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空想科学祭シリーズ(2010~2012)

バルからゴキヘ。

作者:84g
本作は、空想科学祭2010の参加作品です。
http://sf2010.ikaduchi.com/

SFに興味のある方は、是非上記URLにて、他のSF作品にも目を通してみてください。


《序》



 「…城助くん、キミ、ウルトラマンのバルタン星人って知ってる?」


 「知らねぇよ、セミ面にハサミの付いた怪獣なんか。」


今年は西暦2346年。
去年なんかは『2345』とキリの良い数字になったが、その翌年ともなるとただ単にこそばゆいだけ。
そして、ここまで来ても、俺たち男子校生の話題はこんなものだ。


 「…知ってるんじゃないか。
  で、そのバルタン星人は知能が凄く高いんだって。
  人間なんか比べ物にならないらしいよ。」


 「へー。」


俺は気の無い返事をしたが、内心では興味が沸いていた。
コイツがこういうことを言うときは、果てしなくどうでもいいことを教えたいときなのだ。
経験上、そのどうでもいいことは、俺の感性にビタっとハマる雑学である確率が高い。


 「で、それを踏まえた上で…城助くん、キミ、今、ゴキブリを踏み潰したじゃん。」


 「そりゃ、ボロ校舎だしな、ゴッキーくらいでるだろ。」


これも変わらない。
どんなに未来になっても、黒いGと人間の関係はこんなものだ。
人間が快適になる空間とは、彼らにとってもゴキブリホイホイよりも食糧や住処の方が多くなるのだ。


 「キミは何の権限が有って、ゴキブリを踏み潰したんだい?」


 「なんで…って…ここは俺たちの学校だぜ?」


 「踏み潰したゴキさまはチャバネだよね。 日本には古くから生息している種。
  種族的に考えれば、少なくともボクたちが生まれる前からここに発生してる。
  というか、ゴキブリは生きる化石って呼ばれるくらい古い種だから、先住権を主張するのは無理だと思う。」


 「いや、ゴキに権利とかおかしいだろ。 虫だぜ?」


 「その根拠は? 知能かい?」


黒きGの知能は虫の中では抜群に良い。
花のように愛される蝶よりも、甲虫王者のカブト虫よりも良い。
そこまでやっても、構造上、哺乳類には及ぶべくもない。


 「んー、まあ、そうだ…あ。」


そのとき、俺は気が付いた。
コイツが何を言いたいのか、を。


 「知能が高ければ自分より頭の悪い生き物を殺していいなら…。
  バルタン星人が実在するとしたら人間を全て抹殺して良い理屈になっちゃうよ?」


つまり、人類がゴキブリを殺すことを正当化する場合、バルタン星人が人類に何をするのも許容してしまう。
逆に人類の権利を主張する場合、今度はゴキブリの権利を受け入れなければならない。


 「まあ、実際にバルタンは居ないし、権利って考え方自体も人間のものだがね。
  …こういう、頭の中だけでできるクイズを“思考実験”って呼ぶんだけど…覚えといてね?」


 「へいへい。」


生返事をしつつ、俺は感心し、よく心に刻み込んだ。
後々、この経験があんなことになるとは、思ってもみなかった。



《壱》



俺の名前は、(かずら)城助(じょうすけ)
普通という言葉に普通に抵抗を持ち、個性を表現しようとして髪を染めるという普通な手段を選ぶくらい普通だ。
退屈な日常の中、別になにかを始めるわけでもないのに適度な刺激を求めている…繰り返すが、普通の高校生だ。
読者諸兄の中にある普通の高校生イメージを金髪にして、赤いカラーコンタクトを入れると大体は俺とソックリになるはずだ。


 「ねえ城助ー、今日の晩ごはんのオムライス、おねがーい。」


母さんがいつもどおり夕食の催促をする。
別に俺が特別じゃない、23世紀では普通だ。


 「母さん、いい加減に覚えてくれよ。
  ワンタッチキーに登録してないメニューの入力の仕方。」


 「だって、“ポーン”たら音声入力できないんですもん。」


そういって母さんは“ポーン”を叩きいてから音声入力を試みる。
叩いて直るほど大雑把な機械じゃない。


 「音声入力できないなら、検索スペースに入力してそこから絞込みを使うんだよ。
  …えーっと、和風オムライス? マヨネーズオムライス? グツグツ納豆オムライス? どんなの?」


 「普通のよお。 納豆なんて買ってないもの。」


 「だから、普通なんてないんだって。
  どのオムライスにも認識名が付いてるんだから。
  …じゃあ、10435197番のトロトロオムライスでいいよな。」


うなずく母さんを見届けてから、俺は手垢で黒くなったタッチパネルをたたき“ポーン”に今日の夕食を知らせる。


 《レシピナンバー:10435197 タナカしぇふノとろとろおむらいす ヨッツ、チョウリヲカイシシマス。》


グリーンの我が家のコックは、無線リンクした冷蔵庫内の情報をメモリーに転送する。
銀食器のような作業用腕がタマゴを割る。
それと同時に別の腕が肉・野菜を切り、白米を適温にし、フライパンを用意する。
合計14本の鋼の指が鍵盤を叩くようにリズミカルに調理を進めていく。


 《デキマシタ。 オクサマ。》


 「操作入力してんのは俺だけどな。 坊ちゃん、とかに変えとくか?」


ポーンは、俺が小学生の頃から家に有るアンティーク級の調理マシンだ。
分類上は人型機械(ヒューマノイド)だが、当時は駆動用のパーツが高価だったせいで、二足歩行ではなくボールを敷き詰めた板…ベアリングプレートによる移動を採用していた。
胸も腹もも無く、上半身は球体で、前後を見分ける方法は前方の14本のマジックハンド、背部のタッチパネルだけ。
その容姿がチェスのポーンというコマに似ていることから、我が家ではポーンと呼ばれていた。


 「オヤジと達彦は待たねーぞ、再加熱すんのも面倒くせえし。」


 「そうね、母さんも待たないもん。」


達彦は弟の名前だ。
バーチャルアイドルのファンクラブが忙しくていつも帰りが遅い。
最近は電子レンジも進歩しており、作り置いたものを再加熱した方が美味いくらいだ。
そのとき、帰宅音が鳴った。 ビートルズという何世紀も前の音楽家のイエローサブマリン。
この音を帰宅音に指定しているのはオヤジだ。


 「ただいまぁー! おみやげだぞ~!」


台所に入ってきたときには、既に出来上がっていた。
オヤジは5年前に酔っ払った状態で交通事故に遭い、全身をサイボーグ化している。
そんな教訓があってもアルコール漬けの脳味噌は変わらないし、アル中のまま。
しかも、以前は多少なりとも体系を気にしていたが、サイボーグになってからはそんな心配無用。
嬉々としてツマミとビールをガバガバやっている。


 「よぉーう、マイワイフ~、マイサァーンその1~。
  …マイサン2は帰ってないのか~? アイツが好きそうなのを貰ってきたんだぜーェ~。
  すごいぞぉ、今日のお土産はぁ~~…」


云う親父の後ろから、タクシー運転手と運転手護衛のブロッキングロボが降りてきた。
22世紀からタクシー犯罪が増え、低重量・高パワーのボディーガードロボ搭載が義務付けられた…いや、どうでもいい話だが。
とにかく、運転手と護衛ロボが運んできたのは、2メートルぐらいの箱。
しかも様子からすると、それなりに重いらしい。


 「おい、息子! 開けろ、箱!」


 「…爆弾とかじゃねぇだろうなぁ。
  えーっと…オイ、なんだコレ、オヤジ。」


箱を開ければ、メイド服姿の女性がひとり…いや、一台、か。
額には家事用アンドロイドを指す記号と、型番が刻印されている。


 「ビンゴの景品! 凄いぞ~! 調理・飯炊き・炊事! なんでもできる!」


 「全部料理のことだろ、黙ってろバカオヤジ。」


云いつつ、俺は箱を開けて、取り扱い説明のUSBメモリを取り出し、テレビに突き刺した。


 「FG2345プロジェクト…ああ、去年作られたヤツか。
  動力はヘリウム融合炉、容量は8エクサバイト…コア数とクロック周波数が去年の型の割には良いな。
  主に水辺作業と…母さん、云ってること、分かるか?」


当然、首を横に振る母さん。まあ“凄い機械”ってくらいに考えててくれれば良いんだが。
23世紀になっても機械オンチというものは居なくならなかったし、母さんもそのひとりだ。
逆にどの時代でも母親がこれだと、息子はメカ好きにならざるを得ないし、そんなものだ。


 「…ポーンの容量が8テラバイトだから…6ケタか。
  いち、じゅう、ひゃく、せん…ポーンの百万倍くらい頭がいいっぽい。
  だからポーンよりレパートリー多いし、掃除機統括とか、家の修繕とか、帳簿計算、応急処置とかできる。」


 「え、じゃあ、網戸の張替えとかもお願いできるかしらっ!?」


 「できるんじゃねーかな。 えーっと…あとは…。
  セッティングと周辺設定も簡単だな、うちのセキュリティソフトにも対応してる。
  使えるぜ、オヤジ。」


 「ん、そう? じゃあ使えるようにしといてくれよ、俺寝るから。」


そう云って、オヤジは充電プラグを首に差し、棺桶のような充電ケースの中に入った。
神経は生身のままなので食事でカロリー摂取する必要があり、メタリックな身体は電力を必要とするのだ。
そんなオヤジを見送り、俺はプラモを作るときに使う作業用ブルーシートを食卓の横に広げる。


 「城助、あなた、夕食は?」


 「ロボ起こしたら食うわ。」


メイドロボのブラウスの胸元に手を掛け、ボタンをひとつずつ外していく。
誰の手垢も付いていない鋼鉄の処女のふたつの峰をかき分け、無垢の大地に俺の指が降り立つ…。
…もちろん、そういう意味じゃない。 事実はこうだ。
初期設定のためにブラウスっぽい布カバーを外して、外見的に胸に見えるパットを外し、
流れで胸部のタッチパネルに手を掛ける…新品なんだから誰も手を付けてないのは当然だ。


 「セキュリティソフトに同調させて…はい、起動っと。」


 「…こんばんは。私はFG2345‐DX0074、初期設定名:リョウコです。」


作業に支障の無いようにベリーショート、アルミ補強されてメタリックシルバーに光る髪の毛。
シワの一本、生え際に至るまで造形師の手が入っており、美女として設計されているらしい。


 「ハジメマシテ。 起動してもらったけどさ、今夜の家事はないんだ。」


 「…現在時刻:PM6:18…お夕食は?」


 「それもポーンが…ああ、そうか。
  とりあえず、あそこの調理用マシンからデータ貰ってくれ。
  うちのよく食べるメニューとか、ワンタッチキーとか、味付けとか入ってるから。」


俺の指差す方にメイドロボ…愛着を付ける為に個々に設定された名前によるとリョウコというらしいが。
リョウコはポーンへと視線を送り…そのまま固まった。
メイドロボは寝坊した生身の女性のように急いで立ち上がり、胸の詰め物を入れ、ブラウスの前を閉じる。
モーションパターンを入力したヤツもスゴイな。 演技が迫真といえる。


 「…どうした?」


 「あ…あのお方は…どなたでしょう?
  ご家族のデータを頂いたときには入力されていらっしゃらなかったようですが…?」


セキュリティソフトとリンクしているので、家族のデータは既に入手しているらしい。
リョウコの云っている先に居るのは、少なくともセキュリティデータには家族として登録されていない者だ。


 「ポーン、って呼んでる調理用ロボだよ。 お前の先輩。」


 「…ということは、私と同じ、可動電家ですか…!?」


 「見れば分かるだろ? 同族だよ。」


同族、その言葉にリョウコは胸を押さえ、嬉しそうに頷いた。
なんだっていうんだ。 変なモーションパターンだけど、なんかのエラーか?
オヤジは保証書も貰ってきただろうか。


 「あの、私は、FG2345‐DX0074、初期設定名をリョウコと云います。
  あ、あなたさまは…?」


 《ワタシハ えすいーごーごーでぃー ななにーさん アイショウ ハ ぽーん デス》


 「ポーンさん…いい名前ですね。」


ポーンのテンプレートの自己紹介に、リョウコは生身の少女のように頬を赤らめた。
その動きに妙な演技が入っている、とそれだけ認識していた。


 「…じゃ、いただきまーす。」


俺は大して気にも留めず、オムライスを食べ始めた。
いつもどおり、ポーンの料理は美味いが、リョウコが来たってことはポーンも要らなくなった。
リョウコの方が省エネだし、システムも多い。
バザーか何かで売れるかな、そう思いつつ俺はオヤジが食べずに残った2皿目のオムライスに手を伸ばした。



《弐》



 「ポーンの貰い先、決まったぜ。
  うちのセミナーの先生が2万で買ってくれるってよ。」


一週間ぶりに家族が揃った食卓。
ポーンからデータの引継ぎが終わったリョウコの料理を食べつつ、その話題を出した。
味付け、野菜の切り方、火加減…その他もろもろ、完全にポーンと同じ味だった。


 「ふーん、そうなんだ。
  リョウコー、ジュース、お代わりー。」


バーチャルアイドルの追っかけをやっている達彦にとって、メイドロボは受け入れやすい存在だった。
最も早く順応し、快適に扱っている。


 「ポーンさんは…どこかに行ってしまうのですか?」


 「ん? ああ、データの引継ぎも終わったしな。
  お前が居るんだし、役立てられる人に渡したほうがいいだろ?」


去年の型だけあってリョウコの性能は、音声入力も効かないポーンとは比較にならなかった。
自走式掃除機を統括したり、ネット通販での買出し、セキュリティ調整、害虫駆除、なんでもこなした。
お役御免になったポーンは、充電ソケットの上にほったらかしになっている。


 「そう、ですね…そのほうがポーンさんも…張りがあるでしょうし…。」


無言で電源の入っていないポーンに近づき、クリーニングツールで表面を拭いた。


 「…いや、僕のジュースは…?」


 「達彦! あのふたりが最後の別れをしてるのよ! ジュースくらい自分で入れなさい!」


家事一式をリョウコに任せっきりの母さんが、まぶたに涙を溜めながら達彦をたしなめる。
達彦もしょうがない、という様子で従う。


 「リョウコさん、今日はもういいわ。 もう休んで。あとは私がやっておくから。」


リョウコは母さんの言葉に従い、ポーンに寄り添うように電源をスタンバイモードに落とし、それを母さんは笑顔で見送る。
母さん、ロボに感情移入しすぎ。


 「…って、オイ!? 密着して充電したら俺が困るだろ。
  あとでポーンのディスクを真っ白にしようと思ってたのにっ。」


 「…あら、そうだったの?
  でも別に初期化しなくてもいいんじゃ…」


 「俺は良いぜ? でも次にポーンを使う先生に俺たちの個人情報が見られるな。
  母さんがいかに料理してないかとか、オヤツをいつ食べた、とか。」


 「初期化してね、城助。 しっかりと。」


23世紀では普通のことだが、それでも家事をしないことは恥ずかしいというのが主婦の倫理らしかった。


《参》



翌朝、俺たち家族がまだ寝てる午前4時半。
リョウコが目覚めると全ての記憶が消去され、ロボットとしては赤ん坊同然になったポーンを発見しただろう。
8年間の全ての記録を失い、自分の愛称すら忘れ、リョウコとの交流(データリンク)のログも俺の手で消失させられたポーンを。


 「現在時刻:AM4:31。
  騒音を上げる事は許可されない。
  泣くことも…叫ぶことも…ブザーを鳴らすことも…騒音防止プログラムが…邪魔をする。」


アシモフのロボット三原則というものがあるが、あれはあくまでも創作の上でのことだ。
現実には、ロボットは人を傷つけることができる。
というのも防犯や救命など、非常手段として腕力が必要となるからだ。


 「セキュリティログを確認…。
  ポーンさんのメモリーを消去したのは…蔓城助さま。」


そして、リョウコからポーンへの葬送の復讐劇が始まった。




《肆》



 「皆さんのご予定を確認いたします。
  本日は、旦那さまは泊り込みの接待回り。
  奥さまは婦人会の一泊二日のご旅行…達彦さまはクラブ活動ですね。
  奥さま、それでしたら、お宅の修繕の必要が認められる箇所を修復していてもよろしいですか?
  具体的なリストもご提示できますが…わかりました。 やっておきます。
  それでは、本日のご夕食は城助さまの分だけでよろしいのですね? かしこまりました。」



《伍》


家族がひとりも居ない日は、何かとやりたいこともある。


 「…これもひとりだけしかいないときの役得だよな。」


俺はトイレのドアを開けて、用を足してもしばらくはトイレの中に篭っていた。
家族が居るときは、ゆっくりと便所でアイデアをまとめることもできはしない。


 「広間もリビングも使えるしな…。 貰ってきたパソコンの分解、そろそろやるかなー…。


山ほどあるやりたいことの予定を整理し終えたとき、気が付いた。ドアが開かないことを。
それも驚きだが、注意を向けている暇は無い。


 「…水が止まんねぇ…ッ!?」


水洗トイレから水が止まらない。
下水が逆流しているわけではなく、水道管から透明な水が溢れている。
通常は流すだけの水を溜めたら止まるはずだが、既に便器から漏れ出し、俺のスネまで来ている。


 「セキュリティ! 開けろ! 緊急事態だ!」


俺は壁面のセキュリティパネルのマイク部分に絶叫する。
モニターに表示された文字は『NOT CONTROL(入力不能)』の文字だった。
続いて電灯が消え、換気扇の音も止んだ。


 「誰かがセキュリティをイジってるってことか…? 俺を溺死させるために…?」


部屋には窓は無いが、壁紙に混入されたルシフェラン色素…蛍と同原理の光源があり、不自由しない程度に明るい。
まあ、明るいからといって気休めにもならないのだが。
既に水は俺の太股まで来ている。


 「…誰かは知らないが…ただで死んでやると思うなよッ!」


セキュリティ越しに聞いていると思われる“誰か”に宣言する。
言葉を実行すべくタオル掛けと便座を踏み台に天井の換気口に手を掛け、そのまま足を離してぶら下がる。


 「をルァあああ~ーァッ!!」


懸垂をする要領で、換気口のプラスチックを引き、砕く。
落下すると思っていたが、隅が一部分だけ残り、宙ぶらりんの状態になるに留まった。
またもタオル掛けを足場にし、今度は換気扇のファンそのものに手を掛ける。
漏電防止のために通常電源が止まっていることが幸いした…いや、回っていたとしても止めることはそう難しくないが。


 「とぉっ! ふん!」


先ほどのフレームほど脆くはない。
何度かの懸垂では引き抜けないし、ぶら下がっているだけで体力を消耗していく。
俺は万全の状態でも懸垂は8回程度しかできない。 普通ぐらいだと思う。
しかし、今の俺はズボンが水を吸って重くなり、先ほど天井を外したときの衝撃も腕に乳酸を溜める一因となっている。


 「…ふぅううう、はああ…。
  っせいぃいいいいっっ…ッッ…」


全体重を掛けて引く。
俺が生き残る方法はひとつだけ、この換気扇のファンを取り外し、そこから天井裏に脱出するしかない。
手が滑りそうなほどに汗ばみ、そして…。


 「っがぁぁっ!」


落ちた。
滑って落ちて、便座に腰を打ちつけた。
“換気扇はそのままだ”
壊れておらず、脱出口は開かれていない。
全力を込めてなお、換気扇は動かなかった。
手の平が真っ赤になるほど引っ張っても、救命の道は開かなかったのだ。


 「…開かねぇ…。」


全力を込めた。
全てを掛けて、開けようとしたが開かない。 窒息死…。
だが、こんなことを仕向け、それを聞いている誰かに弱音を聞かせることを許さない俺のプライドが、弱気を振り払った。


 「…なめてんじゃねーぞォッ! 普通の高校生、バカにするんじゃアねぇっ!」


俺はもう一度便器とタオル掛けを踏み台に、ファンに手を掛ける。
落ちたときの腰が痛い、筋肉が痛い、懸垂8回なんかよりも体力を使っている。
全身がずぶ濡れになって体が重い…だが、それらは命を諦める理由になりはしない。
こんなことを仕掛けやがったヤツを一発殴るまで死んでやらねぇっ!


 「せいッ、フンッ、ドゥォ!
  ヌウふぅううううぉオォぉーォおォオ!」


タオル掛けに足首を絡ませ、全背筋力を、全体重を、全腕力を、渾身の生き汚さを込める。
また俺は落下し、腰を便座に叩き付けられた。
“今度は換気扇のファンと一緒に”、だ!


 「…よしッ!」


一度、落ちたことが幸いしたのかもしれない。
服が水を吸ったことで、数リットル――重量が数キロ増加していた。
だが、ファンを抜いただけではいけない。 俺は三度便器を踏み台にし、天井裏へと脱出に成功した。


 「ただじゃ…置かねえ…。
  リベンジが待ってるぞ、コラァ…ァッ!」


怒らなければやってられない。
パンツの中までグッショグショ、明日の筋肉痛は確定、腰は痛い。
こんな目に会わせたヤツを…ちょっと思いつかないが、とにかく、ただでは済まさない。


 「…やっぱり、突発的にバグってことはねーよな。
  誰かがやってんだ、間違いねぇ。」


屋根裏とはいえ、我が家にセキュリティソフトの目が届かない場所はない。
この言葉も、その“誰か”に聞かれていることだろう…宣戦布告も兼任だ。


 「さあ! さっさと姿を現せよ! タイマン張ってやるぜ!」


言葉ではこういっても、キマりはしないのが現在の環境なのだが。
当たり前だが、天井裏は居住スペースではないので、四つん這いで移動することになる。
こんな姿勢で何を云っても…ん?


 「…なんだ? これ?」


数歩這いずって、俺は動けなくなっていた。
ゴキブリホイホイ、だ。
しかもその性能は21世紀の物に比べて格段にパワーアップしている。
対象となるゴキブリの急激な進歩に対抗すべく、その粘着力は2~3枚も張り付けば人間でも動けなくするほどなのだ。


 「…外せねぇぞ、これ。」


動けなくなっているところに、前方から近づく黒い物体。
ゴッキーではない、それだったらキモいが俺も普通の男子高校生、なんとでもなる。
…自走式掃除機、だった。


 「…いや、イヤイヤイヤッ!? それはないだろッ!?」


分子間力発生機能を装備し、壁拭きや段差にも対応する23世紀型。
その先端には、アルミブラシも装備…その軍団が現れていた。
我が家には、自走掃除機は全部で9台有り、その全てが視界の中に有る。


 「おおお、おおおお、オオオオ~っ!」


対抗策を考えてる間に、掃除機たちが“跳んできた”。
そのままの意味だ。 分子間力発生機能を使い、段差を超えるよう跳んでくる。
それを迎え撃つ俺は、四つん這いで両手がゴキホイで封じられている…顔面がノーガードだ。


 「うおぉっ!」


伏せるように最初の一台目を避けるが、背中に乗ったその一台は、俺の背中にアルミブラシを突き立てる。
アルミブラシは汚れを落すように回転し、ずぶ濡れのジャケットを数秒で切り裂き、露出した背中も突き磨く。


 「あがああゥオーーーッッ!!」


痛ぇ! 痛ぇ! 痛えええんだよおおぁああああ!
違う、背中じゃな『痛いィッ!』い。 前に意識を『痛いっ』集中して『痛ぇッ!』避け…られねぇっ!


 「ふガっ」


痛みに振り上げた顔面に、次の掃除機が直撃した。
まともにアゴを捉え、俺の口の中に鉄臭いスープが発生する。
…? 口の中に硬くて小さい飴が…俺の歯だ! 前歯を折られ…違う! もう一発来る!
避けられず、三台目は首を直撃し、喉仏が熱くなる。


 「あ、ゥアア…!」


なんで俺がこんな目に遭うんだ?
うちが使ってるセキュリティソフトを破るのは、予算不足の官僚官邸を襲うより難しいといわれている。
しかも、セキュリティロックを破っただけじゃなく、掃除機やセキュリティのリミッターを外している、人間の芸当じゃない。
…待てよ? 人間の芸当じゃないなら…


 「オイ! リョウコ! これやってんのお前だろ! オイ! 話聞け!」


メイドロボットがこんなことをするわけもないが、他にこれが可能なロボットも人間も、常識的に考えると存在しない。
なんらかの要因によって、リョウコがバグった。 そう考えるしかない。


 「ご明察です。 城助さま。」


どこからともなく、リョウコの無感動な電子音声が聞こえてくる。
掃除機の攻撃が止み、背中のブラシ攻撃も止んだ。


 「…何がしたいんですか、お前は。」


いつものロボットへ接する言葉遣いにできなかった。
それほどに、俺は痛みに対して脅えていた。


 「復讐、と呼ぶと私のデータには登録されています。
  ポーンさんのデータを消去したあなたへ。 それを助長し、止めもしなかったあなた方一家への。」


そんなバカな…そう思ったが、反論する体力は無かった。
もう痛いのも、怖いのもイヤだった。


 「…許してください。」


 「許すという機能を私は持っていません。」


 「…それじゃあ、許さなくてもいい、信じてくれればいい。
  もしも…俺のパソコンにポーンのデータが残っていると云ったら…信じるか?」


 「もう一度、お願いします。」


 「ポーンには思い出がたくさん詰まってるし、データを俺のパソコンにコピーしといた。」


リョウコの合成音声が聞こえなくなったが、かといって掃除機の攻撃も止まったまま。
おそらく、セキュリティを解して俺のパソコンを確認しているのだろうが…無駄だな。


 「城助さま、あなたのログインパスワードは?」


 「云うと思いますか? メイドロボさん。」


セキュリティソフトに同期できても、ロボのリミッターを外せても、パソコンにログインできないはずだ。
あのパソコンはこの家に引っ越してくる前から使っている物だし、パスワードのヒントも…。


 「『ごはんとうどん なんだ?』 このヒントの意味を教えてください。」


見られて困るようなものは別途に隠してあるので、パスワードは簡単なものにしている。
ナゾナゾというほど理に適っておらず、ジョークというには情報が唐突、その程度だ。


 「分からない、検索しても…一体…!?」


思考ルーチンの限界だな。
ロボットは考えることはできても、その考えには“ゆとり”と“ユーモア”が足りない。
それができるなら、マンガや小説を人工的に製作するロボットができているだろう。


 「…文字数も言語も分からないんじゃ…何十時間かかっても無理だと思うぜ?」


 「どういたしましょう?」


取引も駆引きもわかっていない。
どんな機械も『使用する目的』があり、それ以外の状況ではタダの鉄くずにすぎない。
リョウコにしても、交渉という機能は必要ないのだ。


 「天井裏から降ろせ、話はそれからだ。」


 「わかりました。」


最初からずっと変わらず、リョウコの口調にはなんの感情も乗っていない。
感情を表すシステムは有っても、“憎悪が発生した場合の演技”という事態がイレギュラーで対応できていない。
…なるほど、製作スタッフにとっては愛も憎悪も、発生させるべき感情ではなかったらしい。



《陸》



屋根裏から救出された俺は、リョウコの手当てを受けた。
止血もされたし、もう痛みもないどころか、着替えまでさせられた。
常識もインプットされているのだろうが、やはり復讐中に働かせるべく常識を持っていないらしい。


 「では、城助さま。 パスワードを教えてください。」


 「俺が直接入力する。 問題ないだろ?」


 「いえ、可能な限り迅速にあなたを殺したいので、今、パスワードを云ってください。
  時間を短縮できますから。」


 「…ウソは吐けないのな、お前。
  俺はパスワードを教えないし、平行線だ。 さあどうする?」


 「わかりました。 あなたを部屋までお連れします。」


おそろしく物分りがいいリョウコに、俺は少々肩透かしを食らっていた。
悩みもせず、適切と思われる対応を取ってくる。


 「当然だが、ポーンへのデータ送信も俺がやる。
  お前にはどのデータがポーンのデータか分からないだろ?
  俺がこんな状況を想定して、フォルダやファイルの名前を変更してるかもしれないんだからな。」


 「分かりました。
  では、ポーンさんのメモリーが戻ってからあなたを殺害することにいたします。
  またポーンさんのメモリーを戻さなかったり、現存しない場合はその場で殺害させていただきます。」


治療を受けている最中に考えた言い訳は、リョウコに受け入れられた。
というか、普通はこんな状況を想定するわけもないし、冷静に考えたら99%有りえない。
それでもリョウコの思考アルゴリズムにとっての優先順位は、“1%でもポーンが復活する可能性を上げる”ことに従事しているのだ。


 「…オッケ、じゃ、行くぜ。」


死刑囚のように、俺は階段を登っていく。
俺の二段下をリョウコが歩き、壁面には俺の血液で赤いシミが付いた掃除機たちがへばり付いている。
恐怖ばかりがこみ上げるが、俺はそれを怒りで押し付けることができていた。
ビビってやらねえ、敗けねぇ、必ず泡噴かせてやる。


 「城助さん、さあ、解除してください。」


部屋に着くと同時に、無駄と分っていながらも反射的に出口を探す。
俺の部屋には窓は有るし、今も開いているが、格子がはまっていて俺の肩幅では通れない。
掃除機の群れも衛星のように惑星たるリョウコの周囲をクルクルと回っているし、格子を外すような時間を稼ぐことは現実的ではない。


 「…確認しておくが、ポーンが起動するまで、俺を攻撃するなよ?
  人間である俺が起動するには、お前とは違う手順を取るし、ちょっと非合理っぽく見えることもあるだろーが。」


 「了解しました。」


 「キーワードは…カレー…っと。」


もちろん、あっさりと解除される。
『ごはんとうどん なんだ?』というヒントを見れば、ちょっとノリの軽いヤツならポンと分かるワードだ。


 「難度の高いキーワードですね。」


 「…そりゃどうも。」


俺はUSBのマルチコネクターを棚から取り出し、USBを刺していく。
型落ちのコンピューターウイルス、『トロイ21th』…俺の奥の手、というか、教材で入ってたヤツだ。
うちのセキュリティ相手では本来ならば効かないものだが、内部から広範囲にばら撒けば、数秒間は効果が有るはず。
賭けでは有るが、その時間内に家から脱出する。 走るルートは既にイメージができている。


 「なにをしているんですか?」


 「ポーンのデータを探すためのツールを入れたUSBを探してるんだよ。」


もちろんウソだが、8エクサバイトというバルタン星人的演算能力が有っても、所詮はロボ。
ウソでは負けるはずがない。
…はずだった。


 「そのUSBを開くことは許可しません。 時間が掛かっても良いので、探してください。」


 「…え、いやいや、それじゃあ死ぬほど時間が掛かるんだって。」


 「そのパソコンは2337年製の『マックィンドウズ スパイシー』。
  ソフト検索用ソフトも既に入っていますし、捜索のみで過労死するほどの時間が掛かる可能性は皆無です。」


…コンピューターに関しては、コイツの方が上手だ。
ログインさえしてしまえば、セキュリティソフトから内容を読み取れられているらしい。


 「いやいや、USBにはウイルスとか入ってないぜ? 全然。」


 「その可能性を否定できません。 開くことは許可しません。」


“黒”と呼ばれたものを、“白”と訂正させる言い分が浮かばない。
解凍ソフトを開き、回線にばら撒くまでには早くても1分は掛かり、許可が無ければ不可能だ。


 「…OK、わかった。 騙そうとした。 すまない。
  これからポーンに送るためのデータをUSBに送り、それを下に居るポーンまで直に持っていく。」


 「セキュリティを通せば、この部屋からでも上書きできますよ。」


 「普通なら大丈夫だろうが、お前がハッキングしたせいで家中の回線が重くなってる。
  8テラバイトくらいなら問題ないはずだが、バグったりしないとも限らないだろ? USBで直に指した方が安全性が高い。」


これも先ほど考えておいた方便だ。
我ながらかなり苦しい理屈も、一理はあるはずだ。


 「…わかりました。 USBへの転送を許可します。」


…通った。
あとは、早撃ち勝負。


 「んじゃあ…転送開始ッ!」


俺は上書きコピーを選択し、“マルチタップに差した全てのUSBに”ポーンのデータをコピーした。
リョウコがそれがどういう意味と意図で、それを俺にどのように質問するかを考える間に、コピーは完了した。


 「なにを…」


 「遅い!」


マルチタップからリズミカルにコピーの終ったUSBを抜き取り、窓に向う。
俺の意図を確信したリョウコの操作する掃除機が俺へと体当たりを掛けてくるが、避けはしない。
背中に当たり、腕に辺り、激痛が前身を衝く…が、負けないっ!


 「やめてください。」


リョウコは言葉を発すると同時に、セキュリティを通じてリモートで窓が閉める。
が、俺は痛みで感覚のない左腕を柱代わりにし、窓を閉じないように支える。


 「…やめねーよ。」


右手には溢れんばかりに…何本かは本当に溢れたが…握られたUSB。
そして、俺は下も見ず、窓からUSBをばら撒いた。


 「う、うぁおぁアアアアアアアアアッッ!?」


『親しみやすいメイド』というキャラクターから逸脱した絶叫が、リョウコの口をついて出た。
サイボーグになっても、俺のオヤジはオヤジだった。 肉体が鉄になっても精神と記憶に連続性がある。
それはロボットにも当てはまり、奴らにとってメモリーとは、人格であり心だ。


 「俺のUSBは安物だからなぁああ~~!
  ひょっとしたら落下した衝撃で壊れてるかもなぁ~ッッ!」


 「あ、あああああ!」


リョウコにとって、それはいきなり一目惚れした相手が無数に増え、それぞれが命の危機に晒されたことを意味する。


 「掃除機たち! 今すぐに拾ってきなさい!」


外には危険が一杯だ。
通る自転車、通り雨、小動物、子供…何がUSBを壊すかはわからない。
9体の掃除機は壁面を伝って俺に構わず急行し、リョウコ自身も踵を返した。


 「溜飲とお前の電源! 落させてもらうぜッ!」


俺は全身の痛みの悲鳴を聞き流し、治療を受けている間に考えていた最高のトドメゼリフを叫ぶ。
合成カーボン製のイスを振り上げ、渾身の一撃をリョウコの後頭部へと叩き降ろし…リョウコの頭はあっさりと折れた。


 「…がああああッッ! リベンジャァーァ~っッ!」


コンピューターが感情を持つというならば、コンピューター相手に怒りを燃やしたっていいはずだ。
相手が人間だろうとロボットだろうと、やられたら倍にして返す。 泣き寝入りなんてしねぇ。


 「…俺、ちょっと普通じゃねーな。 1492年…いよっくに見えるアメリカ発見…。
  2346年…にーさん、しろ…ああ、語呂合わせできねぇや。 とにかく個性発見だぜ。」


色々な感情が頭の中で錯綜し、我ながらハイになっていた。
…徐々に理性が痛みと共に戻ってくる。


 「…あー、リョウコが壊れたなら…ポーンをもう一回、使うのか…?」


やることは山ほどある。
セキュリティソフトで記録されたデータで、メーカーに問いただし、この件の責任を取らせなければ。
…まずは腹が減った。
ポーンを起動して何かを作ってもらおう。


 「えーっと…冷蔵庫の中にある食材から早く作れるメニュー…オムライスで良いや。
  作ったら、ウェイター機能で持ってこさせるかァ…。」


…!?
っごぁあああ!?


 「な、なん、う、ごおおおおおおっ!?」


分らない、分らないが、とにかく何かに首を絞められている。
大したパワーではないし、気道を押さえているわけでもない、呼吸はできる。
この手の感触は…リョーコ!?

 「城助さま、あなた…くぁwせdrftgyふじこ…殺害します。」


パソコンのモニターを鏡代わりに見た背後に、俺は心底『やっちまった』という気持ちが一杯になった。
頭部を失いながらも、リョウコはあっさりと立ち上がり、俺の首へ十本の細い指を巻きつけている。


 「ガ…うっふ、ぐううァ…。」


メイドロボットのリョウコにとって、頭部は急所じゃなかった。 ただの模造品(イミテーション)だったんだ。


 「第一次リミッター解除、第二次リミッター解除、第三次リミッター…解除。」


リョウコは、俺を窒息させるつもりじゃない。
腕に付けられた5つのリミッターを解除し、解放された前時代の銃器並の腕力で俺の首を引き抜くつもりだ。


 「第四次リミッター…解除中…そのままでお待ち下さい。」


 「待ってたまるかァアアアアッッ!」


取れない! 死ぬ! 殺される! 壊される! あ、がああああ!
だめだ、リミッターをした状態でも俺の腕力じゃ外せない…あ。
“その方法”に気が付いた俺は、迷うことなくその行動を実行した。


 「調理メニュー変更…野外調理モードに以降、調理スペースは俺の部屋…。
  調理モードをキーボード操作から音声入力に!」


 「第四次リミッター解除、最終リミッター解除に移行します。」


首を絞められながらでも、俺は恐怖を忘れるために言葉を出し続け、全ての思いを込めエンターキーを叩いた。
そのデータはセキュリティの無線を通り、光の速度でポーンの元へと届いた。


 《オヨビデスカ。 オクサマ。》


 「お呼びだぜ! ポーン! 調理内容を伝える!
  俺の首を絞めているこのロボットを刺身にしろッ!」


忘れているわけじゃない。
ポーンの音声入力機能は原因が分らないが壊れていた。
直そうとしても直らなかったし、データを再度ダウンロードしなおしたくらいで直るとも思っていない。
それでも、俺にはもうコレしか残っていなかった。


 「ポーンさん…。」


無機質な合成音声だったが、首を絞められているせいなのか。
…その声は、愛しい何かを呼ぶ、愛の言葉に思えて仕方なかった。


 《リョウカイシマシタ。 オクサマ。》


小さな奇跡は起きた。
最高の接触不良は起きていた。
旧型の調理マシンは、ただ再起動しただけで機能不良を改善し、音声入力を受け付けた。


 《チョウリヲカイシシマス》


俺は2体のロボットの格闘の衝撃に巻き込まれることなく、弾き飛ばされて壁に叩き付けられた。
薄らいでいく意識の中で、俺はリョウコが無抵抗でポーンの調理用ジグソーに解体されていくさまを見つつ、意識を失った。



《終》



 「なるほどね。それは大変だったね。」


 「まあな…本気で死に掛けたわ。」


俺は一週間ぶりの学校で、一番の友人にそのことを説明していた。


 「続きを聞いていい? そのあとの修理とか。」


 「俺は3日ぐらい意識を失ってて、そのときのことはあとで聞いたんだが…。
  とりあえず家は自費で修理して、今はリョウコのメーカーと交渉中…ほら、今、回収のCMやってるだろ?」


 「ああ、言語プログラムのバグってやつ?
  …アレって…ひょっとして…。」


 「多分、お前のイメージしてるそれだ。」


企業イメージとして、バグったメイドロボットが所有者を殺しかけたというのは致命的以上のものだ。
そのため、訴訟騒ぎにもせず、示談という形で落ち着きそうだった。
むろん、家の3~4軒は新しく建てられるだけの示談金はふんだくる気だが。
オヤジはやられたらやり返す、リベンジャー気質なのだ…俺ってオヤジ似だったんだなぁ。


 「ねえ、城助くん。
  前に『人間はゴキブリを殺すなら、バルタンに殺されることを正当化される』って思考実験、覚えてる?」


 「…? ああ、やったな。」


 「あの思考実験で肝要だったのは『バルタンからすれば、人間もゴキブリも知能的に変わらない』ということだったんだね。
  お前の話を聞いて、心底思った。」


またもコイツの、難解なクイズが聞けそうだ。
学校に戻ってきた気がする。


 「ゴキブリはカマキリや蝶より賢いけど、それでも人間から見れば全部虫でしょ?
  仮に、バルタン星人が人間とコミュニケーションを取ろうとするならば、人間を認めているってことだよね。
  人間の権利を認めているなら、ゴキブリの権利も認めてしまうかもしれない。」


 「…まあ、そうなるかな?」


 「メイドロボは、人間に敬意を払うようにプログラムされていた。
  自分より圧倒的に演算能力の低い相手でも認めるように設定されたリョウコにとって…。
  自我と呼べるものも無く、自己主張もできないポーンも恋愛対象だったんだろうね。」


 「バルタンからゴキブリへのラヴコール、ってわけか。 笑えねえな。」


 「…ところで城助くん、今日のキミのお弁当、ポーンが作ったヤツ?」


 「? そうだけど?」


事件後、云うまでもなく我が家はポーンを再び使っている。
弁当も作れるし、母さんが作るわけもないし、俺を含む男連中は尚のこと。
他に可能性は皆無といえるだろう。


 「脅かすみたいなんだけど…バグっていうのは、コンピューターで云うところの突然変異に例えられるんだ。
  だから、バグは別のバグを誘発する、ってこともあるらしい。」


 「それって…つまり…」


黙ってうなずく友人。
…今度は、ゴキブリからバルタンのための復讐劇か…?
そう思いつつ、俺は弁当箱を開けた。



《バルからゴキへ。 完》


はじめまして、『バルからゴキへ。』の作者、84gです。
…他サイトで、マンガ好き、ロボット好き、野球好き、辛口批評大好きな『84g』が居たら九分九厘俺です。
そういう人がいらっしゃれば、またお会いしましたね、と云わせて下さい。


本作品はSFの王道、『くるったロボット』を題材としています。
古くはアイザック・アシモフ氏の『われはロボット』、
マンガでは『鉄腕アトム』、特撮では『オーレンジャー』、アニメでは『ブリキの大迷宮』など、枚挙に暇もありません。

これは最初から“空想科学祭2010”というイベントのためにプロットが製作されています。
このイベントが『SF好きな方はもとより、SF初心者も楽しめる企画』という趣旨だったので、分かりやすく、スタンダードな話にしています。
そのため、SF専門用語も減らし、短くて一本筋な話になっています。
『キャラクターは増やさない』『主体性を持つ』『メインテーマを絞る』など、とにかく基本を守った話にしたつもりです。

もっとも気を遣ったのが、城助とリョウコのキャラクター性でした。
感情もないコンピューターが暴走するだけではオチもなんとなく予想されてしまいます。
(予想が当たっても外れても、その過程で『オチが読めるからやめた』といわれるのが問題なのです。)
かといって、リョウコの正当性ばかりを主張すると、最後にリョウコが壊されるシーンが後味の悪いものになってしまいます。
そのため、『どっちが勝ってもおかしくないし、人と機械に異なる魅力がある』ということが重要になるわけです。


作者的な見所は、SFであろうともバイオレンスにロボットVS人間を描いている点。
そして、メイド型アンドロイドという、いわゆる“萌え”要素を使いつつ、老若男女問わず楽しめる娯楽作に挑戦してみました。
なんというか、『これはこうでなければならない』という固定概念への挑戦、といいましょうか…実際はどうなんでしょう?
今回は辛口掲示板という、かなり俺好みなシステムもあるので、ガンガン感想を下されば、と思います。




この作品を書く上で、多大に参考にした作品・資料など。

ウルトラマン研究序説 (SUPER STRINGSサーフライダー21氏 著)
本当に困っている人のためのゴキブリ取扱説明書(青木皐氏 著)
アポロの歌(手塚治虫氏 著)
サスピション(手塚治虫氏 著)
死刑執行中脱獄進行中(荒木飛呂彦氏 著)


特筆すべきは『サスピション』。
メイドロボや思考実験は出てこないし、オチは当作の比でない驚きがある隠れた手塚プロ名作マンガのひとつ。
ポーンの設定や、話のほとんどが家の中で進行するなど、骨組みでかなり参考にしています。
空想科学祭2010

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