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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち― 作者:安里優

第一部:人界侵攻・開戦編

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第11回:疑念

「結局……私は他の部下とはぐれ……。三人の追っ手と戦いながら、逃げ続けました。他の部下がどうなったのか、他の追っ手たちがいたのか……。それはわかりません」

 そのあたりまで行くと、ミミナの語る声は、歯を食いしばって、なんとか押し出すようなものとなっていた。

「申し訳ありません」
「いや、お前はよくやった、ミミナ」

 最後に頭を下げるのに、スオウは硬い口調ながらも、あたたかな言葉をかけた。

「約束しよう。俺は、必ずユズリハを取り戻す。お前にも協力してもらう」
「……っ!」

 ばっと顔をあげたミミナはスオウの言葉に声にならぬ声をあげ、再びがばりと平伏した。その震える肩をしばし見つめた後、スオウは目を閉じ、なにかをかみしめるような表情をしていた。
 そして、目を開くと、皆の顔を見回した。

「謀反である。国難の時である」

 低い声で、彼は告げる。自らの中に渦巻くなにかを言葉に変えることで、爆発するのを押さえている。そんな印象があった。

「お前たちも言いたいことはあるだろう。謀反そのものについても、それぞれに思うところがあるはずだ。だが、それはひとまず置いてほしい」

 ふうと一つ息を吐き、彼は続ける。

「ユズリハは俺の元へ戻ろうとしていた。親衛旅団の大隊長としての責務を果たし、行動した。ならば、俺はその行動を捧げられる者としての責務を果たす」

 拳を握りしめるスオウ。彼は体の前で何度も手を開いては握りしめる動作を繰り返した。

「なにより、俺は俺のものを奪われて黙っているほど我慢強くない」

 そこでもう一度皆の顔を見渡したところを見ると、彼はさらに続けるつもりだったのかもしれない。
 だが、言葉の接ぎ穂を見つける前に、スズシロが声をかけた。

「殿下」
「なんだ?」

 そこで、彼女は涼しい顔でこう言うのだった。

「そのような演説は我々には無用です。それよりも、一刻も早く救出に出るべきでしょう」
「そうよねぇ。関に入られたら手も足も出ないし」
「うん。急ごうぜ。……じゃない、急ぎましょう!」
「お前たち……」

 スズシロの言にそれぞれに同意する大隊長二人の様子に、複雑な表情を浮かべるスオウ。なにか拍子抜けしたかのようでもあり、ほっとしたようでもあった。
 彼の肩の力が抜けたと見たハグマがぐっと身を乗り出して来る。

「殿下。ユズリハの救出については私にお任せいただいても?」
「ああ、頼む」

 ハグマは頷くと卓を立ち、ミミナに近づいた。そうして、考えられる敵の規模や位置についてやりとりを行う。
 それによると、ユズリハが囮となって部下たちを逃したのは一日足らず前のことであり、少なくとも彼女が見た追跡部隊は一小隊――三十名程度だということであった。
 相手の使う竜の種類、獣化した者がいたならその特徴などを聞き終えて、ハグマは結論を下す。

「相手は三十か。増援はあり得るが、考えてもしかたあるまい」

 むしろ、鳳落関からの増援が間に合っているならば、もはやユズリハの救援自体諦めなければいけない局面となる。それについては口にせず、ハグマは鋭い声でシランに問うた。

「シラン、なにも言わず同族を攻撃できる者は、どれだけ用意できる? いますぐ、だ」
「うちのアシビと配下で十六人」
「ならば、それといまいるフウロの部下と合わせて二十一。それにミミナ、フウロに加え、私と……殿下?」
「ああ、もちろん」

 ハグマが確認するように言うのに、スオウはいかにも当然という顔で頷く。だが、慌てたのは、スズシロたちだった。

「し、しばしお待ちを。殿下にご出馬いただくと言うのですか!? 旅団長」

 珍しく声を荒らげるスズシロと、無言ながら同じように疑問の目を向けてくるシランたちに、ハグマは落ち着いた声で応じる。

「いいか? これから始まるのは、人間でも真龍相手でもない。魔族、つまりは根本的には同等の力を持つ同族との戦いだ。そういった時、必要なのはなんだ? 練度? 兵数? もちろんだ。しかし、最も必要なのは、気構えだよ」

 歴戦の勇将は自らの言葉に傾注している皆の顔を好もしそうに見渡しながら続ける。

「相手は既に謀反側についている。そうでなくては氏族の姫を捕らえようとはすまい。対してこちらは、これから覚悟を決めなければいかん。いかに鍛えていようと、この差は大きいぞ。そこに殿下がおわせば、その利は逆転できる」
「それは……わかりますが、しかし……」

 なおも不安げにするスズシロに、ハグマは大きく笑みを見せた。

「殿下に矢面に立っていただく必要はない。ここにありとその存在さえ示していただくだけで、相手はどこかで怯み、こちらは意気が揚がるからな」
「……わかりました」

 そんな風にして、スオウの出陣は決したのであった。


                    †


 皆がそれぞれに準備のために急いで出て行った天幕は急に静けさに覆われてしまった。
 しかし、元からその天幕の主であるスオウに加えてもう一人、ただ、静かに座っている女性がいた。

「シランはいいのか?」

 片方だけの瞳で自分を見つめ続けている従姉の姿が気になって仕方ないスオウは、ぐるぐる回り続ける思考を打ち切るためにもそう尋ねてみた。
 シランはひょいと軽やかな動作で肩をすくめ、穏やかな笑みを浮かべた。

「私は、アシビに言付けるだけで、もう済んだから。私とスズシロは残っていないとまずいでしょ?」
「そうだな……。色々考えておいてもらわないといけないからな。最終決定は俺だが、いまは参考になる意見が欲しい。要求を書き付けておくことにするさ」

 うんうんと頷いてから、彼女は笑みを深くする。昔から彼に意地悪をする時の顔だ、とスオウは思った。

「それにぃ……。吐き出す相手が欲しいんじゃないかと思って」
「いっそ物にでもあたろうかと思っていたところだったんだがな」
「嘘つき。そんなことしたことないくせに」
「やってみてもいいじゃないか」

 はああ、と彼は大きくため息を吐く。どうしても、この従姉と二人きりだと子供の頃以来の調子に戻ってしまう。
 そのことが心地良いと思っている自分にも一方で気づいているスオウだった。

「それにしても、身内がここまで阿呆だとは思っていなかったよ」
「あら、謀反そのものじゃく、そこなのぉ?」
「もちろん、謀反も衝撃だが……。よりによってなぜこのときなんだ?」
「というと?」

 じとぉと下からにらみ上げるようにして、シランが本気で不思議に感じているらしいことを確認してから、スオウは説明していく。

「魔界はようやく上向いてきた。それこそ、多少の抵抗感はあっても、人界へ兵を送ることが出来るくらいには。そんな時に国を割ってどうする?」
「うーん……」
「どうしてもメギが帝になりたいのなら、政変でも起こせば良かったんだ。父上が崩御された後で、俺から実権を奪って、その後、メギに譲位させればいいじゃないか!」
「同じ事じゃない?」

 ヤイトとメギが権力を望めば、いずれにしても、なんらかの抗争は起きる。それなら、スオウが国外に出ているこの機を狙うのも一つの手だろう。
 だが、スオウは大きく首を振った。

「違う。実体はどうあれ形だけは譲位なら、影響は宮廷だけで済むんだ。だが、正当な後継者である俺が国外に出ているいまこのときに謀反なんぞしてみろ。間違いなく俺の帰還を求める奴らが出てくる。武力を使わざるを得なくなる。奴らがどれほどの善政をしこうと、だ」
「まあ、そうねぇ……」
「いいか? 父上にサラ以外に子がない以上、いずれにしても今後の皇統はあのクソ親父の血統となる。ならざるを得ない。だから、俺とメギが入れ替わっても、魔界の住人の大半には影響がない。兵を動かさないで譲位させておけば、誰も気にしないんだ」

 それを当人が言うか、というような発言ではあるが、スオウは本気であった。

「だが、こんなやり方をすれば、敵を作る。味方になったかもしれないやつも、抵抗するだろう。そもそも、混乱が収まるまでどれだけかかると思ってる」

 怒ると言うよりも哀れむように、スオウは吐き捨てる。

「せめて、今回成果が上げられなかったとつるし上げるまで待てなかったのか。もっと穏健なやり方が出来たはずだろうに……。実際、シランだって、俺が皇帝に相応しいとは思ってないんだろう?」

 従弟の言葉に、シランの目がすっと細まった。

「……私が危惧しているのはあなたの資質じゃないわよ、スオウ」
「わかっている。水晶宮のためだよな。水晶宮の母を持ちながら、その母を幼い頃に亡くした俺は、水晶宮にしてみればどう扱って良いかわからない存在なんだろう」
「そう。それに、皇帝になった途端水晶宮を贔屓でもされたら、余計困るでしょう? 他の氏族を敵に回したくないのよ、うちは」
「だから、気を揉んでいるわけだ」
「そうね。大婆さまとか、色々、ね」

 氏族の均衡がものを言う魔界の政治上では、皇帝が自分たちの氏族の血を引いているというのは諸刃の剣である。
 繁栄の裏側で必要以上に怨みを買うこともありえるのだから。

「シラン本人はどう思ってるんだ?」
「ふふ。それを教えて欲しかったら、ちゃんと皇帝になってちょうだい」
「……なるさ」
「そうね」

 軽口のような、それでいて決定的なやりとりを二人はする。彼らは視線を合わせたまま、しばらく沈黙を保っていた。

「話を戻すけど」
「うん」
「それでも、あなたがいない間に蜂起することを選んだわけよね?」
「うん。阿呆だろ?」

 なぜ、阿呆のしでかしたことの始末を俺が……とでも言いたげに、スオウはため息を吐く。シランはその様子にしばしためらって、次の言葉を紡いだ。

「……そうじゃないとしたら?」
「え?」
「あのね」

 そこでシランは唇を一舐めして話を続けた。彼女が珍しく緊張しているようなのに、スオウは驚く。

「前々から思っていたのだけれど、もしかして、メギは皇帝家の『特性』を持っていないんじゃないかしら」
「なに?」
「あの力を使えないんじゃないかってこと」

 あの力とは、ミミナの傷を癒し、怒りの余り低木を瞬時に生長させた力だ。

「……それは……考えてみたことがなかったな」

 スオウはあまりに意外なことを聞かされたためか、目を白黒させている。

「うん。でもねぇ、私たちのそれぞれの『相』って、親から子へ受け継がれるものだけど、たとえば両親とも雷撃を放つ親を持っていても、その子が電磁浮遊の能力を持っていたりすることもあるわけでしょう?」
「まあ……あるな。だからこそ氏族の中で家が分かれるわけだし、家の移動も簡単なんだ」

 魔族は真の姿である獣化形態を『獣の相』と言うが、その獣化形態でふるえる特徴的な力もまた『相』と呼ぶ。
 この『相』は生来のものがほとんどだ。
 その力の威力や使いこなしには個人の努力や成長が大きくかかわるものの、根本的な資質は血統で決まることが多い。
 簡単に言えば、翼がある者は滑空出来るし、あるいは場合によってはある程度の飛翔も可能だが、元々そんな器官がない者がそれを生成するのはかなりの無理があるというわけだ。

 そういった様々な『相』が一族と大きく乖離する場合、氏族の中で新たな家を形成したりもする。
 同様に、似たような能力を持つ他の氏族があった場合、そちらへ移動することも難しくない。その集団の長老が受け入れれば、氏族の移動は穏やかに進むものだ。
 汎用的な能力――筋力の増加等――はたいていの者が持っているので、どこに移るのもほとんど支障がないのが実態といえる。

 さすがにシランやユズリハのような中枢に近い者が氏族を変えるとなれば大事件となるだろうが。

「実際、代々の皇帝でもあの力を持っていない方もいらしたらしいじゃない?」
「まあ、そのようだな。それでもあるとないとでは……。そういうことか」
「そ。そういうこと。あなたがいる状況では、メギと交替する芽はなかったってことよ」
「しかし……」

 たしかに、いまは知られていることのほうが珍しいとは言え、皇帝家の『相』は、古くは皇帝たる証として重んじられていた。いまも氏族の長老たちはそれを知っているし、その力を持つ者と持たない者がいる時に、持たない者を皇帝に据えることに賛成することはないだろう。
 だが、だからといって、後継者と定められたスオウを追放してまでやることだろうか、という思いもある。

「一つ、仮説があるのよ」

 思考に沈むスオウを引きずり上げるように、シランが声をかける。彼ははっと顔をあげた。

「なんだ?」
「……今日言うべきかどうか迷うのだけど……」
「今日……?」

 首をひねったスオウの顔が曇る。それで察したと判じたのか、シランは諦めたように言った。

「うん。サラがらみ」

 申し訳なさそうな顔をするシランに、間髪を容れずスオウは促す。

「教えてくれ。頼む」
「……あくまで仮説よ? サラは、あなたと同じ力を持っていた。皇帝家の『相』を」
「ああ。俺よりも強かったくらいだ」
「彼女の死因は毒でも病気でもなかった。それはそうよね。あの力があったら、よほどの病気や怪我でもない限り、死ぬことはないもの」
「……ああ」
「死因はわからなかった。そうでしょう?」
「その通りだ。俺と陛下が徹底的に探らせたんだ。遺体が切り刻まれることも受け入れてな」

 シランはゆっくりと言葉を選びながら話している。そのことをスオウもわかっていた。だから、彼は努めて冷静でいようとしているのだ。

「……私ね、調べたのよ。直接的な原因じゃなくて、彼女の死の直前の行動からなにかわかるんじゃないかと思って」
「……特におかしなところはなかったはずだが」
「うん。そうなんだけどね」

 シランは困ったような顔になっていた。だから、スオウははっきりと言う。

「話せ。俺が命じる」

 責任は負うということだ。そこまで言われて、彼女も腹を据えたようだった。

「わかったわ。死の前に、彼女は何人かの人物と会合している。これは皇族としての通常の行動よね。その中に、メギもいる」
「それは……。しかし、メギになにが出来る? 死因を特定させないようななにがある?」
「たとえば、彼の『相』が、皇帝家の『相』の変異だとしたら?」
「なに?」
「命を与える力の変異として、死を与える力だったとしたら?」

 沈黙が落ちる。
 二人の呼吸の音だけが、天幕の中で響く。

「……仮定が過ぎる」
「……そうね」

 ようやくスオウが呟き、シランも同意した。
 それから、スオウは疑わしげな表情で彼女を見つめた。

「俺を奮起させたいなら必要無いぞ。父上にそむくような奴らを、血縁だろうと許すつもりはない」
「あら。考えすぎじゃないかしら」
「……まあ、いい。それより、まずは目前のことだ」

 彼の言葉を優雅な微笑みでかわすシランになんとも言えない表情を向けてから、彼は小さく首を振った。

「謀反を起こすくらいだ。旅団にも間諜が入っているはずだ。洗い出しておいてくれ」
「了解。もう掴んでるのもいるけど……。これまで以上にしっかり見ておくわ」
「頼んだ」

 そこで、シランは席を立った。そろそろスオウも出陣の用意をせねばならないとわかっていたからだ。
 しかし、彼女が天幕を出る際に振り返ったとき、彼は真剣な顔で何事か考え込んでいた。
 まるで、どこかここではない場所、いまではない時を見ているような目をして。
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