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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち― 作者:安里優

第四部:人界侵攻・征西編

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第2回:歓迎(上)

「では、新たな城はこの地点ということでよろしいですかな」
「ああ、そうしよう」

 自らの側近の問いかけに、カラク=イオを率いるスオウは地図を確認しつつ頷いた。
 地図の上では、隻腕の老将ハグマの指がゲデックとかつてのヴェスブールのほぼ中間の地点を示している。
 そこはゲデック周辺から流れる二つの川が集まる地点で、その地形から、城を築くには有望な地点として候補になっていた地点であった。

 ただし、候補に挙がった時点ではヴェスブールは健在であり、その南にはかの雷将がいた。
 その両者がもはや亡きいま、その地に城を作ることに疑問を呈する者もいる。

「結局、南方への侵攻は無しと決めたのぉ?」

 どこか面白がるような目でそう問いかける第二大隊長シランもその一人だ。

「うむ……」

 一方、従姉の問いを受けたスオウは、躊躇うようにして即答を避けた。

「正直に言えば、迷っている」

 それから彼は側近たちと共に会議を開いている部屋の中をぐるりと見渡した。
 かつてのヴェスブールに赴いているゲデック侯爵と、ショーンベルガーへ向かったカノコ、エリを除く面々が彼の視線を受け止める。
 その顔に、不満の影はない。ただ、幾人かがなんとなく疑問に思っている様子はうかがえた。

 その中で、おそらくはスオウの考えをすでに知っていたのであろうスズシロが口を開く。

「目下最大の懸案事項は、神界による暴挙に対して魔界と真龍の両者がどう出るかということです。これにはおそらく誰にも異論はないでしょう」

 全員が同意の仕草を示す。
 首を振るだけの者もいれば、大げさに目を回す者もいれば、小さく肩をすくめる者もいたが、いずれにしても否定の動きは無い。

「もちろん、これには全力をもって対処にあたらねばなりません。しかし、同時に先を見据え、その準備を行うことも重要です」

 スズシロは皆が囲む卓の上にある大きな地図に手を伸ばそうとして、わずかに届かなかった。思ってもみない彼女の失態に、小さな笑いが起きる。
 カラク=イオの頭脳と称される女性は、顔を真っ赤にしながら、腰を上げて地図を引き寄せた。

「現在」

 照れをごまかすように強い口調で言い、空咳をする。周囲の空気はそれだけで真剣なものに戻った。

「アウストラシア南方、すなわち戦王国群と呼ばれる地域は混乱状態にあると考えられます。まだ情勢が掴めるほど情報は流れてきておりませんが、混乱を示すような事柄はいくつか伝わっています。そのきっかけは、先の神界の暴挙と、戦王国群の北辺を支配していた人物の敗北と死」

 統治者を失った戦王国群北方に権力の空白が生じていることは間違いない。そして、その周辺もそれに応じて不穏な空気が流れているだろう。
 そうして揺れるからこそ、『戦王国群』などという地域が生じているのだから。

「後者については、我々も関係することです。そして、自ら生み出した混乱であれば、それを自らの利とすべきと思われるかもしれません」
「まあ、統制が取れてないとこに押し込んで分捕るのが常套手段ではあるよな」
「その統制の取れなさの程度を重く見ていらしてよ、殿下は」

 第一大隊長フウロが何気なく言ったことに、そう口を挟むのは防諜部門を司る女性だった。
 灰金の髪をくるくると指で弄びながら、ミズキは言葉を続ける。

「ワタシたちが集めた……いまの段階では噂程度の話ですけれど、例の雷の将の部隊は、神族によって消滅させられるより前に半壊状態にあったともいいましてよ」
「半壊ですの? そこまでの痛打を与えたようには思いませんでしたけれど」

 そう言って大きく首を傾げるのは、第三大隊長ユズリハ。美しい金の髪が、彼女の動きにつれてさらさらと流れた。

「なんとまあ、彼の地の方々にはそれがそうでもなかったご様子で」
「どうも、戦王国の兵というのは、よほどに腰が軽いようですね。半数とは言いませんが、問題になる程度の兵が再集結することなく、南方に逃げ散ってしまったと考えられます」

 くすくすと嘲笑うミズキと、そんな彼女の言葉を補うスズシロ。
 しかし、二人の言葉は、幹部たち――特に実働部隊の大隊長たちに強い衝撃をもたらした。

「逃げた? なんで?」
「そこまで弱兵っていう感じでもなかったと思うんだけどぉ」
「むしろ、戦場ではよく動いていたかと……。もちろん、我が方ほどではないにしても」

 その意味を全く理解できないというような顔付きのフウロはもちろん、寡兵で彼らに突撃したシランも、嵐の中でスオウを守りつつ戦ったユズリハも納得がいかないという顔をしていた。
 そんな部下たちを代表するように、軍の統括者であるハグマがスオウに語り掛けた。

「嵐の中の襲撃というのは、心理的にはなかなかの効果があると思われます。我々の真の姿と相まって、恐怖を与えたのは確実でしょう。しかしながら、勝った我々が言うのもなんですが、あの戦は、所詮局地戦の一つでした。損耗具合から言っても、次の戦に備えるのが常道で、見切りをつける場面とは思えませんな」
「これは俺もゲデック侯爵に聞いた話だが」

 ハグマに頷いて、スオウはそう前置きして話し始めた。

「どうも、戦王国群の者たちは兵も含めて、見切りが早いようだ。臆病だとか不誠実だとか言うのでは無く、そうすることで生きのびてきたんだな。それだけ、権力の在り処が簡単に動くということだろう。落ち目になった勢力はすぐに周囲から食い尽くされるそうだ」
「……そうやって、すぐに逃げるような奴らばっかりだから、そういう土地柄になっちまってるんじゃないんですか?」
「そういう傾向はあるだろうさ」

 赤髪の女が嫌悪の情を露わにしながら言うのに、スオウは苦笑する。フウロがそうした感想を抱くであろう事は、彼にはよくわかっていた。
 彼女にとっては、簡単に勢力を乗り換えるなどということは、想像するのもおぞましいことなのだ。

 自分がこうと決めたことには最善を尽くし、それで敗れるならそれはそれでしかない。そう言えるのがフウロであったし、その姿勢は学生の頃から変わっていない。
 彼女は、自分が所属する勢力が落ち目になったなら、それを挽回すべくどう動くか考えることはあっても、逃げ出すなど考えることもないだろう。
 シラン、ユズリハに関してもその傾向は共通している。

「まあ、今回の場合は、雷将とあだ名され、軍をまとめていた男が意識を失うほどの状態に陥っていたことが大きな要因となっていたようだ。死んではいなかったようだが……」
「うーん……」
「それでもねぇ」

 納得はできないまでも、ある程度状況は理解しつつあるというような顔で言葉を返すユズリハとシランを見やり、スオウは悪戯っぽい笑みをうかべた。

「たとえばいま俺が重篤になったとしたら、皆はどうする?」
「殿下を見捨てて逃げ出すような者がいるとでも?」

 ユズリハの返答は、問いかけというよりも挑戦のように聞こえた。
 スオウはそんな彼女を頼もしげに見ながら、頷く。

「いないだろうな」

 そう、いないだろう。
 そのことをスオウ自身も喜ばしく感じている。
 だが、そうした考え方は、戦王国群の常識や肌感覚とはかなり異なったものではないだろうか。
 そのことを含み笑いで指摘したのは、ミズキだった。

「だからこそ、問題なのですわよね? 我々では、彼らを理解することが難しいんですもの」

 スオウはその言葉に曖昧な笑みを返すだけだったが、そこまで言われれば、他の者たちにも理解することが出来た。
 ハグマは顎を撫でながら、困ったように言う。

「なるほど、考え方の違いというやつですか。根本的なところで異なるとなれば、これはなかなかに……」

 人界と魔界では、様々な事が異なっていることは、侵攻前からわかっていた。
 それを乗り越えるだけの覚悟も、そうするための準備もしてきた。
 だが、やはり想像の外にある行動規範を持つ人々というのも存在するのだ。

「彼らがどう動くのか、理解することが不可能とは申しませんけれど、それ相応の努力が必要とされそうですわね」
「しかし、統治には民の理解が必須です。混乱している地域であれば、それはより迅速に行われなければなりません」

 ユズリハとスズシロの言葉に、シランは自分の眼帯をこつこつと叩いて、ため息を吐いた。

「つまり……南に進むには準備不足ってことねぇ」
「そうかあ。……ま、そんな不安定なとこだと、切り取った後もなかなか保持しにくいかもしれないなあ。兵として使うのも面倒そうだ」
「傭兵ってくらいに考えれば……。ああ、でも、傭兵のほうがお金を払ってる間は裏切らないだけましかしらぁ」
「金を回収できる時点では逃げないからな、奴ら」

 シランとフウロのやりとりに、スズシロは面白がるような表情を浮かべたが、なにも言わなかった。
 実際、戦王国群を支配地域に組み込んだ場合、その地からも兵を徴集することになる。前線に送るにしろ、後背を守らせるにしろ、戦闘の恐怖や重圧とは別の部分で逃亡するような兵を用いるのが非常に難しいのは確かなことだろう。

 ただ、こうして話している間にも、おそらく二人とも――そして、その他の者たちも――そうした兵の利用方法について考えているに違いない。
 それが出来るからこそ、彼女たちは幹部としての任を与えられているのだから。

 とはいえ、それらの方策は、いずれ時が来た時に実らせればいいことだ。
 スズシロはそこでスオウに目をやった。それに応じてすっと立ち上がる彼の姿に、皆の注意が向く。

「俺の野望は、言うまでも無く三界の統一だ」

 そう言い切る彼に、ある者は熱烈な敬意を持って頷き、ある者は嬉しげに微笑み、ある者はまぶしそうに目を細めた。

「そうである以上、いずれは戦王国群も我が領土とし、彼らも我が民とする。これは規定事項だ。だが、現状で不安定な地域を手にすることは、かえってその後の俺たちの道を閉ざすことに……あるいは、狭めることになるのではないかという危惧がある」

 当たり前のことではあるが、支配には人手もいれば時間もかかる。
 まだまだ小さな勢力であるカラク=イオにとって、自分たちには不向きな地域を手に入れるのは、過度な負担となるかもしれないというスオウの予想は、皆が頷けるものだった。

「故に、いまは南方を睨んでは、ゲデック侯爵を支援することを第一としよう。彼がヴェスブールを再建すれば、南方からの敵性勢力の侵入を阻む盾としても、いずれこちらが攻め寄せるための集結地としても利用できるようになるだろう」

 そこまで言って腰を下ろすスオウ。
 そこで生じた沈黙の温度からすると、彼が示した方針に異論がある者はないようだった。
 その中で、スズシロが静かに口を開く。

「付け加えますと、交易の回復のためにも、焦って動かぬほうがよろしいかと思われます」
「きちんと道を整備すりゃあ人も戻ってくるだろうしな。そうなれば、うちらが儲かるわけだ」
「それもありますが、無闇と騒がしくしないというのを示すことも重要でしょうね」
「んぅ?」

 奇妙な声を出すフウロにほほえみかけて、スズシロは続ける。

「戦王国群は、基本的にはソウライ地域からの食糧供給によって支えられています。実際には、それ以外の物品も多くがソウライを経由します。これは何故かといえば、ひとえにソウライにおける危険性が低かったためです。常に戦乱が起きているような戦王国群と比べれば、という話ですが」
「商人だって、好き好んで危険なところに荷を運ぶものではありませんものね。儲かるならばするのでしょうけれど、それにしても……」

 ユズリハがひらひらと手をうごめかし、奇妙な仕草をする。

「ところが、ソウライもまた危険となれば、なにもソウライを経由する必要は無くなります。ソウライで売るものはソウライに、戦王国群のものは直に戦王国群に持って行けば済むことです」
「ここのところのソウライ地域はちょっと危険だったものねぇ」
「特に、ヴェスブールと繋がってた連中にはな」

 他人事のように言ってはいるが、もちろん、戦を起こしていたのはカラク=イオそのものだ。
 そのことを忘れてなどいないことは、冗談めかして言う彼女たちの表情を見ればわかる。

「ですが、ソウライの再統一は我らの手によって果たされ、今後は無駄に騒乱を起こす必要はありません。ただでさえ魔族の支配地であるというだけで避ける者たちも出てくるはずですから、いまは治安維持に努め、安全であることを示すべきしょう」
「そうなると、現時点では戦王国群には混乱の中にあってくれたほうが好都合というわけですわね? 引き立て役として」
「そこまでは言いませんが」

 自分の言葉に苦笑するスズシロに、しかし、ミズキはにぃと意地の悪い表情で応じた。

「情報を仕入れるほうとしては、混乱は歓迎でしてよ。いっそ南方から逃げ出してくる者がいるくらいであってくれればはかどりますわね」
「過度に混乱が広がるのは俺の本意では無いな。いずれは我らが同胞となる者たちだからな」

 ミズキはスオウの言葉に笑みを深くする。

「もちろん、ヴェスブールに人の往来が戻れば、それで事足りましてよ」
「そこは侯爵の手腕に期待するとしよう」

 小さく肩をすくめ、スオウは再び全員の顔を見回した。

「ともかく、方針として伝えるべきことは伝えた。そろそろ動くとしよう。……スズシロ」
「はい」

 主に指名され、スズシロが各々の今後の役割を告げていく。それは各人にはすでに伝えられていたものであったが、これが正式な命となる。
 その中で、ハグマ及びミズキはゲデックに留まり、侯爵の支援及び情報収集の任を与えられ、ユズリハは旧王都ハイネマンに移動してソウライの西側の治安維持を任された。

 そして、残る者たちは……。

「他の者は殿下と共に、明朝ショーンベルガーへ出発します。各々準備を怠らぬように」
「了解!」

 幹部たちはそれぞれに答礼し、部屋を出て行く。

「急ぐとしよう」

 そうして、最後に残ったスズシロに、スオウはそう声をかけた。

「そろそろメギも重い腰を上げていることだろうからな」

 張り詰めた、しかし、どこか挑みかかるような獰猛な声に、彼の参謀たる女性は、重々しく頷き、こう言うのだった。

「歓迎の準備を整えるとしましょう」

 と。
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