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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち― 作者:安里優

第四部:人界侵攻・征西編

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第8回:兆し(上)

「ええと……あの方は?」
「んー……」

 エルザマリア・ショーンベルガーは、男装の少女――ケイの問いかけに、部屋の隅で黙ったままの女性のほうを眺めやり、小さく首を振った。

「説明すると長くなるから、先にあなたの話をすませない?」
「あ、はい。それはエルザマリア様のよろしいように」
「まず、それね」
「はい?」

 きょとんとした顔のケイを手招いて椅子に座らせてから、エルザマリア自身はその椅子の対面にあたる長椅子に移り、寝そべるような格好になった。

「堅苦しい。これからしばらくいっしょにいるんだから、もっと気楽に呼んで」
「ええと……」
「エリっていうのが本当は一番慣れてるんだけど、混乱するだろうしなあ」
「それは……」

 最初に会った『エリ』の印象が強いだけに、たしかにそれは混乱するだろうとケイも思う。
 そういえばあちらの本名はユエリというらしい。エリという愛称はその意味で間違っていないわけだ。

「しかたないからマリーでいいや。そう呼ばれるのは子供の頃以来だけど」
「あ、はい。わかりました、マリーさん」
「いや、マリーだけでいいんだけど……。最初だからしかたないか。それでね、ケイ。まず、お互いの立場を確認するけど」
「はい」

 エルザマリア……いや、マリーの言葉に、ケイは緊張を隠せない。一方マリーは不機嫌そうに口を尖らせながら続けた。

「あなたは、私が本物のエルザマリアで、表にはユエを立ててるのを知ってる。一方で、私はあなたが女の子だってことを知ってる。お互いに秘密を持ち、それを世間から隠すために協力しなきゃいけない。これでいいわね?」
「いえ、あの、でも……」

 ケイはスオウの皇子であるとされているが、その身分は実際には二重に偽りである。
 彼女は皇子ではなく女だし、なによりも、スオウの……魔界の皇帝家の血を引いてはいないのだ。
 そのことを、スオウの側にいるエリは知っているし、マリーにも伝えていないとは思えない。

「ねえ、ケイ」

 そうした内容を口にしようとしたケイを、マリーは警告するような声音で遮った。

「この世には、知らない方が良いことってのは確実にあると思うのね」
「はあ」

 頭の上に疑問符が浮かびそうな顔で頷くケイ。マリーは構わずに先を続けた。

「秘密を共有することで、つながりが生じるのは確かだけど、大きすぎる秘密は、抱えていると引っ張られるのよ。重すぎてね」
「重すぎて……」

 そこでマリーはなにかを振り払うかのような仕草をした。まとわりつくなにものかがあるように。

「家の継承のごたごたとか、ショーンベルガーは関わりたくないし、知りたくもないの。私は必要十分なことを知っている。その他は知らない。いい?」
「あ、ええと……。は、はい」

 マリーの説明に少し考えて、ようやく彼女の言っていることに理解が及んだケイはこくこくと頷いた。
 つまり、マリーはケイに継承権がないことも含めて知ってはいるものの、それについては知らないふりをするということだ。
 正直、そのことの意味を、ケイはいまひとつわかっていない。

 ただただ、こうした世界の会話の機微というのはこういうものかと感心するばかりだ。
 魔界では全てわかっているような顔をするしかなかったのが、こちらではこうして感心していられるだけましというものではある。

「ともあれ、私たちは秘密を共有してる。そして、今後は協力していく予定。いい?」
「はい。それはもちろん」

 ケイは熱心に頷く。彼女は、自らに与えられた役割を果たすために努力を惜しむつもりはなかった。
 なにしろ、それはあのスオウから命じられたことであり、なおかつ――信頼するコクリュウによれば――仲間たちが生きていくために必要なことなのだから。

「で、まあ、あなたにはこれから人界のことやら色々知ってもらわないといけないんだけど……。最初に彼女の話にしましょうか」
「はい」

 ケイはマリーの言葉にちらっと窓の方を見た。まるで朝の光を閉じ込めたかのような美しい髪を、彼女は素直に羨んだ。
 母譲りの黒髪は――たとえ男装のため短くしていても――ケイにとって自慢の種だが、それはそれとして明るい髪も羨ましく思うのだった。

「彼女の名前はローザロスビータ。この辺りじゃ顔はともかく名前を知らないのはまずないかな」
「有名な方なんですね」
「武将としてね。とはいえカラク=イオ(うちら)には負けたわけだけど」

 思わずケイはローザの方を見る。武将が負けたと言われて反応しないわけがないと思ったからだ。
 だが、窓辺の女性は表情を変えるどころか、微動だにしようともしない。

「負けて捕らえられて、ちょっとおかしくなっちゃったみたい」
「おかしく…………」
「うん」

 マリーは沈痛な顔で頷く。

「さっきからずっと黙りっぱなしでしょ。あれ、ずーっとだから。一日中ぼーっとしてるの」
「毎日ですか」
「毎日」

 その返答にケイはしばし考え込んだ。ローザの様子を観察し、おずおずと言葉を紡ぐ。

「戦場から戻った兵が、なんだかおかしくなることはあると聞きますけど………」
「うーん。でも、彼女は戦は慣れてるはずだし。とはいえ、さすがに率いるべき軍がまるごと無くなっちゃう経験は初めてだろうけど」
「全滅したんですか?」
「全滅した上に、戦王である彼女の父親も死んでるから……国ごとなくなったんじゃないかな」

 そこで、マリーはショーンベルガーを含めた旧ソウライ王国――現在のカラク=イオ領土――の南にあたる地域について説明を始めた。
 戦王国と呼ばれる、はかなく脆い集団が栄枯盛衰を繰り返す、まさに乱世と呼ぶべき激動の地域を。
 そして、その地域では強大な勢力を誇っていた足萎えの雷将のことを。

「つまり……そのローザさんのお父上のヴィンゲールハルトさんという方が、ソウライに侵攻してきたわけですか」
「そう。なにしろ大義があるからやりやすかったし、兵を確保する見込みもあったんだと思うよ」
「侵略者を撃退するためってことですか? でも、それじゃ自分たちも……」
「違う違う」

 マリーはぱたぱたと手を振ってケイの推測を否定する。

「人界での勢力争いならたしかにそうだけど、なにしろ、カラク=イオの中心は魔族でしょ」
「あ……」

 一声漏らして、ケイは硬直する。
 彼女は頭をがつんと殴られたような気分だった。
 そう、ここは人界であり、魔族は魔族というだけで特別視されるのだ。
 そして、おそらく、その視線に含まれている感情は、快いものではないだろう。

 ごくりとつばを飲み込んで、ケイは動きを取り戻す。彼女はためらった後で思い切って尋ねかけた。

「……やっぱり、そのマリーさんも……えーっと」
「思うところがあるかって?」

 こくこくと頷くケイに、マリーは苦笑に近い笑みを浮かべた。

「そりゃあねえ。おとぎ話でしか聞かないような存在が目の前に現れれば、色々思うことはあるかな。ごく個人的に言えば、真龍が身内にいる以上、異種族にもそこまで抵抗は無いけど」

 そこでマリーはうーんと伸びをしてから真剣な顔つきになった。

「ただ、政治的にいえば、いまさらショーンベルガーでそれを問題視する人はいないんじゃないかな。私たちは、もうあなたたちに賭けるしかないんだから」

 その言葉に込められた迫力に、ケイは沈黙するしかない。
 彼女もまたスオウという人物とその名に命をかけて魔界を脱出してきたのだが、なにしろ個人的な思い入れが強い。
 それに対して、マリーは自分を含めたこの都市全体を背負って発言しているようだった。
 少なくともケイにはそう思えた。

「もっと言えば、政治的判断でそちらにつくとなったら、そこまでは気にしないでいられる程度ってことかな。感情的になるほどではないよ。そのあたりは、そちらが刺激しないでいてくれるからこそってのもあるけど」
「なるほど……」

 ケイは頷いているが、どこか想像出来ずにもいる。
 魔族以外とふれあうことなど考えてもいなかった彼女には、なかなかに実感を得ることは難しかった。

 人界に進出することを想定して訓練してきた皇太子親衛旅団とは、その前提が違うのだ。

「ただ、それが人界の平均像ってわけじゃないよ。特に南にいけばいくほど抵抗は強いと思う。結局それは神族への傾倒具合と比例するんだけど」
「神界の影響が強いと、魔族への敵視が強まるわけですか」

 これについては、ケイの常識にも合致していてわかりやすい。
 神界は敵だ。
 あちらもそう思っていて、影響下にある人々に魔族を敵視するよう仕向けるだろう。
 実にわかりやすい構図だ。

「それもあるし、そもそも魔族を知らないからね」

 いまではおとぎ話にしか聞かないとは言っても、ソウライの地に住まう人々は二百年前までは魔族と何度も対してきた。
 直接は見聞きしていなくても、六代前の祖先が魔族との戦いに巻き込まれて……などという昔話はそこら中にあふれているし、なじみ深くもある。

 だが、ソウライ、カライの両地域以外では、それすらもない。
 五百年以上魔族が足を踏み入れていない場所に住まう人々に、魔族の実態を知れというのは無理な話だ。

「知らないものはね。怖いよ」
「怖い、ですか」

 ケイがそう聞き返すのも躊躇うほど、マリーの声は低く重かった。それまでの彼女とは思えないほどの変化に、ケイは戸惑う。

「怖いね。とても怖い。だから……」

 そこまで言ったところで、はっとしたようにマリーは体を丸め、ふんっ! と一声かけて起き上がった。

「いや、なんでもないなんでもない」
「は、はあ」

 マリーの奇妙な様子に内心で首を傾げながら、あまり追及しないほうがいいのだろうかと悩むケイ。
 彼女が躊躇っている間に、マリーはさっさと話を進めてしまった。

「ともかく、魔族っていうのは少なくとも大義名分にはなる存在ではあるんだよね。たとえ本当にどう思っているにしても」

 その様子からして、先ほどのことには触れて欲しくないのだろうなとケイはなんとなく察して黙っている。

「ヴィンゲールハルトの軍もそうやって人を集めて、攻めてきた。ただ、結果的にはカラク=イオに全滅させられちゃったってわけ」
「はあ。そうすると……」

 そうしてケイがスオウが主導したであろう戦の成り行きを尋ねようとしたところで、思ってもみなかった声がかかった。

「訂正しろ」

 かすれた、しかし、はっきりとした低い声。
 その声の主を、ケイは目を丸くして見つめた。
 こちらを見ることもなく、声を発するローザの姿を。

「我が軍は貴様たちに一度敗れはしたが、壊滅したのは貴様らの手によってではない」
「あー、ごめんごめん。端折っちゃった。ちゃんと説明するよ」

 マリーの謝罪に対する返答はない。
 それ以上なんの反応を示すこともなく、ローザは窓の外を眺めていた。

「あ、あのあのあの」
「あー、うん。たまーに反応するんだよね。たまーにね」

 マリーとローザの両者の間で視線を往復させているケイに、マリーはなだめるような声をかけた。

「言えば沐浴もするし、食事もする。たぶん、聞こえてはいるんだろうし、認識もしてるんだとは思うの」

 ローザのほうを見ながら、彼女は優しい声で続ける。おそらく、ローザの現状にはマリーも同情しているのだろう。

「ただ、よほどのことがない限りは、自分の中に閉じこもっちゃって出てこない感じ。たぶん、今日もこれ以上は反応しないと思う」

 そこでマリーはため息を吐いて、声をひそめた。

「しょうがないかもね。戦うつもりでいた魔族にやられたならまだしも、自分たちが信じてた神界に、父親も、従ってくれる部下たちもまとめて消し飛ばされたんじゃあね」

 そうして、ケイは最終的に自分たちが魔界を脱出するきっかけとなった出来事がなにを対象として行われたのかを知ることになる。
 付け加えるならば、その日、ローザはマリーに訂正を求める以外の反応を一切示すことはなかった。


                    †


「鳳落関はどう出ると思う?」
「ひとまずは中央におうかがいを立てるといったところでしょう。軽々に動くとは思えません」
「そうか。そうだろうな」

 スオウの問いかけに、カラク=イオの頭脳たるスズシロが応じる。それは、打てば響くようなやりとりだ。
 戦場でも、旅の途中でも、そして、いまのように城に腰を落ち着けていても、彼らのやりとりは変わらない。

 ただし、今回、スズシロはあからさまな苦笑を付け加えた。

「……とはいえ予想外の出来事ばかりですからね。警戒を怠ることは出来ません」
「それはそうだな」

 スズシロの言葉にスオウは持っていた杯を置いて、腕を組んだ。

「関が開くであろうことくらいは予想していたが、これほど早く攻め寄せるとは思わなかったし、それが中途半端な兵力で行われるとも思っていなかった」
「ましてや攻めてきた中に、殿下の『ご子息』がいらっしゃるとは」
「そこだよ」

 言ってスオウは天井を睨む。

「まずは保護するにしても、しばらくしたら、それなりの役割を与えねばなるまい。ケイはともかく、ついてきた者たちが手持ち無沙汰になるのは困る」
「遊ばせている余裕はありませんし、当人たちにとっても無為な日々は毒ですからね」
「問題は、どこまでを要求していいかだが」

 スズシロに顔を向けたスオウに、参謀ははっきりと否定の仕草を示した。いまは判断できないという意味だ。

「どうしても時間が必要になります。見極めるまでは」
「そうだな。そこは、覚悟するしかないか」

 皇太子親衛旅団という扱い慣れた集団だけを相手にしていればいい時とはもう違う。
 占領した人界の兵も、傭兵集団も、そして、新たに合流したケイとそれに付き従って来た者たちも使いこなしていく必要がある。
 スオウは改めて自らの責任を痛感した。

「他に俺が知っておくべきことは?」
「西方……ネウストリアの騒がしさが増しつつあるとの情報が、複数経路から入ってきているようですね。ゲール帝国皇女(リディア)殿下のものも含めて」
「西か。なにがあったのかな」
「詳細までは。ただ、難を逃れたとおぼしき獣人の集団がいくつも見受けられると」

 獣人か……とスオウは呟く。
 人界に住まう人類の亜種について、魔界の者たちが知っていることは実に少ない。
 判断のための情報が必要であった。

「少し、調べておいてくれ。いまの状況はもちろんだが、それまでのことも」
「承知いたしました」

 それから、スオウは一つ首を振って、別の話題を持ち出した。

「真龍については?」
「いまのところはなにも」
「そうか」

 スオウの吐く息には、安堵と不安の両方が混じっている。
 現状、最大の脅威である真龍がどう動くか早く知りたいと思う一方で、こちらに関わろうとしないでくれればそれでいいと思う部分もある。

「このまま沈黙を保ってくれればいいのだがな」

 だが、もちろん、真龍の不気味な沈黙はそう長くは続かないだろうと彼自身も確信しているのだった。
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