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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち― 作者:安里優

第四部:人界侵攻・征西編

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第18回:探索(下)

体調不良で、更新が一週飛びました。寒くなる季節ですので、皆様もお気をつけください。
「いいや」

 悲痛な表情を浮かべるムラサキに、リディアはすぐさま否定の言葉を投げる。

「それでも一歩は一歩だ」

 はっきりと言い切った彼女に、魔族の女は奇妙に平板な表情へと変わった。

「そうでありますかな?」
「ああ、そうだ。お前の主もそう言う。必ずな」
「……ふむ」

 自信を持って告げられたリディアの言葉に、ムラサキはどこを見ているのかよくわからない目つきで小首を傾げる。
 しばらくしてから、くいとその顔の角度を戻すムラサキ。

「言われてみればそうでありますな。太子殿下であれば、そう仰いますか。あの殿下ならば」

 それから、彼女はからからと小気味良い笑い声を立てる。

「いやはや、やはり小人には覚悟が足りぬということでありますかな。太子殿下や皇女殿下の域に達するには、このムラサキ、まだまだ修行が足りないでありますな!」
「そうかもな」

 苦笑するようにして応じるリディア。しかし、その背後で様子を見ていたオリガは、なにか疑問を抱いたような顔つきになった。
 ムラサキはそれに気づいた様子もなく、ぱさぱさと音を立てて報告書を丁寧にたたんでいく。

「いずれにしましても、成果が出ているのは確かであります。いずれ皇女殿下から部下たちにも一言いただければ幸いであります」
「ああ。もちろんだとも」
「感謝いたします。それと、次回の探索には、このムラサキも参ろうと思うのですが、許可をいただけるでありましょうか?」
「構わないぞ。……ああ、連絡係は置いといてくれよ」
「了解であります」

 ムラサキは、報告書を机の上に置くと、立ち上がり一礼した。

「それでは、失礼するであります。次の探索についての計画と物資要請につきましては、明日の昼までには提出の予定であります」
「ああ、よろしく頼む」

 そうして、魔族の女が出て行った途端、ゲール帝国第十一皇女はむっつりと不愉快そうな表情を見せた。

「ったく……。たまんねえなぁ」
「ずいぶん苛ついてるっすね」
「そりゃあなあ」

 リディアとつきあいの長いオリガは、にこやかにムラサキを送り出している彼女が、内心不快感を抱えていたことに気づいていた。
 ただ、その理由がいまひとつわからない。

「気に入りませんか? ムラサキのこと」
「馬鹿言うな」

 短い言葉で否定した後で、リディアは腕を組む。指でとんとんと腕を叩く様子が、その苛立ちを示していた。

「あいつは、まあ、癖はあるが愚図じゃねぇ。きちんと成果も出す。特に悪い感情はないさ。ただ、あいつの善意からの言葉が、こっちには棘になる」
「え? 善意っすか?」

 なんのことだろう、とオリガは考える。
 ムラサキが、こちらの喜びように水を差したのは確かだが、それで不愉快になっているという風でもない。
 もっと意味のある苛立ちに思えるのだ。

 オリガのそんな戸惑いに、リディアは小さくため息を吐く。

「雷樹の根っことやらの話を聞いたろ?」
「ええ」
「あれ、理解できたか?」
「……わかったような気になってはいますが、はたして自分の理解でいいのかどうかさっぱり見当がつきませんね」
「だよな」

 リディアは今度はもっと大きくため息を吐いた。

「人界と、あいつら、魔界と神界との差は、それだけでけえ」
「それは……まあ」
「ムラサキは……いや、魔界の連中は先史時代の技術がどんなもので、どう扱えば良いか、わかってる。だからこそ、いまの人界の技術じゃ、それらを使いこなせないと、はっきり理解しているんだろうよ」

 オリガにも、なんとなく、リディアの苛立ちの原因がわかりかけてきた。

「だから、大成果だと喜ぶのに注意したんだ。そんなに期待しすぎるなってな」
「あー……」

 相手は、なにが問題となり、なにが利用できるかを把握している。
 こちらは、宝の山を前にしても、どう使えば効果を発揮するのか、一体どんな価値があるのか、それすら理解出来ていない。
 故に、理解しているほうは、ついつい忠告してしまうわけだ。

「あいつがこっちを馬鹿にしてるわけじゃねえのはわかるさ。だが……。いや、それでも、やっぱりこっちに技術が無いのが悪いな」

 ムラサキの行為が、同情や、ましてや嘲りから来るものではないことくらい、リディアも理解しているだろう。
 彼女自身も言うように、それは善意から来る忠言であろう。
 だが、一方で、それは自分たちの――人界の遅れを意識させる。神や魔と自分たちを比べるのがおかしいのかもしれないが、それでも、やはり厳然たる差を意識させられる。

 そのことに、リディアは苛立ちを覚えていたわけだ。

 自分が仕えるリディアという女性は突出した傑物だと、オリガは思っている。
 人界でもまず見られないくらいの知識を蓄え、それを追及する実行力も持つ。側近としての、あるいは義理の縁戚としてのひいき目を除いても、素晴らしい才を持つ女傑だ。
 そうした人物だからこそ、内心の悔しさはオリガなどには想像も付かない程であろう。

「でも……姐御」

 だからこそ、オリガは勇気を振り絞り、声をかけたのだ。
 たとえその見識がリディアにはるか及ばずとも、たとえ世界を見る目が皇女よりもずっと狭くても。
 オリガは、彼女を支えるべき人間として、やるべきことを心得ているのだ。

「アタシらにも学ぶことは出来ます。なにしろ、ご先祖さまには出来たんですから」

 ゲール帝国第十一皇女は、その言葉にしばし視線をさまよわせた。
 それから、何か大きなものを呑み込んだときのように喉を鳴らす。

「そうだな」

 大きく頷くリディアの声は、普段通りに芯が入っている。そのことに、オリガは安堵した。

「いくら魔族どもが人間たちには扱えないと判断しようと、それを乗り越えなきゃならねえ。一つ一つ、失敗しながら……いや、ぶっ壊しながらでも、進んでいかなきゃならねえ」

 ぐっとリディアの拳が握りしめられる。そこに、最前までの苛立ちは微塵も残っていなかった。
 あるのは、決意と覚悟のみ。

「そのためには、ものがいる。たとえ真似出来なくとも、目指す先を知るためのなにかがありゃあいい。だから、今回の探索は、紛れもねえ大成功だ」
「ええ。その通りっす」
「そうだ。祝いの席を設けてもいいくらいだ。そんな暇はねえけどな」

 大きく笑みを刻んでうそぶいてから、皇女は小首を傾げた。

「とはいえ、ムラサキたちにもなにか達成感を持ってもらいてえとこだな」
「ですね。今後の探索に差し障ったらまずいっすからね」

 今回の探索で得られたものは確かにある。だが、実際にそれに従事した魔族たちが実感できなければ、今後の士気に関わりかねない。
 リディアはそう言っているのだった。

「なにがいい? 冷静な奴らを喜ばせるのは」
「うーん……。魔族の嗜好はよくわかりませんからね。ここは確実な方法で行く他ないんじゃないっすか。あまり頻繁にやると危険ですけど」
「我が良人殿か」

 ムラサキは部下たちにリディアから声をかけてくれるようにと頼んできた。自分の成したことを人に認められるのは、大きなやりがいとなる。
 だが、リディアは所詮派遣されている先の仮の上役でしかない。
 魔族たちを喜ばせたいならば、本来の主からの言葉のほうが効果が高いのは間違いないことであった。

「未来の、じゃないんすか」
「変わらんだろ」

 オリガが混ぜっ返すのに、リディアは動揺もせずそう返した。ぱたぱたと手を振る動作で、その豊かな胸が揺れる。
 そのことに、彼女は少しだけ不快そうな顔をした。

「あっちで好き勝手やってくれてるおかげで、ゲール帝国(うち)も揺れてるんだ。影響は少なくとも確実にある。盤石に落ち着かれてたら、貴族と兄貴どもにいいようにしてやられるだけさ」
「まあ、そりゃそうっすけどね……」

 もちろん、スオウが敗北し、彼の三界制覇の目論見そのものが頓挫するとなれば、それはもうどうしようもない。リディアも別の道を探さざるを得なくなるだろう。
 だが、いまのところ、ゲール帝国第十一皇女は魔界の皇太子と共に歩むつもりであった。
 彼女の立場では、結婚相手などそうそう選ぶあてのあるものではない。
 リディアの野望を理解してくれる存在であるだけ、スオウは好ましい人物であった。

 そんなことを考えていた彼女は、ふと思いついたというように目を細め、自らの側近の顔を見る。

「ああ、お前も入るか? 側室に」
「なっ!」

 途端、オリガの顔が紅潮した。特に傷のあたりが。

「馬鹿言わないでください!」
「向こうは大歓迎だと思うがな?」

 顔どころか首のあたりまで真っ赤になるオリガに大まじめな顔で言ってから、リディアは首を振る。

「まあ、その話は後だ。ムラサキたちへのねぎらいについては、お前の言う通り、皇子に話を通そう。ただし、少し時機を見てからだな」
「そ、そうっすね。あんまりやりとりするのは……」
「いや」

 動揺を抑えきれぬまま言うオリガの言葉を遮って、リディアは苦笑交じりに続けた。

「そろそろあいつが着いてる頃だろ? それと重ねるのはちょっとな。下手したら皇子の機嫌が最悪かもしれんからな」
「あー……」

 その言葉に、オリガの顔色が変わる。赤面は解け、なんだか、苦いものでもかみつぶしたかのような表情で、彼女は言った。

「あいつっすかぁ……」

 そう、実に嫌そうな口調で。


                    †


 その頃、カラク=イオの本拠地、ソウライ地域では、ネウストリア攻略のための準備が着々と進められていた。
 現状では次々と計画が立てられ、それを実現するために人々が折衝を開始し、必要な人材を動かしているだけで、表面上大きな動きはない。

 だが、一度事が動けば、もう止められない。

 計画に従って兵が集められ、武器が揃い、糧食が蓄えられることだろう。訓練が開始されれば、進軍まではわずかの時を残すのみだ。
 そして、進軍が始まれば、もはや止まることはない。

 征服するか、撤退するか、そのどちらかだ。
 一地域を攻略するというのはそういうことである。

 故に、準備もまた膨大な作業を必要とし、カラク=イオ幹部はひたすらに交渉と書類作りと会議に忙殺されていた。
 その人物がショーンベルガーに現れたのは、そんな時である。

 陣城を訪れなかったのが何故かはわからない。いずれにしても、ショーンベルガーの中心、ショーンベルガー城を訪問した結果として、城に常駐する兵の一人、キリがその人物と対面することとなる。

「……?」

 皇太子親衛旅団の一員である彼女は、その人間を見て、強烈な違和感を覚えた。
 相手が、男女のどちらであるか、わからなかったためである。

 親衛旅団の一員である彼女は魔族である。魔族である以上、武人である。
 武人であるキリは、外見に惑わされること無く、相手の力量を計るための訓練を受けている。
 親衛旅団であればなおさらだ。無害な外見を装って暗殺を行おうとする者や、情報を盗み取ろうとする者を警戒する必要があるのだから。
 そして、その相手の力量を見抜くことの基本には、相手の性別を見分けるということも入っているのだ。

 一見した印象のみならず、体格や歩方、わずかな仕草から、相手の情報を得る。
 そうしたことを、魔界の者は日常的に行っている。
 なにしろ、獣化により骨格が変わることも普通な社会である。観察眼は自然と磨かれる面もあった。
 そんな中でケイが性別を偽ることが出来ていたのは、彼女がまだまだ子供であるという面が大きいのだが、いまはそれは置いておこう。

 なんにしても、魔界の者が本気で性別を隠そうとしているのでもなければ、キリが相手の性別を判別できないわけもない。
 逆に言えば、目の前の相手は、人界にありながら魔界の者と同程度に、外見的特徴を隠すことに長けているということになる。

 殺すか。

 彼女は、まずそう考える。
 もし、これが魔界であったなら、キリは間違いなくその結論に飛びついていたであろう。
 わざわざ自分のことを隠そうとする者は、胡乱な存在である。危険であるとして排除してしまってよいはずだ。

 とはいえ、彼女たちは人界にいて、その上、ここは同盟都市ショーンベルガーだ。
 話も聞かずに『怪しいと感じたので殺しました』が通用するかどうか。

 しばらく考えてから、キリは単純明快なその思いつきを自分の中で却下した。
 おそらく、殺しても、特に責められることはないだろう。
 だが、彼女の主は、才能のある人物を好む。
 魔族に対して性別を隠すことの出来る人物となれば、一度は会ってみたかったと言い出しそうな気がする。
 ひとまず話くらいは聞いてやるべきだと、キリは結論を下した。

「どうかしたかい?」

 その男だか女だかわからない人物が、彼女にそう話しかける。
 部屋に入ってきたというのに、何も言わず考え込んでいた魔族の女性にちょっとした疑問を持った、という風情であった。

 ただし、その仕草はどこか芝居がかっている。
 丁寧に手入れされているであろうと思われる金髪をかきあげながら、中性的な顔付きにふさわしい微笑みをたたえたその様子に、キリは納得したような心持ちになる。
 目の前の人物は、自分がどう見えるかを緻密に計算して動いている。それがどういう意図であるかは、別として。

 自らをよく見せるためか、あるいは自らを隠蔽するためか。

「なんでもありません。お名前をうかがっても?」
「ドミニク。姓は棄てたよ」

 無頼という単語が頭をよぎり、ここは魔界ではないとキリは気を引き締める。

「では、ドミニクさん」

 キリは相手の対面に用意された椅子の前に立って話を始める。
 ドミニクが、優雅な手つきで座るように促してきたが、気づかないことにしてやり過ごす。

「我が方を訪れた用向きについてですが」
「それより、君は座らないのかな」

 どこか皮肉っぽい笑み――これも実によくその顔付きに似合う表情であった――をたたえたドミニクがずばりと言うのに、キリはしかたないというように応じる。

「私は軍人ですので」
「自分を律しているというわけかい?」
「いえ。有利な立場を崩したくないだけです」

 すっとキリの脚が上がった。そのつま先はドミニクの喉に触れなんばかりの位置に上がっている。
 そのまま体重を前に傾ければ、ドミニクの喉が潰される形だ。

「座っていては、動きが一つ遅れますから」
「ひっ!」

 当初、何が起きているのかわからないという顔をしていたドミニクが、次第に口をぽかんと開き、ついで顔を真っ青にして悲鳴をあげた。

「ぼ、僕は暴力は嫌いなんだ」

 嘘だろうな、とキリは思う。
 暴力を怖がる人間が、暴力の権化とも言える魔族のただ中に単身乗り込むわけがない。
 だが、少なくともその怯えた表情と顔色からは、ドミニクの恐怖が感じられた。

 そこまで計算しているというなら、大したものだとキリは素直に思う。

「謂われなき暴力を振るうつもりはありませんよ」

 自然な調子で脚を戻し、キリは言う。
 やっぱり怪しいと思えば殺すけど、という内心はもちろん吐露しない。

「そ、それにしたってだね。客人に対する態度としてそれはいかがなものかと……」
「ひとまず、お茶でもどうぞ」

 何度も髪をかきあげながら言うドミニクを遮って、キリはドミニクの座る長椅子の横にある卓から杯を取り上げて相手に渡した。

「む。そうだね。人の厚意を無にするわけにはいかないね」

 仰々しく言いながら、杯から立ち上る香りをかぎ、幸せそうな顔付きになるドミニク。

 キリはドミニクが一息ついて落ち着くまで、黙ってその姿を観察していた。
 金の髪を長く伸ばし、それを首のあたりで縛って背に一本垂らしている。中性的な顔付きと細い体つき。
 体の線自体は服で完璧に隠して、男女のどちらとも受け取れるようにしているせいか、その雰囲気はどこか超然としたものとなっている。
 年の頃はいまひとつわからない。これは種族が別のためしかたのないところだが、若い部類ではあるはずだ。
 ……たぶん。

 そんなことをキリが考えているところで、ドミニクは杯を置き、微笑みを浮かべた。

「そうそう、僕の用事だったね」

 形良く整えられた眉を片方だけひょいと上げながら言うドミニク。

「実は、君の主……スオウ皇子殿下に会いに来たんだよ」
「殿下はお忙しい身です」

 キリは淡々と応じた。
 スオウが忙しいのは事実である。キリとてそうそう気軽に会えるわけでもない。
 閨に侍るのだって順番待ちなのだから。

「もちろん、そうだろうとも」

 うんうんと頷くドミニク。
 それから、内緒話でもするように声をひそめて、こう続けた。

「ただ、こう伝えれば、興味を持ってもらえるだろうと思うよ。ゲール帝国皇女に仕官を断られた者がやってきたとね」
「それだけでよろしいですか?」
「ああ、いや、もう一つ」

 あくまで静かに応じるキリに怯んだような表情を見せてから、ドミニクはなぜか自信満々の態度でこう続けるのだった。

「僕はねえ。悪者になりに来たんだ」

 と。
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