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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち― 作者:安里優

第四部:人界侵攻・征西編

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第10回:兆し(下)

「獣人ってのはさ、亜人の中じゃ、一番数が多いんだよ」

 イーファの話はそんな風に始まった。

「大昔、『風』が吹き始めた頃は、人以外はみんな獣人って呼ばれてたくらいさ。少なくともあたしらはそう聞いている」
「俺たちの言い伝えでもそうだ。獣人は全ての祖であり、そこから狩猟人が逃げ去り、剣歯人が離れ、我らが成立した。地底人がいつ生まれたかはわからない。おそらく俺たちより後だろう」
「つまり、人とは別の者は全て獣人だと呼んでいたということですか」

 スズシロが確認するように言うのに、イーファはしっかり頷く。

「そ。尻尾が生えてるのも、牙があるのも、毛が生えてるのも、目が潰れてるのも、全部まとめて獣人って言ってたのさ。だけど、だんだんとそれぞれの氏族が生まれ、部族がまとまって、いくつかの集団は種族になったってわけ」

 そこでイーファは顔をしかめる。
 そのことで、獣人がしかめ面をすると、牙を剥いた恐ろしい顔つきになることを周囲の者たちは学んだ。

「ただ、そん中でも、あたしらはあんまりはっきりとした共通性がないまま来たとこがあるんだよね。なにしろ、特異な連中が抜けた後に残ったってことだから。伝統的にさ、まとまりが弱いんだ。獣人っていう大きなまとまりはないと思ってくれていいよ」
「種族全体への帰属意識が薄いと?」
「そうだね。薄いんだろうね」

 コクリュウが静かに問いかけるのに、イーファは少し考えるようにしてそう応じた。
 それから、彼女はエリのほうにあごをしゃくった。

「なあ、あんた」
「はい」
「あんたがそれぞれの種族の特徴を簡単に説明するとしたら、どう言う? 地底人は置いといて」
「そうですね……」

 エリはちろりと舌を出し、唇を湿らせてから話し出す。

「剣歯人は顎先よりさらに伸びた大きな牙が特徴で、人を捕食します。尾巨人はその巨大な体躯を尾でも支えることで活動しています。狩猟人は言葉を失い、四つ足で走り、集団で人を狩ります。獣人はその多くが濃い体毛を持ち、いくつかの部族は特定の動物の特徴を有しています」
「だろ?」

 イーファはエリの言葉に満足げに頷いてみせた。

「他の連中は外見からして仲間だってわかりやすい。ところが、あたしらときたらせいぜい毛が生えてるくらいしか共通点がない。それだって薄いやつだっているんだぜ。耳なんか、あたしみたいなのもいりゃ、人と同じようなのもいる」

 言いながら、イーファはぴこぴことその耳をうごめかす。
 実に愛らしい動きであった。

「外見ですか……。私たちも真の姿はそれぞれ大きく違いますが……」
「魔族は理念によってつながれる。その生態は実はそれほど大きな問題じゃないし、なによりも魔界は海と山脈によって他の地域と隔絶している。まとまりやすい条件は揃っているのさ」
「なるほどー!」

 不思議そうに首を傾げたカノコは、スオウに説明されて、感心したように声を張った。
 きらきらと尊敬の目で見られているスオウであるが、そう大したことでもない。歴代の皇族たちは、多くの『相』を持つ魔族たちをまとめあげるため、常に考え続け、試行錯誤してきたのだから。

「で、まあ、そんなまとまりのない連中な上に、人間たちの一番近くに住んでるもんだから、昔からいいように扱われてきちまった。甚だしいのが、ネウストリアの風習だね。獣人はみんな奴隷だっていう」
「奴隷ねえ」
「ああ、奴隷だよ」

 吐き捨てるイーファ。彼女の怒りを代弁するかのように、ジューディの太い尾が床を叩いた。それは皆の体に響くほどの揺れをもたらす。

「アルル大砂漠より南では」

 イーファは怒りを秘めた低い声で続ける。

「あたしら……いや、人以外は文字通り人としては扱われない。街の中に入るのも一苦労、家の中に入れるなんてもってのほかだよ。だから、関わり方が限られる。僻地の兵士とかに雇うとかそんなもんだって話さ」

 彼女はそこで肩をすくめる。

「ところが、こっちじゃそうはいかない。ネウストリアじゃあたしらは奴隷だ。労働力として使役される存在だ。もう何百年も、獣人はネウストリアの木々を切り倒してきたのさ」

 ネウストリアは森の大地である。
 穢れた地の一つである『黒森』からあふれ続ける植物たちは恐ろしいほどの繁殖力を誇り、そこがなんであろうと繁茂する。
 たとえ都市があろうとおかまいなしに。

 ネウストリアの人々は自らの都市を守るため、樹木を除去し続けなければならないのだ。
 そこで、彼らは獣人を奴隷化することで労働力を確保しようとした。

「それはネウストリアだけのことなのでしょうか?」
「正直に言えば、アウストラシアにも獣人奴隷は存在します」

 スズシロが疑問を呈するのに、エリが苦々しげな表情で応じた。

「ただ、それは別に獣人だからという理由で奴隷になった者とは言えません。アウストラシアにおける奴隷というのは、たいていの場合は戦争の結果だからです。戦争で捕虜にとられたものの、身代金などのあてが無い場合、奴隷商に売られてしまいます。ですから……」
「種族にかかわらず奴隷になるというわけですか。戦争に参加していれば」
「ええ」

「目がね、違うよ。目が」

 エリとスズシロのやりとりをどう思ったか、にやにやとイーファは言う。

「アウストラシアじゃ、獣人だからって好奇の視線はあるよ? でも、あたしの首輪を探したりはしない。ネウストリアじゃまず首輪を確認して、それが首元に見つからないとわかったら、反応は二つしかない。憤るか、あたしをどうとっつかまえて奴隷にするか企むかさ」
「蔑むべき性質だ」

 固い口調でスオウが言うのに、フウロが同意の仕草を示す。もちろん、他の幹部たちも彼らに同調していた。

「どうしようもないときは、俺が挑戦を受ける。それくらい、ネウストリア人はしつこい」

 この言葉には、誰もが驚き息を呑んだ。

 尾巨人は、巨大な体躯を持つ。
 大きいということはそれだけで威圧感を生じさせる。ましてや、その体を覆う筋肉の分厚さたるや、ただの見せかけと思い込むにはあまりに存在感がありすぎる。
 いかに魔族といえども、人の姿のままという限定付きでジューディに挑もうとは思わないだろう。

 だが、ネウストリア人はそれをするという。
 それをさせるのは、よほどの欲望かあるいは妄念か。

「ネウストリア人にとっては獣人が奴隷でないことがそれくらい許せないってことなのか? 歪んでんなあ」

 フウロが疲れたようにため息を吐くのに、ジューディとイーファは顔を見合わせ、にやりと笑み崩れる。
 それから、目をくるくる回してイーファはこう言った。

「でもね、それも変わってきてる」

 まるで重大な秘密を明かそうとでもするかのような口調。

「実を言えば、あたしの両親だって奴隷だった。あたし自身も、おぼろげにしか覚えちゃいないけど、奴隷だった。そう聞いてる。でも、あたしはいま自由だ。なんでだと思う?」
「あなたとご両親を解放した誰かがいたってことねぇ?」
「その通り」

 シランの推察に、イーファは楽しげに首肯した。

「当たり前だけど、解放したのは奴隷たちを使ってた連中じゃない。あたしらの……獣人の英雄が現れたんだよ」
「英雄ですか」
「ああ、紛う事なき英雄だよ。奴隷たちの中から生まれた……ね。彼女はただの奴隷の娘だった。生まれたときから奴隷として暮らしてた。でも、その心は隷属を知らなかった」

 その人物を語るイーファの目は、これまでになくきらきらと輝いている。誇らしげに、彼女はその人物のことを語った。

「普通はさ、誰でもその環境に慣れちまう。ううん。慣れなきゃ、生きてけないんだ。過酷であれば過酷なほど、自分の置かれた環境に慣れようとするもんなんだと思う。でも、彼女は違った。諦めるってことをしなかったんだ。そして、自分たちの置かれた環境に疑問を感じた」

 彼女は仲間たちに問いかけたという。
 なぜ、自分たちは奴隷なのか。重労働を課せられるのどうしてなのか。
 獣人が奴隷であるのは一体どんな理由があるのかと。

「その問いかけに、誰も答えられなかった」

 イーファは首をふりふり、そう言う。
 それはそうだろう。

 獣人が奴隷であるべき理由など存在しない。
 あるのは、彼らを奴隷としている者たちの身勝手な言い分くらいのものだ。
 だから、周りの奴隷たちは彼女の問いに答えられなかった。

 その代わりに、しかたないのだと疑問を封殺しようとした。
 彼女の母親はうるさくするなと彼女をしかりつけ、父親は目をつけられたくなかったら黙っていろと彼女を殴り飛ばすことまでしたという。
 けれど、彼女はけして折れなかった。

「自分を黙らせたいなら、答えを持ってくればいい。たとえ私が納得できない答えでも、当人が納得できているならそれは答えだと認めよう。でも、あきらめの言葉は、返答じゃない。偽りの言葉は答えじゃない。彼女はそう言ったそうだよ」

 イーファの語り口はどんどんと熱を帯びていく。おそらくは、最初から彼女の中にあったぐつぐつと煮えたぎるものがいまほとばしり出ているのだ。

「誰も答えられない段階が過ぎて、一部の奴らは考え始めた。なぜ、自分たちは奴隷の身に甘んじているのか。それをたった一人の子供に説明できないのはなぜだろうと」

 そして、彼らは気づく。

 こんなことは間違っている。
 同族の子供の単純な問いに答えられない大人たちも。
 奴隷という身分に疑問を持たず、延々と受け入れ続けてきた年月も。

「それでも、さ」

 イーファは努めて声を抑えて続けた。

「それでも、それだけなら、ただ獣人たちの間に疑問を植え付けるだけのことになったかもしれない。ずっと未来の行動のための種を植える結果になったかもしれない。それですら偉大なことだけどね」

 だが、彼女は英雄であった。

「不屈は彼女の取り柄の一つに過ぎなかったのさ。人をまとめ上げ、そして、その集団をうまく使いこなす術を彼女は知っていた。もしかしたら、それをやろうとしてから学んだのかもしれないね」

 ため息を吐くようにイーファは言った。その言葉には抑えきれない憧れが含まれている。

「彼女を中心に、奴隷たちは立ち上がった」

 反抗することを知らなかった獣人たちは、年若い英雄の指揮の下で鉄の意志を持つ戦士と化した。

 鬱屈は積憤に。
 隷従は赫怒に。
 そして、諦観は希望へと転じた。

 そうなれば、解放までは遠くない。
 個々の能力だけを見れば、けして獣人は人に劣りはしないのだから。

「あの人たちは、自分たちを解放するだけじゃなく、近隣の獣人たちも解放していった。その中に、あたしや親兄弟が含まれてたってわけだ」

 イーファは歯を剥きだして笑う。
 純粋な、実に無邪気な笑みであった。
 スオウたちはそんな彼女の混じりけ無しの賞讃に、顔を見合わせ、そして、一様に柔らかく微笑んだ。

「その英雄はいまも戦い続けているのかな?」
「もちろんだよ。あたしの親や兄弟たちもあの人に従って戦ってる。いまじゃ森に潜んで、ごうつくばりどもを襲撃してる」

 スオウの問いかけに、イーファはさらりとそう応じる。
 その様子にコクリュウが遠慮がちに尋ねた。

「ふむ。しかし、あなたは参加されなかったと」
「あたしゃ、兵士には向いてない。森の中でおとなしくするのにも向いちゃいない。外に出て世界を見て回るほうがよほど性に合ってる。だから、出てきた。あの人は、獣人みんなを縛り付けようなんて思っていないのさ」
「なるほど」

 イーファの言葉にあふれる信頼に、コクリュウは納得したようだった。
 諦念のままに隷従していた奴隷たちを奮起させ、解放に導いただけでも常人ではなしえない偉業である。
 その上で、勢力を維持し、圧政を敷くことも無く信頼を保っている。

 驚嘆すべき人物であるように思えた。
 少なくともイーファの話を聞く限りにおいては。

「最近、ネウストリアが騒がしいと聞く。それは、その英雄が率いる戦が激化しているということかな?」
「それはどうでしょうか」

 スオウの疑問に答えたのは、意外にもイーファではなくエリであった。

「私も彼女の言う戦いについては聞いています。正確にいつからかは外部の私たちには知り得ません。しかしながら、獣人たちが各地を襲撃し、奴隷たちを解放してまわったのは、おおよそ十年前が最も多かったはずです」
「そうだね。まあ、あたしらにも生活があるわけで、そっちの維持が大変だったってのもあるけどね。それに、人数が多くなれば、隠れるのも、襲撃を指揮するのも大変でさ」
「よくわかります」

 スズシロがしみじみと頷く。
 最初は結束の固い小集団で奴隷たちを解放していたのだろう。
 しかし、解放された奴隷たちが合流すれば集団は大きくなり、食糧を確保するだけでも大変なことになる。

 そして、仲間になったとはいえ、全ての獣人たちが兵士となれるわけではない。
 大きな集団になるにつれ、防勢が目立っていくようになるのはいたしかたないところであろう。

「とはいえ、ここんとこの騒ぎも、あたしらに関わりのあることは間違いないけどね」
「そうなんですか?」

 イーファが言うのに、エリが驚いたような声を上げた。

「ああ。このところ、人間たちの奴隷狩りが頻繁だってネウストリアに帰った時に聞いてるんだよな。どうも、あたしらじゃなく、ネウストリア人どもが動いてるみたいだよ」
「それはなにかあってのことか?」
「そこまでは。もしかしたら、あたしらが怖くなったんじゃないか? どうもネウストリア人どもは、十年以上も獣人が抵抗を続けるなんて予想もしてなかったみたいだからな。これからどうなるか、不安になったのかもしれないね」

 嘲るように言ってから、イーファは獰猛な笑みを浮かべた。

「なんにしろ、大丈夫さ。あたしらにはあの人がいる。ネウストリア人どもが、次代を逆回しにしようとしても、そりゃあ無理ってもんだよ」

 やりたいならやってみるがいい。
 その笑みは如実にそう語っている。
 その報いは受けさせてやると。


                    †


「すいません。ほとんどイーファさんに話してもらう形になってしまいましたね」

 イーファとジューディが去り、しばらく茶などを飲んで落ち着いたところで、エリが申し訳なさそうに頭を下げた。

「気にすることじゃない。そもそもイーファたちを手配したのはエリだろう」
「まあ、それはそうなんですけど」

 エリはスオウの言葉に苦笑いを浮かべる。

「生の証言は強いからなー。とはいえ、あれを鵜呑みにするわけにもいかないけど」
「嘘をついてるとは思わないけれど、だからといって事実とは限らないし、彼女に全体が見えているわけでもないものねぇ」
「そうそう」

 フウロとシランのやりとりはいかにも高級軍人らしいものだ。
 彼女たちは偵察によって得られた情報の処理や、敵地で収集した情報の呑み込み方をよく学んできているのだ。

「いずれにしても、ネウストリアの状況は把握しておきたかった。彼女たちの証言は実に有益だ」
「今後は、例の英雄とやらに絞って情報を集めてみますか。漠然とした調査よりは、そのほうがよろしいでしょう」
「そうだな。個人的にも興味深い」

 スズシロの提言にスオウがそんな風に応じた途端、場の空気があからさまに変じたのをコクリュウは感じ取った。
 彼以外の全員がその後に発せられるであろう言葉を正確に予測していたことをコクリュウが知ったなら、はたしてどんな反応を示したであろうか。
 女性陣と同じように呆れたようになるか、あるいは、感心するか。
 いずれにせよ、スオウは彼自身の思うままに発言した。

「きっと、おそろしくいい女だろうからな」

 確信を持って発せられた言葉に、驚きを示したのは、やはりコクリュウ唯一人であった。


                    †


 そして。


「ここがアウストラシア……。はて、魔族の人たちにはどこで会えるのかにゃ?」

 いま、一人の獣人が、カラク=イオの支配地に足を踏み入れようとしていた。
次回の更新後、8月中旬まで更新を停止します。
私生活がどうにも忙しく、小説のためにまとまった時間をとることが難しいためです。
なお、おそらくは次回更新も遅れますが、どうかご寛恕を賜りたく存じます。
+注意+
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