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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち― 作者:安里優

第四部:人界侵攻・征西編

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第11回:到来

 実に気持ちの良い陽気であった。
 風はさわやかで日差しは強すぎず、動いても汗をかくほどでもない過ごしやすい天候である。
 あまりに気持ちが良くて、そこかしこであくびをかみ殺している様子が見受けられるのはご愛敬といったところだろう。

「いいお散歩日和です!」

 にこにことそんな風に言いながら、歩を進めるのは、『若宮』ケイ。
 対外的には、カラク=イオの主であるスオウの皇子ということになっている女の子だ。
 複雑な事情を秘めた彼女は、そんなことを気にした風も無く、ショーンベルガーの街中を行く。

 そんなケイに手を引かれ、ひょこひょこというおぼつかない足取りでついていくのは、輝くような髪を持つローザロスビータ。
 旭姫とも呼ばれる気鋭の武将である。だが、彼女を知る者が見ても、とてもそうとは気づかないだろう。

 その仕草に鍛え上げられた者としての芯は無く、その表情に覇気は無い。
 どこを見ているのかわからないようなぼんやりとした顔で、自分より小さいケイに引っ張られるままにしている様子は、まるで寝ぼけているかのようにも見える。

「マリーさんは外に出なくても十分動けるって言いますけど、やっぱり歩くのっていいと思うんですよね」

 ケイは同行者の足取りにあわせ、ゆっくりと歩きながら、ローザに話しかけている。

「まあ、ショーンベルガーの様子を見てみたいっていうのもありますけど。どうですか? 南の方とは町並みが違ったりするんでしょうか? 私はなにを見ても新鮮ですけど」

 だが、ローザの答えは無い。彼女はただ手を引かれるままに歩くだけだ。

「とりあえず、晩ご飯までにぐるっと一周出来たら良いかなと思ってるんですけど、難しいですかね?」

 答えがなくとも、ケイは話を続けている。
 手をつなぐ相手が、話を聞いていないわけではないことは、このしばらくの共同生活の間によくわかっていた。ただ、返事をする気がないだけなのだ。
 返事をする気がないと言っても、特にケイが嫌われているからというわけでもない。
 ローザという人物は、世界全てに対して心を閉ざしているのだから。

 その閉ざされた心の扉を開こうなどと、大それたことをケイは考えていない。
 ただ、日がな一日座ってばかりというのもどうだろうと外に連れ出してみようと思っただけだ。
 このあたり、年相応に子供っぽい衝動に従っているとも言えるだろう。

「うーん。人通りのあるとこは難しいかな」

 ローザは引っ張れば動いてくれるものの、自発的に動いたりはしない。自分からぶつかりにいくことはないにしても、混雑したところで、人を避けるのはなかなか難しそうに思えた。

「ちょっと!」

 大通りに入る手前でそんな逡巡をしていたケイに、大きな声がかかる。

「はいっ!……って、あれ? クナウ?」

 思わず緊張の面持ちで振り返ったケイは、見慣れた顔を認識して小首を傾げた。
 一人の女性が長い黒髪を翻しながら、ずんずんとケイのほうに向かってきているのだが、どう見てもそれはケイと共に魔界を脱出してきた仲間の一人であった。

 名をクナウ。ケイにとっては、頼れるお姉さんという印象の女性だ。
 ただし、いまは、少々ご機嫌ななめに見える。

「クナウ? じゃないわよ。こんなところで皇族がなにしてるの!」

 抑えた声ながらも強い非難の調子を込めて言うクナウに、ケイはますます困惑気味に応じた。

「お散歩」
「お散歩って、あんたねえ……」

 クナウは呆れたように額を押さえた。その拍子にずりおちかけた荷物を背負い直す仕草にもあきれがにじみ出ている。
 その荷物から見て、彼女は買い出しかなにかの途中であろう。

「これ、護衛? 違うわよね?」
「うん。この人は……お客さまかな」

 ローザのことをうさんくさげに見るクナウに、ケイは少し迷ってから、そう説明した。実際には捕虜なのかもしれないが、待遇から考えれば客のようなものだろう。

「お客? じゃあ、なおさら護衛無しでうろつくなんてあり得ないでしょ! いくら支配地だからって、ここは基地の中じゃ無いんだよ!」
「え? ああ……」

 ようやくクナウの怒りの原因を知り、ケイはほっとした。

「護衛の人なら、いるよ。あそことか、ほら、あっちとか」
「え?」

 ケイが身振りで示したのは、街を歩く魔族たちだった。
 だが、そのいずれもケイたちに近づくでもなく、あるいは興味を払うでもなく、それぞれの目的地に向けて歩いているように見えた。
 実際、そのうちの一組はそのまま角を曲がって見えなくなってしまった。

「歩いて行っちゃったじゃない」
「そういう護衛の仕方なんだって。護衛してるって気づかれないように、何人もが見張ってるらしいよ」
「本当に?」
「うん。ちゃんと紹介してもらったし」

 自信満々に断言するケイにクナウは唸るような声をあげた。

「いや、でも、普通に側で守るほうがいいんでしょ? おかしなこと考えるやつも避けてくだろうし」
「マリーさんが言うには、ショーンベルガー側への配慮ってことらしいよ」

 ショーンベルガーはカラク=イオの同盟者である。無駄に威圧感を与えて住民の感情を逆撫ですることはない。
 カラク=イオ側としてはそう考えるのだろうとマリーは説明していた。

 ショーンベルガーが要請したわけでもないんだけどね、と彼女が付け加えていたことも含めて、ケイはクナウに説明する。

「でもなあ……」

 会話の間も興味を示さずぼーっとしているローザを見て、クナウは顔をしかめる。明らかにお荷物だと言いたげだ。

「それに、皇太子殿下が出歩くときだって、そんなに護衛はないみたいだし……」
「そりゃ、あのお方にはとんでもない連中がくっついてるんだもの。当たり前でしょうが」
「とんでもない連中?」

 声をひそめるクナウに、ケイは不思議そうに繰り返す。

「皇太子親衛旅団の隊長たちよ。『千刃』がやばいのは知れ渡ってるし、『隻眼の魔女』に『狂犬』が揃ってる。ここにはいまいないけど、『蜘蛛姫』までいるんだよ。その上に『ザマ颪』……」
「ふうん?」

 クナウが挙げるあだ名――というよりは二つ名――はケイにはよくわからないものだった。一つは千刃相で有名なフウロを示すのだろうし、隻眼といえばシランなのだろうが、他は見当が付かない。
 ともあれ、その名を口にするときのクナウの緊張具合を見れば、その面々を畏怖しているのはよくわかる。
 最後の名を口にするときなど、ぶるりと身を震わせたほどだ。

「よくわからないけど、殿下はすごいってこと?」
「……うん。まあ、間違ってないね」
「そっかー」

 うんうんと楽しげに頷くケイ。その信奉の念はほほえましいものだったが、クナウには危なっかしく思えてしまう。

「ともかく! あんたにはそんな連中はついてないんだから……。ああ、もう。あたしがついてけりゃいいのに」

 クナウは頭を抱えてしまう。どうやら、彼女には彼女の用事があるようだった。
 その様子に、ケイは微笑む。

「心配しないで。遅くならないようにするし、危ないところには近寄らないようにするから」
「そりゃ、あんたから危ないところに行くとは思ってないけど……」

 と、そこでクナウはなにかに気づいたようにはっとした顔になり、ケイの肩に手を置いた。

「ねえ。今日のこと、コクリュウは承知してる?」
「うん。話したよ」
「ああ、そうなんだ。……なら、まあ……。うん」

 ケイの答えに納得したように頷いた後で、クナウはぐっと顔を近づけて念を押した。

「興味があっても、あんまり変なところに近づいちゃだめだよ? いいね?」
「うん。わかった。気をつける」

 真剣な調子でケイが応じるのに、ようやく安心した様子を見せて、クナウは二人から離れていったのだった。


                    †


「クナウは、みんなのまとめ役というか……。あ、もちろん、最終的にまとめるのはコクリュウなんですけど、その場その場ではクナウが雰囲気を作るっていうか、そんな感じで……」

 先ほど出会ったクナウのことを紹介しながら、ケイは小道を進む。
 大通りの裏の、小さい道ながら、通りの喧騒がすぐ近くに聞こえてくるおかげで、寂れた雰囲気は無い。
 ただ、大通りにあるのよりはこぢんまりとした店や人家が多く、人通りもそれほどなかった。

 そんな中、とある家の前に、頭まで深く布をかぶった人影が卓を立てていた。卓の前に立てかけられている看板には大きな目が描かれている。だが、もちろん、人界に不慣れなケイにはそれが何を意味しているのかはわからない。

「なにかのお店かなあ。どうなんだろ」

 物が並んでいればひやかすくらいはしてもいいのだが、それもないので、気にはなるものの素通りしようとしたその時。

「お二人さん」

 その卓に座る人物がそう声をかけてきたのだった。

「お前さん方はどちらも親から大変なものを託されているようだね」

 若いとも年老いたとも判別のつき難いしわがれた声が、そんなことを呟く。その声は、ケイの足を止めるに十分な力を持っていた。

「え、ええと……?」
「しがない人相見の戯れ言と無視するのもいいが、ひとつ暇つぶしに話だけでも聞いていかないかい?」
「はあ」

 どうやら占い師の類らしいと理解がおいついたケイは、ひとまず顔の見えないその相手の声に応じることにした。
 そうした職があるのは知ってはいたものの、実際に見るのは初めてであったという理由もある。

「でも、こっちのお金は持ってないですよ」
「そんなものどうでもいいのさ。いや、むしろ好都合かもしれないね」
「そうなんですか?」

 本当にいいのかな? と小首を傾げるケイであったが、相手は構わず言葉を続けている。

「あんたも大変だね。魔界だろうとなんだろうと、血脈ってのは力であると同時に厄介なもんでもある。それ以上に、難しいのは、そこに込められた思いだ」

 相手は自分の身の上を知っているらしい。
 それが占いの力なのか、そうでないのか、ケイにはわからない。
 ただし、占いでそれを言い当てていたなら面白いなあという感覚はあった。

「思いですか」
「隠されているものほど、明らかになった時に、力を増すんだ。どうだい? 思い当たらないかい?」
「うーん……」

 隠されていた思いというのがあるとしたら、それはケイではなくその母に向けられたものであるはずだ。
 なにしろ――世間での認識とは異なり――ケイはスオウの子ではないのだから。

「あんまり、かなあ」
「そうかい? お前さんはずいぶん厄介ごとに巻き込まれていると思うけどね?」
「どうでしょうか。生きて皇太子殿下にお会いできただけで、私は幸せだと思ってますし」

 ケイが何気なく言ったその言葉に、相手は息を呑んだ様子だった。

「なるほど。お前さんは……」
「おい、辻占」

 その人物が何事か続けようとした時、それに覆い被せるように声を放つ者があった。
 尋常ではないほどの怒りを込めた声に、ケイは思わず震え上がる。
 先ほどまではぼんやりと自失しているように見えたローザが、言葉を鞭のようにうちつけていた。

「貴様、私にも同じように言おうと思っているとしたら、覚悟しておくべきだな。我が父の遺したものを厄介などと言おうものなら、その首へし折るぞ」
「おお、怖や怖や」

 からかうように、顔を隠した人物が呟く。ますますローザの苛立ちが募っていくのを、ケイはつないだ手から感じ取っていた。

「でもね、あんたは知らないんだよ。あんたの父親が遺したものの意味を」

 あれ?
 ケイはひっかかりを覚えた。
 挑発されているローザは気づいていないようだが、相手の声が変化してきている。
 しわがれた調子は無くなり、声に張りが出てきていた。

「貴様は知っているとでも言うのか?」
「ああ、知っているとも」

 さすがにそこで、ローザも眉を顰めた。なにかがおかしいと彼女が感じ取る一方、ケイのほうは、若々しく響く声にすっかりびっくりしてしまっている。

「貴様、何者だ?」

 ケイを自分の体の後ろに回し、守るような位置取りをするローザ。その動きにケイは素直に従い、彼女に対して尊敬の念を抱いた。
 武人として育つ魔族は、武人としての振る舞いを自然と出来る人物には常に敬意を払うのだった。

 一方、ローザのほうは、父と共に最後に立った戦場以来の緊張を経験している。目の前の得体の知れぬ人物は、それほどの警戒を彼女に要求していた。

「何者だ」

 もう一度、はっきりとした声で尋ねかけながら、ローザはケイとつないでいないほうの拳をぎゅっと握りしめる。
 いま、身に帯びる武器は無い。ずっと寝ていたのと変わりない現状では、拳一つで敵う相手かどうか読み切ることは出来ない。
 だが、そうするしかないのなら、そうするまで。
 旭姫と呼ばれた武将の覚悟はすとんと定まっている。

 目の前に立つ相手は、その彼女の気迫など気にした風もなく、軽く応じる。

「この声、聞き忘れたとは言うまい?」
「……まさか!」

 その正体に気づいた途端、ローザは全ての動きを止めた。そんな彼女の前で、頭から布をかぶったその人物はすうと立ち上がる。
 予想よりもずっと背が高い、とケイは相手のことを見て取った。

「旭姫よ。我が愛しき者よ」

 凛とした声がそう告げる。
 その声の美しさと均整に、ケイは顔をしかめた。
 それは、あまりに美しく、あまりに整っていて、とても人が発することが出来ないと思えるほど魅力的なものであった。
 そして、それが故に、ケイはその声に嫌悪を覚える。
 完璧すぎて、うさんくさいと。

「聞くが良い。お前の守護者からの言を」
「そう……思ってよいのですか。いまでも」
「……お前の父を守ることは出来なかったが、それでも、あれは私が望んだことではない」

 なにかを心に押し殺したようなやりとりする二人を、ケイは見比べようとする。しかし、緊張をたたえたローザはともかく、布をかぶった人物の顔はどうやっても見えなかった。
 角度からいって見えないはずは無いというのに。

「では、誰が望んだというのです」
「それをお前は知らなければならない。お前はそれを知ることになるだろう。父から……彼自身を滅ぼした秘密を受け取ったが故に」
「……それでは!」

 詰め寄ろうとするローザを押しとどめるように、相手の腕が上がった。その腕もまた、美しい。
 なめらかな肌と整った形。
 それにも、ケイは言いしれぬ恐れのようなものを感じる。

「口にするな。文字にするな。ただ心に刻んでおけ。いずれ、その意味を知るときまでは」

 忠告するような語りかけ。
 その様子に思わずすがりつくようにローザは尋ねる。

「一つだけお聞かせ願いたい」
「いいだろう」
「父が遺した……それについて、もしや、魔族たちも?」

 布が揺れる。奇妙な美しさを持つ相手には珍しい動揺したような動きだ、とケイは思った。

「お互い忘れたいことかもしれぬが、あれも我らと同根の者たち故にな」

 ケイは、その時、強い視線を感じた。
 探るような、面白がるような視線。

「そこの子供もな」

 そう声が呟いた時、ケイとローザは自分たちに向かってくる複数の気配を感じ取る。
 遅ればせながら危険が生じたと判断したケイの護衛が、走り寄ってくるのであった。

「では、さらばだ。我が愛し子よ」

 ばっと布がひるがえる。
 ケイは、最後まで、その中身を目に留めることは出来なかった。
 なにしろ、布が剥がれ落ちた途端、それは猛烈な光を発し、周囲の者たち全ての目を眩ませたのだから。

 そして、その光は、とてつもない速度で空へと昇っていく。
 残されたケイたちは、呆然とそれが消えていった天空を見上げるしか無かった。

「あれは……」
「マハーシュリー。この都市の守護神だ」

 ローザの言葉に衝撃を受けたのは、ケイよりもむしろ彼女の護衛を担当する親衛隊士たちであった。
 彼女たちは緊急事態を認識し、ケイとローザを囲んだ後で、周囲へ伝令を飛ばし出した。
 そんな輪の中で、ケイとローザだけが喧騒を他所に黙り込んでいる。

「あれが神……。我らの敵」
「そうだな。そして、私の……」

 考え込むようにして呟くケイに独り言のように言ってから、ローザはほうとため息を吐く。

「私の……さて、なんであろうな」

 彼女の問いに答えられる者は、どこにもいなかった。

                    †


 そして、ショーンベルガーの一画から天空へと光が昇ったその翌日。
 光に導かれたように、あるいはそれを追うように。
 真龍と呼ばれる強大なる種族がショーンベルガー上空に現れた。
 その数、実に千。
 人界の兵で言えば、おおよそ三万の兵に匹敵する絶大なる暴力の顕現が、ショーンベルガーの空を覆ったのであった。
+注意+
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