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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち― 作者:安里優

第四部:人界侵攻・征西編

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第19回:謀臣

 ドミニクは待った。

 日が暮れた頃、ショーンベルガー城の侍女――つまりは人界の者――が来て、客間に通された後は、その部屋で提供された食事を摂り、寝台で眠り、運ばれた湯で汗を拭いた。
 それを繰り返すこと、三日。

「まさかとは思うけど、忘れられていないだろうね?」

 侍女にそう確認して、その答えが返ってくるのに、さらに丸一日。

「いや、待つよ。ああ、待つとも……」

 日程の調整に手間取っているとの返事に諦めたように応じ、さらにドミニクは待った。
 部屋を出て行くことは禁じられていなかったし、ショーンベルガーの街中に宿も取ってあるのだが、ドミニクはその部屋に居続けた。
 一度城から出てしまったら、次に訪ねてもろくに相手にしてもらえないと判断したのだろう。

 なんにしても、五日間の滞在を経て、ようやくにドミニクは意中の相手と会うことが出来たのだった。

「ずいぶんと待たせてしまったようだな」
「ええ、それはもう」

 応接室に呼び出されたドミニクを出迎えたのは、カラク=イオの主スオウ。ほがらかに微笑む男の背後には、仰ぎ見るような体躯を持つ大柄な女性が立つ。
 それがスズシロの副官ヌレサギであると、ドミニクにはわからない。

 カラク=イオの幹部勢の姿や役割は、なんとなしにソウライでも噂されていたりするのだが、さすがに副官たちのことまでは細かく伝わっていないためだ。

「暗に帰れと言われているのかと」
「すまんな。忙しいのも事実だが、心配性のやつがいてな」
「この僕が皇子殿下になにかしでかすと?」

 二人の対面の椅子に座りながら、ドミニクはくっくと喉にかかる笑いを漏らした。

「それは見込み違いですね。僕は天才だけど、魔族を害しようとするには膂力が足りない」

 さらりと自分を天才と評したことに、スオウは特に反応を示しはしなかった。だが、ヌレサギのほうはあからさまに不快な表情を浮かべている。
 ドミニクは、その反応にむしろ嬉しそうに髪をかき上げた。

「とはいえ、その程度の警戒は当然ですね。むしろ甘い」
「甘いかな?」
「ええ、甘いですね。本当に、あなたがたは甘い」

 見知らぬ相手を警戒するのは当然だ。
 だが、いかにおかしなことをしでかさぬかどうか見定めるためとはいえ、五日も軟禁するというのはあまりない。
 この言いようであれば、自分が通された部屋が見張られていたことなど、ドミニクは承知の上だろう。

 武器を持っているか、あるいは無手であろうと暗殺が出来る体つきであるか。しっかりと探られている。
 それをわかった上で、ドミニクはなお甘いと言う。

「ソウライの統治など、その典型だ」
「君が俺に会いたい理由とはそのあたりかな?」
「それだけではありませんよ」

 ドミニクは謎めいた笑みを浮かべてみせた。
 魅力的な笑顔である。思わず引き込まれて見る者も微笑みそうな笑顔だ。
 ただし、ここにいる二人にはそれは通用しない。

「なるほど」

 スオウは頷くと、なにやら指を蠢かした。それに応じて顔を近づけるヌレサギと小声で言葉を交わす。
 部下が元の姿勢に戻ってから、スオウはまじめな顔で告げた。

「とはいえ、先ほども言ったように忙しい身でね。君にずっとつきあうというわけにはいかないんだ。もちろん、君の話を聞くことの重要度が上がれば別だが」
「なるほど」

 と今度はドミニクが頷いた。
 スオウは、興味を惹くだけの話をすれば、優先順位を上げると言っている。ならば、ドミニクがすべきことは一つだ。

「では、失礼して、口調を普段のものにさせていただいてもよろしいでしょうかね? そのほうがきっと簡潔に済みますから」
「ああ。構わない」

 この申し出にもむっとした顔を見せるヌレサギと、しれっと応じるスオウの反応は対照的だ。
 ドミニクはそんな主従を楽しそうに見ながら、軽やかに立ち上がり、話し出した。

「僕は先ほども言った通り、天才でね」

 身振り手振りで自分の言葉に緩急をつけながら、ドミニクはそんな風に言葉を紡ぐ。

「個人で出来ることならば、たいていのことが出来る。ところが、人心を得ることだけはどうにも苦手でね」
「ああ……」

 思わず漏らしたとでもいうように、ヌレサギが納得の声を放つ。そのことになんだか傷ついたような表情になりながら、ドミニクは言葉を続けた。

「でも、人間この世に生まれたからには、大きな事を成し遂げてみたいじゃないか。特に僕のような天才にはその責務がある」

 ドミニクの声の調子は落ち着いて、張りのあるものだ。自分の言っている内容を、なに一つ疑っていない、自信に満ちあふれた声だ。

「だから、僕はね。大きな事を成し遂げる人物の補佐をすればいいと思ったんだ。つい最近目をつけたのはゲール帝国の皇女殿さ。残念ながら断られてしまったがね」
「そこで俺たちを紹介されたか?」
「それもある」

 言いながら、ドミニクはぐっと体をスオウのほうに近づけようとした。しかし、一歩踏み出そうとしたところで、ヌレサギの動く気配に体を戻す。

「でも、君には元々興味があったんだよ。スオウ皇子殿下」
「ほう?」
「ただ、会うための伝手が得られそうになかった。だから、後回しにさせてもらうしかなかったんだけど。やっぱり、天は僕を祝福しているんだね。皇女殿下が自分の名を出せば、会うことはあってくれるだろうと言ってくれたわけだよ」

 その通りに、少なくともこうして話は聞いてくれるわけだ、とドミニクは微笑んだ。

「だから、はっきり僕の目的を告げさせてもらえば」

 そこで言葉を切り、ドミニクはスオウを見た。その目がぎらりと強い光を放ったように思えた。

「僕は君に天下を獲らせにやってきたんだよ、スオウ」

 沈黙。
 主を呼び捨てにされたヌレサギは、苦い表情を浮かべているものの、それ以上の反応を示さずにいた。
 それは、スオウの横顔に興味のしるしを読み取ったからかもしれない。

「どうやって?」

 ドミニクは、自分のこめかみを指差しながら、はればれとした表情で言った。

「それはもちろん、この頭の中を使ってさ。僕は一軍を擁しているわけでも、国家を後ろ盾にしているわけでもない。でも、なにしろ才能があるんでね」
「なんの才能かな?」

 そこでスオウは軍略や政略についての答えが来るものと思っていた。おそらく、ヌレサギもそうであっただろう。
 だが、答えは意外なものであった。

「僕には良心がない」

 そこで鼻に皺を寄せて、ドミニクは首を振った。

「ああ、いや、無いというのはおかしいかな。善悪の概念はあるし、世間的な常識も知っている。だけど、僕はそれを守ろうという感覚が薄い。実に薄い」

 わかるだろうか、という風に体を傾けるドミニクに、スオウは黙って先を促す。

「人に喜ばれることは、とてもいいものだ。僕も大好きだよ。それと同じくらい、僕は人が嫌がることも大好きなんだ。冷酷なことも、残虐なことも、非道なことも」

 むしろ、なぜ世間では嫌われるのかわからない、とドミニクは言った。まるで、幼子がはじめて見たものに対して質問するときのような表情で。

「世間的には僕は狂人か病人か危険人物だろう。一方で、先に言ったとおり、僕はたいていのことがこなせる。普通の組織なら無理でも、建国の軍であれば、僕を活かすことが出来る。僕の中にあふれる才を用いることが出来る。そうじゃないか?」

 そこで、ドミニクはなにかに気づいたように付け加えた。

「ああ、言っておくけど、やりすぎるつもりはないよ。スオウが望まぬことまで踏み込む気は無い。軍規も守る。でも、その範囲内でもできることはある。他の者がやらないことがね」

 にこやかに自分を見つめるドミニクを、スオウは冷静な顔で観察する。
 相手の表情が心からのものであると確信してから、彼は口を開いた。

「君の言う通り、建国途中の国は、様々なことをやらなきゃいけない。その中には汚れ仕事も含まれるだろう。いま俺たちが行っているのだって侵略だからな。自らの理想のため、無理を押し通さねばならぬこともある」
「うんうん」
「君はそうした汚れ仕事を望むと?」
「それだけじゃないよ」

 スオウの問いかけにドミニクはふるふると首を振った。

「僕は何も表に出たくないわけじゃないし、負の側面だけを担いたいわけでもない。ただ、世間では正道と言われることも、非道と言われることも、僕にとっては等価なんだ。普段は『正しいこと』をするさ。僕以外の人たちは、正しいと思うことをするほうが抵抗ないだろうし、気持ちいいはずだから。そのほうが軋轢はないだろう。でも、僕はどちらにも禁忌がない」
「必要とあらば……か」

 相手の言いたいことを察して、スオウはため息を吐いた。
 ちらりとヌレサギを見れば、彼女は小さく顎を動かしている。その言葉が読み取れなかったとしても、表情からして否定の色は露わだ。
 スオウは腕を組み、一度天を仰いでから再び口を開く。

「君の言葉通り、君が天才だったとしよう」
「事実そうなんだ」

 口を挟むドミニクに構わず、カラク=イオの主は続ける。

「だが、君が天才というならば、過去の歴史から、様々な事績を学んでいるだろう。天才であるからこそ、過去の天才たちの行動を参考に出来るし、誤りすら見つけられる」
「さすが、よくわかってるね」
「であるならば」

 ご満悦という調子のドミニクに、スオウはずばりと言った。

「そうした謀臣が辿る先もわかっているはずだ。戦死はともかく、生きのびて平和に引退出来た者など、ほとんどいないぞ。たいていは、世情が落ち着く前から疎まれ、体制が固まったなら刑死というのが通例だ。それも、たいていは自分がやってもいないことまで背負わされ、むごたらしく殺される」

 そんな行く末が望みか、とスオウは問いかけた。

「惨いことも好きだと言っただろう?」

 ひらひらと手を振りながら、ドミニクは応じる。

「僕は、自分にされるのも大好きなんだよ」

 実に嬉しげに、曇りの無い笑顔で。


                    †


 ヴィルーパークシャーは、四天王の一人にして西方鎮護の神である。
 現在はその名をとある女神が引き継ぎ、四天王の副官として活動している。
 崑崙クンルンの神々との戦闘の最前線に立つ神軍の上級指揮官である彼女は、いま、神々の本拠地であるマハ・メルにあって、次の作戦について思いを馳せているところであった。

 床に掘られた浴槽に裸身を浮かべ、ゆったりとした湯の流れに身を委ねている。
 時折、壁に作り付けられた湯口から供給される湯に自らあたりに行ったりしつつ、彼女は存分にくつろぎつつ、考えをまとめようとしていた。

 そこに、妙なる鈴の音が響く。
 耳に心地よいその音を、パークシャーは無視した。
 連続音が途切れ、もう一度鳴ったものの、それも気づかなかったように湯を楽しんでいる。
 そして、三度目にその音が鳴ったところで、彼女は舌打ちをしながら、その身を湯から引き上げた。

 乱暴に布をとり、さっと体を拭いただけで、隣の部屋に移る。
 その裸身を隠すことなど、彼女は考えない。
 均整の取れたその身に恥じるところなど一つも無かったし、すぐに再び湯に戻るつもりであったからだ。

 なお、しばらく前に彼女は半身に入れていた刺青を全て消し去っている。そり上げていた髪も長く伸ばし、それを頭上に結い上げるのが最近の彼女の好みだ。
 しかし、いまはほどいた髪が裸身にはりつくままにしている。

 そのままの格好で彼女は隣室で腰を下ろす。彼女の出した信号に応じて、部屋自体が椅子を作り出し、その体を支えた。
 それから、ぱちんと指を鳴らす。それに応じて壁面に映像が映し出された。

 どこかの石造りの神殿、その一室で祈祷器に向けて一身に祈りを捧げている老人の姿が、そこにはあった。
 もう一度ぱちんと指をならす。

 すると、部屋に鳴り響いていた錫の音が止まり、映像の中で、老人が驚いたような顔つきになった。

「話せ」

 映像に話しかけるパークシャー。すると、老人は体を投げ出すようにしてひれ伏し、祈りの言葉を唱え始めた。

「おお、龍族の主よ、尋常ならざる目を持つ者よ。聖なるかな聖なるかな聖なるかな」
「うるさい」

 短い言葉でぴしゃりと言うと、映像の老人は慌てて顔をあげ、目を剥いて震えだした。

「神を敬うならば、言葉なぞに頼るな。愚物が」

 そもそも、この男は、自分の唱えた聖句が正しくないとわかっているのだろうか。
 パークシャーはそう疑問に思う。
 神々の降臨後正しく示されたものが、土着の信仰に侵食され、変形してしまったことを、本当に気づいていないのかと。

「も、申し訳も……」
「申し訳無いというなら、口を閉じろと言っているのだ。卑称なる存在よ」

 さすがに老人はその舌を凍らせる。だらだらと汗を垂らす老人の姿に、パークシャーは苛立ちをなんとか押さえようとした。

「よい。神を直々に呼び出した理由を述べてみろ。簡潔にな」
「はっ……」

 まだ震えながら老人が言葉を選ぼうとしている間に、パークシャーはこの男がどこの神殿の者であったか思い出そうとしていた。
 彼女が守護するネウストリアのどこかには違いないのだが。

「西方連盟の盟主の人選につきまして、商会連合より要望がありまして」

 その言葉に、パークシャーは記憶を探る作業を放棄する。
 西方連盟とはネウストリア全域を覆う政治体のことであったし、商会連合もネウストリア全体に関わるものだ。
 前者は名目上のもので実権などあった試しがなかったし、後者は商会連合などと名乗ってはいてもその実態は奴隷商の集まりに過ぎない。

「西方連盟? 人界の政など、好きに決めればよかろう」

 そもそも、ネウストリアに強固な統一政体が存在したことなどない。

 魔界への防壁としておかれたカライ国が存在した頃には、多少はまとまりがあったかもしれない。
 だが、その頃でさえ、『西方連盟』とはただの陳情機関にすぎなかった。
 ネウストリア地方における人界の要望を、神界にまとめて伝えるためにだけ存在していたような組織なのだ。

 そんな組織の盟主が誰であろうと、神界にもパークシャーにも、そして、ネウストリア地方に住む人々にすら影響は無いだろう。

「それが、その……御神託を是非いただきたいと……」
「ふん」

 パークシャーは大きく鼻を鳴らす。
 人界の者はいつもこうだ。
 利用できるものは、神界の権威であろうと利用する。実にたくましいものだと感心するほどだ。

 ふと彼女は思いついたことを口にする。

「それでお前の懐はどれほど潤う?」
「そ、そのような……」
「別に構わん。多少は神殿にも還元しておけ。我を祀る社がみすぼらしいではたまらんからな」
「そ、それはもちろんでございます」

 ひれ伏して顔を隠す老人の姿に、果たしてこやつはいまどんな顔をしているのだろうかとパークシャーは想像する。
 敬服を示しつつ、ひそかに舌でも出していたら、それはそれで強かで頼もしいのだがな、と。

「それで、誰にしてほしいのだ? 人買いどもは」
「カライ侯のご息女で」

 声の調子が柔らかくなったことに安心したのか、老人は姿勢を戻し、よどみなく応じる。
 かつてあったカライ国の王族の生き残りであろう。
 少し考えてから、パークシャーはもう一つ尋ねた。

「齢は?」
「十八になるとか」
「……なら、よい」

 その年齢であれば、人買いどもの傀儡になるにせよ、自分で選んだにせよ、その者の責任というものだ。

「わかった。処置しておく。他には?」
「ございません。ネウストリア全土が神の御心の……」

 最後まで聞かずに、パークシャーは指を鳴らし、映像を消し去った。
 それきり、彼女はネウストリアの政治のあれこれなどもはや意識することも無く、浴槽へと戻っていく。

 彼女にとっては人界の政など些事にすぎなかったし、事実、この時点でそのことを気にかけている者などほとんどいなかった。
 扱いやすい小娘を代表者に出来たことに満足する奴隷商人たちがいただけで、なにかが変化するなどと思う者は誰一人いなかった。

 当のカライ侯の姫でさえ。
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