駐輪所は駅から歩いて5分。
遠すぎる。自転車に乗って来る意味がない。そんな訳で、僕はいつも駅のすぐ前の郵便局の駐輪所に、自転車を置いている。
僕だけじゃない。
郵便局は沢山の自転車で溢れ返っている。本局という事もあって、夜も遅くまでやってるし、鍵を掛けられて取り出せなくなることもない。
たまに、本当に用事があって郵便局の中に入るが、自転車の数と局内の利用者の人数をざっと比べたって、自転車の数の方が圧倒的に多い。
僕だけじゃないんだ。
その日も、郵便局の駐輪所に自転車を停めて、駅へ向かおうとした時
♪ピピピピピピ・・・
けたたましく笛がなった。
振り返ると、警備員がいた。
「お客さ〜ん、困りますよ。ここは郵便局の駐輪所ですから」
「知ってますよ、そんなこと」
「今、自転車停めて駅の方に向かおうとしたでしょ。だめだよお」
「いや、ちょっと、そこの銀行でお金おろしてから、切手買おうと思って・・・」
でまかせを言った。
「ほんとかい?」
「本当だよ!疑うなら付いて来ればいいだろ」
僕はそういい残して、郵便局の斜向かいにあるUFO銀行のATMコーナーへ立ち寄った。
どうせ今日は、お金をおろさなければならなかったのだ。丁度いい。1万おろした。外に出ると、先ほどの警備員が待っていた。
仕方なくまた郵便局へ戻り、用もないのに80円切手を一枚買った。
それからまた外に出ると、警備員がまた立っていた。
しつこい・・・。
僕は無視して駅へ向かった。
♪ピピピピピピ・・・
けたたましく笛がなった。
「なんだよ!うっせーな」
「お前、あの自転車はどうするんだ。あそこは駐輪所じゃねえんだぞ!まさかそのままとんずらこいて電車に乗る気じゃねーんだろうな」
警備員は凄みを利かせて言った。
やっかいだ・・・。
「ああ、違うよ!南口のサンクスにちょっと用事があって・・・」
「サンクス?コンビニなら北口にだって沢山あるだろ?」
「サンクスじゃないと売ってないんだよ」
「なんだよ?」
「うまか棒だよ!うっせーな」
「好きなのか?」
「ああ、わりいか?」
「俺も好きだ」
「そうなんだ」
「そんなの、そこのセブンでも売ってるぞ」
「わかってないなあ・・・。納豆味だよ。30本入り、300円のやつさ」
「納豆味?食べた事ないなあ」
「ヤミツキになるよ」
「そんなにうまいのかい?」
「ああ、だから、今から買ってくるんだよ。買って来たら一本やるから、おっさんここで待ってな」
「ほんとだな?」
「ああ、ゆーびきりげんまんうーそついたらはりせんぼんのーます!」
僕は警備員の小指を握って指きりをした。
「よし!わかった」
警備員は言った。
しめしめ・・・しかし、無駄な時間を費やしてしまった。やばい、遅刻だ。僕は急いで駅に向かい改札を通り抜けた。
と思ったら
ピピピピピ・・・今度は改札機が鳴り出した。定期を見ると昨日で期限切れだった。まったく今日はなんて日なんだ。僕は仕方なく切符売り場へ戻った。
FUCK!!さっきの警備員だ。
僕は無視して切符を買った。
「あれ?何してんの」
「見ればわかるだろ?切符買ってんだよ」
「南口のサンクスでうまか棒納豆味買うんじゃなかったのけ?」
「ちょっと、会社から緊急連絡入って、客先でトラブル発生したんで、急きょ予定変更。なので只今から出社しまっす」
「じ、自転車はどうするんだ?」
「すぐに、戻るよ。約束する」
「すぐったって、自転車置きっぱなしじゃ困るだろ?」
「自転車と人の命とどっちが大切なんだ?」
「えっ?」
警備員が一瞬たじろいだ隙に、僕は急いで改札をくぐった。
出発間際の電車に飛び乗った。
ふーっ!なんてこった。朝から余計なエネルギーを使ってしまった。しかも今日は月曜日。定例の会議に間に合わない。営業成績も悪いのにまたまた部長から説教だ。はぁ、ついてない。
満員ラッシュの電車で40分。この通勤事情もなんとかならないものか・・・。
背後にいやな視線を感じて振り向くと、詰め合わせた乗客の背中と背中の隙間から、帽子を被った何者かがこっちを見ていた。
帽子の前面には、大日本帝國警備保障と書かれた小さなワッペンが貼ってある。
目が合うと、奴はニヤッと笑って敬礼をした。前歯が無かった。
僕はすぐに後ろを向いてシカトした。
車内アナウンスが流れた。
えー浜松町・・・次は浜松町、東京モノレール羽田線にお乗換えの方は次の浜松町でお降りください。
下車駅だ。
アイツはしつこく追いかけてくるだろう。よし、中央改札から出よう。
本当は会社は北口大門方面なのだが、予想外にヤツは足が速いようだ。油断はできない。
中央改札から一旦抜け出して、モノレールに乗り換える振りをして、貿易センタービルの中に入り込み、そのまま裏階段を下り、大門方向に駆け抜けよう。その、ルートなら複雑だからヤツを巻く事ができるだろう。
遠回りになるが仕方が無い。
電車が浜松町に到着するやいなや、僕は降りる乗客を押しのけて、中央階段を一段飛ばしで駆け登った。
そこから一気に中央口を抜け、弁当屋の前を通り抜け、貿易センタービルへ入った。後ろを振り向けばその分速度が落ちる。まっすぐ前を見て全速力で走った。
貿易センタービルを出た所で、ホッと一息つき後ろを振り返った。ヤツはいなかった。
よっしゃ!僕はホッと一息ついてタバコに火を点けた。
「どこ寄ってきたの。ずいぶん時間かかったんじゃない?」
ヤツだった。
「うわぁーーーーっ!!」
僕はタバコを投げ捨て、大門の信号を赤信号で駆け抜けた。もう少しでクロネコヤマトの宅急便のトラックに轢かれそうだった。命がけだった。
会社まで超高速で走り抜けた。駆け足には自信がある。もう、後ろも振り返らず、会社まで一気に走った。
そのまま、エレベータに乗り込み、11階のボタンを押し、ドアが開くと、そのまま会議室に直行した。
会議室のドアを開けた途端
「バッカヤロウ!!ノックくらいしろうっ!!」
部長の怒鳴り声の顔面パンチを喰らった。
僕はへなへなとその場にしゃがみ込んだ。
2006年度下半期、営業成績の発表の真っ最中だった。いつも通り当然僕の名前は最下位だ。
席は管理職側に近い、真ん前の席しか空いていなかった。僕は腰を折り曲げ、卑屈な体勢で一番前の席に着いた。
生きた心地がしなかった。できることなら、そのまま溶けてなくなってしまいたい心境だった。
決算期月初めの営業会議とあって、本社から営業本部長等もやってきて、来年度へ向けての営業指針、コンプラの構築、組織の中の自己の役割など長々と演説しまくった。
睡魔に襲われた。昨晩アダルトサイトを見過ぎた。気がつくと、頭がガクンと落ちていた。やばい!真ん前の席で・・・。しかし、そんな睡魔を打ち破るもっと恐ろしい出来事がすぐ後に起こった。
携帯がなったのだ。
急いできたので、マナーにするのをすっかり忘れていた。ポケットから取り出し、慌てて電源を切ろうとしたが、手ががくがく振るえ、電源の場所もわからなくなった。頭が真っ白になった。こないだ行ったキャバクラの女からだった。
会議が終わった後、部長に呼ばれた。
成績が振るわないのと、日常の自己管理ができていないという事で、長々と説教をされ、反省文を書かされた。
「今日はもう外回りしなくていいから。レポート5枚。ゆっくり今日中に仕上げたまえ。それによって今後の進退も決まってくるから。会社も無用な存在雇う余裕無いんだよ」
ハァ・・・・。ため息がでた。
文才ないんだ。いきなりレポート5枚なんて、いったい何を書けばよいのか検討がつかなかった。
しかし、僕は書きました。昼食抜きで書きました。今、職を追われたら行く所はない。認知症の父親だって抱えてる。必死の思いだった。
結局、書き終えたのは夜の9時を回っていた。書き終えたレポートを部長の所に持ってった時は、部長はすでに帰宅した後だった。
一生懸命書いたんだ。努力は認めてくれるだろう。明日渡そう。
疲れ果てていた。
9時半に会社を出た。
エレベーターを降りると、ロビーに警備員がいた。いつもと同じ光景。警備員はこっちを見て敬礼していた。いつもと違った。敬礼はしない。
近づいてみると帽子には、大日本帝国警備保障の記章が張り付いていた。
ハァ・・・・。ため息がでた。
僕は言った。
「もう、いいよ。父さん、帰ろう・・・」
「自転車は乗って帰るんだろう?」
父さんが言った。
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