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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち― 作者:安里優

第四部:人界侵攻・征西編

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第9回:兆し(中)

「で、なにをしろってんだい?」

 頭の上の方でぴんと尖った耳を持つ女が、周囲を見回して、そう尋ねる。
 顔から指の先まで、服から露出しているところは全て柔らかそうな毛で覆われている彼女は、獣人と呼ばれる種族の一員だ。

 その隣には場を圧するほどの巨躯の持ち主がいる。獣人の女性の頭が腹の位置にあたるほどの身長と、盛り上がった筋肉、そしてなによりも太くたくましい尾を持つその人物は、尾巨人と呼ばれる種族の出身。
 正直、いまいる城中のように天井が高い場所でなければ、屋内に入るのは難しいだろうと思う体躯であった。

「お二人には、我々が獣人や尾巨人を理解するために来ていただきました」

 その二人に向けて声をかけるのはエリ。その背後にはスオウたちカラク=イオ幹部に加え、コクリュウの姿がある。

「なんだい、見世物かよ」

 エリの声に不機嫌そうに鼻を鳴らす獣人の女。彼女の発音はソウライ地域の人間たちに比べると、どうも舌足らずなものに聞こえる。
 それが地域的なものなのか、あるいは種族に由来するものなのか。そうしたこともスオウたちにはわからない。

「それにつきましては……」
「そう悪く捉えることもないだろう、イーファ」

 低く、どこか歌うような調子で彼女をなだめるのは、尾巨人の男。

「好奇の目を浴びるのはいつものことだ。今日はその上で金をくれるというんだから、少しの間見られるくらい、いいじゃないか」
「まあ、ジューディがそう言うならいいけどよ……」
「ありがとう、イーファ」

 ジューディと呼ばれた尾巨人は相棒の女性に礼を言うと、スオウたちのほうを見た。

「それに、人界でも珍しいのは、あちらのほうだ」
「んー? なんだったら、お返しにあたしらの獣の相でも見てくか?」

 魔族であるが故に恐れられたり避けられたりすることに、スオウたちは慣れているし、覚悟もしている。
 故に、フウロも悠然と応じられているのだろう。

「あー、いや。それはどうだろうね?」

 途端に及び腰になるイーファ。その様子にジューディが楽しげに喉を鳴らした。まるで猫が喉をならすかのようにごろごろと音を発するのが尾巨人の笑い方であるようだった。

「お二人は、ショーンベルガーにやってきた隊商の護衛をつとめておられます」

 ひとまず話を進められると考えたか、エリがそんな説明をする。

「南から来たというわけですか」
「そりゃいくらなんでも大雑把だね。ショーンベルガーから見たらどこも南だろ。ここより北はあんたらの土地だ」
「それもそうでした」

 スズシロの言葉にイーファが鼻を鳴らす。
 彼女はとぼけた態度のスズシロが自分をからかっているのかどうか探るような目を向けたが、結局どうでもいいというように唇を歪めた。

 そうすると、彼女の口中の牙が露わになる。犬歯などとはとても呼べない鋭さと大きさであった。

「まあ、あたしらは雇ってくれる相手次第でどこでも行くけどさ。アルル大砂漠より南には行かないよ」
「それはなんで?」

 尋ねかけられたイーファは、シランの眼帯を物珍しげに眺めながら、どう答えるか思案しているようだった。その隙にジューディがあっさりとその理由を口にする。

「アルル大砂漠を越えたら、人間たちの態度が変わる」

 アルル大砂漠は、ホラント地方――そのほとんどが乾燥地帯――の中央に位置する砂漠地帯で、人界の南北を分ける境界ともなっている。
 南方には人界どころか大陸全体から見ても広大な土地を領有する二つの大国家が存在する。
 ゲール帝国と神聖連邦だ。

「まあ、そうだね。あっちは人間以外の扱いはどうしようもないって聞くから、行かないようにしてる。といっても、人を見れば奴隷にしようとするネウストリア以上にひどいってのも、なかなか想像がつかないとことではあるけどさ」
「ネウストリア人が奴隷にしようとするのは獣人だけ。俺たちには見向きもしない」
「いや、あんたらを奴隷にしようとか無謀なこと考えるやつはまずいないから」

 ジューディの言葉に、イーファはけらけらと笑う。それに対して、ジューディもごろごろと喉を鳴らした。
 思わず周囲のスオウたちも微笑んでしまうような態度のやりとりではあるが、示す内容はそう甘いものではない。
 実際、カノコなどはあからさまに顔をしかめている。

「ともあれ、今日はお二人を交えて、人界における人類の亜種について話をしようと思います」

 場をまとめるようにエリが言い、二人に席に着くよう促した。

「私が主に話す予定ですが、実態とは異なるところがあれば、お二人からご指摘いただきたいと思います」
「はあ。そんだけでいいのかい?」
「もちろん、誤解への指摘だけじゃなく、なにか話したいことがあれば、いつでも言ってくれていいぞ」

 エリの言葉に怪訝そうに応じるイーファに、スオウが声をかける。

「ああ、いや、そうじゃなくて……。飛んで見せろとか毛皮を触らせろとかじゃないの?」
「そうなさりたいのですか?」
「いや、そんなことはないけど」

 小首を傾げて聞くエリに、イーファは奇妙に視線をうごめかした。

「強いてそうしたことを望みはしないな。俺たちが知りたいのは、今後君たちとどう接していくかだ」
「ふうん……。まあ、いいけど」

 そう言って、イーファは腰を下ろす。ジューディのほうは人間用の椅子に座るには尾が邪魔なので、置かれた箱によりかかるような格好であった。

「それでは始めさせていただきます」

 ぺこりと一礼してから、エリはそんな風に話し出した。

「まず、人界における人類の亜種として知られているのは五種、もしくは四種。獣人、尾巨人、狩猟人、剣歯人、地底人です」

 そこでエリは申し訳なさそうに首を振った。

「このうち、地底人についてはよくわかりません。ここ数百年目撃例はありませんし、もう滅んだのではないかという説もあります。ただ、彼らは名前の通り地底に住んでいたようですので、もはや地上との接触を断ってしまったということかもしれません」
「地底というと、文字通り地面の下ですか?」
「はい」

 コクリュウが慎重に問いかけるのに、エリははっきりと頷く。

「文献によると、当初は先史時代の鉱山跡地に住み着いていたようです。その時でさえ我らの技術ではとても掘り進めないほどの地下にいたわけですが、いつ頃からか坑道を掘り進む技を手に入れたようで」
「掘り進んで、闇の中へと消えちゃったわけぇ?」
「はい」
「まあ、わざわざ探す人もいなさそうよねぇ」

 くるりんと目を回して、シランはそんなことを呟く。
 かつてこの大陸をまとめていた『大いなる都』が消滅し、人類が築き上げてきた叡智の結晶である大いなる技の数々が失われた。

 だが、失われるだけならまだよかった。
 使える者とていない大いなる技が暴走した『穢れた地』からは、人類を変容させる『風』が吹くようになったのだから。
 そうして生まれたのが亜人たちである。

 異形の存在と化した者たちは、人間の社会からはじき出され、同じような姿の者たちと寄り集まって暮らすようになる。
 亜人ははぐれ者であり、あぶれ者である。
 長い時間の間に種族としてまとまりが出来たとはいえ、その内の一種が消えても、誰も気にしないというのが実情であろう。

「そんなわけで、今後のことを考えても、地底人のことはあまり考慮する必要はないでしょう。個人的な学究欲としてはいずれ落ち着いたときに調査を……とも思いますが、それはあくまでずっと先の話です」
「それで、その地底人が除かれて、四種ってことなのか」
「いいえ。四種という説は、剣歯人を狩猟人の亜種……というより単に居住域の違う同種とみる立場です」

 フウロの誤解を、エリはきっぱりと否定し、丁寧に説明しようとする。

「これは、どちらの種族も人間を捕食することから来ていて……」
「人を食べるんですか!?」
「ええ。捕らえて、食べます」
「ほへー……」
「物語では、えてして魔族もそうした扱いですよ、カノコ」

 虚脱したように口を開けっ放しのカノコをたしなめるように、スズシロが指摘する。
 彼女の言う通り、魔族もまた人を喰らうとも言われている。あるいは、狩猟人や剣歯人への恐怖がそこに転嫁されているのかもしれない。

「それはそうですけど、びっくりしちゃって……」
「その説は誤りだな」

 カノコが照れ臭そうに言うところに、そんな言葉がかぶさって、皆がその発言者のほうを見やる。

「剣歯人と狩猟人は異なる存在だ。狩猟人とは神子みこを為せない」

 尾巨人のジューディは、当たり前のことを告げるように淡々と話している。実際、彼にとっては当然の知識なのだろう。

「神子?」 

 とはいえ、もちろんスオウたちにはわからないことだらけだ。
 ジューディは尋ねたスオウの目を真っ直ぐに見つめて続ける。

「我々は体は大きいが、数は少ない。住まう土地も狭い。故に、常に備えねばならない」
「備えか」
「そうだ。そのために選ばれた勇者が他の種のところへ赴き、神子を為す。いずれ神子は我らの指導者となる。我らが困難の時に皆を導く者となる」

 次代の指導者たるべく育てられてきたスオウはそれを聞いて考え込むようにした。

「種族の危機の際に、他の種族の知恵を借りるということか」
「その通り」

 どこか満足げにジューディは体を揺らし、ごろごろと喉を鳴らした。
 イーファが楽しげにその様子を見ていることからして、それが気分がよいのを示す仕草なのかも知れなかった。

「人間と剣歯人、そして、かつては地底人とも神子を為したという。だが、狩猟人とは不可能だった」

 それが証しであると言うのだろう。
 彼の言うことが確かであれば、二つの種族は明らかに異なる。
 だが、それよりも彼の言葉にはひっかかる部分があった。

「獣人相手はどうなんだよ?」
「子を産める者は神子とならない。それは普通の子だ」

 赤毛の女が尋ねるのに、ジューディは首を振る。スズシロが顎をなでながらさらに尋ねた。

「神子は一代限りなのですか?」
「その通りだ」
「そして、獣人との間の子は、一代では終わらないと」
「ああ」
「なるほど」

 スズシロとフウロは同時にそう頷く。
 彼の言葉からはいくつかのことがわかる。

 一つは、尾巨人が人間、剣歯人、地底人と混血は可能なものの、代を重ねて子孫が作れないくらいには異なる種となっていること。
 もう一つは、種族の危機に指導者となる『神子』が子孫を作れないことで、その権力に一定の歯止めがかかっているであろうこと。
 尾巨人はなかなかに考えられた文化を形作っているようであった。

 そして、最後に、獣人と尾巨人は近しい種であるということ。

「なるほど」

 スオウはイーファのことを見ながら、もう一度同じように呟く。
 スズシロたちはその視線の動きと納得顔から彼の思考を類推し、そして、同じように納得した。

「ちょっと!」

 周囲の雰囲気が変わったのを察したのだろう。イーファが怒鳴る。
 だが、その声を包み込むように、あたたかな調子の太い声が響いた。

「イーファにはいずれ俺の子を産んでもらう」
「ちょ、ちょっと!!」

 イーファは慌てて立ち上がってジューディの腕をはたいた。
 だが、もちろんそんなことでジューディの姿勢は崩れないし、表情も変わることはない。
 ただ、ごろごろと喉の奥で鳴る調子が少し変化しただけであった。

「まあ、その話は二人きりでやってもらうとしてだ」

 毛皮があってもわかるくらい赤面しているイーファににやりと笑みを飛ばしながら、スオウは続けた。

「剣歯人は人食いなんだろう? よく子を為せるな」
「彼らは人だけを喰らうわけではない。主食というわけでもない。むしろ、特別な時のごちそうに近い」

 平然と話を続けるジューディに、イーファは諦めたようにため息を吐いて席に戻る。その様子に、わずかに忍び笑いが漏れたものの、幸いにもイーファの耳には届かなかったようだ。

「ほほう」
「神子を為した勇者も、神子が十になった後で、祝祭の膳に並ぶ」

 さすがにこの台詞には誰もが絶句した。
 だが、語っているジューディの様子からすると、それは当たり前のことどころか誉れに近いようにも聞こえた。
 おそらく、『勇者』とはそうしたことも覚悟した者がなるものなのだろう。

「それから、もう一つ」

 そこでジューディは喉を鳴らすのを止めた。彼が話し始めてからは、ほとんどなかったような重苦しい声音であった。

「剣歯人は歌を我らに伝えてくれた」
「歌か」
「そうだ。我らが生まれ、人から離れた時、彼らは我らに歌を分けてくれた」

 その言葉には、尊敬と感謝の念が存分に詰まっている。尾巨人たちが剣歯人に向ける尊崇は、間違いなくその場の皆に伝わっていた。

「剣歯人は、人の言葉を話さない。聞き取ることは出来ても、名前の通りの長い剣歯が人の言葉を操るには不向きだから。けれど、彼らは歌を知っている」

 ジューディは重々しくそう言い切った。
 おそらくそれは彼にとって、とてつもなく重要なことなのだ。
 そう誰もが思うくらい真剣な調子であった。

「唸ることしか知らぬ狩猟人とは断じて違う」

 しんと場が静まりかえる。
 ジューディが語ったことが重要であることは誰もが理解していた。
 だが、歌を持つことがどんな意味を持つのか、本当の意味でわかるわけではない。
 肉体の違いはもとより、その心とそれを支える文化が違うことを、スオウたちは痛感していた。

 一方で、彼らは視線を交わし合い、一つの共通見解を得た。
 それは、尾巨人にとって『歌』がどんな意味を持つか尋ねるには慎重になるべきだという思いであった。
 軽々に尋ねて彼らの根幹となる部分を侮辱するようなことになるのは避けたかった。

「ええとさ。剣歯人とか尾巨人の話はまたしてもらうとして」

 場が動かないのを見て、イーファが口を開く。

「ひとまず獣人あたしらのことでも話そうか? あとついでに狩猟人のことも話せると思うよ。あたしもネウストリア出身だから、森の中のやつらのことはなんとなく知ってるからね」

 そこで言葉を切って、彼女はこんな風に付け加える。

「ジューディがこれだけ話してるのなんて珍しいからさ。あたしも金もらう分くらいは話さないとね」

 そこでエリはスオウが頷くのを確認して、こう告げた。

「ええ。では、頼めますか」

 そうして、獣人のイーファによる自らの種についての話が始まるのだった。
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