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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち― 作者:安里優

第一部:人界侵攻・開戦編

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第10回:謀反

 叛逆の情報とミミナの負傷という事実に対する驚きから、シランが回復するまで、そう時間はかからなかった。
 周囲を見て、自分たちが注目されていたりはしないことを確認する。

「……殿下の天幕に連れて行きましょう」
「おい。まだ間に合わない傷じゃ……」

 使者や偵察員が重傷を負い、助からないと判断した時には、わずかに命を長らえさせることよりも情報の回収を優先させることがある。
 痛みを忘れさせ意識を鮮明にさせる薬を用いて、無理矢理に話させるのだ。
 もちろん、無理をするのだから死は早まるが、もたらした報せが多くの同胞の命を救う場合も多い。

 フウロは、シランが早々にそんな判断をしたのだと考えたわけだ。しかし、彼女が見た限り、ミミナは回復しない傷ではない。
 責めるように言うフウロに、シランは優しい顔つきで小さく首を振る。

「そうじゃないの。いいから、私を信じて」
「わかった」

 ためらうことなくうなずき、ミミナを包んだ袋を担ぎ直すフウロ。よくよく見れば、その袋の端から、わずかに血がにじみ始めていた。

「エリちゃん。それに、フウロの部下の人たち。すまないけど、しばらくは私とフウロから離れないで」

 フウロの乗ってきた竜を引きながら、シランが命じる。それは言葉こそ柔らかかったが、明らかな命令だった。
 並んで歩くフウロとシランを囲むように、カリンたち五人、そしてエリが続く。
 一行はたまたま一緒になったという風を装って陣中を進んだ。途中で竜を預け、ミミナを担いだフウロとシラン、エリが天幕の中へ滑り込む。
 天幕の周囲はカリンたちがそれとなく立って固めていた。

「スオウ」
「シランか。今日は放っておいてくれないか?」

 机に肘をつき頭を抱えたスオウが、入ってきた者たちのほうを見もせずに言う。その声のかすれ具合に、エリとフウロは顔を見あわせた。
 だが、シランは一切の遠慮をせずに、ずかずかと彼の前まで進む。

「それどころじゃないのよ」
「……どうした?」

 さすがに顔を上げた皇子に、フウロが担ぐ袋を示す。

「遠乗りの途中で拾ったらしいわ」
「ん?」
「追われてたみたいで……。乗っていた竜は死んじまってました」

 慌ててミミナを下ろし、袋から引きずり出すフウロ。その服にこびりついた黒々とした血の痕を見て、スオウはすぐに駆け寄ってきた。

「なにか言っていたか?」
「『ユズリハ様を……』とだけ」
「なるほどな」

 ミミナを抱き上げるようにするスオウ。
 連れてきたフウロにしてみれば、はやく手当をと思うのだろうが、シランと皇子がなにか目配せをかわし合っているのを見ると、口を挟むのもはばかられた。

「俺の所に連れてきたってことは……」
「ええ。急いだ方が良さそうでしょ?」
「……エリまでいるぞ?」

 悪戯っぽく目を煌めかせ、シランは肩をすくめる。スオウは諦めたように頭を振った。

「まあ、いいだろう」

 スオウはミミナの服の破れている場所を探り、傷を確認する。
 一番の傷は脇腹の肉がえぐり取られたようになっているものだったが、それ以外にはそこまで大きなものはない。
 どうやら彼女の軍服を黒く染めているのは、大半が返り血のようであった。

「立派に戦ったようだ」

 皇子の言葉に、大隊長二人が熱っぽく頷く。
 スオウはそのまま脇腹の傷に手をやった。傷に触れるというよりは、その周辺を包み込むように掌を乗せる。
 それでも覆いきれていないのが、傷の大きさを実感させた。

「うっ……」

 なにをしたとも思えないのに、意識を失っているミミナがうめいた。その声と共に、熱い吐息が漏れる。
 見れば、彼女の膚は上気して、少なくとも見えている場所からは汗が噴き出し始めていた。

「エリ、飲み物を用意しておいてくれ」
「は、はいっ」

 言われて、スオウの腕の中で身もだえするミミナから目を離す。
 だから、彼女は見ていなかった。
 脇腹の傷が両側から盛り上がった肉で埋まり、その上を皮が覆っていくのを。それどころか、他にもあった小さな傷の全てが消え、健康な皮膚に取って代わられていくのを。
 おそらく、服で見えていない傷も全て癒えているのだろう。そう、確信させる光景だ。
 フウロは、まるで時間が遡ったかのような錯覚を覚えずにはいられない。

「……いまのは?」
「これが皇帝家の力さ」

 なにか見てはいけないものを見てしまったかのような表情で赤毛の女が尋ねるのに、スオウが小さく応じる。彼の従姉がその答えに、にぃと唇をゆがめていた。
 フウロはしばしシランとスオウの顔に視線を往復させていたが、ミミナが小さく唸るのに目を戻した。
 担ぎ込まれた時よりずっと血色の良くなったユズリハの副官は、もう一つ唸ってから目を開き、しばしぼうっとしていたが、徐々に自分が見ているものを認識したようだった。

「え、皇太子殿下? え? 私? え、なんで?」
「まあ、落ち着け。痛むところはあるか? まずはこれを飲め」
「あ、はい……」

 暴れようとする彼女を押さえて、エリが持ってきてくれた果汁のお湯割りを渡す。スオウに指示されたエリは、出来る限り負担にならないようにと考え、濃い果汁をお湯で薄めていたようだ。
 こくこくとそれを飲み干し、はあぁ、と深く息を吐くミミナ。

 彼女はスオウが手を離すとその場に座った格好になり、ついで立ち上がろうとした。
 おそらく、姿勢を正してスオウの前に相応しい形を取ろうとしたのだろうが、中腰になったあたりでふらふらと力が抜け、結局、ぺたんと座り込んでしまった。

「す、すいません」
「いや、気にするな。いまは力が入るまい。空腹じゃないか?」
「そ、そう言われると……」

 言われることで体の発する信号を意識したのか、彼女はくうと小さくなるお腹を抱えて、恥ずかしげに顔を伏せた。

「シラン。体にきつくないものを」
「粥でいいかしら?」
「ああ」
「フウロはハグマとスズシロを呼んできてくれ」
「了解」

 二人の大隊長にスオウが言いつけて出て行く中、ミミナはエリからもう一杯果汁をもらい、嬉しそうに器を傾けるのであった。


                    †


「謀反です」

 幹部たちが集められた後、ミミナは開口一番そう言い放った。
 返り血と自分の血にまみれた服を身につけたままの彼女の言葉の重みを軽んじる者などいるはずもない。
 床に座る彼女に対するように卓を囲んでいる面々は、沈黙の中で視線を交わしていたが、スオウが片手を上げて制止した。

「誰だ?」
「その……皇弟殿下と、兄君のメギ殿下が……」

 首謀者の名を聞いた途端、皇子は思わず立ち上がっていた。皆が囲んでいる卓をひっくり返すほどの勢いで。

「あの……馬鹿どもっ!」

 誰もが見たこともないほどの怒りを込めた表情で叫んだ途端。

「きゃあっ」

 外から、そんな悲鳴が聞こえてきた。

「どうしたっ!?」

 思わず天幕から躍り出たフウロは、声のしたほうを見る。
 誰か襲ってきた者でもいたのかと彼女が身構える中、そこには、低木と格闘しているエリの姿があった。
 周りでフウロの部下たちが困惑した顔を見せている。

「……へ?」
「いえ、その……これが急に……」

 エリは真っ赤に頬を染めて、自分の服を懸命に引っ張っていた。そうしないとひっかかった枝によって下着が丸見えになってしまうために。
 だが、なぜそんなことになってしまったのか。
 ここにエリの腰の高さを超えるほどの木などなかったはずなのに。

「……こんなところに木なんてあったっけか?」
「まだまだ育っていないのがありましたよ」
「あ、そうだっけ」

 部下の一人が言うのに、なんとか服を外したエリがぷんぷんと憤慨しながら続ける。

「そうなんです。小さかったはずが、急ににょきにょき伸び始めて、それで、すぐに枯れちゃって……」
「なんだそりゃ」

 エリの説明に首を傾げるフウロであるが、その足下には緑のままの葉が何十枚と落ちている。まるで、一度に落ちたかのように。
 部下たちも困惑顔ながら、エリの説明を否定しようとしない。

「ま、まあ、うん。気をつけて、な」

 よくわからないままに言って、フウロは複雑な表情を浮かべて天幕へと戻った。なんにせよ、襲撃でなければ、天幕内の話のほうが焦眉の急に違いない。

「なんでした?」
「いや……その、急に低木が育って枯れたんだと」

 スズシロが鋭い声で尋ねるのに、釈然としないまま応じる。
 すると、ハグマとシランの目が、座り直したスオウのほうを向いた。二人の視線は、同情と非難が入り交じる奇妙なものであった。

「……殿下。お怒りはわかります。が、いまは冷静な判断が必要な時かと」
「ああ、わかっている」

 ハグマが言うのに、苦虫をかみつぶしたような表情で答えるスオウ。
 生父と腹違いの兄が謀反の首魁と聞いて、冷静になれる者はまずいないだろうが、それでも彼にはそれが求められるのだ。

「それより……陛下はご無事なのか?」
「それについてはわかりません。しかし」
「しかし?」
「その、メギ殿下が……」

 そこまで言ったところで、激しい声が飛んだ。

「叛徒を殿下などと呼ぶな」
「はっ。申し訳も……!」

 ぴしゃりと言われたミミナが床に額をこすりつけるようにして平伏する。その姿を見て、はっとスオウは顔をゆがめた。

「いや、すまない。続けてくれ」
「はい。その、現在は、メギ……が帝を僭称していると聞きました」

 顔を上げたミミナが言うのに、ハグマたちは顔を見あわせる。今上皇帝が無事であるかはわからないが、謀反側が皇帝を僭称できるほどの実力を持っているとなればやっかいだ。

「……ユズリハはどうしている?」

 ここでことさら慎重な素振りでスオウが尋ねたのには理由がある。
 反乱の首魁と目されるヤイトには二人の妻があった、スオウの生母アマナとメギの母クコ。
 このうち、クコの出身は黒銅宮。
 おそらく謀反の背後にいるのも黒銅宮のはず。そう考えたためであった。
 だが、ミミナはその名を耳にした途端、目を潤ませた。

「ああ、そうです。どうかユズリハ様をお助けください。ユズリハ様は、奴らに捕らえられてしまって……!」

 まるでスオウにすがりつこうとするかのようににじり寄るミミナ。しかし、彼女を止めたのはスオウではなく、シランだった。

「待ってちょうだい」

 彼女は必死な面持ちのミミナに優しく言い聞かせるような口調で話しかける。

「なにやらユズリハが大変みたいだけど、こちらとしても話がわからないと動きようがないの。わかる?」
「あ……はい。すいません」

 動きを止めたところで、スズシロが諭すように告げた。

「最初から順に話してください。それが一番早いでしょう」
「わかりました。では、なんとかまとめてみます……」

 そうして、ミミナは記憶をたどり、彼女たちの逃避行の様子を語り始めるのだった。


                    †


 ユズリハがミミナたちを揺り起こしたのは、夜も更けた頃であった。
 三つの月のうち闇月あんげつ蒼月そうげつはすでに地平線に没し、炎月えんげつの赤い光だけが窓から差し込んでいた。
 赤く翳る部屋の中、ユズリハは部下たちに告げる。

「我らの動き一つが魔界の命運を定めますわ。さあ、誇りと共に参りましょう」

 そうして、ユズリハが部下たちを導いたのは、鳳落関の地下であった。
 誰も近寄りそうもない倉庫のような場所から、さらに下層へと進み、分厚い埃のつもり方からして、百年は足を踏み入れる者がいなかったであろう通路をたどる。
 おそらくは黒銅宮の中枢の者だけが知る秘密の通路だったのだろう。部下たちはそれを察してなにも尋ねなかった。
 ユズリハがいいと言うまで口を開くことを固く禁じられていたこともある。

 そうして通路を抜けた先は、関の外であった。上り坂を登った記憶はないのだが、ゆるやかに地上に戻るような経路だったのだろうか。
 その出口に彼女たちが鳳落関まで乗ってきた暁雲種の二脚竜がつながれていたことは、他にもユズリハに協力する者がいたことを物語っている。
 だが、そのことを尋ねる間も無く、彼女たちは竜にまたがって駆けだした。
 なによりも、ユズリハの切迫した表情がそうすることを求めていた。
 そして、その騎上で、ミミナをはじめとする部下たちは謀反の話を聞かされたのだ。

「なんとしても、太子殿下にお知らせせねばなりませんわ。彼こそが正当な後継者ですもの。それに、なによりも……我々の仕えるべきお方ですわ」

 ユズリハはそう言い切って、ひたすらに駆けることを皆に命じた。

「謀反の旗頭は、黒銅宮青銅部のクコを母とするメギ殿下。後ろ盾は当然青銅部ですわ。あの忌々しい分家は、きっとわたくしの身柄を押さえようとすることでしょう。そうすることで、父を操り、黒銅宮全体を謀反に荷担させられますもの」

 嘲るように言ってから、彼女は晴れやかな顔で言い放つ。

「ですから、わたくしは逃げます。けれど、わたくしの優先順位は第二です。それを忘れてはなりませんわよ」

 では、優先順位の一位はなんなのか。そう尋ねたミミナに、彼女は疾駆する竜の上で、からからと笑った。

「言ったでしょう。殿下にお知らせすることですわ。なにも知らぬままあの方が失われるようなことだけはあってはいけませんもの」

 それから、彼女はなんでもないことのように付け加えたのだ。

「だから、いざというときは、わたくしを捨ててでも、お行きなさい」

 そして、彼女はその言葉通りの行動を取る。
 すなわち、彼女たちを捕縛しに来た黒銅宮の兵士たちがユズリハの確保を優先させることを利用して、自身を囮としてミミナたちを逃したのであった。

「黒銅宮ツレズサの娘ユズリハここにあり!」

 そう叫びながら、傲然と胸を張って彼女は戦い、そして、捕らえられた。
以後、週二回更新予定です
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