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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち― 作者:安里優

第四部:人界侵攻・征西編

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第22回:偵察(中)

体調不良のため、次回更新を延期します。
 はっと息を吸う音がする。
 そうして吸った息を言葉として吐き出そうとして、シャマラは肩に掛かった手の重みを感じ、慌ててそれを取りやめた。
 肩に置かれた掌の持ち主を見やれば、黄金の髪を揺らしながら、彼女の動きを制しようとしている。

 その間に、隻腕の老将ハグマが疲れたような表情を普段通りに引き締め直し、問いかけを行っていた。

「念のためにお伺いしますが」

 あえてシャマラにも聞き取りやすく、しっかり区切りながらの北方語。それは、彼自身の感情を抑えるためというのもあったのかもしれない。

「ご自身が出向かれるとは、如何なるお考えあってのことでしょうや。まさか、ただ行きたいからなどとは言わせませんぞ」
「俺がいた方が、皆、本気になる」

 スオウはふざけた様子もなく、けれど余裕を持ってそう応じた。
 自分が発した言葉が、ある程度の反発を招くことは、当然予想してのことであったためであろう。

「それに、方針は決定した。細々としたところは、お前たちに任せる」
「より本気になるというのは否定いたしませんが」

 ハグマは慎重な様子で応じた。

 現時点でも、皆は本気で事に当たっている。これは間違いない。
 だが、スオウがネウストリアに入ったと知れば、真剣さの度合いはそれどころではなくなる。これもまた疑いない。

 そして、意思決定の頂点に立つ者は、大まかなところを決定した後は、下の者にその方針の実行を任せる度量も必要とされる。
 たとえスオウがいなくとも、ネウストリア攻略に向けてカラク=イオを運営していく責任が幹部たちにはあるし、それが出来るとスオウは考えている。
 そのことをハグマは誇らしく思う。

「そうは仰いましても、決めることはたくさんあるのですよ」
「まあな。だが、大丈夫だろう? スズシロがいて、お前もいる」
「ありがたきお言葉。しかし、それだけではちと弱いですな」

 ハグマは微笑みながら、首を振ってみせた。
 自分が評価されていることも、部下を評価出来るスオウの事も、喜ばしく思う。
 さらに言えば、交渉のために自ら足を運んだシャマラへの、いわば返礼として、スオウが出向こうとしていることも、老獪な彼は理解している。

 だが、それでも、やはり首長が国を離れて最前線に一番乗りするためには、もう少し理由が必要であった。
 少なくとも幹部たちが納得するだけのものが。

「後は、二人……正確には一人と一団ほど、試してみたいと思ってな」
「後者が若宮とその周辺のことならば、早すぎはしませんか」

 このあたり、スオウの意図に対する察しの良さはさすがに幼い頃からの積み重ねというべきものであろう。

「早い。たしかに早い。だが、幸いにも、あれの周りにはいい連中が揃っている。羅刹病などなにするものぞという連中だ。頼りになる」
「それは例の娘も含めてのことですかな?」

 その問いに、スオウはひょいと眉をあげ、面白そうな顔をした。

「ああ、そうだな。人の身なれども、神族への禍根もある。卑劣漢どもが表に出てくる時ならともかく、いまは、我らと共にあるだろう。少なくとも、何故あれの父が死なねばならなかったかがわかるまではな」
「その見立てには同意いたします。知った時に再び心を閉ざすのでは無いかという懸念はありますが、そこは、人の地力というものに期待する他ありませんな」
「それは、まだまだ先の話だ」

 スオウが言うのに、ハグマは同意の仕草で応じた。

「まあ、若宮はよろしい。試してみるというのも、受け入れられるでしょう。当人にも、周囲にも。しかし、もう一人とは?」
「もしかして、例のドミニクやらいう者では?」

 それまで黙っていたユズリハが、思わずという様子でその名を口にする。スオウはにやりと唇を歪めて、それを肯定した。

「ああ、なるほど。あの者ですか」

 一方、ハグマは得心がいったという様子で頷いた。そこに、ユズリハが示すような憂慮の影は無い。
 ただし、肯定的な感情もあるようには思えなかった。

「物好きですな」
「余裕と言ってほしいな」
「どちらであっても、わたくしは反対でしてよ」

 主とその最側近とのやりとりに、ユズリハは不機嫌そうに口を挟む。

「なんだ、やはりドミニクは気に入らんか?」
「それはもう終わったことでしてよ。あれをしばらく使ってみるというのは、殿下がお決めになったんですもの」

 ドミニクの仕官を認めるかという点において、ユズリハは反対に回った。だが、そのことに彼女はこだわっていない。

「ドミニクという人物への評価はこの際置いておくとしても、評価の定かでは無い新参を試すには重要すぎる任務ではありませんこと?」

 むしろ、シャマラ――とその仲間である獣人たち――のことを考えての発言であった。

「なるほどな」

 そこで、スオウはなにか言いたげにもにょもにょと口を動かしているシャマラの方を見た。

「どう思うかな?」
「いやいやいや!」

 シャマラはその問いかけに、ぶんぶんと両手を振って応じる。

「誰を連れてくかとかの前の話にゃ! いきなり魔界の皇太子のお出ましとか、こっちがびっくりするにゃ!」

 大声で主張するシャマラに対し、魔族たちは顔を見合わせ、そして、スオウが楽しげに口を開いた。

「こちらは獣人の大英雄が現れて驚いたぞ? 君の英名はすでに聞いていたからな」
「そ、それは……むぅん」

 いま、ここに自分がいるという事実を指摘され、彼女は唸る。シャマラはネウストリアの獣人全ての代表では無いものの、その名を用いれば人間に抵抗する者たちの大部分を糾合出来る。
 実質的に獣人の命運を握っているシャマラが実際にここまで来ている以上、スオウの行動に異を唱えるのもおかしな話であった。

「危ない……だなんて魔族に言ってもしかたないんだろうにゃあ」
「殿下を危険な目になどあわせませんわ」
「そもそも、殿下を危うくすることの出来る者が人界にあるかどうか」
「油断は禁物だぞ、ハグマ」

 自分が漏らした言葉に、どこか嬉しそうに反応する三人を見て、シャマラは説得を諦めた。
 どうせ止めてもこの男はネウストリアに来るだろう。
 側近が止められないものを、自分が止められるわけもない。
 それに、彼がネウストリアにあることの利点も、けして、ないではない。

「まあ……代表者に現状を知ってもらうのはそれはそれでありにゃ。うん……」

 己に言い聞かせるように言って、シャマラはふるふると首を振る。

「さっきの話だけどにゃ」
「ん?」
「新参がどうのという話にゃ」
「ああ、そうそう。どう思う?」

 改めて尋ねるスオウにシャマラは小さく肩をすくめて見せた。

「こっちは、ともかく力になってくれるなら、それ以上のことは要求しないにゃ。ただ、危ういのを連れてくなら、ちゃんと制御出来る上役も連れて行って欲しいにゃ」
「当然だな」

 そこでスオウは幹部二人と視線を交わし合い、一つ頷いた。

「その点について検討し、満足行く結果となるようはからうと約束しよう」
「頼んだにゃ」
「では、そのように」

 そういうこととなった。


                    †


 ネウストリアの中でも、黒森――すなわち、先史時代の都にして、いまや禁忌の土地と化した地域に――最も近い都市の名をドゥルマースハイムという。

 その場所柄、ドゥルマースハイムにはネウストリアどころかアウストラシアを合わせても最も高く、分厚い壁を持ち、いかなネウストリア種の植物であろうと、この都市の城壁は乗り越えられないであろうと言われていた。
 もちろん、地下茎を延ばしてくるものも、種を飛ばしてくるものもあるので、結局対処はしなくてはならないのだが。

 その都市の中央、耕作可能な浄化された土地を囲う内壁に寄り添うように、一つの城館がある。
 普通ならば、都市の支配者が住まうその城館は、この都市の場合には一つの組織の所有となっていた。

 商会連合――つまりはネウストリアで奴隷を商う者たちの集団である。
 その城館の奥も奥、各商会の代表しか足を踏み入れることを許されていない部屋。
 そこに、連合に参加する十二の商会のうち、十商会の代表者たちが集まっていた。

「神託は下りました」

 そのうちの一人、最も若いと見える参加者が、落ち着いた声で告げる。その言葉を受け、部屋の中の空気に喜色が混じった。思わず歓声を漏らす者すらいたのだ。

「カライ侯の娘御も、それに応じるとのこと」

 付け加えた言葉は先のものに比べれば、大した反響を得られない。

「小娘など適当に担いでおけばよい」
「かつては王族の血などといっても、いまではな」
「そうだな。余計なことを考えぬよう、甘やかしてやればよいさ」
「姫気分を味合わせてか? それはいい」
「まあ、それよりもだな」

 脇に逸れそうな話を、一人が軌道修正しようとする。それを受けて、最初に発言した者が頷いた。

「大事なのは、神託が下りたという事実、ですな」
「その通りだ」
「ベルツの件は、神界の警告だというのは杞憂であったと判断してよろしいでしょう」

 ベルツはかつてネウストリア北西部にあった小都市である。
 いま、その場所に住む物はいない。
 建物は蔦で覆われ、城壁は竹に突き破られ、人々が生活していた部屋や厨には、植物が繁茂している。

 ベルツは森に沈んだのだ。

「だから言ったのだ」
「念には念を入れるものですよ」

 ベルツが森に沈んだのは、奴隷の労働力が足りなかったためだと巷間信じられている。
 そのように、ここにいる者たちが噂を流したのだ。
 そう信じられることは、彼らにとって実に都合のいいことだから。
 だが、実態はそうではない。
 いや、そうではないと、ここにいる者たちは信じていた。

「では、ベルツの件、我々とは無関係に神界の手が入ったというのか?」
「あるいは本当に、労働力不足だったのでは?」
「それはないな。半日程度で植物に覆われたということだ。いくらなんでも早すぎる」

 ベルツがいかに小都市といえども、半日で人が住めなくなるほどの状態になるはずがない。
 通常の生長速度を考えれば、十日以上は放置していなければ生じようのない事態であった。

「その証言は信頼できるのかね?」
「複数の報告に基づいておりますから」

 沈黙が落ちる。
 そんな中で、次に発言した声はわずかに震えていた。

「……神界の意図であれば、まだましとも言えますな」
「なに?」
「あの地域のネウストリア種の状況が変化したとしたら、なんとします?」
「これ以上凶悪になるとでもいうのか!?」

 部屋の空気が、一気に剣呑なものに変じ、がたがたと椅子の鳴る音がした。
 いかに富を蓄えていても、ネウストリアに生きる以上、植物の脅威からは逃れられない。
 自ら除去作業をすることはなくとも、都市を歩けば、あるいは、城壁の外を見れば、いつでも緑はそこにあるのだから。
 彼らを食らい尽くそうとするものが。

「落ち着いてください。いまのところ、近隣の都市でそうした徴候は見られておりません」

 そんな中で、最初に言葉を発した男の声が、全員の耳を打つ。

「もちろん、今後も調査は続けていきますが、まずは、神界による干渉があったと考えるのが自然でありましょう。我々とは無関係に、神々を怒らせた者がいたということです」

 皆が浮かせ駆けていた腰を落とし、再び椅子が音を立てる。だが、その具合は先ほどよりもずっと穏やかだ。

「我々の要請で神託が下されたことを考えれば、そうとしか思えないな」
「あれが警告であったとしたら、神託などはねのけられるのがおちだからな」
「では……ベルツのことはひとまず置くとしよう」

 ようやく、皆落ち着いたのか、部屋の中からざわめきが消える。その代わり、最初の男の静かな声が響いた。

「我らの計画が、神界の怒りを買っているのではないかという懸念は払拭されたと考えてよいかと思います。皆様はどうお考えでしょうか」

 そこで、男は全員の顔を見回し、こう言った。

「決を採らせていただきます。このまま計画を進めることに賛成の方は挙手を」

 その言葉に応じ、次々と手が挙がる。

 その中には、

「少なくともいまのところはな」
「慎重に行くことが条件だが」

 などと条件をつける者もあったが、いずれにしても、賛成を示すものだ。
 結局、十人のうち、採決を提案した男以外の九人全ての手が挙がった。

「それでは、計画通りに参りましょう」
「ああ。『猟犬』を用いて奴隷たちとの長きにわたる争いに決着をつけるのだ」
「ネウストリアの秩序を取り戻さねばな」
「主人に逆らう奴隷など、あってはなりませんからな」
「奴らをきちんと躾けてやらねばなるまいよ」

 口々に熱っぽく言い交わす声。
 その言葉に、後ろ暗いものは微塵も感じられない。
 彼らは、口にした言葉を本気で信じているのだろう。

「ところで、『猟犬』の具合はどうなのかね」

 中の一人が、ふと思いついたように、採決を提案した若い男に声をかけた。

「ちょうどいい。連れてきておりますから、お見せいたしましょう」

 その言葉に、これだけは実にいやらしい、歪んだ笑みを見せ、男は手を叩いた。
 そして、扉が開き、部屋へと引き入れられたものは、まさに異形と呼ぶべきものであった。
前書きにも書きましたが、体調不良のため、次回更新は遅れます。申し訳ありません。
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