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故郷のない男

故郷のない男

「よっちゃんごちそうさん。また来るよ!」
カウンターだけの席が六つしか無い小さなラーメン屋の店主に、親しそうに礼を言いながら、男は店を去っていった。
男の名前はたかさん。本名は僕も知らない。ただ、店主の吉村さんがいつもそう呼んでいる。
僕はドアから一番遠いカウンターの席から、たかさんがいなくなった場所をぼーっと見つめていた。
「たかちゃんさ。とうとう病気になっちゃったんだってさ。友達の中じゃ一番元気だったのになぁ……」
吉村さんがまるでビー玉を落としたように呟いた。
聞けばたかさんの年齢は七十八歳。
そんな歳になればみんな病気の一つや二つ抱えていておかしくない。
手は骨が浮き彫りになり、顔には会う度にペンで書き足し続けているような皺がたくさんある。
たかさんが弱り始めているのは誰の目から見ても明白だった。
対して吉村さんは若々しい。
たかさんが言うには吉村さんと同年齢位らしいが、そんなことは未だに信じられないほど、彼は若々しかった。
それは不死の薬でも飲んだかのように。
それは老いる時が止まったように……。
「はいお待ち。とんこつ醤油味噌ラーメン油少なめバリカタ麺だよ」
僕の前にラーメンの入った器がことんと置かれる。
「お客さん、新聞でも読むかい?」
割り箸を用意しいざ食べようとした時、吉村さんが僕に新聞を差し出した。
礼を言って受け取り、見出しに目を通しながら麺を勢いよく頬張る。舌から伝わった快感が、全身を駆け巡った。その証拠に鼻の穴がぷっくりと空いてしまう。
うまい。
この味には余計な飾り立てなどいらず、ただその一言で足りてしまった。
「最近は何かと物騒だからね。日本もそうだけど、国家間とかさ。ほんとお客さんも気をつけた方がいいよ」
ちなみに吉村さんは僕の名前を知っている。
だが、その名前で呼ばれたことは一度もなかった。というかこの店には何かと常連客が多くついてるのだが、たかさん以外の人の名前を呼んでいるところを見たことがない。
まぁ僕は一般に言うところのチキンというやつなので、何故そうなのか聞いたことはないのだが。
麺を食べ終わり、チビチビレンゲでスープを飲みながら新聞をパラパラとめくる。
すると、一つの大きな見出しが目に付いた。
『謎の隕石から六十年』
これは世間の情報に疎い僕でも知ってる。
何でも今から六十年前。隕石がこの街の外れにある湖の近くの山に落ちた。被害の規模はそこまで大きくなかったが、山の一部に大きなクレーターが出来た。今でも観光スポットだとかパワースポットだとか言われ残っていて、遠目からでもわかるほどだ。
だが、この次元で一番世間を賑わしたのは、隕石の欠片がどこにも無かったということである。
落ちてくるところを見た人がいるのだから隕石であることは間違いないが、そこに駆けつけた消防隊、自衛隊によれば、何も見つからなかったようだ。
このことは新聞でも連日大きく取り上げられ、やれ宇宙人だのやれUMAだのと未だに話のネタになっている。
そういえば……。
「吉村さんってこれどうでした?」
吉村さんがたかさんと同じ年齢ならもちろんこのニュースを直接見ているだろう。ちょっと気になって聞いてみた。
すると吉村さんは嬉しそうな顔になった。
「懐かしいなぁ。凄かったよこれは。連日連夜みんな大騒ぎ。道行く子供たちはみんなこの隕石の話をしてた。しばらくは捜索隊が動いていたしみんな続報を待っていたんだが、結局なーんにも出てきはしなかった」
「へぇー」
感心して思わずため息と相槌が一緒に出た。
「それよりさ。これ、今コラボキャンペーンやってるんだけど、登録しない?住所と電話番号書くだけでいいからさ。ちなみに登録すれば替え玉無料。どうよ」
吉村さんからよくわからないキャンペーンの紙を受け取ると、そこに言われた通りにペンで書いていく。
替え玉ももらい、スープもすっかり飲み干した僕は、その後吉村さんとの会話も適当に、店をあとにした。


「あれ、今日はたかさん来てないんですか?」
僕がいつものようにラーメン屋に入ると、毎日のようにいるたかさんの姿が見えなかった。
見れば吉村さんの顔色が優れない。
嫌な予感が頭をそっと撫でた。
「たかちゃんはねぇ。昨日の夜死んじまったよ」
まるで世間話をするかのように吉村さんは淡々と事実を述べた。


それから僕は、吉村さんのラーメン屋に行くことを躊躇うようになった。
あれほど僕の手を掴んで虜にした味が、今ではそれほど魅力的ではなくなってしまったからだ。
それよりも吉村さんのことが気になるところではあったが、どうなったか様子を見に行くことも出来ず、二週間の時が流れた。
だがどういう風の吹き回しであろうか。
僕は唐突に吉村さんの顔を見に行きたい衝動に駆られた。これはどうしようもない魂の叫びだった。見に行きたい……見に行きたい……!と行きたくない心とは裏腹に僕に語りかけてくるのだ。

翌日、僕はあのラーメン屋に行くことを決めた。


『旅に出ることにします。長い間、お世話になりました。』
長いこと年中無休で営業していたラーメン屋は何年ぶりかのシャッターが下ろされた状態になっていた。
とうとう吉村さんは店を畳んでしまったらしい。
それを見て、僕は悲しいのか泣きたいのか。言いようのない感情が僕の胸にもやをかけた。


それから一年経ったある日、一通の封筒が玄関のポストに投函されていた。
差し出し主は……。
「吉村さん?」
まさかの姿を消したあの人であった。


一年という時間は非常に短い。
だが短いと言っても三百六十五日。
その間流行語大賞が決まり、学年が一つ上がり、入学式卒業式など、なんだかんだ色んなことが起こっている。
この一年間。世間を賑わしたもの。
それは、この街から飛んで行ったロケットだった。
正体不明の謎のロケットである。
誰がなんのために飛ばしたのか。
真相は闇の中。
たった一人として、ロケットの正体を知る者はいなかった。
嘘を吐いてる人がいるとかそういうわけじゃない。
誰も打ち上げるところを見ていないのだ。
ちなみに隕石のこともあってか、政府は神経質になっているようで、大規模な捜索が行われた。
この街の住民には既に例外なく取り調べが行われている。もちろん、僕もその例には漏れていない。
そんな事件からも、そろそろ一年が経とうとしていた。


なぜ吉村さんから?
あの張り紙のあと、吉村さんの行方が気になってはいたが、実を言うとうっすら忘れかけていた。だが、手紙が僕の好奇心を呼び覚ます。家に入るなり封を切り、何枚かの手紙を広げる。
そこには吉村さんの言葉が綴ってあった。
『お久しぶりです。お客さん。ラーメン屋の吉村です。覚えていますでしょうか。
張り紙を見たかわかりませんが、私はたかちゃんが死んだ後、遠い場所に旅に出ることにしました。
何故旅に出たのか。それはこの地球という星に未練がなくなってしまったからです。ただ一つだけ心残りがあるとすれば、それはあなたです。長く店に来てくれていたこと、たかちゃんや私と楽しく話してくれたこと。特にたかちゃんは私との共通の知人が亡くなった後、とても元気が無くなってしまったのですが、あなたのおかげで幾分か元気を取り戻したようでした。とても感謝しています。ですから、私が旅立った後に届くよう、あなたに手紙を出させていただきました。

私がたかちゃん、それからもりぼー、さっちゃんと出会ったのは今から約六十年前、あの隕石が落ちた夜のことでした。
その頃、私は宇宙船に乗って、広大な宇宙を一人旅していました。しかしこの太陽系に入ったところで宇宙船が故障。この街の山に不時着したのです。
今でも運が良かったと思いますが、その時、私はたかちゃん含めた三人に発見され、宇宙人だということも理解してもらい、この街に匿われることになりました。
三人にはいろんなことを教えてもらいました。
生活の初歩から遊びまで、とにかく数え切れないほどたくさんの事を学び、楽しく過ごしたと思います。
宇宙船の修理も終わりこの地にいる必要は無かったのですが、こんな月日が流れるまでいついてしまったのはやはり三人のおかげです。
ですが、時間とは嫌なものですね。
私は約千年ほどの寿命を持っていますが、地球人は違います。
最初はさっちゃんが死にました。
次はもりぼー。
二人共明るい青年だったんですよ。
でも、病気に侵され衰弱していき、もう何年も前に亡くなりました。
たかちゃんは私のことを気にかけ、長生きしてやると意気込んでいたのですが、やはり……。
みんな死んでしまいました。
私は出来るだけ人に関わらないように生活してきましたが、友人が死ぬというのは何度経験しても慣れないものですね。私も人間だったらなと常々思います。
孤独と悲しみで心を病みそうになった私は、とうとうまた宇宙の旅に出ることにしました。
お客さん、何度も店に足を運んでくれてありがとう。そしてさようなら。
どうかお元気で。あなたの知人のために長生きすること、心より願っております。』


それから、僕は気がつくと夜空を見上げるようになった。

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