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ハンバーグを初めて作ってみた

作者:菜宮 雪
 フライパンの中の油がはねるので、フタをしておいたが、そろそろ焼けただろうと、フタをとって見た。
「うわっ!」
 中からブワッと、白い油煙があがり、フタの中で閉じ込められていた音は、一気に自己主張する。コショウのかかった肉の、焼けるジューシーな匂いは、フライパンの中から解き放たれ、僕の脳細胞をくすぐり、幸せを連れて来てくれた。肉の周りには、小さい泡が生まれてはすぐに消え、熱い、熱い、とわめいている。しかし、肉そのものの姿は、焼き始めとは大きく違っていた。
 僕が、初めて肉から手でこねて作ったハンバーグ。フライパンの中に座って加熱されている四つは、どれも、少々つぶれ気味の肉団子みたいだった。フライパンに乗せる時は、薄い小判型にしたはずなのに、丸まるとして、特に真ん中が分厚く、どう見てもメタボ。しかも、粒も荒い。市販のハンバーグのイメージとは全然違った。おふくろが作っていたような自家製のものとも違う。
 まあ、いいか……ハンバーグたちがデブでも気にせず、フライ返しでなんとか、裏返しに成功。ちょっとこげて表面がカピカピになったか。それでも、これぐらいなら、コゲをこそげ落とさなくても食べることはできる。
 再びフタをする。少々火力が強すぎたかと弱火にして、手の空いた隙に、たれを用意。スプーンを使って、ソースとケチャップを小皿の上でぐるぐるまぜる。はい、たれのできあがり。このたれは、かけるのではなく、つけだれとして使うのが僕の家のやり方。ソースとケチャップの配分次第で、その日の味が決まる。
 ああ、早く焼けないかな……待ちきれず、フタを開けること数回。やさしくほのぼのとした丸い姿は、そう変化していない。コゲを恐れ、弱火にしてしまったので、大切な肉汁が水のように出て来ていた。それが油とけんかして、フライパンの上ではメタボハンバーグを囲むように、ヘドロ状になった白い肉汁がうにょうにょ動いている。うまみが逃げてしまったかもしれない。それでもいいんだ。食べることは可能だから。
 何度もフタを開け閉めして、様子を確かめることを繰り返したが、中まで火が通ったかどうか確認できず、ハンバーグの一つに箸を突き刺してみた。ポツリと開いた穴から、薄く赤い液体がじんわりとにじみ出てくる。なんだ、まだ焼けてないのか。ちょっと分厚すぎたのかもしれない。たぶん中の空気が膨張しているんだ。こんなデブ、つぶしてやろう。少しでも早く僕の口に入るようにな。
 グググッ、とフライ返しを押し付けてみた。哀れな肉団子たちは、ジュッ、ジュウ、と断末魔の悲鳴をあげてつぶされていく。ひびの入る、こげた表面。はみ出る肉片から、新たな肉汁が流れとなって出て行く。押しつぶされた衝撃で、端っこの細かい肉のいくつかが、本体から離れて、バラバラになってしまった。
「アハハハハ……こんなハンバーグあるかよっ」
 自然に唇がゆるんで、笑い声が出る。ここは壁の薄い安アパートだから、隣の部屋に住むやつに聞こえたかもしれないが、どうということもない。隣に住むやもめの老人は、神経質なやつで、僕の部屋に友達が来てうるさくしていたりすると、イヤミったらしく壁をたたいて来る。あいさつぐらいは交わすが、二十代の男ひとり暮らしの僕は、どうせ変なやつだと思われている。そんなことより、早く食べたいんだ。フタをするのはやめて、焼けゆく姿を眺めて、ひたすら待つ。
 うん、そろそろいいだろう。つぶれ肉団子たちを平らな長皿に救いだした。おお、いとしいおまえたち、さぞかし熱かっただろう? それに無理やり痩せさせられて、こんな姿になって。僕が大切に食べてやるからな。おまえたちの苦しみを無駄にはしない。
「よっしゃー、できた! いただきますっ!」
 早速、一個目を箸で割る。レストランじゃないから、ナイフもフォークもいらない。さっき作っておいた特製ソースの海の中で泳がせる。古くて弱い、換気扇のおかげで、狭い食堂兼台所内には、肉を焼きました、という薄い煙が空気を汚している。これは油と肉が出したものだけど、嫌な『臭い』じゃないんだ。レストランで注文した肉料理が運ばれてくる瞬間と同じ『匂い』。鼻から脳へ伝わり、甘く僕を狂わせる。ああ、もうたまらないぜ。ガブリ!
「……っ!」
 ガリッ、と歯に何かが引っ掛かった。思わず顔がゆがんだのが自分でもわかった。これは、あれだな。ごはんかおかずの中に、小さな石がまぎれこんでいて、それを思いきりかみしめた時のあの音だ。今、口の中にいるのは、ハンバーグだが……口いっぱいの肉たちの中に舌を回して、口に入ったすべてを、ティッシュの上に吐きだした。
 卵の殻か……初めての作品の一口目がこれとは、ついてない。気を取り直し、よし、今度こそ。パクリ。
 待ち構えていたよだれたちと、肉が混じり合う。ソーダ水を飲んだような時のように、舌にピリリと刺激。喉までそれが広がり、少しむせそうになった。額に汗がふき出す。熱いからな。落ち着け! 慌てて食べることでもない。そうさ、僕は、そんなに敏感に感じるほど、ハンバーグをほおばる瞬間を待ち望んでいたんだ。
「……お……おいしい? かも……ちょっと……う〜ん。これはおいしいんだ。カスカスだって、やわらかくなくたって、おいしいに決まっている。こういうのをおいしいとか、うまいって表現するんだ」
 ハンバーグのあぶらっ気はすっかり抜けて、僕の作った特製たれに、乾燥した肉団子をつけているような気分になってきた。いや、それでもこれはおいしいんだ。舌の上ではじけているじゃないか。
 僕は、口に入るまでの道のりを思い浮かべて、自家製ハンバーグをかみしめた。テレビの食べ歩き番組を見ていたら、今すぐ手作りハンバーグを食べたいという思いを抑えられなくなり、必死で作った。これは、自分で作った記念すべき作品だから、精一杯味わうぞ。

 冷蔵庫の中には、安物のこま切れ肉しかなかったから、それを無理やりまな板の上でミンチにした。手入れしていない包丁は、刃こぼれしていてうまく切れなかったので、力に任せて、がむしゃらに包丁をたたきつけるように動かしたら、その辺は汚れまくり。もちろん、エプロンなどしていなかった僕の、着ている白のトレーナーは無残だ。血のついた小さな肉片があちこちにくっつき、まるで殺人犯。袖口や腹の部分が特に酷い。

 さっきまでのことを思い出しながら、ハンバーグを口へ運ぶ。

 こねる時が一番楽しかった。細かく刻まれた肉片たちを、ボール代わりの鍋に突っ込み、卵を割り入れる。小麦粉をぶっかけて、素手でつかんだ。材料の分量とか硬さとか、よくわからないから適当。小麦粉ではなく、パン粉を使うべきかもしれないが、普段使わないものが調子よくあるはずもない。確か、おふくろはそういうふうに作っていただろうと思い、まねてみただけだ。それでも、必死で細かくしたつもりの、粒の大きいミンチをこねくり回して、握りしめ、指の間から、むにゅっと肉が出てくると、その冷たいぬめり感がたまらず、何度もそれを繰り返した。
 ギュッ、ニュニュニュ……ああ、この指の間からあふれた肉のかけらたち。元々一つだったものが、無残にもバラバラに砕かれ、それでも求め合って互いをひきよせ、僕の手のひらにしがみついては小さな抵抗を示す。かわいいやつらめ。そして、手を取り合い塊となり、最期はフライパンの上へ。これも一つの愛の形。ハンバーグを作ることって、結構楽しかったんだなあ。味がどうでも、この過程を楽しむために存在するのかもしれない。そうさ、味なんてどうでもいいんだ。作るという気持ちが大事。

 愛情をこめて、一個目をゆっくりと食べ続ける。肉のピリッとした刺激が口の中全体をしびれさせる。ちょっとばかり、コショウを入れすぎたかもしれない。全部で四個あるから、まだ先は長い。それだけ楽しみは続くってわけさ。結構腹が膨れるから、今日の夕食だけでは食べきれないかもしれない。残ったら、明日の朝食にでもするか。
「作りたてのほかほか家庭料理。これ、最高!」
 固い肉に、コリコリと音を鳴らす顎の骨。ハンバーグが自分で作れてうれしいって、骨まで喜んでいる。僕は幸せさ。幸せなんだぜ。グッ……ちょっと詰まった。喉ごしが悪いって、こういう物のことを言うのかもしれない。ワインでもあれば高級レストランに入ったつもりにでもなれるのに。とりあえず、水で流しこもう。
 僕は、そこで席を立ち、コップに水を汲んだ。それを手にしたまま、食卓へ再び着こうとしたが、足は別方向へ向かっていた。

「ゲェェェェ! マズッ! もうだめだぁ……食えねえ……なんだこりゃ」
 僕は、コップを片手に、腹の中に入ったハンバーグの全てを、便器の中に吐き戻していた。ああ、僕はなんてことをしているのだろう。世の中には、飢えて、明日まで命があるかどうかわからない人もたくさんいるのに。食糧を無駄に捨てているじゃないか。だけど――ううう……
 見た目がどうであっても、味が変でも、これは僕の分身みたいなものだ。このままごみ箱行きなんてあんまりだ。だけど、もう――喉を通りそうにない。

 トイレから戻った僕は、食べかけになっているハンバーグたちを上から眺めた。
「ごめんよ……」
 手つかずの三個を紙皿に移し替え、ラップをかけた。まだ温かいから、ラップの中はたちまち、蒸気で水滴がついた。僕はそれを持って部屋を出た。

「すみません、隣の部屋の青木ですが、よければこれ……僕の故郷に伝わる肉だんご料理です」
 僕は、唇の角を少し上ぎみにして、精一杯の明るい笑顔で、自家製ハンバーグ三個が乗った皿を、隣人の、やもめの老人に差し出した。

 部屋に戻り、かたづけを始めた。もう、そこら中が肉片だらけ。そうじも一苦労だ。材料となった小麦粉の袋の口を閉じようとして、アッ、と声をあげた。その白いビニール袋の隅にはマジックで『重曹』と小さく書かれていた。納得がいかない味の原因はこれかよ。どうりで……思い出したぞ。これは小麦粉じゃなくて、おふくろが前にここへ来た時に、掃除用に使えって、置いて行ったやつだ。確か、ふくらし粉として使ってもいいって言っていたような……
 あれっ? それなら本物の小麦粉はどこだ? この辺に入れてあったはず……
 僕は、食器棚の奥を調べた。発見した小麦粉らしきものは、『重曹』の袋と同じような、白いビニール袋に入っていたが、中身は固体になり、青や黒やオレンジに変色していた。いつからこれを見ていなかっただろうか。ずっと使わないうちに、カビの快適な住まいとなっているじゃないか。僕はそれをごみ箱の奥に捨てながら、隣に住む老人の、しわだらけの顔を思い出していた。
「ぶははっ、あのじいさん。いつも、僕のこと、『今どきの若いもんは』ってぶつぶつ悪口言ってるくせに、愛想良く受け取りやがった」
 その時、薄い壁の向こうで、隣の部屋の老人が、激しくせき込んでいる音が聞こえてきた。


(了)
〜〜〜
※『重層』……重炭酸ソーダの略。炭酸水素ナトリウムです。

読んでいただきありがとうございました。
二〇〇八年 十一月  菜宮 雪

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