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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち― 作者:安里優

第四部:人界侵攻・征西編

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第5回:血脈

スオウの落とし胤騒動については、第二部第2回:落胤あたりを読んでおくとわかりやすいかと思われます。
「我々の目的が、神を自称して自ら作り上げた偽りの『天空』にある連中の打破であることはもはや言うまでもない。しかしながら、それを為すために打ち砕くべき存在がある。我らの奉じる正義を共に抱くことを拒否したばかりか、正義の遂行の邪魔をしようと……」

 その小部隊の面々が担いでいた荷物から黒光りする道具の数々を取り出す様子を見ても、周囲の兵たちは特に関心を引かれるようなことはなかった。
 演説が最高潮に達しようとしていたため注意がそちらに向かって気にしていなかった者もいたし、獣化の準備だろうと解釈した者もあった。

 魔族の真の姿である『獣の相』は、相の種類によっては事前準備が必要なものがある。強力すぎる相や、極端に巨大化したりする相の場合、体にかかる負担を軽減するために、準備をしておいたほうがいいのだ。
 また、魔族の中にはうまく獣化出来ない者が一定数存在する。極端な者だと獣化出来なかったり、一度獣の相を露わにしたら人間の姿に戻れなくなったりする。そうした者たちは羅刹病と認定されるが、そこまでいかなくても、二つの相を行き来するのが困難な者もいるのだ。

 いずれにしても、獣化前に道具を用いるのはそこまで珍しいことでもなかった。
 だが、『武器』を用意する者は実に珍しい。少なくとも、そこに集まっている兵たちは見たことが無い。

 そもそも弓矢以外の武器を使いこなすことが出来る者は、魔界では稀少な部類に入る。伝統武芸を引き継いでいる数少ない者たちだけが、武器を用いた戦闘を行う。誰もがそう思っている。
 そのため、彼らはそれが武器であることに気づけなかった。

 それはしかたのないことであったろう。
 自らの体を武器とするようになってから、幾世代。武器という概念自体が、高等教育か、物語の中にしか出てこない。
 そして、鳳落関に詰めている兵たちは、皇太子親衛旅団の構成員のような英才揃いではない。
 いま演説で語られる神族たちが用いたという『兵器』にしても、一体どんなものかよくわかっていない者も多いくらいなのだ。
 まして、魔族の内に、手持ちの兵器を使用する者がいるなどと想像しろというほうが酷だ。

 故に、彼らはそれらが三脚を用いて地面にしっかり設置されても、あるいは肩付けで構えられても、一切警戒するなどということはなかった。

 気づいたときにはもう遅かった。
 それらの銃口が火を噴き、とてつもない速度で弾丸を撃ち出しはじめた時には。

「いやあ! やっぱりいいですね! この反動!」
「……そうですか」

 血しぶきと肉片とわめき散らす声で飽和した空間に、さらに銃弾を雨あられとたたき込みながら、小柄な人影が明るい声をあげる。
 そのかたわらで銃を構える男は、楽しげな声に呆れたように応じた。

 周囲は事態も把握できない魔族の兵ばかり。
 どこを狙う必要も無い。ただ、弾をばらまくだけで、逃げ惑う兵たちはばたばと倒れる。
 それでも、おそらくは咄嗟に獣化することができたのであろう者が、分厚い装甲にものをいわせて、反撃を繰り出そうとすることもある。

 そうした者は男が構える銃から放たれる弾丸に関節を――あるいはそれと同等の弱点を――撃ち抜かれ、結局は銃弾の雨の中に押し戻される。
 そんな光景を見て、小柄な射手はさらに歓声を上げる。

「殿下はなんで、射撃の時だけああなっちまうんかな?」
「俺が知るか」
「くっちゃべってないで、弾! 弾持ってきて!」
「あー、それもそうだけど、旗掲げないと」

 そんな周囲の声が聞こえているのかいないのか。『殿下』と呼ばれた人物は実に楽しそうにそれを放ち続けるのだった。

「いーーーやっほーーー!」

 魔族にとっては、古代の伝説の中にしか存在しないはずの重機関銃を。


                    †


 いかに戦闘準備を終えていたとしても、味方の隊列のど真ん中に敵が現れれば混乱は必至である。
 ましてや、その敵が強力な武器を携え、自らの防備が不十分であったとしたら、その程度は格段にはね上がる。

 さらに加えて、そこに主敵が突撃をかけてきたならば。
 体勢を立て直して撤退できれば立派、組織的な反撃など奇跡の業である。

 もちろん、この戦いで奇跡など起きなかった。
 それが起きないよう、銃撃から離れようとする部隊に対してはカラク=イオ軍が砲撃を繰り返し、あるいは突撃したフウロたちが暴れられるよう援護を入念に行ったのだから。

 むしろカラク=イオ軍が手こずったのは、謎の味方との合流であった。
 スオウの旗を掲げた謎の銃使いたちは自らの身を守るため銃撃を行っているが、それに巻き込まれてはたまったものではない。

 フウロは丹念に突撃をしかけ、彼らの周囲から敵兵を減らすことでようやく収容を可能とした。
 結局、彼らを本陣にまで連れて行けたのは、敵のほとんどが逃げ腰になり、潰走が始まろうとしている時であった。

「戻りましたー」

 袖がずたずたになった服をちょっと鬱陶しそうにふりながら、彼女は戻ってくる。どうやら、いつもの通り腕だけを獣化させて――刃と化して――戦っていたようだ。

「ああ、お帰り」

 明るい調子の声に、スオウがそう応じると、快活な顔に笑顔が広がる。フウロは周囲を見回して彼に尋ねる

「追撃はなし?」

 スオウの周囲は慌ただしく指示を受けたり、報告をしたりする兵たちでいっぱいだが、その忙しさは戦闘中ならば当たり前のものである。
 戦いながら部隊を編成し直すときの鬼気迫るほどの勢いには遠く及ばない。
 その様子から、彼女は追撃がなさそうだと判断したのだった。

「しない。もう十分だろう」
「……まあねえ」

 すでに統率もなくばらばらと逃げるだけになっている敵集団を身ながら、フウロは苦笑する。
 わずかにこちらの軍の攻撃に抗しようとする者もいるのだが、左翼からはスズシロの指揮するフウロ麾下が、右翼からはシランの部隊が炎や光線をあびせかけるものだから、とても耐えられるものではない。

 結局は少数の勇気ある者たちも打ち倒され、怯えた兵によって逃走がさらに無秩序となるだけであった。
 ここに追撃をかければより戦果は大きなものとなるだろうが、スオウはそれを望んではいないようだった。

「そもそも、今回の戦闘での勝利は特に意味は無いだろう。当然、損失は避けたいが……」
「これ以上、手出ししてこなければ放っておきます?」
「あちらさんがそうしてくれればな」

 スオウがそんな風に言っていると、盆を掲げてエリがやってきた。盆の上には杯が三つ。

「お茶です。どうぞ」
「あれー。エリ? 後ろに下がってたんじゃなかったか」
「はい。でも、もう大丈夫だろうって。スオウ様の周りなら安全でしょうし」
「まあ、それもそうか」

 そんなことを話しながら、三人はぬるめの茶を飲み、一息つく。まだ戦闘は続いており、周囲は騒がしかったが、それも落ち着こうとしている。
 もうこの戦は終わりであった。

「それで、客人は?」
「いま、うちの連中が色々と聞いてますけど、ちょっと厄介ですね」
「なにかあるんですか?」

 エリがそう尋ねるのに、赤毛の女はスオウに向けて強烈な流し目をよこした。

「なにしろ、連中の中心になってるやつが、自分は殿下の落とし胤だって主張しているもんで」


                    †


 かがり火が焚かれ、明るく照らし出された本陣を囲むように、兵たちは整列している。
 戦闘終了後獣化を解き、衣服も整えた彼女たちは、本来ならば多少なりとも気が抜けていてもおかしくない状況である。
 だが、その列は、戦闘開始を控えた時とはまた別の緊張感に包まれていた。

 なにしろ、彼女たちが仕える男の隠し子が現れたというのだから。
 スオウたち幹部の前に開けられた空間に進み出る十人ほどの小集団を、兵たちは目を皿のようにして注視した。

「一つわかったぞ」

 緊張した様子で歩を進める集団の先頭にいる二人のうち一人を目に留めて、スオウは隣のスズシロに呟いた。

「なぜ銃なのかと思っていたが、あの部隊、おそらくほとんどが羅刹病だ」

 そのまま視線でその男のことを示す。

「あの男。たしかコクリュウとかいうはずだ。ルアノ基地の羅刹病部隊を率いていた」
「なるほど」

 ルアノ基地は、軍の中の羅刹病の者たちを集めた基地である。各地の基地や拠点に対する補給の調整を主任務とした、いわば事務方の拠点だ。
 おそらく、スオウはその基地に皇族として視察に赴いたのだろう。

 それは魔界の世間的には病に苦しむ者たちを勇気づけるためのものだと思われることだろう。
 そして、それはけして間違っていない。

「なるほど」

 だが、スズシロが納得の言葉を二度も呟いたように、ルアノ基地に与えられたもう一つの任務がある。
 一部の軍高官しか知らないその任務は、古の兵器に関わるものだ。
 彼らは、銃器や戦車といった古の兵器の実験と整備をその任として与えられているのだ。

「それはともかく、『皇子』のほうはどうです?」
「彼女に……母親によく似ている」

 一方、落胤と言われている人物に対しての言葉は短い。

 そこに現れた人物は、小柄で、おそらくはまだ体が成長しきっていないほど幼いと思われる。顔付きも、まだまだ子供っぽさが色濃く残っていた。
 それでも、その端正な顔立ちなどは、皇帝家の血を引くと言われれば信じてしまいそうなくらいだ。

 スズシロはちらりとスオウの横顔を見る。だが、はたして彼がどんな感情を抱いているかは読み切れなかった。
 彼女をはじめカラク=イオ幹部たちは、その『皇子』がスオウの血を引いているわけではないことを聞かされている。

 かつて、スオウの義母クコによって彼の家庭教師であった女性が妊娠直後に放逐された。
 スオウを疎んじていたクコが、妊娠を彼の不始末として醜聞を立てたかったのだ。
 これがきっかけで、彼は好色皇子の名を手に入れることとなるが、スオウ本人はそれを気にもせず、放り出された女性に短剣と自筆の書を贈った。なにかあれば頼ってくるようにと示すものである。
 おそらく、いま緊張にひくひくと頬をひきつらせている『皇子』はその書簡を自らの出生の証としているのだろう。

 問題は、当人がどう信じているかだ。
 本気で自分は皇帝家の血を引くと信じている場合、色々と問題が生じてくるのではないか。
 スズシロはそんな風に頭を悩ませるのだった。

「お、お初にお目にかかります!」

 裏返った甲高い第一声であった。

「名はケイ。こ、皇太子殿下の、その……縁ある者であります!」
「縁あるときたか」

 面白がるように応じるスオウに、ケイの肩がびくりと震える。
 しかし、その言葉が叱責や怒りを含むものではないと感じたか、すぐにまっすぐスオウのことを見つめて言葉を続けた。

「母からは、自分は皇太子殿下の血筋であると聞いて育ちました。しかしながら、ご本人に認めていただくことも出来ぬ身で、息子であるなどとは言えません。ただ、それでも……この身を希望と見てくださった方々がおりました」
「希望か」
「はい。希望です。帝位簒奪者に抵抗し、真の帝位継承者たる殿下にお戻りいただくための」

 そこで、ケイはちらりと周囲に視線を飛ばす。自分を見つめる兵たちではなく、共にこの場にある十人ほどを、誇らしげに。

「ですが……」
「いまここにあるということは、謀反人どもの構築した体制をひっくり返すわけにはいかなかった、ということだな」

 言葉に詰まるケイに対して、スオウは平静な声で尋ねかける。感情を交えない、平板な問いかけだった。
 その声の調子に、ケイの隣に立つ男――コクリュウの眼が警戒するように細くなるのに、スズシロは気づいていた。

「はい。皇太子殿下の御名を用いながら、このていたらく。申し訳も……」
「それはいい。俺たちだって、追い出されたまま戻れぬ身だからな。文句を言える立場じゃないだろ」

 一転しておどけた調子でスオウが言うと、すっとその場の空気が軽くなった。

「それよりも、だ」

 それから、彼は実に優しい笑顔でこう続けた。

「よくぞ生きてこの父のもとにたどり着いたな、ケイ」

 一杯に手を広げて言われた言葉の意味を理解できず、ぽかんとした表情になった後で、ケイの顔がくしゃくしゃと歪んだ。
 ぼろぼろと涙を流しながら、スオウの胸に飛び込んでいくケイ。
 その光景に、安堵の息が漏れる。
 同時に、いくつもの歓声が飛んだ。

「皇太子殿下万歳!」
「スオウ殿下万歳!」
「ケイ皇子万歳」

 歓声の中、スオウとケイはお互いの存在を確認するように強く抱きしめ合っていた。
 そうしながら、ケイは涙声でスオウにささやきかける。

「殿下……」
「ん」
「お話したきことが……。ぜひ、すぐにお時間を……」
「わかった」

 それだけを言って、二人は離れ、兵たちの歓呼の声に応えて手を振り出すのであった。


                    †


「お許しください!」

 スオウたちのためにもうけられた天幕に入り、人払いがなされた途端、ケイはその場で跪くと、額をこすりつけるようにして叫んでいた。

「私は、殿下に……いえ、世界に対して偽りを申し上げておりました!」

 そんな風に平伏する彼女のことを、カラク=イオの幹部たち、すなわちスズシロ、フウロ、シラン、エリは驚いたような顔で見ている。
 ケイに寄りそうにしてついてきたコクリュウは相変わらず口を開かぬままケイの横に跪いている。

 そして、天幕に残る一人――スオウはケイの突然の行動に特に驚いた様子も見せず、自分の席に静かに座った。

「ふむ」

 幹部たちにも――ケイとコクリュウを囲むように座るように促してから、彼は問いかける。

「その偽りというのは、俺の子ではないという話か? それとも、男ではなく女だって話か?」

 さすがにこの言葉には、スオウを除く誰もが驚いた。
 コクリュウでさえ驚愕のあまり腰を浮かしてしまっているし、ケイのほうは顔をあげた上でぽかんと口をあけてスオウを見つめ返すばかりだ。

「おいおい。俺が男か女か見分けられないわけ無いだろう」
「たぶん、そういうことじゃないと思いますけど」

 おそらくは、そのエリの思わず出た言葉が、皆の硬直を解いたのだろう。

「気づいても、口に出すかどうかとかあるのではないかと思いますが」
「いや、それ以前に血が繋がっていないと知っていて父と名乗ったのか、とかあちらさんは色々言いたいことあるんじゃないですかね」
「そうよねえ。すっかり戸惑っちゃってるじゃない」

 スズシロ、フウロ、シランと続いた軽口に、確かにケイとコクリュウは戸惑っている様子であった。
 二人して改めて跪きながら、ちらちらと視線を交わしている。
 どうやらケイという『皇子』……いや、少女の精神的支柱はこのコクリュウという男らしい。スズシロはそう予想をつけた。

「皇太子殿下の血を引く男子であると偽ったこと。ひとえにこの身の罪であります。しかしながら、同行者はあくまで私に騙された者たち。皇太子殿下の正道を信じ、戦ってきた者たちです。どうか、どうか彼らだけでもお許しいただきたく!」

 コクリュウとの無言のやりとりで心を決めたか、しっかりとした声で、ケイはそう嘆願した。
 彼女がそう発している時、彼女のかたわらに控える男の目が剣呑に光ったのをフウロは見逃さない。
 ケイに対して害となるような決断をスオウが下した場合、コクリュウにはなんらかの覚悟があると赤毛の女は確信した。

「ああ、いやいや。そう思い詰めるな」

 ケイとコクリュウの二人に対して、スオウはあくまで落ち着いた調子であった。
 むしろ、なにか懐かしむように柔らかな表情を浮かべている。

「俺はアサツキ……君のお母さんにはとても世話になった。これくらい、その恩に比べたら大したことじゃ無い。それに、俺はもしあのときアサツキが……。ああ、まあ、それはいい」

 彼自身が少年の頃の残滓を振り払いながら、スオウは続ける。

「ともかく、俺は君を罰するつもりはない。それどころか、これからも俺の長子として振る舞ってもらうつもりだ」

 シランの片方だけ露わになった目がすっと細まる。その様子に気づき、スオウは苦笑しながら、言葉を続けた。

「もちろん、そのためにはいくつかの条件があるわけだが……。その前に、スズシロ」
「はい」
「撤収の準備は進んでいるんだな?」
「ええ。明朝には整然と陣城及びショーンベルガーに戻れましょう」
「では、ゆっくり話す時間はあるというわけだ」

 スオウは視線をスズシロからケイたちに戻し、そして、彼らに椅子に座るよう促した。

「そんなわけで、少し話をしよう。君たちのことを理解し、俺たちのことも理解してもらうためにな」

 そうして、一夜の語り合いが始まるのだった。
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