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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち― 作者:安里優

第四部:人界侵攻・征西編

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第4回:歓迎(下)

「自らに従わぬ者は、全て神界に与する者か。まあ、反論を封殺しやすくはあるな」
「魔族という理念そのものを脅かす絶対悪と糾弾できますからね」

 スオウとスズシロは、どこか感心したような口調でそんなことを言い交わす。

「そんなに落ち着いていてよろしいんでしょうか?」

 のんびりと言葉を交わす二人に、エリは不安そうに小首を傾げながら問いかけた。
 だが、二人が応じるより前に、フウロがその赤毛を振って答える。

「しょうがないんじゃないかなあ。もうあちらさんは兵を展開してるし」

 その言葉の通り、彼女たちの視線の先には兵の隊列がある。
 そしてまたスオウたちの背後にも兵が整列している。

 リ=トゥエ大山脈に属する山塊からアウストラシアの草原へと至る、その出口。
 その場所で、二つの軍が対峙しているのだった。
 一方は、鳳落関から押し出してきたものであり、もう一つは山道出口に防衛線を張ったカラク=イオ軍である。

「それは、まあ、そうですけど……」

 エリはなおも慎重な声で呟く。
 それというのも、この防衛線を構築させたのが他ならぬ彼女だからであった。

 追い返した使者たちが、二度目の交渉を申し出てこないことに悪い予感を抱いたエリは、カノコに偵察を依頼。その結果、関を出て進軍する部隊を発見した。
 陣城とショーンベルガーに残る兵力はわずかであったが、スオウたちがショーンベルガーに向かっていることはすでに彼女たちも承知の事である。
 都市の防衛隊も動員して、彼女たちは山道出口に防衛陣地を築いた。
 木組みの柵と即席の壕を組み合わせたものであるが、少なくとも相手の突撃を阻む用には十分だ。

 そうして、激突となる前にスオウたちが間に合ったのは、彼女にとってもスオウにとっても幸運と言えた。
 万が一陣城やショーンベルガーが囲まれるような事態となっていれば、カラク=イオの全力を傾けてでもその状況を打破しなければならなくなっていたであろう。
 まだ衝突が生じていない時点で合流し、スオウという意思決定者が状況を統制できるのは実にありがたいことであった。

 そのことを、カラク=イオ幹部たちは重々承知している。

「エリちゃんのせいじゃないから気にしなくていいのよ。一度で交渉を打ち切るなんて、最初から戦う口実でしょ」
「だろうなあ。むしろ、それに気づいたのはお手柄だよな」
「そうですよ。エリとカノコの対応に誤りはありません。あちらの進出を早々に捉えて陣を整えられたのですから、我々が礼を言うべきでしょう」

 シラン、フウロ、スズシロと続けてなだめられ、エリは照れたような笑顔を浮かべる。

「うん。よくやってくれた。ありがとう、エリ」

 そこにスオウが礼を述べることで、エリはようやく安心したような笑みを見せた。柔らかなその表情に、周囲も明るい顔になる。
 だが、直面している事態は、そう明るい見通しが立てられるようなものではない。
 スオウたちの到着と入れ替わりにカノコがショーンベルガーに戻り、各地に連絡を飛ばしているものの、こちらに割く兵力の余裕がないことは皆わかっている。
 現実的にはいまある兵力だけで、なんとかせねばならないのだ。

「問題は、あちらがどこまでやるつもりかだな」
「全面対決という風情には見えませんね」

 対峙する軍の様子を眺めながら言うスオウに、スズシロが応じる。
 陣地を築いたこちらに対して、敵軍は昨日から足を止め、様子をうかがっている。
 増援を待っているとも考えられるが、少なくとも短期間に続々と送り込んでくるという様子は無い。

 本気で攻め寄せるつもりであるなら、もっと兵を動員してもおかしくないというのに。

「一当てして、名分を作っておく、くらいのつもりかねえ」
「現地司令官が功にはやって先走ったって筋はないかしらぁ?」

 フウロとシランが言うのに、スズシロは慎重な顔付きで頷く。

「どちらもありえます。いずれにしても、神界があれだけのことをしでかした以上、なんらかの動きはしないわけにはいきませんからね」
「それは予想していたが、さすがにいきなり攻めてくるとはな」

 スズシロの言葉にスオウは苦笑する。
 スオウとて、衝突もあるだろうことは覚悟していた。なんの条件もつけずにメギ勢力の調査団を受け入れるわけにはいかないし、強硬手段に出るようならば、こちらもそれなりの対応を取るつもりでいたのだ。

 その一方で、妥協点を探るつもりもあった。
 たとえば現地調査をカラク=イオ主導で行ったり、調査団の行動を監視することに同意を得られたりしたならば、あちらの調査に協力することもありえただろう。
 たとえいずれは打ち倒すべきと考えている相手であっても、神界は共通の敵である。無闇と邪魔をする必要も無い。

 だが、あちらは早々に軍を動かした。そうなれば、もはや合意を得ることは難しい。

「あちらにも色々と事情はあるんでしょうけどねぇ。こちらにはわからないことも色々と。でも、そこは考えてもしかたないしねぇ」

 ひらひらと手をひらめかせて言うシラン。その言葉に誰もが頷いていた。
 想像することは出来る。
 たとえば、皇帝に即位したものの、権力基盤が強固とは言えない状況で、メギは早々に結果を出すことを求められているとか。
 あるいは、神界が絡むであろう今回の件に関しては、各氏族の長老からなんらかの圧力がかかっているだとか。

 だが、もちろん、想像できないような事情が裏にあるのかもしれない。それを推測するには、前提となる情報が欠落している。
 いまは、現に起きていることを元に考えるしか無かった。

「問題はどこまでやるつもりなのかってことと、いつやるつもりなのかってことですよね」

 フウロは敵軍を値踏みするような目つきだ。
 見る限り、数は千を超えるが、千五百には届かない程度。フウロたちが連れている兵も、千百程なので、戦力は同等と見ていい。
 陣地を築いている点ではこちらが有利だが、投射兵器がどれほどあるかで、そのあたりは変わってくる。
 ただし、そもそもが空中の敵への対応を考えて編成された皇太子親衛旅団としては、視界の範囲内での戦闘であれば、射撃でも十分対応できるはずであった。

 どちらも圧倒的に有利とは言えず、かといって絶望的に不利とも言えない。
 結局の所は、相手がどこに目標を設定し、それをいつ決行するかが重要となる。

「ショーンベルガーまで攻め入ることが出来る……などとは考えてないでしょうね。そこまで愚かなら、それはそれで楽なのですが」
「やっぱこっちに痛手を与えて、それでよしってとこか」
「決めつけはいけませんが、そのあたりでしょうか」

 スズシロの言葉に、フウロはがしがしと頭をかく。
 カラク=イオと魔界の軍では、その母数が大きく異なる。
 たとえ同数を失ったとしても、こちらには大きな痛手だが、あちらにとっては補充可能な損耗に過ぎないのだ。

 極論すれば、眼前の兵全てがここで斃れたとしても、こちらの兵の半数を道連れに出来ればいいと考えてもおかしくはないのだ。
 現実的な運用ではそこまでは出来ないにしても……。

「方針としては二つね。相手を徹底的に叩くか、こちらの損害を減らすよう立ち回るか」

 能動的に相手を減らし、こちらの損害を押さえるか。受動的に動くことで相手の攻撃をいなして消耗を減らすか。
 シランにそう提案されたスオウは、しばし考え込み、そして、決断する。

「ここは積極的にいくしかあるまい。交渉を打ち切ったのはあちらだし、やる気は十分だろう。生ぬるい対応では、こちらが崩れかねん」

 ただし、と彼は続けた。

「その機はもう少し待つとしよう。獣化してもいないやつらに攻撃を加えるのはあまり気分がよくないからな」

 魔族はその真の姿を顕すことで、全ての力を発揮することが出来る。省力形態である人の姿の時に攻撃をしかけることを潔しとしない考えが生じるのは当然であろう。
 戦場で馬鹿正直にそれが守られるとは限らない。だが、陣地を築いてある現状では、相手が獣化を始めてから戦闘準備を始めても、十分対応可能と踏んでのことであった。

 その言葉に、スズシロが頭を垂れる。

「では、監視を強化いたしましょう。あちらの動く機を、できる限り的確に捉えられるように」
「ああ、頼んだ」

 そうして、カラク=イオ軍は、相手の動きを注視しながら、時を待つこととなったのであった。


                    †


「諸君。我々は何故に人界にあるのか!」

 演説の声は、対峙するスオウたちの陣にまで聞こえてきていた。哭號女相バンシィに増幅させているのでは無く、大型の円錐の筒を通じての発声であった。
 筒の向いている方向を考えると、スオウたちにも聞かせるためにしていることらしい。

「それは、正義を行うためである!」

 はっきりと言い切るその口調からして、発言者はその言葉に大いなる自信と、それと同じくらいの喜悦を抱いているようであった。

「かつて、過ちがあった。我らの祖はそれを正すために立ち上がったが、邪悪の根源は悔いることもなく、千年の時が流れても過ちを認めていない。むしろ、それを覆い隠すために新たな悪事を行っている!」
「まあ、それには同感だ」
「そんなこと言ってないで、下がってください」

 演説を聴いて同意の言葉を述べるスオウにスズシロが呆れたような声をかける。だが、スオウは否定の仕草でそれに応じた。

「そういうわけにいかん。これは宣伝戦だ。俺がいま下がれば、奴らに格好の材料を与えることになる。わざわざ敵の士気を上げてやる手伝いをすることはないだろう?」
「それはそうですが……。あれは、おそらく突撃前の士気高揚のためのものですよ?」
「わかっているさ」
「でしたら……」

 困ったように言うスズシロではあるが、スオウが下がらないであろうと諦めている部分もある。
 皇太子その人が――防柵の内側とはいえ――敵の眼前にあって意気を感じぬ者などいないだろう。
 それは、敵の戦意を殺ぎ、味方の士気を高める。

 相手の演説に屈したと見せぬためにも、自軍の士気を維持するためにも、彼はこの場を離れられないのだ。
 たとえ、すぐに相手の攻撃が始まるであろうとわかっていても。

「それに俺に注目を集めておけば、こっちの準備の様子から注意が逸れるだろう?」
「それは否定しませんが」

 相手の演説が始まったことで、カラク=イオ軍の戦闘準備も着々と進められている。スズシロが特に指示する必要もなく、スオウの側にいられるくらい順調に。

「だが、その正義の執行を、拒む者がいる。諸君。義を阻むものはなにか。それは、すなわち悪である。無道である。我らを拒む廃太子は、悪逆無道に堕ちた!」
「廃太子か。なるほど、そういう呼び方できたか」
「なにを感心しているのですか」
「いや、なんとなくな」

 スオウに注意しながら、スズシロはその呼称に伴う効果について思考している。
 スオウが皇太子であったことは否定せず、その地位がもはや意味をなさないことを示す。
 強烈ではないが、それ故に受け入れやすさもあるかもしれない、と彼女は考えた。
 たとえば、スオウを叛逆者だと主張すれば、その呼称はメギやヤイトに跳ね返る。まさに叛逆と簒奪を行った者であるが故に、そうした強い呼称を避けたのかもしれないと。
 そういう意味で、感心するに足る呼称ではあった。

「ともあれ、戦闘が始まったら、すぐにスズシロと一緒に逃げ出すさ。あちらさんが言うには、俺は卑怯で陰険で悪辣な廃太子らしいからな」
「正々堂々とした指揮官も、身の安全は守ります」
「まあ、そうなんだが……」

 そこで敵軍の演説は最高潮を迎えたようだった。
 スオウたちを打倒することで、人界に正義がもたらされるという主張が声高に叫ばれる。おそらくはそのまま『総員獣化』の声がかかるであろうと思われたその時。

 連続した破裂音と共に、悲鳴と血しぶきが生じた。

「お下がりを!」

 敵軍の一角が揺れるように動くのを見るより早く、スオウの手を取ったスズシロの判断は側近として正しいものであったし、むしろ褒められるべきものであったろう。
 だが、スオウは低い声でそれを制止する。

「待て」
「殿下!」
「それよりも、皆に相を露わにさせろ!」

 ぐっと言葉に詰まるスズシロ。たしかに、スオウの言うとおり、戦闘の開始を宣言する必要があった。
 敵軍に混乱が生じようとしているいまはその絶好の機であるし、なにより獣化した者たちなら、スオウを守ることが出来る。

「全軍、獣化せよ!」

 腹の底からそう叫び、周囲で肉がはじけ、骨が変形する音が生じた。
 腕の増える者、足の増える者、巨大化する者、瘤や棘といった器官を生やす者。
 魔界の者たちが、いまこそその真の姿を明らかにしているのだった。

 そんな中、敵軍からは再び連続した破裂音が聞こえてくる。それは、小気味良いほどの音律を形作っていた。

「聞こえるか、スズシロ」
「はい……」

 連続した音が流れ、血しぶきが舞い、隊列が乱れる。
 その音の正体を、カラク=イオの頭脳たる女性はようやく悟りつつあった。

「たしかに、確認するまでは下がれそうにないですね」
「ああ。あれは……銃声・・だ」

 スオウがその正体を明らかにしても、スズシロにはどこか信じられないという気持ちがある。
 魔界の住人でもその存在を意識している者などほとんどいないであろうものが、なぜここに……と。
 だが、それは棘を打ち出す音でも、生体爆薬の塊を放出する音でもない。
 金属塊が、これもまた金属の銃身から撃ち出される音なのだ。

「あれを見ろ!」

 そして、さらに信じられぬものを、スオウが指差す。
 それは、そこに……鳳落関の軍中にあってはならないはずのもの。
 スズシロが見慣れているからこそ、敵軍にあるはずがないものであった。

「黒に……三月さんげつ

 黒地に、三つの月を模して真白く染め抜かれた丸。
 魔界に生きる者ならば、そして、カラク=イオに属する者であればなおさら見間違いようのない、その旗こそは。

「フウロ!」

 スズシロは喉も裂けよとばかりにその名を呼ぶ。
 彼女がそう叫んだ時にはすでに、フウロとその部下たちが、スオウたちの横を駆け抜けているところであった。

「わかってるって!」

 四脚竜の背に乗り、敵陣目がけて一目散に駆けるフウロは、背後に残したスオウとスズシロにそう答え、次いで、同じように騎竜を操り自分の後を追う部下たちに声をかけた。

「お前ら! どんなことがあってもあの連中を救い出すぞ!」

 その言葉に応じて部下たちが叫ぶ。

「当たり前ですよ!」
「殿下の旗を掲げるとなったら、仲間ですからね!」

 そう、黒に三月――すなわち黒太子の旗を掲げる者を、彼女たちが見捨てるはずは無いのだった。
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