挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち― 作者:安里優

第一部:人界侵攻・開戦編

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

10/125

第9回:闇月

「それで、その商人さんが言うんですよ。こんなことなら、魔界と前から交易してればよかったのにな、なんて。あ、もちろんわかってますよ? こっちの気をよくして、あっちの都合のいいように持って行こうとしているのは。でも、それでも嬉しいじゃないですか。最初の内なんて、魔族ってだけで怖がられてたわけで、それに比べれば……」

 先ほどから途切れなく続く副官カリンのおしゃべりを、フウロは聞くとはなしに聞いていた。
 彼女たちは、いま、偵察という名目で遠乗りに出ている。ショーンベルガーはもちろん、陣からもだいぶ離れ、風以外には語る者のない場所故に、カリンの声はよく響いた。
 このおしゃべりはいつものことで、フウロにしても、同行する直属の部下たちにしてもカリンはそういうものだと思っている。

 果たして部下たちが内心どう思っているかどうかまではフウロはわからなかったが、彼女自身は、この副官のひたすら喋る癖も特に不愉快ではなかった。
 なにしろ、相づちをうたなくても勝手に話し続けるのだ。たまには有意義なことも言うし、文句を言うほどでもないだろう。
 さらに言うと、口を開くべきではない場はしっかりわきまえている。
 さすがに太子や旅団長の前でこの長広舌を披露されたらフウロも冷や汗ものだろうが、幸いこれまでそんなことはなかった。

 ただ、たまに――ごくごくたまに――スズシロの副官であるヌレサギと足して二で割るくらいでちょうどいいのではないかと思うこともある。
 ヌレサギのほうは、本当にいつ口を開くのかよくわからないというくらいに無口なのだ。

「でも、やっぱり物々交換には限界がありますよねー。といって、こっちの通貨を手に入れるところまで首を突っ込んでいいのかっていうと疑問でもあるわけですよ。それなら、まずショーンベルガーを支配しちゃったりとかしてですね」
「……そんなことしたら、抵抗がすげーだろ」
「いやいや、そうでもないらしいんですよ!」

 唐突に口を挟んだフウロに、実に嬉しそうに応じるカリン。鞍の上で身じろぎしたせいか、彼女を乗せている四脚竜が不機嫌そうに喉を鳴らした。
 だが、カリンはそんなことには構わず勢い込んで話し続ける。

「基本的に、ショーンベルガーとかの大きな都市はですね。昔から自治を続けていたらしいんですよ。あ、昔ってのはソウライ国があった頃ですよ? それで、ショーンベルガー公爵っていうのも、名目上はソウライ王家からこの都市の領主を任じられる者に与えられる爵位らしいんですけど、実際にはエリさんの家系がずっと独占していたらしくって。あ、つまり、土着の人々の代表者って意味ですよ?」
「あー……。なんだ。余計な手を出さなきゃ、支配者が誰でもいいってか?」
「そうです、そうです。税は払うから、他は放っておけってことですね! それにですね、ソウライの人たちは、元々、魔族の強さとか、魔族とやりあうことがどれだけのことかっていうのをよくわかってるんですよ。だから、その裏返しで、信頼しているっていうか……。ええ、私たちの強さと、あとは、潔さとかですね。そういうのを、わかってるみたいなんですよね。もちろん、根底には恐怖もありますから、包囲しただけで、早々と根負けしたようなんですが」
「ふうん……」

 フウロは考える。
 カリンの聞いてきたことが、全てそのまま受け取っていいものであるとは考えづらい。おべっかも含まれているだろうし、誇張もあるはずだ。
 ただし、魔界と接する地域に住む人々が、人界の他の地域に比べて魔族の強さを知っているというのはうなずける。
 むしろ、この地の人々が知らぬなら、他の地域の人間が知っているはずはない。
 ただ、実際に支配下におくとなれば、問題も出てくるに違いない。

「ま、難しいことは殿下たちに任せるか……」

 結局思考を打ち切って、フウロは呟く。基本的に、彼女は軍務以外について考えるのはおっくうなのだ。

「あ、そうそう、殿下と言えばですね。今日は……」
「おっと、それはなしだ」

 さすがにサラ皇女の命日くらいはフウロも知っている。面倒くさい話題になるのは勘弁して欲しかった。

「それより、珍しいな。人がいる」

 カリンのおしゃべりを遮った彼女が示す方、彼女たちの左手――つまりは南方――に、獣の一団とそれを見張っているらしき馬上の人影があった。
 獣たちと馬のいずれもが、ぴかぴかと陽光を反射している。
 まるで甲冑を着込んだかのような金属質の体表――魔界にもわずかにいるヨロイ種の獣たちだ。

「ああ、餌の時間ですか」

 カリンではない部下の一人がそちらを眺めて言う。
 たしかに餌をやっているのだろう。獣たちはそろって草を食んでいるように見える。
 だが、フウロは竜の上で小首を傾げる。

「こっちの草喰わせても大丈夫なのか?」
「あ、それはですね。あれは、ヨロイヤギですけど、ヨロイ種の中でもヨロイヤギは特に強い種らしくて。人間の害になるものを排出する働きが、他のヨロイ種より効率がいいんですって。だから、このあたりの草でも育てられるらしいですよ」
「ふうん」

 フウロはなんとなく騎竜の方向を変え、獣たちの一群に近づいてくことにした。もちろん、見張っている牧人やヤギたちを驚かさない程度の距離は取って。
 めぇめぇ啼きながら草を食むヤギたちは、体中を覆う金属質のヨロイと頭に生えている角からして、一見恐ろしげにも見える。
 しかし、実際にはそれらは気の弱い草食獣なのだ。
 体を覆うヨロイは、身を守るためでもあるが、なによりも自分の体に合わないものを排出した結果でしかない。

「お、子供もいるじゃん。かわいらしいな」
「あんな色なんですね。私、ヨロイ種の獣を初めて見た時、お母さんは産むのが大変だろうなって思ったんですよ。だって、竜と違って卵で生むんじゃないんですもの。硬そうですからね。まあ、実際には重いだけで柔らかい場合もあるみたいですけど、基本硬そうですよね。うん、硬そう。だから、どうやって生まれるんだろうって思ってたんです。まさか後からヨロイが出来るなんて思ってもみなくてびっくりだったんですよ」

 フウロの言葉通り、ヤギの一群の中には、子供らしき個体もいて、その体表は白い体毛と金属のにび色でまだらになっていた。
 ヨロイ種のヨロイは、汗に含まれる金属成分が体毛を芯として固着し、それが癒着し合って作られる。子ヤギたちはまだそれが十分にできあがっていないため、本来の体毛の色が見えているのだろう。

「しっかし、四つ足は大変だよなあ……。あ、お前のことじゃないぞ」

 フウロは言いながら、自分の騎竜の背を撫でる。
 彼女の騎竜も、たしかに四脚竜ではある。だが、竜の場合は六肢を備えるのが普通だ。
 前肢が腕になっていたり、あるいは翼になっていたり、さらには退化して消えてしまっている場合もあるが、元々は六肢だったものが変化していることに変わりはない。
 フウロたちがまたがっている陣風じんぷう種の四脚竜も、その前肢は小形の翼となっていて、走行時の平衡を保つために利用されるのだ。

 しかし、ヨロイ種をはじめとする四脚の獣たちはそうではない。
 ヨロイウシ、ヨロイウマ、ヨロイヒツジを代表とするヨロイ種をはじめ、森に潜むイッカクジカやフクロオオカミ、寒冷地に住むコオリネズミや、空を飛ぶ鳥たちなど、四脚類と言われる獣たちは、人界を中心に広く分布している。変わり種としては、海と空で生きる鯨などもいたりする。

 だが、その種類も総数も、竜たちに比べれば遥かに少ない。
 空は飛竜のものだし、海は水竜たちの天下だし、大地には数え切れないほどの竜が棲息している。
 竜がこの大地に実る食物を食べても特になんの害もないのに対し、四脚類は様々な形で自分の体に合わないものを排出することで生き延びている。

 ヨロイ種がいい例だが、彼らは、この地上に豊富に産出する金属類に耐性が無かったものが、ヨロイを作ったり他の手段で処理したりして、無理矢理に適応している感がある。
 これら四脚類は『先史時代』――神族や魔族がこの星にたどり着く以前――に、人類の祖が星の外から連れてきたものだと言い伝えられる。

 つまり、この大地は、本来全て竜のものだったのだ。

 そこに人類が現れて、食料となる四脚類を持ち込み、さらには神族と魔族がやってきて、魔族は土着の竜の一部を家畜とした。
 いまでは、ヨロイ種が人類に欠かせない家畜となっているのと同様、竜は魔族の生活には無くてはならないものとなっている。
 人類はかれらにとっての『毒』をヨロイという形で体外に排出する動物の肉を食べ、同時に労働力の補完に用いる。

 魔族は食肉用にはもちろん、移動にも労働にも、そして、いまフウロたちがしているように、軍事にも竜を活用するようになった。
 いまでは、様々な品種が改良され、軍専用の品種も増えている。
 そして、その出自からして扱いが難しくなりがちな四脚類より、竜たちのほうが便利なのは比べるべくもない。

 先ほどフウロが疑問に思ったように、食肉や乳を飲むためにはなるべくなら『毒』が混じらない土地の草を食べさせた方がいい。
 そうやって気を遣わなければならないヨロイ種に頼る人間たちより、どんなものでも食べる雑食の竜の肉や卵を食べて平気な魔族たちのほうが有利なのは明らかであろう。
 ヨロイヤギを見守る牧人たちが自分たちに気づいて手を振ってくるのに、同じように手を振って返しながら、フウロはふとスオウの言葉を思い出した。

『彼らこそが永遠の闘争者』

 たしかにそうなのかもしれない。自らの肉体を保つため、獣たちまで変化させて持ち込む活力は大したものだ。
 一歩間違えば、図々しいことこの上ない、ということになるが。

「まあ、それはともかく……」

 言いながら、彼女は手綱を引いて、竜に進む方向を変えるよう指示する。その動きに従って、部下たちも緩やかにその向きを変えた。

「今日もユズリハたちの姿は無し、か」
「そうですね。やはり本国のほうで方針が定まっていないのでしょうか。それとも、黒銅宮の姫様ですから、そのせいで足止めされているのでしょうか。そういうことも考えられますよね。あ、でもでも、やっぱり……」

 カリンの言葉を聞き流しながら、もし黒銅宮のやつらが引き留めているなら面倒だな、と考えるフウロ。
 現在、ユズリハは鳳落関に派遣されている。
 正確に言えば、本国をせっつきに行っているのだ。
 エリから真龍が人界を見捨てたという情報を手に入れたスオウは、その事実を含んだ人界の情勢を本国に連絡し、目的を失ったこの襲撃行にどのように決着をつけるかについて、中央の指示を仰ぐこととした。

 スオウの側からも代替案は提示しているはずだが、少なくとも事前の取り決めでは領土を奪うことまでは許されていなかったので、独断専行と言われないためにもすりあわせが必要でった。
 たまたま、カノコとその部下が鳳落関に足止めされていたこともあり、細かい交渉は彼女に任されることとなる。

 しかし、親書を携えた使者が向かってから一旬――すなわち十日――経ってもなんの返答もなかった。
 陣から鳳落関までは竜を飛ばせば三日の距離であり、鳳落関から帝都までは、雷樹らいじゅによる伝達網で遅延無く連絡が取れるはずなのに、である。

 しかたなく第二の使者を出そうとしたところで、カノコから連絡が届いた。カノコより高位の人間――出来ればユズリハ――を関に送って欲しいという報せであった。
 これは交渉がうまくいっていないということだろうと判断して、スオウはユズリハを派遣した。

 カノコがユズリハをと望んだ理由は二つ推測できる。
 ユズリハが氏族政治の中でも重要な地位にあることと、鳳落関が黒銅宮の支配地域であるためだ。
 魔界と人界を隔てる三つの関とその周辺地域は、古くから黒銅宮がその守備を任されている。その土地で円滑に物事を動かそうとするのにユズリハほど頼りになる者はいまい。
 カノコに求められ、スオウに任ぜられたユズリハは、いつも通り世界の栄光の全てを背負うかのような意気込みで鳳落関に向かった。

 だが、そのユズリハもそれきり報せをよこさない。
 ユズリハたちの乗っていった騎竜は最初の使者のものよりも足の速い暁雲ぎょううん種の上等なものであったというのに。
 スオウ自身もじれ始めている。

 もちろんこうして偵察と言いつつ、北西――鳳落関方面に遠乗りに出ているフウロもだ。
 彼女は揺れる竜の上で、じっと北方の山脈を見上げる。まるで空を支えているかのような山々の上に、朧に揺れる月の姿があった。

「ちっ、闇月あんげつか」

 闇月は、三つある月の中でも最大のものだが、最も暗い月でもある。
 自分の氏族の名ともなっているこの月のことが、フウロはどうしても好きになれなかった。
 いつでももやがかかっているようでその姿をはっきりと見せない闇月は、明示されない未来の象徴であり、有り体に言えば不吉とされているからだ。
 だが、それを口にすればよけいに不吉を招き入れる。
 彼女は慌てて部下たちのほうをのぞき見るようにしたが、呟きはカリンのおしゃべりにかき消され、皆が気づいた様子はない。
 ほっとした彼女はなにかを振り払うように大きく言った。

「まあ、もう少し走ろう」

 はっ。
 一声かけ、手綱をうつと、フウロの乗騎が速度を上げていく。部下たちも揃ってそれについて行き、彼らはひたすらに続く草原を駆け始めた。
 そして、西に向かっていた彼女たちは、そこでとあるものを拾うこととなるのであった。


                    †


「フウロ、なにを担いでいるのかしら……?」

 シランが漏らした言葉で、エリにもそれが見えてきた。
 最初は外套がはためいているのかと思ったが、実際には四脚竜に乗るフウロは、肩になにか袋のようなものを担いでいるのだ。

「そ、それにしても、とっても急いでるみたいですね」

 四脚竜六騎は、すさまじい速度で駆けていて、ぐんぐんと近づいてくるのがわかる。
 ことに先頭に立つフウロの四脚竜はとてつもない。陣に近づくにつれ、さらにその速度が上がっているように見えた。

「そうねぇ……」

 あちらも二人を見つけたのか、フウロの顔が上がる。フウロの斜め後ろを走っていたカリンの腕が突き上げられ、その途端、シランが駆けだした。

「緊急事態みたい。すまないけどついてきて」
「は、はいっ」

 エリは言われるままにシランの後を追う。彼女たちは堀に架けられている木橋を通り、速度を緩めたフウロたちが止まれるであろう場所まで駆けて合流した。
 フウロが竜から降りて、シランに鋭く耳打ちする。

「医者が必要だ」
「誰が怪我したの?」

 ざっと見回した限り、ぶふう、ぶふうと荒い息を上げている竜たちに乗った面々が怪我を負っている様子はない。肩で息をしている者はいるが、これは急いで駆けてきたからだろう。
 不思議そうにしているシランに、肩に担いでいた袋を下ろし、開いて見せるフウロ。
 それをのぞき込むシランの顔が、一瞬にして厳しくなった。

「ミミナじゃないの」

 大きな袋に包まれていたのは、血まみれの女性――ユズリハの副官、ミミナである。

「ああ。おそらく……鳳落関が裏切った」

 フウロが渋い顔でそう言うのを、エリもシランもあっけにとられたような表情で見つめるしかなかった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ