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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち― 作者:安里優

第四部:人界侵攻・征西編

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第6回:約束(上)

「まず聞きたい」

 ケイとコクリュウの二人が用意された椅子に座り、なんとか落ち着いたとみたと
ころで、スオウが口を開いた。

「今上陛下はどうなされた?」

 彼が今上と言うのは、もちろんメギのことではない。
 血縁上の伯父であり、いまや父である人物のことであった。

「わかりません」

 そのことを当然にケイもわかっている様子で、張り詰めた顔で応じた。

「宮中はいざ知らず、一般の者たちは、ある日突然に皇太子殿下の放逐と新帝即位を知らされました。その理由としては『魔界を疲弊させた罪人を追放し、新たな帝のもと、新しい時代を築く』というように公表されております。ただ、表面上は信じているよう振る舞う人もいるとは思いますけど……」

 困ったように眉を下げるケイ。
 たしかに、それでは僭主側を支持する者でも納得はするまい。聞いている皆が思っていた。
 とはいえ、謀叛で帝位を奪ったことを糊塗するにはそうするしかないのだろう。

「陛下の消息は不明か……」
「どこかにお逃げになったという噂も、宮城の奥に捕らえられているという話もあります……。それから、ええと、その……」

 残念がるようなフウロの言葉に、ケイはなんとか答え、けれど、最後で言葉を濁してコクリュウのほうを見た。
 その仕草にコクリュウよりも前に反応したのはシランだ。彼女はくるくると目を回してケイと視線を合わせずにこう尋ねた。

「弑逆の噂もある、というところかしらぁ?」
「は、はい」

 沈黙が落ちる。
 まだ暑いと思う季節でもないのに、じりじりと焼け付くような熱を感じる嫌な空気の中、一人ケイだけが汗を額に浮かべ、きょろきょろとあたりを見回していた。

「そうか、わからないか」

 結局、沈黙はスオウのそんな声で途切れる。

「しかたあるまいな」

 彼はため息を吐くようにそう言って、軽く手を振った。この話題は終わりだと示すことで、その場の空気から重苦しさが一気に減じる。

「それではお互いの話に移るとしましょうか。ケイ殿下たちが話しますか? それとも我々の主導でよろしいですか?」
「で、殿下? ですから、私は……」

 カラク=イオの頭脳たるスズシロが立ち上がって話を進めようとするのに、ケイはびっくりしたように首を振る。しかし、スズシロはそれに対してきっぱりと否定の仕草を返した。

「先ほどスオウ殿下はあくまであなたを自らの子として処遇すると仰いました。その真意は、おそらくこれからお話しいただけるでしょう。我々も知りたいところですからね。ともあれ、皇太子殿下が自らの子として扱うとした以上、あなたは皇族に等しい敬意をはらわれるべきです。故に、呼称については慣れていただくしかありません」
「いや、でも、あの」
「お聞き入れください」
「はい……」

 強い調子で言うスズシロに、それ以上の反論を諦めるケイ。一方、カラク=イオの幹部たちはまた別の感想を持っているようだった。

「まあ、正直『殿下』っていうとあたしらはスオウ殿下になっちまうけどな」
「でも、姫と呼ぶわけにはいかないわけでしょ?」
「皇子というのは?」
「いや、エリのそれもややこしいだろ」
「それもそうですね」

 そんなことを言い合うフウロたち三人を眺めやり、スオウは淡く笑みを見せた。それから、ケイの隣の男を見る。

「コクリュウ。なにか意見は?」

 その呼びかけに、男は驚いた様子であった。スオウよりもほんの少し年上に見える彼は、ゆっくりと口を開いた。低くよく通る声であった。

「いつの間に私の名を?」
「もう何年も前に」
「……覚えていらっしゃるとは」

 噛みしめるように言ってから、彼は微笑んだ。
 スオウとコクリュウ、二人の男はお互いを見つめ合いながら笑みを深くし、そして、コクリュウが一礼した。
 それから少し考えるようにした彼は、左腕を逆の手でさすりながら提案する。

「若宮というのはいかがでしょう。使われることは稀ですし、そもそも古礼に則れば皇太子の直系には用いないものです。しかし、だからこそ、この場合……」
「そうだな」

 曖昧に消える彼の語尾を引き取って、スオウは頷く。

「ケイ、それでいいか?」
「仰々しすぎると思いますが……しかたないんですよね?」
「すまないな」
「いえ。殿下のお言いつけならば」

 ひとまずそれで彼女の呼び方には解決し、話は次の段階に進む。

「改めて言うが、俺は、俺の子を名乗って魔界で活動している者がいると聞いた時から、おそらくそれはアサツキの子だろうと予想を立てていた。そして、そうである以上、その人物が俺の子ではないと知っていた」

 これについてはここにいる者たちも知っていることだ、と彼が告げると、周囲の幹部たちは揃って頷いた。

「やはり……そうなのですね」

 その様子を見て、どこか気落ちしたように、ケイは目を伏せた。
 ふるふると震える睫毛が、落胆を示しているようであった。

「幼い頃……母は私の父について、けして語ろうとしませんでした。でも、私は知りたかった。それで母を問い詰めました」

 そこで、彼女は寂しそうに笑った。年相応にも、妙に大人びても見える不思議な表情であった。

「いま思えば母にひどいことをしてしまったかもしれません。いずれにしても、食い下がる私に根負けした母は、殿下の御名を出したのです」
「なるほどな」

 スオウはかりかりと頬をかく。照れているような嬉しいような、あるいは寂しがるような複雑な表情であった。

「それからは母の知る殿下のお姿を話してくれるようになりました。特に殿下が太子となられてからは、それはもう嬉しそうに……。殿下のことを語る母の姿は、娘の私から見ても、誇らしさに満ちあふれたものでした」

 そう語るケイの顔もまた明るい。スオウを真っ直ぐに見つめる憧れの視線に、その場にいる誰もがあたたかな気持ちになるほどに。

「あるいは……。母は殿下が私の父であると言い聞かせているうちに、そう思い込んでしまったのかもしれませんね。特に、亡くなる直前は」

 その言葉にスオウの頬がひくつく。彼は、勢い込んで尋ねた。

「……アサツキはもう高天にいるのか」
「はい」
「そうか」

 スオウはそれ以上言葉を発しなかった。唇をひき結び、ただ、黙って頷くばかりであった。
 母の死を悼むスオウに軽く一礼して、ケイは話を続ける。

「正直、私も殿下が父であってくれればと思っていた部分はあります。半ばそれを信じていた時期もありました。でも……でも、お母さんの言葉を思い返すと、どうしても……」

 事実とは異なる話であるためにどこかに矛盾が生じたか、あるいは、本当のケイの父親――妊娠した自分を棄てて逃げ去った男――の話が混じってしまったのか。
 いずれにしても、母娘のつながりの中で、母は娘を騙しきることは出来なかったのだろう。
 そうであって欲しいという願望と、現実に起きた出来事がけして同じになるわけではないと理解しているケイを見て、スズシロは聡い娘だと感心していた。

「でもぉ」

 少し前から不思議そうに小首を傾げていたシランが、ケイの話が途切れたところで口を挟む。

「その様子だと、わざわざ殿下の子だと言ってまわりそうもないし、なんで担ぎ上げられたのかしらぁ?」

 まさかケイがメギたちへの抵抗集団を組織したということもあるまい。スオウの子であるというのをどこかで知られて旗頭となることを要請されたのだろうというのが、順当な予想であった。
 そして、それは間違っているわけでもない。

「それは……その」

 ケイは申し訳なさそうに顔を俯かせ、ちらちらっとスオウのほうを盗み見るような仕草をした。

「母の治療のために殿下からいただいた短剣を売るしか……」

 魔界には様々な社会保障制度がある。氏族と軍という強力な存在がほとんどの魔族の背後に控えているからだ。
 だが、もちろん氏族や軍の扶助の網も完璧ではないし、なにより様々な制度のどれを利用すれば適切に効果を発揮するのか判断するのは難しい。
 氏族の慣例や事情に慣れた者を頼ることが出来れば、負担も少なく病に対処できたかもしれない。

 しかしながら、おそらくはケイたちに頼るべき者はなかった。あるいは、幼いケイは知らなかった。
 そのために、金銭に頼らざるを得なくなり、最終的にはスオウが与えた短剣を売り払うしかなかったのだろう。

 そのあたりの事情は誰もが想像出来るところであったから、ケイを見る目は、優しいものだ。
 だが、周囲の視線を、ケイは少々誤解したようであった。

「本当にすいません!」
「気にすることはない。むしろそのために渡したものだ」

 顔をこわばらせて頭を下げる彼女に、スオウは淡々と告げる。

「え?」
「俺のもとに報せが来ることを期待していたのだが、そうはうまくいかなかったようだな」

 恩義ある人物が困っていたら、力になりたい。だが、その人物の性格からして、直接連絡して援助を請うようなことはまずあるまい。
 そう予想して短剣と手紙を持たせたスオウであったが、どこかでそれらが用いられれば自分に連絡が来るのではないかと思っていた部分もある。

「いや……この場合、俺の名がかえって迷惑をかけたか」

 残念ながら、彼に連絡が付くこともなく、ケイを厄介ごとに巻き込んでしまった感がある。スオウの呟きは複雑な感情が含まれているように思えた。

「そんなことはありません。非常に助かりました。あれがなければ母はずいぶんと苦しんで死んでいくことになったでしょうから。それに……」

 そこで、ケイはスオウのことを見てはにかんだ。

「殿下の子であろうと言われて、否定しなかったのは私のほうですから。抵抗の象徴とするために男の子のふりをしてくれというのを引き受けたのも」

 照れ臭そうに彼女は言う。あるいは、スオウの子であると母以外の人間に認められることが、彼女にとって貴重な体験であったのかもしれない。
 たとえそれが偽りであると自分でわかっていても。

「それでは、僭主……メギたちの支配に対抗しようとする勢力が、スオウ殿下の懐剣から若宮にたどり着き、結果としてそれらの人々に担ぎ上げられる形になったということでよろしいのでしょうか?」
「あ、はい。そうです」

 端的にまとめるスズシロに、こくこくと頷くケイ。彼女は、しかし、そこで肩を落とし、沈んだ顔をした。

「私自身も、皇太子殿下がいない間に謀叛を起こすなんて許せないと思って……。魔界のためになれるかもなんて……。結局は駄目でしたけど」

 ころころとよく表情を変える子だ、と思いながら、スズシロはコクリュウのほうを見やった。

「絵図を描いたのは、貴方ですか?」
「滅相もない」
「あ、違います。コクリュウたちは……」

 二人は共に否定の言葉を放つ。ケイとコクリュウは顔を見合わせ、何事か無言のやりとりを交わしたようだった。

「とはいえ、おそらくそのあたりは私から話したほうがわかりやすいでしょう」

 コクリュウはそう言って話を引き取る。

「ケイを担ぎ上げた最初の集団がどのような企図を抱いていたかはわかりません。当然ではありますが、新帝……ええと、こちらではなにか別の呼び方を先ほどされていたような?」
「我々は帝位を僭称するメギを、僭主と呼んでおります」
「ああ、僭主ですね。ありがとうございます」

 助け船を出してくれたスズシロに礼を述べ、コクリュウは話を続ける。

「僭主が正当ではないやり方で帝位を奪い取ったことへの憤り、真の皇帝家への忠節。そうしたものが基礎となっていたことは間違いありません。しかしながら、それはついに魔界全土を揺るがす動きとはなりませんでした」
「氏族の様子見を崩せなかったかー」

 自らも金剛宮の成員である赤毛の女が悔しそうに呟く。フウロは氏族の中心に近いところにいたからこそ、氏族が大きくなればなるほど動きが鈍くなることをよく知っていたのだ。

「一応は、『皇帝家に仕える』という名目があったことも影響しましたし、皇太子殿下その人ではなかったこともその原因ではあったでしょう」

 スオウが小さく肩をすくめるのに笑みのような表情を見せながら、コクリュウは続ける。

「それでも、僭主たちを煩わせるだけの動きではありました。一時期は地方一つを呑み込むのではないかと我々も予想していたほどですから」
「だが、どこかでつまずいたわけだな」
「そうです。そして、現体制に対する反抗活動というのは一度つまずくと途端に崩されてしまう。結果として窮地に陥ったご落胤一行は、我が基地に逃げ込むこととなりました」

 ほう、と誰かが驚いたような感心したような息を吐いた。

「では、コクリュウさんたちは、その時からの関わりなんですか?」
「そうなりますね」

 エリの問いかけに頷くコクリュウに、スズシロとスオウが顔を見合わせる。彼らにとっても少々予想外の展開であったようだ。

「なぜ、ケイたちに味方した?」
「大したことじゃありませんよ」

 本気でそう思っているような表情で、彼は言い切った。その人を食ったような態度に、この男の本来の姿はこちらなのだろうとシランは直感した。

「我々は、立場の弱い者に同情してしまうんです。なにしろ、魔族の真の姿となることも出来ない落ちこぼれ揃いなもので」

 小さく笑ってから、彼は周囲の誰もそれに乗らないのに気づいて空咳を一つする。

「それに、私はずいぶん以前から、メギよりあなたのほうを買っていたんですよ。そこに『皇子様』が転がり込んできたなら、一つ助けになってやろうと思うじゃありませんか。ましてや、本当は可愛らしい皇女様となれば」
「コクリュウ」

 皇子やら皇女やら呼ばれたケイが叱責するように名を呼ぶ。それに謝罪するように軽く一礼するコクリュウ。

「そこから先の話はあまり面白いものではありません。なにしろ援軍の期待出来ない籠城戦やら、圧倒的な数的不利の中での包囲網の突破やら、身分を偽っての潜入からの逃走やら、苦戦の数々でしたからね」

 軽口のように言うコクリュウであったが、その場にいる誰もその言葉を軽く受け取りはしなかった。
 辛く苦しい戦いをくぐり抜けてきたが故の、あるいはそれだからこその言葉であったろうから。

「だが、お前は生き残り、ケイを生きのびさせた」
「人員の多くと、ほとんどの装備を失いながらですがね。生きのびることが出来たのは、ひとえに協力者のおかげですよ。表面的には協力できずとも、裏からは援助出来るという御仁がいくらかいましてね」

 そう語るコクリュウの口調はどこか皮肉を含んでいる。おおっぴらな援助に比べれば、密やかなものはどうやっても規模や受けられる場所、時間が限られる。歯がゆいことも当然にあったのだろう。

「その協力者っていうのは、黒銅宮にもいたんでしょうねぇ。そうでなくてはあの一行に紛れられないもの」
「ええ。ですが、あれに関しては、親子喧嘩のおかげが大きいと言えるでしょう」

 最終的にスオウたちに合流するに至った出来事に関してシランが尋ねるのに、コクリュウはますます皮肉な笑みを強くする。

「親子喧嘩?」
「僭主とその父の仲がある時から実に険悪になりましてね。どうやら黒銅宮内部では両者が勢力争いを繰り広げている様子で。それに危機感を持った実力者が、他の選択肢……すなわち、皇太子殿下への助力という手を打っておく必要性を感じ取ったという次第です」

 シランが呆れたように天を仰ぐ。
 逃げる役に立ったとはいえ、何をしているんだかと思う気持ちはケイも同じようで、苦笑を抑えられていなかった。
 一方、何事か考えていたスズシロがスオウに声をかける。

「殿下とヤイトの面談が巡り巡ってケイの役に立っていたようですね」
「そのまま、親子でつぶし合いをしてくれれば願ったり叶ったりなんだがな」
「まあ、さすがに黒銅宮の外には出さないと思いますけどねぇ。その手のごたごたは」
「だろうな」

 どうやら自分が知らない情報があるようだとスオウたちの会話から気づいたらしいコクリュウが目を輝かせて耳を澄ませている。その様子に、いずれ話すと約束して、スオウは姿勢を正した。

「詳しい話はいずれ聞くにしても、本当にご苦労だったな、ケイ」
「いえ、私は……」

 そこまで言ったところで、言葉が出てこなくなってしまったようだ。ケイはまたこぼれ落ちそうになる涙を我慢して、ぐっと大きく顎をあげた。

「いずれにしても、大まかな事情はわかりましたね。魔界の情勢などについては後ほど詳細を聞き取り調査することにしましょう」
「そうしてくれ」

 何事か書き付けているのにスズシロにそう命じて、スオウは改めてケイを見つめた。目尻に溜まった涙をこすっていた彼女はその視線の鋭さに思わず動きを止める。

「では、こちらの話をしよう」
「は、はい」
「おそらく、魔界の者たちが知らないことだろうが」

 スオウはそう前置きして、こう言い放った。

「我々は三界の制覇……すなわち、既知世界全ての統一を目指している」

 自らの夢、彼に従う者たち全ての願い、カラク=イオの目的を。
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