な笑みを浮かべた後で、ローザはその額に手を当て、ひさしのようにした。

「ふむ。あれが侯爵が作ったという巨大天幕か」
「そのようだな」

 彼女の視線の先、そして、彼女とスオウを中心とした一行が向かう先、天高く尖塔のように持ち上がるものがある。
 二人が言うとおり、ヴェスブールの新生の象徴として築かれた『西の大天幕』がそこにそびえているのだった。
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